希望−琴音−



 葵ちゃんの言った事に、私は少しだけとまどいました。
「ボールの数を増やす・・・?」
「そう。今はひとつしかできないけど、きっとできるよ」
できるのかな・・・?
ううん、そうじゃない。やるんだ。
「ここまでできたんだから、大丈夫だよ」
「うん。私、頑張る」
きっとできるって、信じてるから。

翌日からの練習は、ボールを2個使いました。
最初は上手くいきませんでしたが、日が経つにつれ自由に動かせるようになりました。
3個、4個と数を増やしていきましたが、力の流れ方がだいたい分かったのでコントロールに時間は
かかりませんでした。
「やっぱり琴音ちゃんはすごいよ!」
「そんなことないよ」
「だって一度に5つもボールを動かせるんだよ!?」
「葵ちゃんのおかげだよ」
「私はちょっとアドバイスしただけ。実際、頑張ったのは琴音ちゃんなんだから」
「でも私ひとりじゃ無理だったよ」
葵ちゃんがアドバイスしてくれなければ、私は今みたいに自信を持てなかったでしょう。
成果があったのはもちろん嬉しいのですが、それ以上に葵ちゃんと一緒に前に進めたことが何よりも
嬉しかったのです。
「眠くならない?」
「ううん、まだまだ大丈夫」
今までは少し能力を使うだけですぐに眠気が襲ってきましたが、練習を続けるうちに力がついたのか
眠気に襲われることはなくなりました。
「でも、ごめんね。いつも遅くまで付き合わせちゃって・・・」
「気にしないで。見てて楽しいもん」
「楽しいって?」
「少しずつ能力を使いこなせるようになってるんだって、見てて分かるから」
「葵ちゃん・・・」
私は改めて葵ちゃんの寛大さに感謝しました。
あの日以来、能力の暴走はありませんでした。
エネルギーが溜まって暴走するのなら、少しずつ使っていけばいいというのが葵ちゃんの考えでしたが、
暴走が起こらなかったのは、他にも理由があります。
葵ちゃんにだけは怪我をさせないように・・・。
その一心で今まで・・・。
「ちょ・・・琴音ちゃん・・・?」
「・・・ッ!!」
頭が割れるように痛い!
この感覚・・・間違いない!
でも、近くに葵ちゃんが・・・。
「ダメ・・・わたし、また・・・」
声が出ない・・・。
こんなの初めて・・・。
「逃げて! 葵ちゃん、早く!」
肩に手をかけようとした葵ちゃんを、私は押しのけました。
私を締めつけるような空気が、辺りを覆いました。
「早くッ!!」
私がそう叫ぶと、葵ちゃんは素早く離れました。
力がさらに大きくなるのが分かりました。
もう・・・抑えられない・・・。
諦めかけた、その時でした。
私は小さな体に抱きしめられました。
「あおいちゃん!? どうして?」
「琴音ちゃん、ごめんね・・・」
「逃げて・・・って・・・言ったのに・・・」
「そんなこと、できるわけないよ」
「だって・・・葵ちゃんまで・・・」
私が押しのけようとしても、葵ちゃんは離れてくれませんでした。
「琴音ちゃんが苦しんでるのに、私だけ安全なところから応援だけするなんてできないよ」
体中が熱くなりました。
「言ったでしょ。暴走しそうなら私に向けて使えばいいって」
だんだん息苦しくなってきました。
もしこの能力が爆発したら・・・私はどうなるんだろう・・・。
ううん、私よりも葵ちゃんは・・・。
抑えないと・・・。
絶対に抑えないと・・・!
次の瞬間、私たちは白い光に包まれました。

 不思議な感覚・・・。
自分が浮かんでいるのか、立っているのかも分からない不思議な感覚でした。
でもなんだか心地よくて・・・。
そうだ・・・わたし、暴走を抑えられなくて・・・。
「琴音ちゃん・・・?」
呼ばれて、私は初めて目を閉じていたことに気付きました。
「あおいちゃん・・・わたし・・・」
何が起きたのかよく分かりませんでした。
あっ・・・!
「・・・葵ちゃん! 怪我は!? どこも痛くないッ!?」
「うん、大丈夫。どこも痛くないよ」
「よかった・・・」
「それより琴音ちゃん。できたんだね、コントロール」
葵ちゃんがすぐ下に視線を落としました。
それにつられて私も地面を見ると・・・。
「あ・・・」
周りの土がちょうど私たちを中心に、円を描いているのです。
それも、コンパスか何かを使って描いたような、きれいな円でした。
「いつの間に・・・?」
自分が見ているものが、信じられませんでした。

翌日の放課後。
クラブが終わって、私たちは昨日の出来事について話していました。
何か話をする時は、決まってお堂の階段に座ります。
昨日、思ったとおり立っていられないほどの強烈な眠気が私を襲いました。
よほど疲れていたのか、あの後のことはよく憶えていません。
それだけに気になっていたことがありました。
「本当にどこも怪我はないの?」
「大丈夫だよ。それより、昨日はびっくりしちゃった」
やっぱりそう答えました。
葵ちゃんはこういう性格の女の子です。どんなに辛いことがあっても、絶対に心配をかけさせないように
強がったりします。
今だって、本当は怪我してるかも知れないのに・・・。
それが葵ちゃんらしいと言えば葵ちゃんらしいのですが・・・。
とにかく、私は言いました。
「私も。何が起こったのか分からなくて・・・」
地面を見てみると、わずかに昨日の跡が残っていました。
「でもあんなに凄そうな暴走だったのに、どうやってコントロールできたの?」
身を乗り出すようにして葵ちゃんが訊きました。
「私にもよく分からないの・・・。あの時、自分がどうやったのか・・・」
「そう・・・」
ちょっとガッカリした感じの葵ちゃん。
もちろん、私も同じです。
せめてそれさえ分かれば、対処のしようもあるのでしょうけど・・・。
「ただ、葵ちゃんを傷つけないようにって必死だったのは覚えてる」
「琴音ちゃん・・・」
「何があっても、絶対に葵ちゃんに能力が向かないようにって、そればかり考えてた」
だってこれ以上、私の能力で不幸になる人が増えてほしくないから・・・。
それがもし葵ちゃんだったりしたら・・・きっと耐えられなくなるから・・・。
私はまっすぐに葵ちゃんを見て、
「ありがとう」
「え・・・?」
「私が逃げてって言ったのに、葵ちゃん、逃げずにそばにいてくれたよね・・・」
「どうしていいか分からなかったから・・・」
「葵ちゃんがああしてくれたから、コントロールできたんだと思う」
「そんなことないよ。琴音ちゃんが頑張ったからだと思うよ」
「ううん、葵ちゃんのおかげだよ。ありがとう・・・」
「琴音ちゃん・・・」
「葵ちゃんがしてくれたこと・・・嬉しかった・・・だけど・・・」
そこまで言って、私は葵ちゃんの目を見て言いました。
「もう二度と、あんな危険なことはしないって約束して!」
「えっ・・・?」
「昨日はなんともなかったから良かったけど・・・もし、もし怪我でもしてたら・・・!」
「そうかもしれないけど・・・」
私が怒鳴ったことで、葵ちゃんは困ったように俯きました。
「もし、また琴音ちゃんがあんな風になっても・・・私は昨日と同じことをすると思うよ」
冗談ではなく、葵ちゃんはそう言いました。
「どうしてっ!? 死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「私はそうは思わない。琴音ちゃんを信じてるから・・・」
この根拠のない自信はどこからくるんだろう・・・。
私はときどき、葵ちゃんが羨ましくなります。
「絶対に成功するって、私は信じてるから」
「成功する・・・」
問いかけるように私はつぶやきました。
「そう、絶対に」
葵ちゃんは力を込めてそう言ってくれました。
「最後まで・・・信じてくれる・・・?」
「当たり前だよ、友だちだもん」
その言葉を聞いた途端、私は決心しました。
もう絶対に泣き言は言わないって。
それが、私を信じてくれてる葵ちゃんへのせめてもの答えだと思ったからです。
私は少しだけ目をそらして、
「ありがとう・・・それと、ごめんなさい・・・」
小さく答えました。
絶対にコントロールしてみせる。
だって私自身が持ってる能力だもん。
使いこなせなきゃおかしいもんね。
だから・・・絶対に・・・。

次の日からも、私たちの練習は続きました。
私は能力をコントロールするために。
葵ちゃんは秋のエクストリーム大会に出場するために。





   後書き

 文章量の半分近くがセリフで埋もれてしまいました。
なかなか情景を表現するのが難しかったのです。
とはいえ、第二期もようやく終了。
前回は葵ちゃんがメインで、今回は琴音ちゃんに焦点を当ててみました。
どちらの話も、本来なら浩之がその場にいるはずの内容なのですが、あえて浩之の役割を葵ちゃんの
場合は琴音ちゃん、琴音ちゃんの場合は葵ちゃんに置き換えています。
 しかし僕自身、なにか釈然としないものを感じていたりもします。
第一期ほどいい終わり方というか、いい文章が書けなかった気がするのです。
各話に起伏がなかったような・・・。
実は第三期の話も、おおまかながら出来上がっております。
時間があれば、そっちの方も書いてみたいなと思っております。



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