夢−葵−



 どこまでも続くような暗闇。自分の足元も見えないような場所に私はいました。
風が吹いているわけでもないのに背筋は凍りつくほど寒く、早くこの場から逃げ出したい気分でした。
なぜ私がここにいるのか。それを思い出そうとすると頭が痛くなりました。
何か目的があってここにいるのか、それさえも分かりません。
とにかく私は歩いてみようと思いました。
 暗闇に目が慣れてくると、自分がいるところがはっきりしました。洞窟の中のようです。
足元には岩肌が広がっています。周りが暗かったのは外からの光が届かなかったからでしょう。
視界が開ければ、前に進むのはそれほど怖くありません。何かあったらここに戻って来れるように、私は
一直線に歩くことにしました。
どこまでも続くような薄暗い洞窟の中を歩きつづけていると、目の前に小さな光が見えました。
もしかしたら出口かも? 少し早足で歩くと、光がどんどんと大きくなっていくのが分かります。
私は目を閉じ、意を決して光の中に飛び込みました。

 恐る恐る目を開けると、さっきと何も変わらない暗闇だけが広がっていました。
出口じゃ・・・なかったんだ・・・。でもあの光は・・・?
私は慌てて後ろを振り返りました。何かいる! 何かが待ち伏せていたような気がしました。
隠れるところなんてどこにもない。正体を突き止めないと。
気配はいっこうに動きません。足音を立てないように近づくと・・・。
「どうして・・・?」
私は自分の目を疑いました。そこにいたのは紛れもなく琴音ちゃんでした。
ガラスの殻のような狭い空間の中に、琴音ちゃんがうずくまっていました。
私が近くに来たのにも気付かず、同じ姿勢のまま全く動きません。
「なんで・・・こんな所にいるの?」
私の問いかけには答えませんでした。もう少し近づいてみようとすると・・・。
「こんな所まで来たんだ」
不意にどこかから声が聞こえてきました。突き刺さるような鋭い声。でも聞き覚えのある声。
「ようこそ、琴音の心の中へ・・・」
「えっ・・・?」
今度はさっきと違って皮肉めいた声でした。暗闇の中からこっちに向かって歩いてきたのは、間違いなく
琴音ちゃんでした。
「琴音ちゃ・・・」
慌てて前を見ると、やはり殻のような中にうずくまっている琴音ちゃんがいました。なのに、向こうから
やってきた人も琴音ちゃんなのです。
私の頭の中はパニックになってきました。元々ここにいる理由も分からないし、目の前にはどういう理由
からなのか、狭い殻の中でうずくまっている琴音ちゃん。声は同じなのに、どこか敵意のあるような、
もう一人の琴音ちゃん。
「あなた・・・誰?」
直感的に尋ねました。見た目は琴音ちゃんなのに、明らかに違和感があります。
「何言ってるの?私は琴音よ」
目を細めながら、もう一人の琴音ちゃんが冷たく言い放ちました。
違う・・・。絶対に違う・・・。琴音ちゃんはこんな冷たい瞳じゃない・・・。
でも今はそんなことはどうでもいい。目の前にいる“本当の琴音ちゃん”を助けないと。
きっとこのニセモノに捕まったんだ。そうでないとこの状況の説明がつきません。
「早く、琴音ちゃんを元に戻して!」
「何にも分かってないのね・・・。私は琴音で、琴音は私なのよ」
「言ってる意味が分からないよ!そんなことより・・・」
私の言葉を退けて、彼女は続けました。
「言ったはずよ。ここは琴音の心の中だって。琴音の心の中にある悲しみが私を作り出したのよ。
だから2人は同一人物ってことなのよ」
「そんな・・・琴音ちゃん・・・」
私の前にいる琴音ちゃんは、最初見たときと全く同じ恰好でした。
「琴音はあなたに会いたくないの」
「どうして・・・?」
「あなたのせいよ!」
耳を通り越して頭に直接響いてきました。想像もしなかった琴音ちゃんの怒鳴るような声が、私の心に
突き刺さりました。
「私が・・・?」
「だってあなたは琴音をかばってばかりいたじゃない。琴音はその事であなたにコンプレックスを抱いて
いたのよ」
「・・・・・・」
「自分はオドオドしている。いつも明るい葵が羨ましい、ってね」
「琴音ちゃんはそんな娘じゃない!」
「もう一人の私が言ってるのよ。嘘なわけないわ・・・」
その口調があまりにも冷たく静かなせいで、私は彼女に恐怖を覚えました。
そんな私にさらに追い討ちをかけるように、
「それにあなただって琴音をかばっていた時、優越感に浸ってたんじゃないの?自分はか弱い琴音を
助けてあげてるんだって」
「そんなことない!」
「琴音をかばうことで満足してたんでしょ?琴音を助けている自分はいい子だって思ってたんでしょ?」
「違う・・・そんなことないよ、琴音ちゃん!」
これ以上聞いていたくない。こんなニセモノの言うことなんて信じられない。
私は目の前にいる琴音ちゃんに近づきました。
「そうやってまた助けるの?」
冷ややかな声が私のすぐ横で聞こえました。
「それが迷惑なのよ!」
私はその言葉には構わず、琴音ちゃんを見据えました。うずくまっている琴音ちゃんは目を閉じている
のか、すぐそばに来た私には気付きません。
「琴音ちゃん、聞いて・・・」
私は後ろにいるニセモノに少しだけ聞こえるような声で言いました。
「私ね、琴音ちゃんと初めて話をした時、超能力なんて不思議な力があってすごいなって思った。
だって欲しくて手に入るものじゃないから。でも、それは私の思い込みだったんだよね・・・」
言葉を選びながら、だけど整理はしないで続けました。
「私に話しかけてくれた時、自分の力のことを知ったら嫌われるかも知れない、って言ってたよね」
私の後ろのもう一人の琴音ちゃんは、黙って聞いているようでした。
「でも私にそこまで話してくれた。それは琴音ちゃんが本当はすごく強いからだと思うの。だって、
そうじゃないと誰にも言えないもん。もし私が琴音ちゃんなら・・・とてもそんなことはできないよ」
ガラスの向こう側の琴音ちゃんが少し動いたような気がしました。
私の後ろの琴音ちゃんは何も言ってきません。
「琴音ちゃんは気付いてないかも知れないけど・・・。私はずっと琴音ちゃんに支えられてた。
ううん、支えてもらってたの。本当だよ」
「無駄なことはやめなさい」
後ろで再びあの声が聞こえましたが、私は無視しました。
「こんな私に接してくれて・・・。本当に嬉しかった・・・」
そう言った瞬間、2人を隔てていたガラスの壁にヒビが入りました。小さなヒビが。
「私は琴音ちゃんの友達だよね?友達だから助けたいと思っちゃだめ・・・?」
亀裂がまた少し大きくなりました。
「友達だから一緒にいたいと思っちゃだめ・・・?」
今まで目を閉じていた琴音ちゃんも静かに目を開け、私を見ました。
「葵ちゃんっ!」
「琴音ちゃんっ!」
私たちが叫ぶとガラスは一気に弾け、それと同時に琴音ちゃんも解放され、私のほうに飛びついて
来ました。
「私・・・琴音ちゃんと一緒にいたい!」
「私も葵ちゃんと一緒にいたい!」
その言葉に嘘はありませんでした。
振り返ると、さっきまで後ろにいたはずのニセモノはいつの間にか消えていました。





   後書き

 突然、世界がガラリと変わってしまいましたが、間違いなく「決裂」の続きであります。
実は情景、状況から登場人物のセリフに至るまで、90%以上は拝借・・・俗に言うところのパクリと
いう内容です。
少し前にみた某作品があまりにも泣ける話だったもので、図らずも少しお借りしようと考え、こういう
ことになりました。
葵ちゃんも琴音ちゃんも、その作品に出てくる人物に見事に重なり合い、違和感なく展開できたとは
思うのですが、さていかがなものでしょうか?
 大抵の漫画やアニメに登場するキャラクターというのは、大きく3通りに分けられ、自然と劇中での
役割も決まってきます。
どういうことなのかは、琴音ちゃん編の後書きに続きます。



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