HEART WARS (A New Psychicer)

 

 私は壁にかけてあった手錠を取り、クマの両手に掛けようとしました。クマだけを侵入者のように
見せかけ、芹香さんのいる部屋の近くまで連れて行こうと思ったのです。ところが、
「ふごおおぉぉ〜〜!」
という叫び声とともに、私の手を振り払いました。ちょっと痛いです・・・。
「僕がやるよ」
代わりに雅史さんが手錠をはめてくれました。この凶暴そうなクマも雅史さんには弱いようです。
 泣き顔でこっちを見つづけるマルチさんを背に、私たちは部屋を出ました。2人だけを残して置く
のは気が引けましたが、セリオさんがいるから大丈夫でしょう。
思った通り、敵は私たちには気付いていないようです。タイツの色は私が赤、雅史さんは緑色です。
「ほんとは真っ白なんだけどね」
自分のタイツを見回しながら、雅史さんがなにやら呟いています。
長い廊下を進んでいくと、エレベーターがありました。芹香さんがいる部屋は確か・・・「14」で
始まる番号でしたから、ここに間違いありません。私たちはクマを真ん中にして乗り込みました。
侵入者を捕らえたフリをしながら・・・。

 浩之はコントロールルームまでやってきた。ここに来るまで大勢の敵兵がいたが、誰にも気付かれず
にいたのは、おそらく彼のフォースが敵兵の目を欺いていたからだろう。数多くのパネルの中から、
電磁キャッチャーに関連していると思われるスイッチを順番に切っていく。見張りはいない。
全てのスイッチを切り終え、浩之はさっさと立ち去ることにした。来た時と同じように巧みにフォース
を操りながら、敵兵から逃れる。だが彼は感じていた。かつてエクストリームを目指して同好会設立に
ひたむきに取り組んでいた、彼女のフォースを。

 エレベーターを降りきると、そこが監房であることはすぐにわかりました。正面に4、5人の
見張りがいたのです。彼らは私たちを、正確にはクマを見るとこちらに向かってきました。
「そいつをどこに連れて行く?」
相手は黒い、やはりタイツを着ていました。ここの兵隊はみんなタイツを着ているようです。
雅史さんが私に代わって答えてくれました。
「141421357号に連れて行くんだ」
芹香さんの部屋の隣りです。しかしそう簡単にはいきませんでした。
「聞いていないぞ。ちょっとまて、今確認する」
そう言って敵は、本部かどこかに連絡し始めました。
と、私のすぐ横をブラスターがかすめました。雅史さんが銃を構えていたのです。見るとクマも肩から
さげた銃を握っています。いつの間に・・・?
その様子に敵兵は即座に対応し、激しい銃撃戦となりました。私も雅史さんから銃を受け取り、応戦
しました。とっさのことに焦ったのか、敵はあらぬ方向に発砲しています。
こうして見ると、軽薄そうな雅史さんは意外と銃の扱いが上手いのかも知れません。
 しばらく続いた攻防は敵の全滅に終わりました。幸いこちらに負傷者はいませんでした。無傷である
ことより、平気で銃を使う自分が信じられませんでした。プロフィールに、苦手なもの:暴力的なこと
と書いたのを後悔した瞬間でした。
そう思っていると、さっき敵の1人が連絡しようとしていた装置から、声が聞こえてきました。
「何が起きた?」
おそらく今までの争いが聞こえていたのでしょう。とっさに雅史さんが、
「何でもありません。武器が爆発しただけです」
と答えました。入ってきた時もそうですが、アドリブが上手いな、と感心しました。
「よし分かった。今からそちらへ行く」
よし分かった、で止めておいてくれればいいのに、通信の相手はこっちに来ると言うのです。
「そうしてほしいところですが、放射線が漏れていて危険なんです。こちらにまかせて下さい」
どういう発想で放射線が出てくるのか分かりませんでしたが、さすがにこれには相手も疑いだしたのか、
「お前の認識番号は!?」
と強い口調で尋ねてきました。認識番号・・・そんなものがついているとは思わなかったらしく、
雅史さんは手にしたブラスターを通信装置に向け、発砲しました。
こうなってしまっては、見つかるのも時間の問題です。私たちはタイツを脱ぎ捨て、芹香さんのいる
“141421356号”に向かいました。
 途中、援軍がやってくるのではと警戒しながら、ようやく部屋にたどり着きました。
重い扉を開けると、そこには芹香さんが・・・寝ているようです。
雅史さんが一歩入ると、芹香さんは目を覚ましました。
「・・・・・・」
あのホログラムメッセージの様に、口は動いているのですが、声までは聞き取れませんでした。
向こうもそれに気が付いたのか、さっきよりほんの僅かに大きなで言いました。
ありがとうございます
それでも耳をすまさないと聞こえないような声です。最初お嬢様というぐらいだから、お高く止まった
ような人で、助けてあげたにも関わらず、“これからは私の指示に従うのよ”とか偉そうなことを
言う人かと思いました。でも芹香さんはそんな私の想像とは全く異なり、とても大人しい人のようです。
「あの、聞きたいんですけど・・・」
思い切って尋ねてみました。親しみやすそうな人だと感じた途端、緊張感が解けたようです。
「えっ、話は後で? 今は逃げるのが先ですって?」
そうでした。雅史さんが通信機を壊したことで、敵がこっちに流れ込んでくる可能性があったのです。
「もうこんな所はごめんだよ。早く逃げようよ」
心の底からそう思っているらしく、雅史さんの顔はげんなりしていました。

「おい!ここを開けろ!」
青色のタイツを着た兵が、閉じられたドアの前で怒鳴った。
「はわわぁ〜、セリオさぁん。どうしませう〜〜」
今にも泣き出しそうなマルチに、絶対泣き出さないだろうセリオがなだめにかかった。
「マルチさん、落ち着いて下さい。とりあえずあそこに隠れましょう」
セリオは部屋の隅にある小部屋を指差した。
しかし、2人が移動する前に敵兵たちが扉を開けて入ってきた。
「か、監房の方に行きましたよ。いまいけばおいつくとおもひます!」
焦ったマルチは落ち着きなく口を動かした。
「お前はここに残れ」
そう言い残して、兵たちは監房の方へと走った。残ったのは青色タイツの兵である。
「あの、セリオさんの調子がよくないみたいですから、整備区で見てもらって来ます」
しどろもどろだったが、見張りは疑うことなく了承した。
 部屋を出ると、セリオが言った。
「マルチさん、今のは上手でしたよ」
「え、そうですか?よかったですー」
マルチは手を合わせて恥ずかしそうに喜んだ。セリオもマルチの対応がよほど予想外だったのか、
しきりに感心している。
2人は格納庫までやって来た。目の前には、自分たちが乗っていた艦がある。
「敵さん、いっぱいいますね・・・」
物陰に隠れながらマルチがささやいた。敵に“さん”を付けるとは何事か、とつっこみたがっていた
セリオだが、その事については一言も触れなかった。

 通路を進んでいた浩之は、突然真剣な目で辺りを見回した。近い。彼はそう直感した。
右手にライトセーバーを構え前進する。格納庫まであと一歩というところに1人の少女が立っていた。
やはり彼女もライトセーバーを手にしている。
「お久しぶりです、先輩・・・」
「葵ちゃん・・・」
浩之は一呼吸すると、静かに尋ねた。
「葵ちゃん、どうして・・・?」
「先輩には感謝しています。私をあんなに励ましてくれて・・・。でも、私はついにフォースを
極めたんです」
葵はふと悲しげな表情を見せた。
「ああ、暗黒面のな・・・」
「先輩・・・私に・・・殺されに来たんですか?」
「葵ちゃんには俺は倒せない」
瞬間、浩之は剣を振りかぶった。葵も素早くそれを防ぐ。2人の剣は低いうなりを上げ、交わった。
わずかに葵が優勢だった。剣の振りも防御においても浩之より速い。
「先輩、力が衰えましたね。また私が鍛えてあげましょうか?」
「俺は打ちのめされても、更に強くなるんだぜ」
お互いに休まることなく攻防が続いた。

 監房を抜け、格納庫へと続く通路に差し掛かったところで、私は再び芹香さんに訊きました。
「一体何が起きているんですか?」
その問いに、芹香さんはまたあの小さな声で答えました。
「空帝国(からていこく)という組織がこの戦艦を使って学校とその周辺を占領しようとしている?」
私が聞き返すと、芹香さんはコクッと頷きました。
「この戦艦の設計図を持っていたために、捕まってしまったのですって?」
「・・・・・・」
「でも今は持ってない。セリオに預けた?」
私はようやく事態が飲み込めました。
早くセリオさんたちと合流しないと・・・そんな大事な任務を帯びているなんて知りませんでした。
「で、報酬はいくらぐらい貰えるの?」
間延びした声で尋ねたのは雅史さんでした。こんな時に・・・。怒りの感情が芽生え始めてきましたが、
藤田さんの言った事を思い出し、抑えることにしました。
「えぇっ? お望みの額をって?」
雅史さんは手放しで喜びました。ついでにクマも喜んでいます。
そうこうしているうちに、私たちは格納庫までやって来ました。私たちが乗って来た艦の周りには、
6人近くの兵がいました。全員銃を持っています。
「あれじゃあ近づけないね」
ちっとも困った様子を見せずに、雅史さんが言いました。何か案でもあるのでしょうか。
目の前には艦があるのに、でも近づけない。その状況がまたしても私を苛立たせました。
と、突然艦を取り囲んでいた兵たちが一箇所に向かって走り出しました。
これはチャンスとばかりに、私たちは一気に艦に駆け寄ります。気がつくとマルチさんとセリオさんも
こちらに向かって来ていました。
「ご無事でなによりですぅ」
「お怪我はありませんか?」
2人同時に声を掛けられました。でも、私にはそんな言葉は耳に入りませんでした。
「藤田さんっ!?」
格納庫の奥で、小柄な少女と剣を交えている藤田さんを見てしまったからです。
藤田さんと闘っている相手は、こっちに背を向けていたので顔は見れませんでしたが、私にははっきり
と分かりました。あれは・・・あれは葵ちゃんに間違いありません!
藤田さんが私をちらっと見、そしてわずかに笑みを浮かべました。そして次の瞬間、藤田さんは
構えていた剣を高く掲げたのです。
葵ちゃんが藤田さんに剣を一閃すると、藤田さんの体がまるで溶けたように消えてなくなりました。
「藤田さんッ!!」
私はもう一度叫びました。その声に振り返った敵兵たちがこちらに向かって発砲してきました。
「姫川さん!早く!」
後ろで誰かに呼ばれたかと思うと、私の体は引っ張れるようにして艦に乗り込んでいました。
雅史さんが抱えあげてくれたようです。
艦のハッチが閉じる寸前、葵ちゃんがこっちを見たような気がしました。
 「浩之、ちゃんと解除してくれたかな」
独り言のように呟いて、雅史さんは発進させました。艦は引き戻される事なく飛び立ちました。
「・・・・・・」
よく聞き取れませんでしたが、芹香さんも藤田さんのことを考えているようです。
私にはまだ信じられません。藤田さんが死んでしまったことも、葵ちゃんが藤田さんを殺してしまったとも・・・。
藤田さんが、葵ちゃんは坂下という人に殺されたと言っていたことを思い出しました。
じゃあさっきの葵ちゃんは誰? 葵ちゃんに似た人だったの?それとも・・・。
もう1つの可能性は考えたくありませんでした。

 数分後、芹香さんの案内で私たちは来栖川重工第3工場と呼ばれる所に着陸しました。
工場内は広く、見たこともないような戦闘機がずらりと並んでいます。奥には大きな施設があり、
何か重要なことはそこで決定されるようです。
「芹香お嬢様、よくご無事で」
工場にいた1人の男性が私たちの元へやってきました。
「設計図は・・・?」
と言いながらセリオを見ました。芹香さんはコクッと頷きました。男の人は私たちに向き直って、
「ご協力ありがとうございました。どうぞこちらへ」
と言って私たちを中へ案内してくれました。
 建物の中に入ると、戦闘服を着た人が何十人もいました。なかには私と同い年くらいの人もいました。
私の知らないところでいろんな事が起きている。そう痛感しました。
私たちを案内してくれたのは長瀬源五郎という人で、これから行われる任務の責任者なのだそうです。
「みなさんは危険ですので、ここで待機していて下さい。我々はこれからあの“戦艦ミレニアム”を
破壊します。どうかそれまで・・・」
言いかける長瀬さんに、私はこう言いました。
「いいえ、私にもやらせて下さい。藤田さんの仇を取りたいんです!」
「そうはいきません。万が一のことがあったら」
しばらく押し問答が続きましたが、私が熱心にお願いすると、最後には長瀬さんが折れました。
「わかりました。ただしこれだけは約束して下さい。少しでも危険を感じたらすぐに撤退すること」
長瀬さんは、いいですねと念を押しました。私は頷きました。
雅史さんは、黙ったまま私たちのやりとりを聞いていました。
戦闘機を操縦できる自信はありませんでしたが、今はそんなことは言ってられません。
 しばらくして長瀬さんが、こっちに来て欲しいというので付いて行きました。
雅史さんは・・・クマと共に私を見送りました。付いてこないようです。

 「敵の戦艦は防衛能力も高いし、火力も大きい」
様々な電子機器が揃った部屋で、作戦会議が開かれました。
「そやけど、この戦艦は多分大型の艦を相手に作られたんやろな。小型の戦闘機やったら勝ち目はある」
眼鏡に三つ編みの、見るからに優等生らしい女の人が関西弁でしょうか、独特のイントネーションで
作戦内容を説明しています。ちょっとキツそうで、周りとは違うんだと言わんばかりの様子でした。
あ、いけませんいけません。人を見かけで判断しちゃあ。私は反省しました。
「戦闘機だけでは何もできません」
私の横で、隊員の1人が手を上げて言いました。女の人はその質問に答えるように続けました。
「確かにまともに闘こうても勝たれへん。でもさっきセリオが持って来てくれた設計図を分析しとったら
弱点が見つかったんや」
そう言ってスクリーンを指差しました。スクリーンにはあの戦艦の輪郭が映し出されていて、回転を
続けています。やがて映像は戦艦の正面に来たところで静止しました。
「簡単にはいかんけど、艦体のこの溝に沿って進んでこの砲台の内部を攻撃するんや。砲台内部は戦艦の
反応炉に直結しとるから、うまく直撃したら連鎖反応で艦はこっぱみじんってわけや」
スクリーンの映像は発射されたミサイルが艦の中心に届いたところで消えました。
「目標の幅は2メートル。あいつらが“シャングリラ砲”って呼んでるとこや」
「2メートルじゃ、自動照準器でも難しいな」
どこかでそんな声が聞こえました。
「ただし直撃せんと意味ないから、使えるんはプロトン魚雷だけやな」
 その後作戦内容を確認し、私たちは解散しました。
別れ際に彼女が言った、“フォースの守りあれ”という言葉に私は勇気づけられました。
30分ほど訓練を行い、ようやく戦闘機の扱いになれた私は格納庫に行きました。
ここの戦闘機はみな扱いが簡単なようです。そんなものに全く無縁な私でさえ30分程度でマスターできた
のですから。長瀬さんはフォースのお陰だと言っていましたが。
長瀬さんが私の乗る機を教えてくれました。正面から見ると、アルファベットの「X」のような形を
しています。この戦闘翼は開閉するのでしょうか。
振り返ると、雅史さんが大きなカバンをいくつも手にして、自分の艦に乗り込もうとしていました。
私はたまらず、
「お金を貰ったから帰るんですか?」
と強めの口調で尋ねました。すると雅史さんは、当たり前じゃないかと言うように、
「そうだよ。空帝国だかなんだか知らないけど、僕には関係ないよ」
と呟きました。
「これから大変になるっていうのに?」
私の問いに雅史さんは答えてくれませんでした。
「がっかりです。雅史さんがそんな冷たい人だとは思いませんでした」
私はそう言い捨てて、自分の機へ向かいました。
途中、芹香さんが申し訳なさそうな顔でこっちにやってきました。私はさきほどの怒りが抑えきれず
ついさっきの事を芹香さんにまくしたてました。
「雅史さんがあんな人だとは思いませんでしたよ」
「・・・・・・・・・」
「え、雅史さんには雅史さんの考えがあるから仕方ないですって?それはそうですけど・・・」
どこかで発進準備!という声が聞こえ、私は言いかけた言葉を飲み込みました。
「いそげ!敵の戦艦がこっちに向かってきてるぞ!」
リーダーらしい男の人が叫びました。
そして私たちは格納庫から飛び立ち、巨大な敵に闘いを挑みました。





   後書き

 ここまで書いて、辻つまが合わなくなってきました。各登場人物の性格をはっきりと区別しないと
なかなか進みそうにありません。まだランド役も決まってないし・・・。
でもやるからには最後までやる。さぁ次の第3話でエピソードWは完結です。


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