希望−葵−
私が言った事に、琴音ちゃんは少しだけとまどいました。
「ボールの数を増やす・・・?」
「そう。今はひとつしかできないけど、きっとできるよ」
ちょっと不安げな琴音ちゃん。
「ここまでできたんだから、大丈夫だよ」
「うん。私、頑張る」
そう言って笑ってくれました。
成功すれば、きっと自信につながる。
私はそう信じていました。
翌日からの練習は、ボールを2個使いました。
最初は上手くいきませんでしたが、日が経つにつれ自由に動かせるようになりました。
3個、4個と数を増やしていきましたが、琴音ちゃんはコツのようなものを掴んだのか、コントロールに
時間はかかりませんでした。
「やっぱり琴音ちゃんはすごいよ!」
「そんなことないよ」
「だって一度に5つもボールを動かせるんだよ!?」
「葵ちゃんのおかげだよ」
「私はちょっとアドバイスしただけ。実際、頑張ったのは琴音ちゃんなんだから」
「でも私ひとりじゃ無理だったよ」
能力を使うのをやめた琴音ちゃんが、私に向き直りました。
その表情は、自信に満ちていました。
能力を使いこなせるようになって、初めて見せてくれた一面。
成果が表れているようで、私は嬉しくなりました。
「眠くならない?」
「ううん、まだまだ大丈夫」
能力を使いすぎると眠くなるということは、今までに何度か聞いていました。
この練習を始めたばかりの頃は、少し能力を使っただけですぐに眠気が襲ってきていたみたいでしたが、
今ではそんなことはほとんどありません。
「でも、ごめんね。いつも遅くまで付き合わせちゃって・・・」
「気にしないで。見てて楽しいもん」
「楽しいって?」
「少しずつ能力を使いこなせるようになってるんだって、見てて分かるから」
「葵ちゃん・・・」
嬉しさいっぱいの表情で私を見る琴音ちゃん。
あの日以来、琴音ちゃんの能力の暴走はありません。
きっと、毎日少しずつでも能力を使っているからだと思います。
溜まったエネルギーが溢れ出てくるのが能力の暴走だとすれば、今みたいに能力を使い続ければ暴走は
起こらないだろう、というのが私の考えでした。
だから今だって順調に・・・。
「ちょ・・・琴音ちゃん・・・?」
「・・・ッ!!」
頭を押さえたまま、動かない琴音ちゃん。
その時、私の周りから音が消えました。
さっきまでざわめいていた木の葉の音が、聞こえなくなっていました。
何もないはずなのに、胸を締めつけられるような重圧感がありました。
またなの・・・?
あんなにいっぱい頑張ってたのに、それでもだめなの・・・?
「ダメ・・・わたし、また・・・」
かすれるような声で分かりました。
この間、サンドバックが飛んできた時とは違う。
「逃げて! 葵ちゃん、早く!」
肩に手をかけようとした私を、琴音ちゃんは押しのけました。
「早くッ!!」
その叫び声に私は怖くなって、すぐにその場から離れました。
10メートルほど離れた時、うずくまる琴音ちゃんの体が大きく震えました。
重圧感がさらに大きくなります。
空気が凍りついたような感じでした。
苦しむ琴音ちゃんを見て、私は我に返りました。
私が逃げてちゃダメだ。
自分の安全を優先してしまったことを後悔しました。
私は琴音ちゃんに近づいて、抱きしめました。
「あおいちゃん!? どうして?」
「琴音ちゃん、ごめんね・・・」
琴音ちゃんは苦しそうに私を見ました。
「逃げて・・・って・・・言ったのに・・・」
「そんなこと、できるわけないよ」
「だって・・・葵ちゃんまで・・・」
琴音ちゃんは私を押しのけようとしましたが、私は動きませんでした。
「琴音ちゃんが苦しんでるのに、私だけ安全なところから応援だけするなんてできないよ」
体中が熱くなりました。
「言ったでしょ。暴走しそうなら私に向けて使えばいいって」
だんだん息苦しくなってきました。
もしこの能力が爆発したら・・・私はどうなるんだろう・・・。
怖い。
怖いよ・・・でも・・・。
次の瞬間、私たちは白い光に包まれました。
体が軽い・・・。
ふわふわと浮いているような感じでした。
でもどこかに立っている感じもありました。
真っ暗・・・。
そうだ・・・私・・・目を閉じてたんだっけ・・・。
私はゆっくりと目を開けました。
神社が見えました。
いつもと何ひとつ変わらない風景。
そして私の腕の中には・・・。
「琴音ちゃん・・・?」
最後に見たときと同じ格好で、琴音ちゃんが立っていました。
「あおいちゃん・・・わたし・・・」
琴音ちゃんも何が起きたのか分からないようでした。
ようやく目が慣れてきた私は辺りを見渡し、あることに気がつきました。
周りの土がちょうど私たちを中心に、円を描いているのです。
コンパスか何かを使って描いたような、きれいな円でした。
「・・・葵ちゃん! 怪我は!? どこも痛くないッ!?」
言われてはじめて気がつきました。
怪我も痛みもありませんでした。
「うん、大丈夫。どこも痛くないよ」
「よかった・・・」
「それより琴音ちゃん。できたんだね、コントロール」
「あ・・・」
私の言葉に、琴音ちゃんは私と地面を交互に見ます。
「いつの間に・・・?」
琴音ちゃんは自分が見ているものが、まだ信じられないようでした。
翌日の放課後。
クラブが終わって、私たちは昨日の出来事について話していました。
何か話をする時は、決まってお堂の階段に座ります。
本当はあの後すぐに聞きたかったのですが、眠そうな琴音ちゃんを見てやめました。
能力を使ったあとの疲労がどれほどのものか、私にはまったく想像がつきません。
だから琴音ちゃんに無理させないように、というのが私の考えでした。
「本当にどこも怪我はないの?」
「大丈夫だよ。それより、昨日はびっくりしちゃった」
「私も。何が起こったのか分からなくて・・・」
そう言いながら、琴音ちゃんは地面を見つめました。
今でも、わずかに昨日の跡が残っています。
「でもあんなに凄そうな暴走だったのに、どうやってコントロールできたの?」
私の質問に、琴音ちゃんはふっと悲しそうな表情を見せました。
聞いちゃいけなかったかな・・・やっぱり・・・。
「私にもよく分からないの・・・。あの時、自分がどうやったのか・・・」
「そう・・・」
せめてそれが分かれば、対処のしようもあるんだろうけどなぁ・・・。
「ただ、葵ちゃんを傷つけないようにって必死だったのは覚えてる」
「琴音ちゃん・・・」
「何があっても、絶対に葵ちゃんに能力が向かないようにって、そればかり考えてた」
そう言って、琴音ちゃんはまっすぐに私を見て、
「ありがとう」
「え・・・?」
「私が逃げてって言ったのに、葵ちゃん、逃げずにそばにいてくれたよね・・・」
「どうしていいか分からなかったから・・・」
「葵ちゃんがああしてくれたから、コントロールできたんだと思う」
「そんなことないよ。琴音ちゃんが頑張ったからだと思うよ」
「ううん、葵ちゃんのおかげだよ。ありがとう・・・」
「琴音ちゃん・・・」
「葵ちゃんがしてくれたこと・・・嬉しかった・・・だけど・・・」
そこまで言って、琴音ちゃんは私の目を見て言いました。
「もう二度と、あんな危険なことはしないって約束して!」
「えっ・・・?」
琴音ちゃんの口から予想もしていなかった言葉が出ました。
「昨日はなんともなかったから良かったけど・・・もし、もし怪我でもしてたら・・・!」
「そうかもしれないけど・・・」
琴音ちゃんの気持ちは分かる。
私を巻き込みたくない、その気持ちは痛いほど分かる。
「もし、また琴音ちゃんがあんな風になっても・・・私は昨日と同じことをすると思うよ」
「どうしてっ!? 死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「私はそうは思わない。琴音ちゃんを信じてるから・・・」
本当に信じてるんだよ・・・。
「絶対に成功するって、私は信じてるから」
「成功する・・・」
「そう、絶対に」
私は力を込めてそう言いました。
「最後まで・・・信じてくれる・・・?」
「当たり前だよ、友だちだもん」
琴音ちゃんだから、最後まで信じられるんだよ・・・。
琴音ちゃんは、私から少しだけ目をそらして、
「ありがとう・・・それと、ごめんなさい・・・」
私に聞こえるように、だけど小さな声でそう言いました。
やっぱり琴音ちゃんは強いなと思いました。
私ならこんな時、すぐに泣き出しちゃうだろうなぁ。
次の日からも、私たちの練習は続きました。
私は強くなるために。
琴音ちゃんは自分の能力を自分のものにするために。
後書き
サブタイトルに困りました。
まず熟語で統一しなければならないこと。
これは体裁を整える上では外せない要素です。
加えて、話の内容に沿っているものであること。
最終的に“希望”にしたのは、シリーズとしては終わっても、話としてはこれからもまだ続く、という
意味を込めた結果です。
某有名銀河大戦映画でも、第一作目は“新たなる希望”ですし・・・。
ところで、超能力で人が死んだりなんてことはあるんでしょうか?
ある日、大勢のオーディエンスの前でスプーン曲げを披露していたところ、その力がいつの間にか膨張し
やがて観衆に向けられ・・・。
怖い反面、魅力的な力だと思います。
それでは琴音ちゃん編も合わせてお楽しみください。
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