初戦−琴音−



 準備に余念のない葵ちゃん。
控え室には2人しかいないのに、とても緊張してしまいます。
実際リングに上がって闘うのは葵ちゃんですが、私もセコンドとしてしっかりサポートしないと・・・。
「松原葵さん、時間です。こちらへ・・・」
そんな事を考えていると、係員がやって来ました。
「葵ちゃん、いよいよだね」
「うん」
励ますつもりで言ったのに、その声は震えていました。
こんなのじゃダメだ・・・。
私がしっかりしないと・・・。
誘導された先には、まばゆいばかりのスポットライトが当てられたリングがあります。
『松原葵選手の入場です』
アナウンスが葵ちゃんの名を呼びました。
この時、改めて私はエクストリームという大きな大会に出場しているんだと強く思いました。
周囲の観客の多さに圧倒されそうです。
『対するは矢追知美選手』
向こう側から来た対戦相手、矢追さんは周りの声援に応えるように入場してきました。
体格は葵ちゃんと同じくらい。
「葵ちゃん、がんばってね」
「うん、大丈夫」
そう言う葵ちゃんにはどこか緊張した感じもしましたが、同時に頼もしさも感じました。
「両者、前へ」
リング中央の審判の声で、葵ちゃんは軽く拳を握ると、リングへ上がりました。
「ルールの確認をします。試合は3分間の2ラウンド制。KO、もしくはTKOで終了します」
審判がルールの確認をしています。
「肘、額の使用、顔面に対するヒザの使用、および倒れた相手への打撃技を禁止とします」
矢追さんの視線はずっと葵ちゃんに向いています。
相手のセコンドは私を見ていました。
きっと私がどんなアドバイスをするのか、それを探るためでしょう。
「始めッ!!」
審判の言葉とほぼ同時に、葵ちゃんは前面へと直進していました。
先制攻撃をしかけるつもりだ・・・!
矢追さんが右腕を大きく振り上げました。
「葵ちゃん、ダメッ!!」
私が叫ぶと同時に、葵ちゃんはすぐに後退しました。
もう少し遅れていたら、相手の一撃をまともに受けていたかもしれません。
葵ちゃんは今度は距離をとり、冷静に相手の動きを見極めようとしています。
2人はリングを迂回するようにして、一定の距離を保っています。
どちらも相手の出方が分からず、不用意に攻められないのでしょう。
その時、葵ちゃんが何かを狙っているように見えました。
矢追さんに対して、わずかに体の角度を変えたようです。
相手はそれに気付いているでしょうか?
それに・・・。
距離を少しずつ詰めてる・・・。
分からないくらいに少しずつだけど、たしかに葵ちゃんは矢追さんに近づいています。
突然、矢追さんが素早いストレートを放ちました。
予測していたのか、葵ちゃんは上半身を反らしてかわしました。
今の・・・・・・。
開始直後もそうだったけど、矢追さんは打つ直前に体の動きを止めているようです。
もしそれが相手の癖なら、充分に見切ることができるかもしれない。
「第1ラウンド終了です! 両者、下がってください!!」
もう3分が経ったんだ・・・。
葵ちゃんがコーナーに戻ってきました。
「ふう・・・」
「葵ちゃん、大丈夫?」
「うん。何とかね」
あのわずかの攻防では、相手の力を見抜く事はさすがの葵ちゃんでも難しかったようです。
こうなると相手のセコンドがどんな助言をしているのかが気になってきます。
さっき気付いたことが果たして本当に役に立つのか。
それは分かりませんでしたが、とにかく葵ちゃんに伝えることにしました。
「葵ちゃん。私、ちゃんとしたアドバイスできないけど・・・」
「・・・?」
「あの人が打ってくる時、いつも動きが少しだけ止まってる気がするの」
「動きが?」
「う、うん。なんていうか、確かめてから打ってるみたいに感じた」
うまく表現することができません。
ちゃんと伝わっているか心配でした。
「ごめんね、こんなアドバイスしかできなくて・・・」
「ううん! すごいよ、琴音ちゃん」
「え・・・?」
「実際に目の前で私が見ても分からなかったもん。それを見つけてくれたんだから」
「第2ラウンドを開始します! 両者、前へ!」
審判がセコンドタイムの終了を告げました。
それを受けて葵ちゃんも、再びリングへとあがります。
途中、振り返ってウインクしました。
その調子なら、きっと大丈夫。
「始めッ!」
2ラウンドの開始直後、先に攻めたのは葵ちゃんでした。
もちろん、さっきのように飛び込んでいったりはしません。
冷静に、相手が焦るのを見越してのことでしょう。
ある程度ふたりの距離が縮まったところで、矢追さんはさっきと同じようにストレートを打ちました。
早くてよく見えません。
それを目の前で難なくよけるのですから、葵ちゃんは本当にすごいです。
この攻撃をかわした葵ちゃんは、半歩後ろに下がりました。
矢追さんの動きがほんの一瞬、止まります。
思ったとおり、その直後には単調な右ストレートです。
これが相手の、矢追さんの癖であり攻撃パターンであることは間違いありません。
向こうのセコンドはこのことを言わなかったようです。
完全に相手のパターンを見切った葵ちゃんは、矢追さんのストレートを相手の左側に回りこんで
避けました。
不意をつかれた矢追さんは、葵ちゃんの方向へ向き直るのが遅かったように見えました。
「くっ!!」
葵ちゃんの打撃の連続が、立て続けに矢追さんに直撃しました。
何とかして距離を取ろうとする矢追さんは、懐に潜り込まれると弱いようです。
大きくバランスを崩した矢追さんに、葵ちゃんは守りを許しません。
十発以上のジャブが、相手に大きな隙を作りました。
矢追さんを徐々に追いやると、葵ちゃんは一歩下がり右肩をわずかに下げました。
あれは・・・。得意のハイキックを決めるつもりです!
「今は使っちゃダメッ!」
私の声に葵ちゃんは思いとどまってくれたようです。
その間に体勢を立て直した矢追さんが、やはりストレートを放ちました。
単調な攻撃を葵ちゃんは完全に見切っていました。かすりもしません。
直後、葵ちゃんが矢追さんと同じ右ストレートを叩き込みました。
防ぐ間もなく、その一撃は矢追さんの腹部に突き刺さります。
葵ちゃんが追い討ちをかけようとした時、矢追さんは構えを取ることなくその場に倒れました。
すぐに審判がかけより、矢追さんがダウンしたことを確認しました。
「勝者! 松原葵!!」
そして葵ちゃんの腕を取り、そう宣言しました。
「やったぁーー!!」
嬉しさのあまり、私は周りの喚声に負けないほどの大声をあげていました。

「葵ちゃん、やったね!」
リングから降りてきた葵ちゃんにタオルを渡しました。
「うん。まだ一回戦だけどね」
「それでもすごいよ」
控え室に戻った私たちは、しばらく休憩をとっています。
「葵ちゃんがハイキックを使おうとしてたから焦っちゃった」
「え・・・?」
「だってあれは葵ちゃんの秘密兵器だもん。一回戦で使っちゃもったいないし、それに・・・」
「?」
「他の相手に見破られちゃうかも知れないしね」
「琴音ちゃんがセコンドになってくれてほんとうに良かった・・・」
「え? どうしたの急に・・・」
今さらと、笑いかけた私でしたが葵ちゃんの真剣な口調にためらいました。
「相手の動きの特徴をすぐに見つけてくれたよね」
「当然だよ、私にできることはそれぐらいだから」
「それが凄いと思う」
「どうして?」
「だって矢追さんが私にしかけてきたのって、2、3回だよ? それだけで見抜けるなんて、なかなか
できないよ。すぐ目の前で戦ってる私にだって分からなかったもん」
「そうかな・・・」
「それに・・・」
ちょっと恥ずかしそうに葵ちゃんは俯きました。
「私がハイキックで決めようとしてた時も、すぐに止めてくれたし」
「練習の時、いつも見てたから」
「ちょっと軽はずみだったかな、って反省してる」
そう言って、親に怒られた子供みたいにうなだれる葵ちゃん。
私は慌てて否定します。
「え? ううん、そういう意味で言ったんじゃないよ! だけど・・・」
「分かってる」
葵ちゃんはそう言って笑いました。
ここまで来たからには・・・絶対に葵ちゃんを勝たせてあげたい・・・。
たとえ優勝できなくても、心から良かったと思える試合ができるように私もしっかりサポートしないと。
おそらく綾香さんは決勝まで残るだろう・・・。
綾香さんとは決勝戦で闘わせてあげたい。
勝っても負けてもいい。
だって綾香さんは葵ちゃんの憧れの人だから。
同じ舞台で闘うのが夢だったんだよね。
だから・・・・・・。





   後書き

 セコンドの立場を書くというのは、思ったよりも難しいです。
リング上で起こっていることを本人の思考の中に意識的に織り交ぜていかないと、まるで動きのない
ただの長文になってしまいます。
今回の話では、葵ちゃんのエクストリームにかける想いと、セコンドとしての琴音ちゃんの成長という
ふたつに重点を置いて書いているつもりです。
ただ、セコンドという補助役なために琴音ちゃんに見せ場がないのが残念なところです。
次回は綾香さんの戦闘シーン・・・を書きたいんですが、描写が難しそうだ・・・。
それでは引き続きお楽しみください。



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