友達−琴音−
私たちは中庭に向かいました。
幸い、2人ともお弁当を持って来ていました。
「あの、私に話って・・・なんですか?」
言ってから松原さんは、申し訳なさそうな顔をしました。なぜでしょうか。
そんなことよりも私が気になっていたことを聞いてみました。
そのために声をかけたのですから。
「松原さんは・・・」
続きを言おうとすると、
「えっ?どうして私の名前を・・・?」
という言葉に遮られてしまいました。考えてみれば、まだ私の名前も彼女は知らないのです。
「C組の子に聞きました。私、1年B組の姫川琴音といいます」
「姫川さん?」
そう聞き返しながら、彼女はじっと私のことを見つめていました。
「松原さんは、格闘技をやってらっしゃるんですか?」
本当は毎日の勧誘を見ていたからそのことは知っているのですが、私は何となく訊いてみました。
ちょっと遠慮気味だった私の話し方とは対照的に、彼女ははっきりと答えました。
「そうですよ。エクストリームっていうんです」
エクストリーム・・・昼休みに必ず一度はその言葉を聞きます。いつも同じ時間に同じ場所で・・・。
私は以前から気になっていたことを訊いてみました。
「楽しいですか・・・?」
言ってから私は、今の言葉を後悔しました。楽しくなければ、同好会を作ろうとするわけがない。
もっと他に訊き方があったのに・・・松原さん・・・内心ムッとしてるんだろうな・・・。
でも松原さんはそんな私の非礼にも動じず、さっきよりも嬉しそうに、
「楽しいですよ。それしかとりえないですけどね。姫川さんは何かクラブに入ってるんですか?」
「いいえ、私は別に・・・」
「そうなんですか」
松原さんは何やら私に言いたそうにしていましたが、結局は言いませんでした。
彼女が何を言おうとしていたのか。そんなことよりもさっきの私の質問に、“楽しいですよ”と答えた
時の松原さんの表情のほうが、気になりました。
あの時のあの顔は・・・本当に楽しんで格闘技をやっているようには見えませんでした。
なにか悩んでいる、というより苦しんでいるようにさえ思えました。
そんな彼女を見ていると、不思議と初めてあった人のような気がしませんでした。
ずっと前からお互いをしっているような・・・。
でも・・・あの話しをしたらきっと・・・。
「松原さん」
・・・返事がありません。私はもう一度呼んでみました。
「松原さん・・・?」
「あ、すみません。ぼーっとしちゃって」
「いいんですよ。それより・・・」
言いかけて、私はためらいました。やっぱり言いたくない。こんな話をしたらきっと嫌われる・・・。
そう思いました。でも、たった今まで私と対等に話してくれた松原さんを見て、私は決心しました。
「私の噂・・・もう知ってますよね?」
「えっ・・・噂って・・・?」
何のことを言っているのか分からない、という表情で私を見返しました。
「本当に知らないんですか?」
私は念を押すように再び聞いてみました。
「はい。何も知らないんです」
当然知っていると思っていた私は、彼女の以外な一言に驚きました。
他のクラスの子や上級生にだって知られているのに・・・。
「あの・・・噂ってどんな・・・」
そう彼女が言いかけたとき、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴りました。
「それじゃあ失礼します」
「あ、ちょっと・・・」
チャイムの音に救われた。そう思う半面ちょっと残念な気もしてきました。
翌朝。私は何を思ったのか、いつもより早くに起きて、おにぎりを作っていました。
なぜこんな事をしているのか、自分でも分かりません。
ただ、今これをやらないといけない。という使命感のようなものを感じました。
昼休み。私はあの場所には行きませんでした。昨日話をして、何となく行きにくくなったのです。
いつもなら、あの娘の話を少し聞いてそれから食堂に向かうはずだったのですが、今日は教室でお弁当を
食べる事にしました。おにぎりを作ったとき、一緒に作ったのです。
食堂でも教室でも、あいかわらず独りで食べながら私は今朝のことを考えていました。
おにぎりを作ったのなら昼食にそれを食べればいいのに、私はわざわざそれとは別にお弁当を作り、
今そのお弁当を食べています。
といって、お弁当のあとにおにぎりを食べるのは私には無理がありました。もともとキツネうどんが
一杯で充分な私にとって、あまりにも量が多すぎたのです。
放課後。いつもと変わらない廊下を通り、私は学校を出ました。
どうせ家に帰ってもすることはありませんが、少なくとも人がたくさんいるこの学校よりは居心地が
いい場所なのです。
校門を出たところで私は立ち止まりました。そして私はあることを思いつきました。
そうだ、あそこに行ってみよう。
帰り道とは逆の方向に歩いていくと、すこし先に神社がありました。
もしかしたら、あの娘が練習しているかも知れない・・・。
ここが練習場所になっていることは、すでに何度も聞いていることでした。
私は鞄から小さな包みを取り出すと、神社の方へ向かいました。
近くにある木には大きなサンドバックが吊るされていました。よく見るとまだ少し揺れています。
そのそばの木陰に彼女はいました。ちょこんと座り込んでサンドバックを見ている松原さんの目は、
どこか寂しそうでした。
私はそんな彼女に近づき、
「あの・・・おつかれさまです・・・」
と声をかけました。
「姫川さん・・・?」
振り向いた松原さんは、私の顔を見て相当驚いたようです。
まさか私がここに来るとは誰も思わないでしょうから。
「運動してお腹が空いているだろうと思って・・・差し入れもってきました」
そう言いながら、私は彼女の横に行きました。
私が座ろうとすると、
「あっ、そこは・・・」
と松原さんが止めようとしました。多分私の制服が土で汚れることを言いたかったのでしょう。
でも私は、
「いいんです」
と言って座りました。その様子に彼女は驚いているような顔をしましたが気付かない振りをしました。
私は持っていた包みを開けると、その中の一つを差し出しました。
「私に・・・?」
信じられない、といった表情で私を見る松原さん。
なぜ今朝、あんなことをしたのか・・・、本当は自分で分かっていたのかも知れません。
そうでなければ、私がここに来ることも思いつかなかったでしょうから。
「ありがとうございます」
内心断られたらどうしようかと思いましたが、松原さんは快く受け取ってくれました。
おにぎりを一口食べると、松原さんは恐る恐る私に訊いてきました。
「でも、どうしてここに?それにこのおにぎりだって・・・」
私も最初は分かりませんでした。自分がなぜこのようなことをしているのか。
でも今ならはっきりと言えます。
「一生懸命だったから・・・」
「えっ?」
「毎日、昼休みに熱心に勧誘されてましたから。それで・・・」
「み、見てたんですか?」
「ええ。ずっと見てました」
私がそう言うと、彼女は恥ずかしそうな顔をしましたが、同時に喜びの表情も見せてくれました。
やっぱり彼女となら・・・。
ふとサンドバックを見て、私は訊いてみました。
「あの・・・今日の練習はどれぐらいまでやるのですか?」
「あと1時間くらいやるつもりですけど」
ちょっとためらった後に、松原さんは答えました。一瞬暗い表情を見せたのは何だったのでしょうか。
しかし、後1時間と聞いて私は安心しました。なぜかは分かりませんが・・・。
私は再び訊いてみました。
「練習・・・見ていってもいいですか?」
「あ、はい。かまいませんけど・・・」
「けど・・・?」
「・・・いいえ、何でもないんです」
何を言いかけたのでしょうか?さっき見せた表情にしても、何か躊躇しているように思えました。
もしかしたら、私がいては迷惑なのかも知れません。もしそうならすぐにでも去ろうかと思いましたが、
彼女を見ていると私のことでではなく、このクラブ自体にとまどっているように感じました。
その後、私はしばらくの間松原さんの練習を見ていました。さすがに格闘家だけあって、鋭い蹴りを
受けるサンドバックは大きく揺れ、それを支えている枝が今にも折れそうな凄まじさでした。
野蛮な、と言ったら松原さんに失礼ですが、暴力的なことは私は苦手でした。必ず誰かが傷ついてしまう。
自分の持つ能力が誰かを傷つける度に、私はそれを見えない暴力だと思い込み、そういうことから自分は
逃げてばかりいました。
それなのに・・・。私は今、自分が最も忌み嫌うものを目の前にしています。
やはり彼女には何か特別なものがあるように思えてなりません。
そんなことを考えながら練習を見ていると、いつのまにか1時間以上が経っていました。
私には10分か15分ぐらいにしか感じられませんでしたが、腕時計はまちがいなく予定の時刻を
示していました。
練習の手を止め、松原さんがサンドバックを片付けようとしていたので、
「私も手伝います」
と言って、反対側から支えました。
すると彼女は申し訳なさそうに、
「あ、すみません」
と言いましたが、その顔はどこか嬉しそうでした。
サンドバックを片付け彼女が着替えている間、私は考えました。
どう切り出せばいいのか・・・。
今までそんなことを言ったことが無かっただけに、きっかけが掴めませんでした。
でもそんな私をよそに、彼女は私に考える時間を与えてはくれませんでした。
この場を逃したら、もうチャンスは無いかも知れない。そう思い、私は思い切って声をかけました。
「あの・・・」
そこで少し間を置いて、
「また見に来てもいいですか?」
そう言うと、松原さんは信じられない、という表情で私を見たまま固まっていました。
しかしすぐに、
「はい。またいつでも見に来て下さい」
と、いつもと変わらない調子で答えてくれました。でもその口調に何となく後ろめたさのようなものを
感じるのは、気のせいではないようです。
気まずそうな彼女をそれ以上見たくなかったので、私はすぐに自分の思いを伝えることにしました。
「それから・・・」
私は真剣な目で松原さんを見ました。もしかしたら睨まれてると思われているかも知れません。
そして、私はこう続けました。
「お友達になっていただけませんか・・・?」
図々しいことは分かっています。他の人ならわざわざこんな事を尋ねなくても、
断れるのは目に見えています。でも彼女なら・・・。
もし断られてもそれは当然の事だと思います。誰しも普通と違った人と友達になんてなりたくは
ないでしょうから。
でも彼女はそうは思っていませんでした。彼女が私に対してどういう感情を抱いているのかは、
この一言で全て解かったような気がしました。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
今まで、これほど自分の思いを素直にぶつけたことはありませんでした。
そう言ったものの、何か戸惑いを感じているように見える松原さんに、私は友達としての第一歩を
自ら踏み出す事にしました。
「私のこと・・・琴音でいいです」
「えっ・・・?」
「苗字で呼び合うのって・・・何となく違和感がありますから・・・」
「じゃあ、私のことも葵って呼んでください」
「うん。よろしくね、葵ちゃん」
「よろしく、琴音ちゃん」
お互いを名前で呼び合った時、私の心の中に今まで感じたことのなかった嬉しさが飛び込んできました。
私が負った傷を癒してくれる友達が今、目の前に居るのです。心のどこかに空いていた穴を埋めてくれる
ような、そんな瞬間でした。
松原・・・松原葵ちゃん・・・。
彼女となら、私は本当の私になれるような気がしました。
後書き
さて、まず反省すべき点を挙げますと、話が飛躍し過ぎたという事にほかなりません。
というのも、このお話は2人の性格をほぼ入れ替えた状態で進んでおるからです。
細かく言うと、葵ちゃんは活発で明るく元気いっぱいな娘ですが、周りとの違いを意識するあまりに
疎外感を感じ、自分を閉ざす・・・という描写です。加えて、同好会の勧誘も上手くいかない訳ですから
心を閉ざす決定打になるわけです。
対する琴音ちゃんも、やはり明るく元気な娘ですが、自分の持つ能力のために人との接触を避け、
孤独に陥りました。2人に共通するところは、“元は明るく元気”な部分で多くの場合、葵ちゃんが
琴音ちゃんの心を開いていきますが、本来の性格が同じなのだから逆に琴音ちゃんが葵ちゃんの支えに
なる、というパターンも充分に考えられるわけです。その話は次の第3話で書くとして、僕はこの一連
の話を書く際に注意していることがあります。それは地の文です。
イメージとして琴音ちゃんは葵ちゃんより成績が(学校での勉強やテストの点)上であるというのが
僕の中にはありまして、2人の地の文も微妙に言葉遣いなどを変えています。例えば琴音ちゃんでは
葵ちゃんに比べ、難しい漢字を多用してみたり・・・。
2人のこういった相違点は、PS版の留守電で謙譲語の有無を聞き分けることができます。
どこが違うのか、を言うと長くなりますので第3話後書きで書きたいと思います。
戻る