決裂−琴音−



 5月も中旬にさしかかり、気候も段々と暖かくなってきました。
クラブの方はいまだ部員が集まらず同好会のままでしたが、正直今の状況が結構楽しかったりします。
最初はマネージャーとして、クラブに顔を出すといった程度でしたが、いつのまにか正式な部員になって
いました。もちろん、それは私も望んでいたことです。

 「今日のクラブは何時から?」
いつものように食堂でお昼ご飯を食べながら、私は尋ねました。
「いつもと同じだよ」
すぐに返事が返ってきました。声のした方を見ると、Bランチを美味しそうに食べている友達と目が合い
ました。
彼女の名は松原葵。格闘技にひたむきに取り組む女の子。私を孤独から救ってくれた大切な友達。
格闘技をやっているということで私は最初、彼女はとても強い娘なんだと思いました。
でも、本当は傷つきやすくて弱い心を持っていることを知りました。私が想像する格闘家とは全くの
正反対で、驚きを隠せませんでしたが、彼女が今までずっと独りでいたことを考えればそれは仕方のない
ことだと思い直しました。
ふと葵ちゃんを見ると、複雑な顔をしていました。こんな表情を見せる時の葵ちゃんは、決まって何か
悩み事があるのです。でも葵ちゃんのことだから、きっと遠慮して私には言ってくれないだろうなあ。
「どうしたの、葵ちゃん?」
覗き込むようにして訊いてみました。そうでもしないと、話してくれないと思ったからです。
「え、あ、ううん。なんでもないよ」
大げさに首を振る葵ちゃん。やっぱり。
「本当は?」
こうやって念を押さないと、一度目は答えてくれません。
「もうすぐテストだなぁ、と思って・・・」
「そっかぁ・・・再来週からだっけ?」
なんだ、テストのことか・・・。私は少し安心しました。
 それにしても、今こうやって誰かとお昼休みを過ごしていることが信じられませんでした。
あの時、勇気を出して葵ちゃんに声をかけてよかったと心から思っています。
私のことを少しでも知っている人なら、私とすれ違っただけで、非難の目を向けてくるでしょう。
人と話をするなんて考えられません。
でも葵ちゃんは違いました。最初は、彼女が私の能力についての噂を何も聞いていないことが好都合だと
思っていました。何も知らないから私と話してくれる。そう思っていました。
葵ちゃんは、私自身も不幸しか呼び寄せないと思っていた能力を否定してくれたのです。
それどころか、私といることが幸せだとまで言ってくれました。
だからこそ、葵ちゃんを巻き込むわけにはいかない。葵ちゃんを傷つけたくない・・・。

 私はいつのまにか葵ちゃんと距離を置くようになっていました。
自分から孤立するというのは、耐えられないほど苦しいものでした。もう二度と味わいたくないような
苦しさがこみ上げてきます。でも仕方のないことなんだ。私さえ・・・。
お昼休み。向かいに座っている葵ちゃんをできるだけ見ないようにしてキツネうどんを食べていると、
「何があったの?」
と葵ちゃんが尋ねてきました。
私はそれには答えず、黙々と食べ続けました。どう返事をしたらいいのか分からなかったのです。
「ねえ、琴音ちゃん。気分でも悪いの?」
もう一度訊いてきました。
「ごめん、放っておいて・・・」
これ以上いると涙が出そうだったので、私は敢えて冷たく突き放すことにしました。
先に食べ終えた私は葵ちゃんを置いて、食堂を出ました。
ごめんね、葵ちゃん。今はこうでもしないと・・・。

 やっぱりそうだ。私は確信しました。
しばらく能力を使ってなかったから、エネルギーがどんどん溜まっていくのが分かりました。
もしこの力が暴走したら・・・考えただけでも身震いがしました。それが一体いつなのか・・・。
それだけでも分かれば対処できるのに。
今度はガラスを割るくらいじゃ済まないかも知れない・・・。
そう思うと体が重くなったような気がしました。

 数日後。2時間目の授業が終わり教室を出ると、どこからかやって来た3人の女子が私を取り囲み
ました。その内の1人が、
「あなたが姫川さんね」
と言うと、続いて、
「あなたって超能力が使えるんでしょ!?」
「どんなのができるの?」
「今やってみてよ」
口々に言われました。
黙っていればそのうち諦めて帰るだろうと、しばらく無視していると、
「あの・・・」
横から早足で近づいてきた娘が私の周りにいた女子に声をかけました。
その声に女子たちはビクッと震えました。
「姫川さん、困ってるじゃないですか。無神経なこと言わないで下さい」
葵ちゃんです。気がつけば、さっきの女子たちは逃げるように走っていきました。
「大丈夫?」
「うん・・・ありがとう・・・」
それだけ言って私は目を合わさないようにして教室に戻りました。
私のために言ってくれた葵ちゃんを、こんなふうに避けなければならないことに、私はいつか感じた
苦しさを覚えました。

 日増しに、私の体の中で力が大きくなっていくのを感じます。しばらく暴走どころか予知すらしていな
かったから、この感覚がなぜか懐かしいもののように思えてきます。
あれからも葵ちゃんはいろいろと私に話しかけてきてくれました。段々とそんな葵ちゃんの表情に焦りが
見えてきたことが、私には耐えられないほど苦痛でした。葵ちゃんのことだから、きっと私が距離を
置こうとしているのは、自分が原因だと思い込んでいるに違いありません。理由を正直に話せば葵ちゃん
が原因ではないと分かってはもらえますが、余計な心配をさせてしまいます。
「ほらっ、見て。あの子が例の超能力者よ」
「え、あの子が?」
「あの子が予知したことは全部当たるんだって」
「でもそれって、誰かがケガするとかなんでしょ」
視線を時々こちらに向けながら、数人の女子が私のことを話しています。離れた所にいる私にわざと聞こ
えるような声で。
「ちょっといいですか!」
突然の大声の主はもちろん葵ちゃん。お昼休みにクラブの勧誘を続けていたため、葵ちゃんが格闘技を
やっていることを知らない人はほとんどいません。私も最初はそうでしたが、どうも格闘技をやっている
人は怖いというイメージがあるのか、葵ちゃんを見た女子たちはひるんだように見えました。
「超能力が悪いみたいな言い方しないで下さい!」
その言葉に、この前のように何も言わずに帰ると思っていると一人が、
「でも事実でしょ!?不幸を宣告されたようなものよ!」
「例え予知だったとしても、それは不幸の宣告なんかじゃありません!だって、そうならないための予知
じゃないですか」
「じゃあそうならない方法があったって言うの?私が聞いた限りだと、どんなに注意してもその予知は
絶対に当たるらしいわよ」
「え・・・?」
「おまけに肝心の予知は悪い事ばっかり。疫病神って言われても仕方ないでしょ」
相手の勢いに圧されてしまった葵ちゃんがフッと悔しそうな表情で私を見ました。
思わず目を背ける私。この場にいることができなくなって、無意識に私は逃げていました。
噂に尾ひれがついていないだけまだいい方なのでしょうか。
こんな能力があるから・・・。欲しくもなかったつまらない能力・・・。

 今日も・・・クラブには行けないなあ・・・。
気まずくなってしまって、クラブどころか葵ちゃんと顔を合わせるのもためらってしまいます。
葵ちゃんがクラブを続けるかどうかで悩んでいた時、“何でも相談して”と言ったあの時とは違う自分が
ここにいる・・・。友達にはそう言っておいて、言った本人はいつまでも隠して黙っている・・・。
でも言ってしまったら、余計な心配をかけてしまう。
明日は日曜日か・・・。考える時間はたっぷりある。
できれば次に葵ちゃんに会うまでにははっきりさせたい・・・。
葵ちゃん、ごめんなさい・・・。





   後書き

 葵ちゃん編の後書きで、この2人が登場するSSは琴音ちゃんに重きが置かれていると書きました、
もちろん例外もあると思います。全ての検索サイトで徹底的に探せば見つかるとは思いますが、残念
ながら僕はほとんど見た覚えがありません。で、ないなら自分で作ってしまおうと書いてみたのがコレだ
というわけです。
劇中(ゲームでもアニメでも)では、全く接点がないこの2人。ぜひとも登場人物同士の関わりが豊富な
続編を作っていただきたいものです。こればかりは、“ないなら自分で作る”というわけにはいきません
からねぇ・・・。難しいものです。
 僕は1回ごとの後書きは『10行程度』と決めていますので、今回はここまでにしておきます。
葵ちゃんと琴音ちゃん、第二期はまだまだ続きます。



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