焦燥−葵−



 まだ少しフラフラするかな・・・。
これくらいなら大丈夫かも。
そんなことばかり考えながら登校しました。
昨日一日休んだから、体調も万全のはずでした。
でも、そんなことは言っていられません。
大会が目前にまで迫っているのですから。

「具合はどう?」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
食堂で座る席はいつも同じです。
私はいつものようにBランチ。琴音ちゃんはいつものようにキツネうどんです。
「昨日はごめんね。迷惑かけちゃって・・・」
「またそんなこと言う。友だちでしょ?」
「うん、でも・・・」
「友だちだったら、そんなことは気にしないの」
「うん」
やっぱり琴音ちゃんは優しい。
同級生で他人をここまで心配してくれる人は何人くらいいるでしょうか。
そんな琴音ちゃんと話してると時間が経つのがとても早く感じられます。
でも今日はあまりゆっくり食べている時間がありません。
「あ、もうこんな時間。職員室行ってくるね」
「呼ばれてるの?」
「うん」
今朝、担任の先生からお昼休みに職員室に来るように言われていました。
「何か悪いことでもしたの?」
心配そうに訊いてきました。
「し、しないよそんなこと・・・」
私は慌てて否定します。
「ふふ、冗談」
琴音ちゃんがいたずらっぽく笑いました。
「じゃあ、また放課後にね」
「えっ? 今日は休むって・・・」
「大丈夫だよ。もう元気だもん」
そう言って、私は職員室に向かいました。

でも・・・職員室って何だか緊張するなあ・・・。
本当に怒られるような覚えはないんだけど。
「失礼します・・・」
最後のほうが小声になってしまいました。
「おう、松原。こっちだ」
入るとすぐに担任の先生が手招きしました。
「はい」
できるだけ音を立てないようにゆっくりと歩きます。
他の先生方はお弁当を食べていたり、プリントを眺めていたり。
けっこう忙しそうです。
「何でしょうか?」
「お前、昨日クラブ中に倒れたそうじゃないか。保健の先生から聞いたぞ」
「え、あ、はい」
「熱心なのは分かるが、体調管理はしっかりしておかないとダメだぞ」
「はい。これからは気をつけます」
やっぱり怒られちゃった・・・。
「とまあ、説教はこれくらいにして」
「えっ?」
先生はいつもの調子で、
「ちょっと早い話かも知れんが・・・」
と切り出してきました。
「進路は決めてるか?」
「え? いえ、まだですけど・・・」
「そうか」
「あの、何か・・・?」
「いやな、ある大学が特待生制度をとってるんだ。ほら、野球とか陸上とかあるだろ?」
「はい」
「それでエクストリームの成績優秀者の部門があるんだ」
「エクストリームがですか?」
ちょっと信じられない話でした。
「ああ。俺もよくは知らんが、エクストリームってのはわりと新しいそうじゃないか」
「え、ええ。数年前に認められたんです」
「その大学がエクストリームに力を入れていてな。それでお前にも言っておこうかと思ったんだ」
「ありがとうございます」
進路がどうこうよりも、私がエクストリームをやっていることを先生が知っているのが驚きでした。
思わず口に出して訊いていました。
「先生は私がエクストリームをやっていることをご存知だったんですか?」
「あたりまえだろ。自分のクラスの生徒が何をやってるかくらい分からないと、担任なんてやってられ
ないからな」
「そ、そうですよね・・・」
即答されてあいまいに返してしまいました。
「まあ、進路のことなんてこれからゆっくり考えればいい。いちおう参考程度にしておいてくれ」
「はい、ありがとうございました!」
「それから・・・」
「はい?」
「もうすぐ大会があるそうだが、お前出るのか?」
「はい。もうエントリーはしましたけど」
先生は一呼吸おいて、
「がんばれよ」
そう言ってくれました。
「はい! ありがとうございます!」
私は頭を下げると、職員室をあとにしました。
ふう、怒られるかと思ったけど・・・。いい先生でよかった。
来年もあの先生が担任だったらいいのにな。

 長かった6時間が終わり、ホームルームもすぐに終了しました。
こういう時は私のほうからB組まで迎えに行きます。
教室まで行くとちょうどホームルームが終わったらしく、すぐに琴音ちゃんが出てきました。
私を見てちょっと驚いているみたいです。
「今日はめずらしく早く終わったから」
「ううん、そうじゃなくて・・・」
「・・・?」
「今日のクラブは・・・お休みしなくていいの?」
「え? うん、大丈夫。もう治ったから。ありがとう」
「うん・・・」
釈然としない様子の琴音ちゃん。
でも、私が練習してるのを見ればきっと安心するよ。
私は少しでも琴音ちゃんを安心させようと、早足で神社まで歩きました。
「それじゃ私、準備するね」
琴音ちゃんがそう言って、お堂に向き直りました。
・・・・・・。
どうしたのでしょうか?
いつもなら浮き上がってくるはずのサンドバックが、今日はまったく動きません。
もしかして・・・!?
「琴音ちゃん。もしかして能力が・・・」
能力が使えなくなったの?
お堂の方を見て黙ったままでした。
「・・・葵ちゃん」
私はその後に続く言葉を待ちました。
「やっぱり、今日の練習はやめよう・・・」
「え・・・?」
予想もしていなかった言葉でした。
「能力が使えなくなったんじゃないの・・・?」
「能力? ううん、使えるよ」
そう言う琴音ちゃんは、本当に何もないような顔をしていました。
「今日の練習はやめておこうよ」
もう一度言いました。
でも、ここで遅れをとったら綾香さんには絶対に追いつけない。
そんな気がしました。
「大丈夫だよ。もう治ったんだから・・・」
私がそう言いかけた時、
パァン!!
「え・・・?」
鈍い音とともに私の頬に痛みが走りました。
「ちっとも治ってないじゃない! 体震えてるの、分からないの!?」
「え、でも・・・」
「でもじゃない!! どうしてそんなに無理するのっ!?」
「・・・・・・」
「自分の体のことは自分がいちばんよく分かってるでしょ!? そんなに焦ったって、何にもならない
んだよっ!?」
叩かれた頬が痛みだしました。
「この前だって無茶して倒れたでしょ! それで試合でいい結果が残せると思ってるの!?」
「・・・そう・・・だけど・・・」
「葵ッ!!」
その声に私の体は小さく震えました。
頬がまた痛みだしました。
「焦る気持ちは分かるよ。痛いほど分かる。私だってそうだったから・・・。でもね・・・」
さっきとは違って、琴音ちゃんはゆっくりと言いました。
「そのせいで体に疲れが溜まって、そのままの体で試合に出たら・・・本当に全力で闘えると思う?」
「・・・ううん・・・」
「そんな状態で闘ったら葵ちゃんは絶対に後悔すると思う。もちろん私だって・・・後悔する葵ちゃんは
見たくないから・・・」
わたし・・・バカだった・・・。
大会のことばかり考えて・・・一生懸命やるってだけで・・・。
他のことを何も見てなかった・・・。
私はなんてバカだったんだろう。
今になって琴音ちゃんの言っている意味が分かるなんて。
「だから私、決めたの」
やさしく、優しく琴音ちゃんは言ってくれました。
「私、葵ちゃんのトレーナーになる」
「ええっ!?」
「もう10日ぐらいしかないけど。練習のペースとかは私が考える」
「え、でも・・・」
「迷惑?」
「え? ううん、全然迷惑じゃないよ! でも、本当にいいの?」
「私がやりたいって言ってるんだから、それでいいの。それに・・・」
琴音ちゃんは私に背を向けて、
「昨日みたいに無理して倒れられたら困るもん」
その言葉に、自然と涙が頬を伝いました。
自分の弱さを思い知らされた瞬間でした。
「ありがとう・・・」
言葉がつまってしまいました。
振り向いた琴音ちゃんの目にも涙が溜まっているのを見たからです。
「伝わったよね・・・私の気持ち・・・」
「うん・・・」
闇雲に練習していた私を導いてくれた友だち。
空回りしていた努力を教えてくれた友だち。
「ごめんね・・・」
つぶやくように言ったのを、私は聞き逃しませんでした。
「えっ・・・?」
「痛かったでしょ・・・?」
「あ・・・」
反射的に私の手は頬に触れていました。
「でも・・・こうでもしないと葵ちゃん、聞いてくれそうになかったから・・・」
そうだよ・・・。
叩かれなきゃ分からないなんて・・・。
綾香さんでも、きっと琴音ちゃんと同じことをしたと思うよ。
「痛かったよ、すごく・・・」
「ごめん・・・」
「今まで何度も試合で殴られたけど、さっきのがいちばん痛かった・・・」
本当です。
外的な痛みではなく、心に響いた感じでした。
「でもあれは、トレーナーからのメッセージだと思ってる」
「葵ちゃん・・・」

あと10日。
頼れるトレーナーの指導のもと、大会に向けての取り組みが始まりました。
と言いたいところですが、私の体調が戻るまではお休みです。
常にベストの状態で臨む。
琴音ちゃ・・・トレーナーから言われたことです。
心強いパートナーと共に、私たちは間もなく開かれる秋季エクストリーム大会に出場します。
綾香さんと同じ舞台に立てるんだ・・・。
憧れの綾香さんと同じ舞台に・・・。





   後書き

 今回はタイトルが先に思いつき、その後タイトルどおりの内容に仕上げました。
話は概ねゲームに沿ってです。トレーナーが誕生する点も、やはりゲームと同じ流れです。
 たいていの人は、一度は思いや考えだけが先行して現実では自分のやっていることが空回りする。
そんな経験があると思います。
僕の場合は極限まで追い詰められなければ何事にも動き出せないようで、よく周りから、少しは焦ったら
どうなんだと言われます。
そのやり方が間違っているとは思っていません。ただ、周囲はどうにも僕のタイプを嫌うようです。
空回りしそうな努力をするくらいなら、追い詰められてから本腰を入れれば良い。というのは、やはり
物事をのんびりと考え構えているからでしょうか。
 それでは琴音ちゃん編もお楽しみください。



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