第2話 レメク

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 沸き立つ正義感は、まず彼女の瞳に情熱の炎を滾らせた。
善を勧め、悪を懲らしめる。
多くの人間が正しいと思っていることを、自分もするだけだ。
大きく異なるのは思うだけでなく、実際にそうする力が自分にあること。
才能はこういう事にこそ使うべきだ。
(とはいえ、今さら戻るわけにも・・・・・・)
生まれて初めて犯した罪だ。
ボイコットという易しい言葉で片付けることもできるが、彼女には荷が重すぎた。
これが理由で教練所を追い出されるかもしれない。
そう考えると少し恐くなる。
もしそうなったら・・・・・・?
民間の警察団体にでも入れてもらうか。
成績証明を発行してもらえば、試験を受けるまでもなくパスするだろう。
民間でなければならない理由は教練所と中央治安維持機構とのしがらみにある。
高い能力を持つレメクは、民間でないかぎりは軍隊としての所属しか道は無い。
(その後は・・・・・・)
文字通り、正義を貫き通すだけだ。
展開を模索しているうち、少しだけ気が楽になってきた。
教練所で果てない訓練を積んでいるより、はるかに意味のある行為だ。
安定した生活を貪り、訓練と称して才能を披露しているだけでは平和も安定もやって来ない。
自ら動き、小さくてもいいから犯罪の芽を摘み取る。
それだけで世界は変わってくる。
(戦争が起こるわけじゃないんだ。兵士より警察が必要だろう)
と、無理やりに思考を完結させる。
義務から逃げているわけではない。
活躍の場を変えようとしているだけだ。
自分は間違っていない。
恐れるべきは、今のこの感情が時間とともに薄らいでしまわないかということくらいだ。
行き交う人々は疲れているような、わずかな幸福に笑んでいるようなよく分からない表情を浮かべている。
この世界の閉塞感と暗さがそういう顔をさせているのだろう。
ほとんどの人間は贅沢な暮らしなどできない。
贅沢どころか、最低限の生活の保障もされていないのが大抵だ。
物取りなどの犯行は必ずと言っていいほど、生活に困窮した者がやる。
遊び感覚で強奪したりはしない。
身勝手な言い分だが、犯人は生活のためにやっているのだ。
生きるため、という強い願望はレメクにも理解できないものではない。
だが、誰かを害したり何かを奪ったりすることは許せなかった。

 

 1日おいて教練所に戻ってきたレメクは、
「申し訳ありませんでした」
一切の言い訳をせず、率直に謝罪した。
元々、言葉を飾ることを厭う彼女だ。
つまらない世辞も冗談も言えない。
それがこういう場ではかえって良い結果を招く。
「優等生も時にはガス抜きが必要か?」
目の前の教官は怒っているという様子ではない。
包容力はなさそうだが、対峙するものに窮屈さも与えない。
つかみどころのない人物だ。
「教官、実は・・・・・・」
回りくどいうやりとりを嫌うレメクは、すぐに自分の意思を伝えようとする。
ここにいる意味はない。
ならば早々に立ち去るべきだ。
長くここにいた彼女だが、いざ去る段になって未練など微塵も湧かなかった。
「出て行くというのか?」
「・・・・・・・・・・・・!!」
教官は見抜いていた。
「昨日のやりとりで何となく分かった。お前はここを出たがっているな?」
レメクを見る教官の目は鋭く貫くような冷たさがあった。
「はい」
彼女にとっては好都合だった。
言いたいことが先に伝わっているのなら、話し合いも円滑に進む。
さっさと辞意を述べ、次に行くべき場所を探したい。
「ここを出るなら公立の治安維持機構には入れんぞ」
「分かっています」
中央の公立機関は互いに情報を共有しており、レメクに関するデータもそれぞれが持っている。
彼女の所属は教練所と決められており、それ以外の部署に配属されることは無い。
仮にレメクがここを出るなら、公立機関の枠を越えるしかない。
その場合は除名扱いとなり、再び機関に復帰することは不可能となる。
つまりは後戻りできない、ということだ。
「考えなおさないか? お前の力を必要とする人は大勢いるぞ」
「ですがその力を発揮する場所がありません」
「今はまだだ。己の能力を磨く段階だぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
「成長を焦るな。辛抱することも教練だ」
教官は諭すが、もはやレメクの耳には届かない。
辛抱だって?
いつまでそうしていればいいのだ?
今、この瞬間にも報道されないだけで事件が起きているかもしれないのに?
悠長に訓練をしろというのか。
「お前は未熟だ。たしかに優秀だが、今のままでは邪悪に飲み込まれる」
「邪悪ですって?」
何をバカな、と笑い飛ばしてやりたかった。
悪を懲らしめるのが役目ではないか。
その悪に飲み込まれるなど馬鹿げている。
教官は息をひとつ吐いて、
「レメク、お前は悪を許さない揺るぎない正義感の持ち主だ。教練していてそれをひしひしと感じる」
「でしたら――」
「お前は悪敵とは、どこか遠くにいる邪(よこしま)な心の持ち主だと思うか?」
「・・・・・・・・・・・・?」
一度聞いただけでは意味が分からなかった。
「お前が罰するべきだと考える悪は遠くにいるとは限らないぞ」
「分かっています。だからこの町を、私が生まれ育ったこの町だけでも守りたいんです」
「そうではない」
「・・・・・・」
「そういう意味の”遠く”ではない。俺が言っているのは普通を装う悪のことだ」
「はい・・・・・・?」
ますます分からなくなる。
この教官は直截簡明な話し方をする人物だと思っていたのに、ずいぶんと持って回った言い方をする。
それがレメクには気に入らなかった。
「ハッキリと分かる悪、強奪犯などは警察に任せておけばいいんだ」
そう言う教官の口調は妙に落ち着いていて恐い。
「俺たちが目をつけるべきなのはテロなどの見えざる脅威だ。こっちは厄介だからな」
「厄介?」
「お前たち訓練生が最も養わなければならないのは銃や剣や格闘術の腕前じゃない。何だか分かるか?」
「・・・・・・分かりません」
3秒考えてレメクはかぶりを振った。
「洞察力だ」
きわめて短く、教官は答えを提示する。
「洞察力・・・ですか?」
意外な答えだった。
「そうだ。洞察力の前では銃も剣も飾りのようなものだ」
レメクの中では教官の言葉につながりを見出せなかった。
朝早くに起き、心身ともになぶられる過酷な訓練は洞察力を養うためだった?
銃も剣もそれには遠く及ばない?
では何のために?
(・・・・・・・・・・・・)
彼女の思考はやはり最後は、”無駄な時間を過ごしている”という結果にたどりつく。
「お前にはまだ分からないかもしれんな」
という教官のその一言がレメクから冷静さを奪った。
「ええ、私には分かりません。無為に時間を浪費するより、今できることを選びます」
これは思考の途絶が引き起こした別れの一言。
最後には自分を子ども扱いする教官とは、これ以上話しても得られるものは何もない。
そもそもこの場から消えるための挨拶に来たのだ。
議論は終わりだ。
「どうしても出て行くというのか?」
レメクの先ほどの語気から、留まるつもりはないと悟った教官。
彼は最後にもう一度だけ意思を確認する。
「はい。身勝手だとは承知のうえで」
意思は意志に変わった。
レメクの決意を見て、
「――惜しいな。実に惜しいが仕方あるまい」
彼はあっさりと手放した。
「だが分かっているな? お前が選べる道は狭いぞ」
「もちろん分かっております」
引き止めなかった教官をレメクはわずかに訝ったが、これは都合が良い。
もはや話し合う必要がないのだから、これで互いの望みは一致したことになる。
「では教官、短い間でしたがお世話になりました。必要な手続きを済ませてまいります」
「ああ――」
レメクは惜しむこともなく、事務的に挨拶をすませると速やかに退室した。
その後ろ姿が見えなくなって、たっぷり5分は経ってから教官はため息をつく。
彼女は優秀だ。
優秀すぎる。
射撃の腕ももちろんそうだが、それに隠れるように秘めた力も持ち合わせているハズだ。
戦いとなれば、彼女ほど頼りになる者はそういないだろう。
しかし――。
「駄目だな・・・・・・」
教官は呟いた。
我が強すぎるのだ。
力を持つものはたいてい、それを使いたくなるものだ。
己の力を行使し、見せつけ、結果を生み出すことで満足感を得ようとして。
レメクはその種の人間ではない。
純粋な正義感から突っ走ろうとしているにすぎない。
そういう人物はどこかで失敗する。
敵を見誤るか、力を過信して慢心するか。
どちらにしても良い結果にはならない。
時には無関係な者の命を奪ったりし、自身の死を招いたりすることもある
この教官はそういった人物を何人も見てきた。
テロ組織に無謀に単身で飛び込み、あえなく玉砕した者もいる。
肝心なところで銃火器の扱いを誤り、一般人を巻き込んだケースもある。
そういう結果を招く恐れのある者を置くことは、組織全体の士気を低下させることにつながる。
優秀だが切り捨てなければ災いを呼ぶ。
教官の選択は正しいハズだったが、その選択をした彼自身は深く後悔した。

 

「本気なの?」
ランが掴みかかる勢いでレメクに詰め寄った。
「本当だ。もう手続きも済ませた」
レメクは素っ気無く答える。
こういう時だから、その無表情さにさらに磨きがかかっているように見える。
「どうして? どうしてなの?」
問い詰めるというより嘆願に近かった。
彼女は常に好成績を叩き出すレメクを尊敬していたし、そのレメクと友誼があったことを誇りにも思っていた。
目標と言っても差し支えない。
「何が理由なの?」
それがいとも呆気なく目の前から消えるとあっては、ランも心配しないわけにはいかない。
黙って送り出す気にはなれないのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
今のレメクにはランの視線がつらい。
一生を共にすると決めた仲ではない。
むしろ馴れ合いを好まないレメクにとっては、訓練生仲間といった程度の認識しかない。
だがそれでもある種の情が湧いたのは確かだった。
「俺たちに相談してくれてもよかったんじゃないのか? 急にこんな話になってよう・・・・・・」
今度はジャイナが言った。
レメクは理由を告げるべきか迷った。
教官同様、辛抱が足りないと言われるのではないか?
そんな動機で、と呆れられるのではないか?
不安はあった。
そもそもこれで縁は切れるのだから、わざわざ心情を吐露する義理はない。
「ここでは駄目だと思ったからだ」
次の瞬間、口が勝手に動いた。
「私の求める正義はここにはないんだ。私は兵士になりたいんじゃない」
意思とは裏腹に、レメクは教官に言ったよりも詳しくその理由を述べていた。
「訓練をしている時間がもったいないと思えてきたんだ。そうしている間にできることはないか。
考えればやはり今こそが無意味だと感じた。今、やらなければならないことがある」
彼女らしくない饒舌だった。
ランとジャイナは互いに顔を見合わせた。
「それで出て行くのか?」
ジャイナが問うた。
「ああ」
レメクが短く答えた。
納得のいく回答ではなかった。
「戦争になったらたくさんの人が死ぬんだよ? 私たちはその時のために頑張ってるんじゃないの?」
ランは引きとめようと必死だ。
しかし――。
「正義や善の考え方はそれぞれだ。私とラン、ジャイナともたぶん違うだろう」
この考え方にたどりついたレメクには、引きとめは通用しない。
「これが私の選んだ道だ」
言い切った。
もはや誰であろうと、レメクをここに留めることは不可能だろう。
「急すぎるよ・・・こんな・・・・・・なんでよ・・・・・・」
展開の早さ、レメクの心情の変化にランはついていけない。
ランにはランの、ジャイナにはジャイナの信じる正義の道がある。
それがレメクとは異なっていたというだけの、実に簡単な話だ。
が、その相違が居場所を断ち切るほどに深い溝を作っていることを、ランはまだ納得できないでいる。
「ラン、やめておけ。俺たちに引き止める権利なんてないさ」
ジャイナはあっさりと受け入れた。
レメクとは親しい仲だが、泣きついてまで一緒にいたいとは思わない。
そもそもここは教練所だから、必要なのは連帯感であって馴れ合いではない。
その点ではレメクのような生き方こそが正しいと言える。
「ジャイナ!? それでいいの? だってレメクが・・・・・・!」
「お前が引きとめたとして、じゃあその責任をとれるのか?」
「え・・・・・・?」
「レメクはやりたい事があるって言ったんだ。それを邪魔することになるんだぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
厳しい言い方だが、レメクにはありがたい言葉だった。
「お前の言ってるのはワガママだよ。レメクを引き止めたい気持ちは分かるけどな」
ここまで諭されれば、さすがのランも反論できない。
「すまない」
別れの言葉は端的に済ませようとレメクは思っていた。
これからは別々の道を歩む。
どこで、どの状況で再び出会うかは分からない。
が、正義や善を追い続けている限り、敵同士になることはないだろう。
「そっか・・・でも残念だな。まだ一度もレメクに勝ったことないのに、もう競争できなくなるんだね・・・・・・」
ランが作る笑顔はまだぎこちない。
しかし、彼女自身はようやくこの別れを受け入れる準備を始めたようだ。
「記録を塗り替えればいいじゃないか。ラン、お前ならできる」
やはり淡々と返すレメクだが、その瞳がわずかに潤んでいる。
感情を普段は表に出さない彼女も、ここでは心象的になってしまうらしい。
「それで、この後はどうするんだ?」
ジャイナが訊いた。
「民間の警察団体を考えてる」
「そっか・・・そうだよな。国立の機関には入れないもんな」
その先の展開は全く想像すらできない。
軍隊での兵士としての訓練を受けた才媛が、民間の警察団体で現場に出る。
犯罪者を捕らえるだけなら、レメクの腕では役不足だ。
「そこで才能を存分に発揮するわけか」
レメクの前ではどんな犯罪者も子供同然だろう。
冷淡に仕事をこなすレメクを想像して、ジャイナは笑んだ。
「おかしいか?」
「いや、ピッタリだと思うぜ」
ウソではない。
民にとってレメクは頼もしい存在となるだろう。
「出発はいつなの?」
今度はランが訊いた。
不安げな顔に、
「すぐにでも発つつもりだ」
わずかな呼吸も置くことなく答える。
「ソラたちには――?」
「挨拶はしない。このまま出る」
どうしてここまで冷静に、しかも素早く決断が下せるのだろう。
ランは少し羨ましくなった。
彼女にはもう未練などないのだろうか。
決断したというよりも、早く出たがっているように見える。
(・・・・・・・・・・・・)
教練所にいるのが無駄、ということはここにいること自体が苦痛なのだろう。
だとすれば、先ほど引き止めたのは苦痛をほんのわずかとはいえ長引かせたことにはならないか。
レメクとはお別れだ。
自分が最後にしてやれることは――。
「分かったよ」
ランは大きく息を吐いた。
「困ったことがあったら、いつでも私たちを頼りなよ?」
笑顔で送り出すこと。
それがレメクに、自分の決断は間違っていないと確信させるキッカケとなる。
「――すまない」
ランの満面の笑みに、今度はレメクが泣きそうになる。
が、彼女は堪えた。
ここで涙すれば全てが無駄になってしまう気がした。
だから彼女は笑うことも泣くこともせず、
「元気でな」
短く告げてこの場を去るのだ。

 

 冷たい風は期待と不安を煽る。
荷物を手に、レメクは薄暗い街を歩いた。
民間の警察団体は2ヶ所ある。
それぞれが町の西半分と東半分を担当し、治安の維持に努めている。
(私は西だな)
行く先はすでに決めていた。
レメクの生まれ育った家は町の西側にある。
だから自分も守るなら、自分の家がある西方面にしたいという思いがある。
(少し寄ってみるか)
時間はたっぷりある。
レメクは来た道を戻ると、脇道へと入っていく。
ここを通るのは数年ぶりだが、体はちゃんと道筋を覚えている。
舗装されていない道を右に折れ、左に曲がる。
見知った顔とは出会わない。
当時の事件が、近隣の住民をもメチャクチャにしてしまったのだ。
「ここを離れていったのだろうか・・・・・・」
真相は分からない。
あの事件で命を落としたか、どこかに避難したか。
構造そのものは変わっていないが、見る場所見る場所が荒廃していることは分かった。
瓦礫が落ちている所もあれば、犬か猫かの屍骸がほとんど骨になっているのも見た。
廃墟と言ってもいいかもしれない。
懐かしい通りが今は不気味に思えた。
「・・・・・・・・・・・・」
自分の歩く音が響く。
自分の息遣いがすぐ耳元で囁くように聞こえる。
神経は張り詰めていた。
半ばまで来たあたりで、来なければよかったと後悔した。
進むにつれ荒れ具合が酷くなる。
事件以降、誰も復旧させようとしなかったのかもしれない。
この通りは民に見捨てられた。
そういう印象さえある。
生きているのは名前も知らないような虫だけ。
ジャリっと砂礫を踏む音に、不覚にもレメクはたじろいだ。
これがひどく不吉な声に聞こえたのだ。
「・・・・・・・・・・・・!!」
その数秒後、レメクは愕然とする。
ここに至るまでですでに予想できていた光景。
自分が生まれ、育ち、追い出された家が。
一辺の壁だけを残して無くなっていた。
荒らされ、汚された家屋でも形だけは残っていると思っていた。
他の住居同様、見るに堪えない姿でも存在だけはあると信じていた。
それがなかった。
たった一枚の薄い壁だけが、不自然に取り残されていた。
間違いではない。
ここは間違いなく自分の家があった場所だ。
「・・・・・・これは・・・・・・・・・・・・」
そういえば、少し前に地震があった。
その影響で倒壊したのだろうか。
「なんだ・・・これは・・・・・・」
瓦礫の中に健気に立つ壁を見て、レメクの中で何かが爆発した。
陰惨な事件とそれを起こした犯罪者は――。
レメクから両親と彼女自身の安穏たる未来と、近隣の知人を奪っただけでなく。
唯一の形見であった住家すらも奪うキッカケを作った。
瞬間、レメクはようやく分かった。
胸の中で爆発した感情が教えてくれた。
自分が追い求めていたものは正義ではない。
善を勧めていたのでもない。
自分はただ悪が許せなかっただけだ。
悪を憎んでいただけだ。
同じようだが動機がまるで違う。
善や正義を追求することが、懲悪することだと思っていた。
そう信じていた。
だが違う。
悪を憎み、駆逐することが善と正義を広げるのだ。
「そうなのか――」
犯罪者から町を守るのではない。
町を守るために犯罪者を排除すべきなのだ。
災いは元から絶たなければ、魔手をあちこちに伸ばしてしまう。
自分の才能はそのために使うんだ。
後手に回ってはいけない。
レメクは境遇を嘆いた。
こんな世界でなければ――。
こんな世界に住まなければ――。
少なくともこんな惨事は起こらなかったハズだと。
続いて怒りがこみ上げてくる。
何が元凶なのだ!?
この町をこんなにしたのは犯罪者たちだ。
では犯罪者を作ったのは誰なんだ。
それを突き止めようとしたが、彼女には分からなかった。
元凶がそういった人々の心だとしたら、それを駆逐することは不可能だ。
実体のないものを排除することはできない。
「くそっ!!」
汚い言葉を吐き、彼女はゆっくりと踵を返した。
憤りしかなかった。
誰かを、何かを守るための才能が、誰かを、何かを叩き潰すための凶器へと変わった瞬間だ。

 

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