Heart Wars (Return Of The Psychicer)


   プロローグ


 姫川琴音は潔癖症のシンディから、仲間である佐藤雅史を救うため、学校へと戻ってきた。
しかし、琴音のしらない間に空帝国軍はあの恐怖の要塞“戦艦ミレニアム”を、はるかに強力な装備で
密かに建設していた。
この新たな究極兵器が完成すれば、自由を求めて戦う反乱軍はひとたまりもなく消滅してしまう・・・。

 巨大戦艦“アヴェンジャー”から、艦艇が飛び立った。
その進行方向には、“戦艦ミレニアム”(の作りかけ)が待機している。
艦艇“ラムダ”の確認を終えたミレニアムは、ドッキングベイを開け、迎え入れた。
「松原卿がいらっしゃった。司令官に報告を――」
赤タイツが緊張した面持ちで言った。
ラムダの到着に、その場にいた兵たちが駆けつけた。
小さな音がして、乗降口が開く。
ゆっくりと姿を現したのは、暗黒面に堕ちた松原葵だ。
「お越し下さり光栄です」
司令官が葵に挨拶する。
当の葵はそれを無視して、
「ミレニアムの完成を急いで」
それだけ言った。
「よ、予定どおり完成させます」
「皇帝はとにかく完成を急げと仰ってるわ」
「人手不足でこれ以上早くは・・・」
「なら皇帝にそう言うことですね」
「皇帝が・・・こちらに・・・?」
「完成が遅れているから、直接見に来られるのよ」
「・・・至急・・・完成させます」
「それがあなたのためですね」
そう言って葵はミレニアム内へと姿を消した。
残された司令官は、その後姿にただ頭を下げるだけだった。
エクストリームのクラブを作ろうと取り組んでいたあの頃の葵なら、決してこんな口調では話すことは
なかっただろう。
謙虚・・・というより、誰に対しても礼儀正しく接していた当時の葵は、どこかに消えてしまっていた。

 懐かしい学校の近くを2人のドロイドが歩いていた。
「無事だといいんですけど・・・」
落ち着きなく辺りを見回しながら言ったのはマルチだ。
より人間らしく作られたマルチは、確かに人間らしい感情の起伏がある。
「垣本さんならきっと大丈夫ですよ」
対して冷静沈着なセリオが答える。
仕事は完璧にこなし、わずかな情報から常に最善策をはじき出す。
いろんな点でマルチとは正反対だった。
「でもシンディさんって怖い人だって噂ですよ」
 そんなやりとりをしながら、2人は『長岡の館』と呼ばれる豪邸にたどり着いた。
「本当にここなんでしょうか?」
心配そうなマルチをおいて、セリオは中に入っていく。
門は開け放たれ、警備もいない。
「あ、待って下さいよぉ」
昼間だというのに、館の中は薄暗かった。
赤いじゅうたんの敷かれている廊下を歩いていると、
「誰だ? 何のようだ?」
ひと言で2つの質問をされた。声のしたほうを見ると、見るからに不良という形容がピッタリくる男が
立っていた。
「セリオと申します。シンディ様に伝言を伝えに参りました」
恭しくセリオが頭を下げる。マルチもそれにならう。
そのへりくだった態度に満足したか、男は怪しむ様子もなく、2人をシンディの元に案内した。
 謁見の間に通された2人は、前にいるシンディに頭を下げた。
彼女のとりまきの1人が、なにやら耳打ちしている。
その耳を消毒液に浸した布で拭きながら、シンディが問うた。
「用件は?」
「姫川様からの伝言です」
そう言ってセリオは、小さなプレートを床に置いた。
電源が入り、青白いホログラムが現れる。
『はじめまして。私は姫川琴音、佐藤さんの友だちです。シンディ様は佐藤さんをひどくお気に入りの
ようですが、どうか彼を解放してあげてください。お互いの利益になる妥協案を見つけ出して、無益な
争いは避けるべきです。親善の印にこの2人のドロイドを贈ります。2人ともよく働きますよ』
そこでメッセージは終わった。
「ちょ、ちょっと、セリオさん! メッセージを間違えんじゃないですかっ!?」
あんたとは違うよ、と言いたそうなセリオは首を横に振った。
「そんなっ・・・」
うな垂れるマルチ。
「残念だけど、あなたたちと取り引きはしないわ」
両手を消毒しながらシンディが言った。
「あの飾りは気にいってるの。美しくて、汚れがまったくなくて・・・私の宝物よ」
そう言ってシンディが指差した先には、あの冷凍された雅史のプレートがあった。
潔癖症のシンディは、ひそかに雅史に恋心を抱いていた。
前に一度学校を訪ねたとき、出会った男子生徒が雅史だったのだ。
となりにいた浩之が引き立て役になったか、彼がより清潔そうに見えたのだ。
妹のレミィが雅史を見たと言ったので、シンディはなんとしてでも彼をここに招き入れたかった。
とはいえ、雅史がここに来ようとは思うはずもない。
そんな不安を抱いていたとき、冷凍された雅史を見て、自分の幸運に感謝したのだ。
これならどこにも逃げられずに、自分だけの雅史として飾っておける。

 威圧感の漂う狭い部屋に、マルチとセリオは監禁されてしまった。
「うぅ〜、姫川さん・・・ヒドイですぅ〜。私が失敗ばかりするからでしょうかぁ〜?」
「それなら私はどうなるのですか? マルチさんならともかく・・・」
そこまで言って、セリオは目をそらした。言ってはいけないことを言ってしまった・・・。
高度な感情抑制機能が取り付けられていたはずのセリオが、感情にまかせて言った言葉。
「はぁ〜。次から頑張りますから、どうか助けてくださいよ〜〜」
嘆いているマルチの耳には届いてなかった。
セリオははじめて、マルチに感謝した。
シンディの取り巻きの話では、マルチはシンディのそばに仕え、自分は小型の船に乗せられるそうだが、
果たして助けはやってくるのだろうか。
顔には出さなかったが、セリオは不安だった。
自分達の主人の琴音は、まだジェダイとしては未熟だし、製造元の令嬢・芹香は何を考えているのか
分からない。そのうえ垣本はどこに行ったのか分からない。
もしかして、自分たちは永遠にここにいなければならないのか・・・?
セリオは泣き崩れるマルチを見た。
イヤだ。イヤすぎる。
こんなお馬鹿と一緒にいるのだけは、絶対にイヤだ。

 『長岡の館』では、ことある毎にパーティーを開く。日本では考えられない事だ。
今日はタダで2体のドロイドが手に入ったことを祝うらしい。
豪華な料理は並ばなかったが、歌や踊りが数時間も続いた。
数十人の取り巻きがこのお祭りを楽しむ中で、たった一人、参加しなかったものがいた。
金色の甲冑に身を包んだ賞金稼ぎ。レミィだった。
父のようになりたい。その一心で彼女は、“ボバ・フェット”と名乗った。
弓矢の扱いには自信があった。
高校で弓道部に所属していた彼女は、動くものなら百発百中で矢を命中させることができる。
そんなレミィが、いち早くこの異変に気付いた。
誰かが来る。
シンディに会いに来る・・・。
1人と1匹がやって来たのを、レミィは見逃さなかった。
自分と同じ賞金稼ぎのようだ。
その後ろには、鎖でつながれたクマがいる。
「あの怪力のクマもついに捕まったのね」
シンディが手を洗いながら言った。
そのひと言は、パーティーの中断を意味していた。
「マルチ、いるの?」
「は、はい! ここに」
シンディの口の代わりを任されたのはマルチだ。
捕らわれの身だというのに、なぜかマルチの体は新品同様のピカピカだ。
「えっと、シンディ様はクマを捕まえた報酬として、2万5千円下さるそうです」
賞金稼ぎが小さな紙をマルチに手渡す。
それを読んだマルチは、恐る恐るシンディに見せた。
『5万円よこせ』
そう書いてあった。
シンディがマルチに耳打ちする。
「5万円は高いとおっしゃってます」
彼女が金を出したがらないのは、レミィに大金を渡してしまったからだ。
雅史のためなら金は惜しみなく出す、と言ってしまったため、レミィに20万円も支払ったのだ。
突然、賞金稼ぎが何かを取り出した。
手の平にのるサイズ。銀色に輝く丸い物体。
サーマルデトネータ(熱爆弾)のように見えるが、少し違う。
レミィはとっさに弓を構えた。
あれは、サイズミックチャージだ。
もし爆発すれば、こんな洋館など粉みじんに吹き飛んでしまうだろう。
「わ、分かったわ。3万5千! これでどう?」
シンディがしどろもどろになりながらいうと、賞金稼ぎはコクリとうなずいた。
「ふぐおおお〜〜!!」
取り巻きがクマに強力な手錠をはめ、地下に連れて行く。
その様子を遠くから眺め、頷く者がいた。
取り巻きに紛れ込んでいるのは、あの・・・。

 夜。
静まり返った『長岡の館』。
静寂が館内を支配していた。
布を引きずるような音が聞こえる。
階段を下りてくるのは、昼間の賞金稼ぎだった。
窓から差し込む月の光だけを頼りに歩く。
その先にあるのは、カーボナイト固化された佐藤雅史のプレートだ。
素早くゆっくりと近づいた賞金稼ぎは、凍結解除コードを入力する。
コードが認識され、雅史の凍結が徐々に解凍されていく。淡い光とともに雅史が空気に触れる面積が
少しずつ大きくなっていく。
やがて、完全に解放された雅史はぐったりと倒れこんだ。
賞金稼ぎが慌てて支える。
「芹香さん・・・?」
雅史がつぶやく。自分を支えているその華奢な手は、芹香のものに間違いない。
芹香がこくんと頷いたが、雅史には伝わらなかった。
「目が・・・見えないんだけど・・・」
「カーボン凍結の影響です。すぐに見えるようになります」
はっきり聞こえた、芹香の声。
不安がる雅史を安心させるために、芹香が一生懸命出した声だ。
「芹香さんって、きれいな声してるんだね」
その気持ちを知って、雅史も芹香に応える。
「勝手なことしないでくれる?」
突然、どこかから声が聞こえた。
のっそり立ち上がり芹香が振り向くと、そこにはシンディとマルチ、近くには取り巻きが数人いる。
「コーヒー飲んでおいてよかったわ。佐藤さんは地下に連れて行って」
愛する雅史を地下に放り込むのは英断であったが、シンディも今ばかりは我慢する。
「ちょっと・・・なんのつもりだよ? 僕が何をしたって・・・」
言い終わる前に、雅史は連れて行かれてしまった。
「その賞金稼ぎをここに」
本日5杯目のコーヒー(ブルーマウンテン)を飲みながら、シンディが指示を出す。
すっかり自信を喪失してしまった芹香が、伏し目がちにマルチを見た。
マルチもどうすればいいかわからず、ただ戸惑うばかりだった。

 いったい僕が何をしたっていうんだ・・・。
暗い・・・かどうかは見えないから分からないが、多分暗いのだろう。
狭い地下室に押しやられた雅史は自分の不幸を呪った。
「ふごおおお〜!」
「あれ? クマ・・・クマじゃないか」
聞き覚えのある声に雅史が我に帰ると、後ろから抱きつく毛むくじゃら。
「目が見えないんだよ」
いつもはさわやかクンな雅史も、今日という今日は暗くて重苦しい。
「何がどうなってるんだい?」
「ふご、ふご、ふごおおおおぉぉ」
「姫川さんが僕を助けに来るって? 無理だよ。だって女の子だよ?」
「ぐおおぉぉ〜」
「ジェダイになった? まさか・・・」

 『長岡の館』は深夜にちょっとした騒動があったものの、夜明けにはいつもの静寂を取り戻していた。
来るもの拒まずのこの館は、常に正門が開きっぱなしになっている。
誰でも入る事ができるわけだが、だからといって生きて出られる保障があるわけではない。
ここに1人の少女がやってきた。ローブを羽織っているので、正確にはわからないが、その歩き方から
少女であると推測できる。
2人の門番が侵入者に槍を向けた。取り巻きの中でも体力の自信のある者が門番を務めることになって
いたのだった。
だが、少女が右手を軽く振ると、門番たちはただちに退いた。
通行許可証のようなものを見せたわけではない。ただ、相手に向けて能力を使ったのだ。
同じ方法で止めに来る取り巻きたちを、少女は払いのけ、シンディのところまでやってきた。
 謁見の間と呼ばれるところにシンディはいた。
「誰が入れていいって言ったのよ!?」
突然の少女の来訪に、シンディは歓迎するどころか罵声を飛ばした。
「オレです。彼女は姫川琴音、ジェダイだそうです」
取り巻きの1人が言った。
「話をさせて」
少女はシンディにではなく、その男に言った。
すると男は、シンディに耳打ちをした。
「話をさせろと」
「気の弱い人ね。ジェダイの心理操作にまんまと引っかかるなんて・・・」
男に消毒スプレーを浴びせ、シンディは琴音に向き直った。
「佐藤さんとクマは返してもらいますよ」
「ふん、ジェダイか何だか知らないけどね。私にはそんな術は通用しないわよ」
ジェダイの術・・・心理操作は弱い心を自由に操ることができる。
しかしシンディのように、強い意志をもっている者にはまったく効き目がない。
「それでも仲間は連れて行きます」
そう言うやいなや、琴音は右手をかざし、取り巻きの1人からブラスターを奪い取った。
いや、吸い寄せたというべきか。
琴音がシンディに構える。
だが、ほんの一瞬はやく、琴音の後ろにいた男たちが取り押さえた。
「・・・!!」
痛みに琴音が小さな声をあげた。
その様子をシンディは複雑そうに見ていた。
私は佐藤さんが好き。
でも彼にはここにいる他にも、もっとたくさんの仲間がいるに違いない。
その仲間たちが佐藤さんを取り戻しに来るのは目に見えている。
そうなれば争いに発展し、この館も無傷では済むまい。
館の価値が下がってしまうのは、我慢ならない。
ならばいっそ、返してしまうか。
そんなのはイヤだ。私だけの雅史であってほしい。
潔癖と恋愛に葛藤するシンディは一つの結論にたどり着いた。
「佐藤さんとクマをここに」
冷やかな口調だった。

 ほどなくして鎖でつながれた佐藤さんとクマが連れられて来ました。
「佐藤さん!!」
「姫川さんかい? 捕まっちゃったみたいだね」
「すみません、佐藤さん。力不足で・・・」
「仕方ないよ、大勢いるみたいだし」
「でも、私がお助けするって言ったのに・・・」
「ふごぉぉ〜〜」
「ほら、クマも気にするなって言ってるよ」
「それにしても私たち・・・どこに連れて行かれるんでしょうか・・・?」
「あれ、聞かなかったかい? 大きなアリ地獄に落とされるらしいよ」
「ええっ!? アリ地獄って、あのアリ地獄のことですか?」
「そう。英語で言うとアントヘルだね。あれの大きなやつだってさ」
「ふごおおお〜〜」
「大きなやつって・・・」
「カークーンの大穴のサルラックっていうやつのことだね。デューン・シーにしかいないって噂だけど」
佐藤さんがそう言うと、私たちが乗せられていた船は公園に着いていました。
「ちなみにこの船は、セール・バージっていうんだよ」
佐藤さんがのんきに解説してくれています。
「あ、だんだん見えてきたよ・・・。公園・・・かな?」
私たちは公園の大きな砂場の上にいました。
「さぁ、出るんだ!」
シンディの取り巻きの男が私を引っ張りました。
 船から伸びた足場が砂場の上・・・正確には砂場のくぼみのところにありました。
足場の先端まで私は連れていかれました。後ろには男がぴったりとくっついています。
佐藤さんとクマは後ろです。
「あ、はい! ええっと、シンディ様は立派に死ねとのおおせです」
別の巨大な船から、マルチさんの声が聞こえました。
「でも慈悲を請うなら、助けてもいいとおっしゃってます」
「もう、こうなったらどうでもいいよ。誰が慈悲なんて請うもんか!」
佐藤さん、なんて頼もしいのでしょう。でもまだ目は見えていないはずですが、大丈夫なのでしょうか。
「私たちを解放しないと後悔しますよ!」
巨大船に乗っているシンディに私は言いました。
「・・・処刑をはじめて!」
シンディが言うと、私の後ろにいた男が急かしました。
私は向き直り、クマの近くにいた取り巻きの1人を見ます。
その人は私の目を見てうなずきました。
続いてそのそばにいるセリオさんを見ました。
私にしか分からないように、小さく頷きます。
ふふ・・・私の両手を縛っておけばよかったのに・・・。
って、それではこっちが絶体絶命ですが・・・。
 私は身をひねって、足場から飛び降りました。
ここにいた全員は、きっと私が落ちたと思っているでしょう。
しかし私はすばやく足場のへりを掴むと、勢いよくジャンプしました。
もちろんフォースを使わないと、こんな激しい動きはできません。
着地すると同時に、セリオさんがライトセーバーを放り投げました。
私はそれを掴むと、すぐに起動しました。

 戦艦ミレニアムの艦橋にひとりの少女が立っていた。
小柄だが、腕や脚は引き締まり、格闘家であった当時を証明している。
蒼く短い髪は、活発な彼女の特質をよく表していた。
「琴音ちゃん・・・どうして分かってくれないの・・・?」
少女のつぶやきは、誰の耳にも届かなかった。

 セール・バージでは激しい戦いが繰り広げられていた。
琴音がライトセーバーを振るうたびに、取り巻きや護衛の男たちが倒れていく。
しばらくすると、雅史やクマの乗っていた船には敵の姿が見当たらなくなった。
と、そのとき、巨大船から飛び立つ者がいた。
ジェットパックの推進力を生かして、全速力で琴音の元に飛んでくる。
レミィだ。
器用に弓をつがえながら飛んでいる。
琴音のすぐ後ろに着地した!
危機を感じた琴音は振り向くと同時にライトセーバーを振るう。
レミィの弓が真っぷたつに切れた。
別の艦から数発のブラスターが発射された。
その振動を受けて雅史とクマが倒れこむ。
「大丈夫ですかっ!?」
慌てて琴音が駆け寄ろうとしたが、それより早くレミィの攻撃が琴音を捉えていた。
腕の装甲から発射されたワイヤーが琴音の自由を奪う。
だが琴音はすばやく体を回転させ、ワイヤーを断ち切った。
矢は使えず、ワイヤーまで失ったレミィは一度、琴音から離れた。
ジェットパックを噴かして、後方に飛び上がる。
 一方、クマや参戦した垣本も、必死に応戦していた。
雅史の目が治っていない分、多少は不利だが、これは仕方がない。
別の船にいる取り巻きたちを、クマと垣本がブラスターで狙い打ちしていく。
敵のほとんどは琴音に気をとられているため、2人に対する警戒が薄い。
巨大船のなかでは、マルチが芹香を守りながら戦っている。
といっても、近くにあった棒を振り回しているだけだ。
だが、がむしゃらに振り回していたその棒が、シンディの後頭部を直撃した。
「きゅう・・・」
情けない声を上げて、シンディが気絶する。
セリオは内臓されていたスタンガンで戦っていた。
射程距離は2。移動後に攻撃でき、さらに攻撃後の移動も可能なリンクスのような戦い方だ。
 空中を制したレミィは、腰に固定していたブラスターを取り出した。
両手に構える。2丁拳銃だ。
短いリロードを縫うように、左右交互に発射する。
琴音は流れるような動きで、それを弾き返した。
何十発目かを返したところで、そのうちの一発がレミィに直撃!
体勢を崩したレミィはあわててジェットパックを作動させるが、慣性がかかってしまった彼女の体は、
推進力を得る前に落下。カークーンの大穴へと転落した。
 護衛のほとんどを始末したところで、垣本がセール・バージを巨大船に接近させた。
芹香、マルチ、セリオがすばやく飛び乗る。
「離脱するぞ!!」

 タイツを着た兵たちが終結した。
戦艦ミレニアムのポートに、ガルソニックと呼ばれる中型のシャトルが着艦した。
葵がシャトルの前でひざまずく。
すると、シャトルから赤タイツの兵が6人降りてきた。
だがよく見ると、周りにいる兵とは少しデザインが違う。
タイツのあちこちからトゲのようなものが出ていた。
続いて、柔道着をカッコよく着こなした坂下好恵が降りてきた。
切れ長の目は、それだけで周囲に威圧感を与える。
「立ちなさい、葵」
「はい」
トゲつき赤タイツの間を2人の実力者が歩いていく。
「戦艦ミレニアムは予定どおり完成します」
「よくやったわ」
横に並ぶ葵を、坂下はちらっと見て、
「姫川琴音を捜しに行きたいんでしょ?」
「・・・はい」
「その必要はないわ。向こうから必ずやって来るはずよ」
「・・・・・・」
「そうしたら、私のところに連れてきなさい。姫川琴音・・・彼女は成長したわ・・・。
私たちが力を合わせなければ、暗黒面に引き込むことはできないでしょうね」

 佐藤さんたちと別れ、私はセリオさんを連れて河原に戻りました。
戻ると・・・約束しましたから。
佐藤さんたちは、きっと今ごろ反乱軍と合流しているでしょう。
私は長瀬さんを訪ねました。
以前来た時となにも変わっていない場所・・・。
でも長瀬さんは・・・。
 私が見た長瀬さんは、明らかに前と違っていました。
「なんじゃ、その顔は・・・」
「・・・・・・」
「わしは衰えたか?」
「いえ、そんなことは・・・」
「わしは確かに衰えた。病も患っておる。わしは眠りにつくんだろうな・・・」
「そんな・・・死ぬだなんて・・・」
「ふ・・・。いかにフォースが強くても、死は避けられんのだ」
「そう・・・ですよね・・・。不死なんてありえないんですよね・・・」
「かつて、人を死なせない方法さえ学ぶ、と言っていた者がいたな」
「・・・・・・」
「死からさえも人を救ってみせる、とな・・・」
「・・・葵ちゃん・・・ですか・・・?」
「さあ、誰だったか・・・」
長瀬さんは、ふっとため息をつきました。
「でも、私の訓練はまだ終わってません」
「訓練はもうよい・・・必要なものは身に付けた」
「じゃ、じゃあ私はジェダイに・・・?」
「大事なことが残っておる。松原葵。あの娘と対決せねばならん・・・そのとき晴れてジェダイになる」
「はい・・・」
「対決の時は近い・・・」
静寂が私たちを支配しました。
「長瀬さん・・・教えて下さい」
「なんだ?」
「葵ちゃんはどうしてあんな風になってしまったのですか?」
「知ったところでどうなる?」
「教えてほしいんです! いったい、何が原因だったのか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「奴はお前に嫉妬しておった・・・」
「わたしに・・・?」
「正確には、お前の能力にじゃな。奴がかつて綾香という女に追いつくために、格闘技をやっておった
のは知っておるな?」
「はい」
「だが、松原葵はどうしても綾香に追いつくことはできなかった。彼女が力をつけると、綾香はそれ以上
の速さで強くなっていく。差は広がるばかりだった」
「・・・・・・」
「体格差・・・こればかりは努力をしてもどうにもならなかった。たしかあいつは、お前よりも背が
低かっただろう? それもコンプレックスのひとつだったらしい」
「でも体格なんて、技術で補えば・・・」
「たしかにそうだ。だが、補わなければならない。それに気を回すほど、松原には余裕がなかった。
そこに現れたのが・・・」
「坂下さんですね?」
「うむ。坂下は松原を空手の世界に戻したがっていた。空手には未知の力があると松原に吹き込んでな。
その証明に、坂下は綾香と対決した」
「闘ったんですか?」
「そうだ。綾香も松原も、坂下が勝つなどとは微塵にも思っていなかった。だが、結果は違った。
坂下は邪悪なフォースを使って、綾香に指一本触れさせることなく勝利したのだ」
「そんな・・・そんなことができるんですか?」
「できる。空手に執着した坂下だからこそ、フォースを簡単に会得することができたのだ・・・。
松原葵はその力が欲しくなった。このあたりから、奴は暗黒面にとり憑かれてしまったんじゃな」
「それで・・・坂下さんについて行った・・・ということですか」
「いつのまにか、松原の目標は綾香に追いつくことから、誰にもない力を持つことに変わっていた。
お前が持つ能力よりもさらに強力なフォースを・・・。松原は坂下の訓練を受け続けた。
奴はフォースを身に付け、それを自在に操ってみせた。わしから見れば、ただ力を振り回しているだけに
しか見えんかったがな」
「・・・・・・」
「その時の松原と一度話をしたことがあるが、奴は藤田浩之が邪魔だと言っておった」
「藤田さんが・・・? どうして・・・」
「過酷な訓練を続ける奴を、藤田が何度か無理やり休ませようとしたことがあったらしい。もちろん、
藤田は松原の体調を気遣ってやったことなのだが・・・。奴はそれには気付かなかった・・・。
“先輩が私の邪魔をしている。私の才能に嫉妬している”とな」
「そんなことが・・・」
私はしばらくの間、クラブに行かなかったことを後悔しました。
今ごろ悔やんでも遅いですが、それにしても友だちの変化にも気付かなかったなんて・・・!
「松原の成長を見て、坂下はもっと強い力が欲しくはないかと訊ねた。当然、松原は欲しいと言う。
その力というのが、あの戦艦であり、軍隊なのだ」
長瀬さんが弱々しい目で、私を見ました。
「よいか? ジェダイの力の根源はフォースだ。だが気をつけろ。怒りや畏れはダークサイドに通じる。
いちどダークサイドに堕ちてしまえば、二度と逃れることはできん」
「はい!」
「けっして坂下を侮ってはいかん。松原葵の二の舞になるぞ」
「わかりました」
そこまで言うと、長瀬さんが天を仰ぎました。
すると、長瀬さんの体から光がほとばしり、次の瞬間には消えていました。
「長瀬さん、藤田さん。・・・私は必ず坂下さんを倒してみせます・・・」





   後書き

 エピソード2を見終わって、内容を忘れないうちに書き上げております。
“ジェダイは兵士ではない”と劇中でウィンドウが言っていましたが、もしジェダイが兵士なら、その
軍隊はまさに最強になるでしょうね。
 それにしても、ToHeartの世界は、カミーノとジオノーシス以外ならたいてい同じ環境の背景が揃って
いますね。
登場人物も多様で、重ね合わせやすいです。


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