旧式と新型





 オフィス。
仕事のほとんどをロボットたちに奪われてしまったある日のこと。
この日も同僚たちと、冗談を交えながら仕事をしていた。
営業も兼ねた仕事だったが、今では高性能化したロボットたちが引き受けている。
ほんの数年前までは、メイドロボが登場して世間が沸いていたが需要の波が開発者たちに大きな使命感を
与えるのか、一気に職場に適用するロボットが出回るようになった。
より人間に近く、より高性能に。
この二つの相反するような要望が、ついに実現しつつあるのだ。
「最近のロボットって、何でもやるよな」
隣りの席からそんな声が聞こえてきた。
「ああ。そのうち俺たちの仕事もなくなっちまうかもな」
「そしたらロボットに改造してもらうか?」
どこででも聞くような会話だ。
みんな、性能が向上すればいいと思っているのだろうか?
少なくとも俺はそうは思わない。

 定刻が過ぎ、社員がみな出て行ったオフィス。
俺は1人残って、仕事を続けていた。
俺の専属のロボットが帰ってこない。
やはり、性能の差というものだろうか?
ロボットが驚くほどの速さで普及した今、多くの企業では専属ロボット制が導入されていた。
これは自分のパートナーとして、1人に1体、会社からロボットが与えられるという制度だった。
どうせなら一番高価なものを・・・とは金に汚いやつらの考え方だ。
高いものがいいとは限らない。せめて、相性のいいロボットを選ぶ目を持っていれば、そいつとは
それなりの付き合いができそうだが。
 みんなが流行や値段を気にする中で、俺は最も古いタイプを選んだ。
型番はたしか・・・HMなんとかだったと思う。
小柄な、重い物を運べそうにないロボットだ。
緑色の髪は、社内でもかなり目を引く。
屈託のない笑顔でいつも俺の心を満たしてくれる。
 小さな音がして、ドアが開いた。
俺の専属のロボットが戻ってきたのだ。
「マルチ、遅かったじゃないか」
だが部屋に入ってきたマルチは、頭を下げてとぼとぼ歩いてくる。
「どうしたんだ?」
「も、申し訳ありません! マスターからお預かりした大切な書類を・・・」
「書類って、昼間に渡したやつか!?」
「はい! とっても大切な書類なのに、私・・・」
「失くしたのか?」
「申し訳ありません! 二度とこんな事がないようにしますから、どうかお許しください!」
悲痛な声をあげて泣くマルチ。
「どうか・・・どうかお許しを・・・!」
ただただ頭を下げるマルチだったが、俺は、
「大事なデータが入ってたんだぞ! それをお前は!」
「すみませんでした! どうかお許しください!」
「許せだと!? ロボットの分際で俺に命令するのか! ユーザーは俺だ! どうしようと勝手だろ?」
「・・・・・・!?」
「・・・出て行け。お前の顔なんか見たくないっ!」
腹の底からしぼり出すように言ってやった。
バタンッという音がして、また静かな時が流れた。
顔を伏せていたので見てはいなかったが、マルチが飛び出していった音に間違いはないようだ。
あの書類か・・・。
俺は嫌なことを思い出してしまった。

 マルチは会社の玄関にいた。
隅でうずくまっていた。
「マルチ・・・」
「マスター・・・」
泣きはらした目をしていた。
ゆっくりとマルチが立ち上がる。
「もうこんな時間だ。早く家に帰ろう」
「はい・・・」
ふらふらと歩くマルチの歩調に合わせて、俺もゆっくりと歩いた。
「怒鳴ったりして悪かったな・・・」
「いえ、私が悪いんです。私がもっとしっかりしていれば・・・」
「もういいよ」
「でも・・・」
「それより俺の話を聞いてくれ」
記憶をたどりながら、俺はゆっくりと話し始めた。
「俺がお前を怒鳴りつけてしまったのは・・・昔を思い出したからなんだ・・・」
「・・・・・・」
「以前にも、専属のロボットがいてな。言っちゃ悪いが、お前よりずっと新型で性能も良かった」
段々と調子が沈んでいく。
「俺はそいつを信用してた。言う事をよく聞くし、機転も利かせる。おまけにお前みたいに表情も
豊かだった。当時で一番人間に近かったかな」
「はい・・・」
「だけど、そいつがミスをした。大事な書類を取り引き先に渡すのを忘れたんだよ。当然、取り引き先
は怒ってたな。こっちが頼みこんで契約したんだから、当たり前か。俺はそのロボットに、今後こんな
ことがないように注意した。ところがだ・・・」
「そのロボットに何かあったんですか?」
「そいつはくだらない言い訳を始めたんだ。忘れたのは処理中のデータが許容量を超えていたからだ、
そんなことばっかり言ってな。謝るどころか、悪かったとも思ってなかったらしい。俺が言ったら、
ようやくひと言、すみませんって言ったよ」
俺はため息をついた。
「結局、その書類の件が災いして取り引きは一方的に打ち切られたよ。俺もその責任をとって解雇さ。
まったく、今考えてもとんでもない話だよ」
「そんなことが・・・」
「人間に近いってことは要領がいいってことさ。要領がいいやつは知恵を使う。知恵を使うやつは上手く
立ち回る。高性能っつっても、それは見かけだけなんだよ」
「・・・・・・」
「でも、お前はそんなことはひと言も言わなかったよな。つぎ頑張るから許してくれって言ったよな。
ヘタな言い訳もしないでさ・・・。お前はホントに要領が悪いよな」
「・・・すみません」
「謝ることじゃねえよ。それは立派だと思うぜ」
「そうでしょうか・・・?」
「そりゃそうさ。エライ人間だって、言い訳するやつは大勢いる。他人に責任をなすりつけるやつや、
知らんぷりするやつもな。俺も・・・たぶんその中の1人だろうな」
「そんな・・・マスターは違います!」
「みんなそう言うぜ。たとえ人間でもロボットでもな」
「私は・・・心から違うと思っています」
「そうだった。お前には心があったな」
「・・・・・・」
「なあ、マルチ」
「何でしょうか?」
「俺さ、つい感情的になって怒鳴りつけてしまったけど、これからも俺のパートナーでいてくれるか?」
「もちろんです! これからは失敗しないように頑張ります。ですからマスターの専属としていさせて
ください」
「それでこそ、俺のマルチだ。明日からも頼むぜ」
「はい!」





   後書き


 全体的に暗めの話になってしまいました。
今や映画に出てくるようなロボットが開発される時代。
ロボットが感情を持ったりして人間に近くなることについては、これから論争になるでしょう。
どこかの大学の入試でも、ロボットが感情を持つことに賛成かどうかを問う論文が出題されたようです。
ちなみに僕は賛成派です。
でもリアルすぎて、怒りや憎しみといった暗黒面につながるような感情を抱いた結果、ユーザーである
人間たちに・・・っていうのは遠慮したいですね。


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