第19話 陰謀渦まく

(伊吹実加を追って寺女にたどり着いた葵は、そこで恐るべき陰謀の片鱗を知る)

 久しぶりに見る学校だった。
綾香さんが通っている西音寺女学院。
時々、校門前で待ち合わせたこともある。
綾香さんがいるということで、私は少し安心していた。
何かあったら助けてくれる。そう信じていた。
見慣れたはずの校舎は、どこか不気味な感じがした。
変にひっそりと静まり返って。
まだ昼を少し過ぎたくらいなのに・・・?
他校の制服で中に入るのは気がひけたけど、こういう時だから仕方がない。
私は軽く頭を下げてから門をくぐった。
中庭にも誰もいなかった。
自分の歩く足音だけが聞こえる。
あ、そうか。
今日はきっと学校の行事で、みんなそれでどこかに行ってるんだ。
無理にでもそう思うことにした。
そういう逃げ道を作らないと、ここにいることが怖くなるからだ。
とにかく今は・・・先に綾香さんを探そう。事情を説明して、伊吹さんのことはそれからでも遅くない。
2年の校舎は・・・ここかな・・・。
中庭の砂地を通り抜けて2年の校舎に行こうとした時、
「・・・・・・なるほど」
どこかで話し声が聞こえた。
なんだ・・・やっぱり人がいるんだ・・・。
それならそれで、先に挨拶しておこう。
後で見つかって怒られるのもイヤだし。
恐怖から解放された私は早足で声のする方へと急いだ。
近づくにつれて、声の出所がおかしいことに気付いた。
ここって・・・会議室だよね・・・。
寺女の会議室は渡り廊下を少し降りた先、つまり地下にあった。
地下といっても、丸々1階分下にあるってわけじゃない。
数段降りた高さだった。だから廊下からなら、会議室の窓の上半分の位置から室内を見ることができる。
視線を落として会議室の中を覗いてみる。
確かに何人かがコの字のテーブルを挟んで話し合っていた。
その中の1人。見覚えのなる黒い制服を着た男の人を見て、私の背筋が凍りついた。
佐藤先輩だ・・・・・・!
校門でのパーティーの後、佐藤先輩たちがいなくなったのは、その日のうちに知ってたけど。
だけど・・・どうしてここに・・・?
分からない・・・。考えたって分かるわけない・・・。
私はそっと窓を開けた。
幸いカギはかかっていなくて、おまけにレールに溜まったほこりが窓枠の擦れる音をかき消してくれた。
「それはありがたい話ですな」
スーツを着た男の人が言った。
「僕たちがロボットを完成させて売る。皆さんはそうなる前に来栖川重工の株をあらかじめ買い上げ、値が高騰
した時に売却します」
さらりと言ったのは佐藤先輩だ。
「しかし君の言うそれは、明らかな違法だぞ」
今度はメガネをかけた人だ。
「これが違法だとおっしゃるなら、皆さんは僕の話を聞いた以上、来栖川重工の株式を買うことはできません。
皆さんの同業者で来栖川の株を持っている企業はたくさんあります。ここで違法だからとしり込みしていては、
他企業の成長を眺めることになります」
「・・・・・・」
メガネの人は黙り込んでしまった。
「そこが分からんのだがね。これだけ集まった全員になぜ値上がりのことを知らせるのかね? 重要な情報である
ことは分かるが、最終的にそちらにメリットはないのでは?」
低い声で話しているのは、よれよれのコートを着た男の人。
ちょっと聞き取りにくい。
「来栖川重工のロボット研究部門は研究、開発中の型を販売した直後に本社からの独立を宣言する予定です。
僕はあくまで、この研究部門の立場から皆さんにお話しているんです」
「ふむ。つまり、君達が株式を発行し、売却する時には本社とは繋がりがないから損はしない、ということだな」
「そのとおりです。現状では現在研究中の試作機を完成させるだけの資金がありません。本社からの援助も
最近は減少の傾向にあるようです。しかし資本金が増えれば部門にも援助がくることは間違いありません」
なんだか話はよく分からないけど、悪い事だということは何となく分かった。
「私ども、インターナショナル銀行グループは20億分の株式を購入する事を約束しましょう」
「5億の投資をいたしましょう。ただし株式の購入ではありません。弊社の買掛金と一部の負債から間引いて
くだされば結構です」
「我ら技術組合はすでに5000株を購入していますが、新規に5000株購入することに決めました」
「ところで、どの程度の利益が見込めますかな?」
さっきのメガネの人が質問した。
佐藤先輩は入ってきたロボットに耳打ちした。
あれってセリオさん・・・?
いつも綾香さんのそばにいるのに・・・どうして?
「それについては私から説明させていただきます。現在、来栖川グループの授権資本は――」
「そういう説明は結構です。率直に見込み利益をお聞きしたい」
「・・・かしこまりました。ロボット研究部門の製品は綿密なマーケティング調査の結果、2日で在庫をゼロにする
ことが分かりました。発行済みの額面株式も計算に含むと、発売後2日目ではこのようになります」
セリオさんが何か配ってる。
ここからじゃよく見えないけど。
「これはすばらしい・・・。次期の法人税は高くつきそうですな」
「まったくです」
傍目にすぐ悪いことを企んで笑っているのだと分かった。
「しかし、そう簡単に独立ができますか?」
「ご安心を。すでに第4研究所以外にも独立の声があがっております。彼らと同時に声明を出し、本社に圧力を
かければ問題はありません」
何が書かれているのかはだいたい想像がつくけど・・・。
それにしても・・・。
佐藤先輩がここにいることに変わりはない。
「皆さまのお力添えがあれば最強のロボットを量産することが可能です。そしてこのロボットの成功がある限り、
私たちは市場に生き残ることが可能なのです」
抑揚のない声でセリオさんが言う。
途端に拍手が巻き起こった。

 綾香さん、どこにいるんだろう・・・?
2年の校舎をすべて捜した私は、次にどこを捜すべきか迷っていた。
そういえば伊吹さんの姿もどこに見当たらない。
さっきの会議室にいた人たち以外、誰もいなかった。
そうだ! とにかく電話!
ポケットから携帯電話を取り出す。
ええっと学校の番号は・・・・・・。

 今日2度目のコール。
職員室の電話がけたたましく鳴った。
待っていた浩之がすぐに受話器を手に取る。
『先輩、松原です』
「葵ちゃん」
かけてきた相手が葵だと分かると、浩之は本体のオンフックボタンを押した。
同じく職員室にいた志保、心配になって来たあかり、そしてなぜか山吹もそこにいた。
「伊吹って奴はどうなったんだ?」
『それより大変なんです!!』
葵が浩之の言葉を押し切って発言するというのは珍しいことだった。
何か・・軍隊よりももっと複雑なことが起こっているのかも知れない。
「どうしたの? 松原さん」
どうにか落ち着かせようとあかりが穏やかに言ったが、残念ながらこれは通用しなかった。
『佐藤先輩が・・・』
「雅史が・・・?」
聞きたくない名前を聞いて、浩之が明らかに不機嫌な顔をする。
雅史がからんだことであかりの不安はより一層大きくなってしまった。
『私、伊吹さんを追いかけて西音寺女学院にいるんです! 伊吹さんは見つかりませんでしたけど、そこで
佐藤先輩が話しているのを聞いたんです!」
「とにかく落ち着くんだ。伊吹が見つからないってのはどういうことなんだ?」
浩之は慎重に葵を落ち着かせながら急かした。
『あの後、伊吹さんがいなくなって、西音寺女学院に行ったと聞いたんです。それで急いで来たんですけど、
どこにもいなくて・・・」
「寺女か・・・」
可能性としては雅史が潜んでいる可能性の一番高かったところだ。
「いないなら仕方ないわね。それで雅史がどうしたの?」
話の続きを聞きたくて仕方がなかった志保は、欲求を素直に口にした。
『今ここに銀行の人とか大きな会社の人が何人もいるんです。それで、佐藤先輩がその人たちに来栖川重工の
株を買わせてお金を集めようとしてるんです』
「株で金・・・? どういうことだ、詳しく教えろ」
今まで我関せずの態度をとっていた山吹が、急に身を乗り出してきた。
『え? はい、株を売ったお金がロボットの研究所にも入るようなんです。その研究所というのが佐藤先輩たちの
ロボットを作っているところらしくて、そのための資金にするようなことを言ってました』
まさか向こう側に山吹がいて、しかも声をかけてくるとは思っていなかったのだろう。
葵は妙に改まった口調で言った。
「だが株を発行して資本を増やしたところで、いずれはそれを還元しなければならない。来栖川ほどの大企業が
今さら新株を発行するとは思えねえな」
山吹は妙に詳しい。
何かを考えているらしく、窓の外を見てしゃべっている。
割と高額な職員室の電話は、そんな山吹の声もちゃんと拾っている。
「佐藤先輩は研究所が本社から独立すると言ってました。そうすれば損はしないらしいんです」
「損をしないのは研究所の方だな。本社は独立する部門に支援した挙句に還元までさせられる。手っ取り早く
金を集める方法としては適当だな」
「何でそんなに詳しいんだ?」
浩之が山吹の方を振り返った。
だが山吹はそれには答えず、あいかわらず窓の外を見ている。
『銀行とかからは何億円もお金が出るそうなんです。それに気になることも・・・』
「気になることって?」
『そのお金を使って・・・あっ!!』
「どうしたんだ?」
『・・・・・・』
「葵ちゃんっ! どうしたんだ!?」
ガシャンッという何かを叩きつけたような音の後、ツーツーという音が職員室を巡った。
「ケータイを切った・・・って感じじゃなかったわね」
誰でも考えつきそうなことを志保が言った。
「松原さん・・・」
あかりの不安がこんな形で表れてしまった。
「寺女か・・・・・・。一体何が起きてるっていうんだ・・・?」
ひとり呟きながら、浩之は職員室を出て行った。
「俺を置いていくなよ」
山吹もそれに続いて出て行く。
「待ってよ、浩之ちゃん!」
「お前はついて来るな。危険だ」
あまり見ることのない幼なじみの剣幕にあかりは怯んでしまう。
志保は珍しく何も言わなかった。
そのおかげで生じた沈黙によって、あかりは自分にできることをしようと思った。

 あれ・・・・・・?
ここ・・・どこ・・・?
何だか体が重い・・・。
目の前の光景があまりにもおかしくて、私は自分がどこにいるのかが分からなかった。
そういえば・・・・・・。
私、先輩たちに電話してたんだっけ。佐藤先輩が・・・。
・・・・・・!!
そうだ。見つからないように電話したつもりだったけど、後ろから何かに殴られたような感じがして・・・。
それで気がついたら、ここに。
私はようやく自分の置かれている状況を理解した。
捕まったんだ・・・・・・。
そう考えると、両腕がなぜか縛られているのにやっと気付く。
柱に縛られた腕はほとんど動かすことができない。
ここって、体育倉庫だ。
ハードルの小さいのや野球のバットなんかが置いてある。
寺女の体育倉庫ってけっこう広いんだな。
なんて、のんびりしてられない!
私は全身の力を込めて、何とか片腕だけでも逃れようとした。だけど、どんな力で縛ったのか、体の自由を奪う
縄は鉄みたいに硬く感じる。
「つっ・・・」
動けば動くほど、逆に締めつけられるような感じだった。
・・・・・・!!
誰か来る!?
遠くから聞こえる足音がどんどん大きくなっていく。
暗がりの倉庫に一筋の光が差し込んだ。
光の線がだんだんと大きくなるにつれて、間違いなく誰かが倉庫にやって来たんだと感じた。
「やあ、気がついたみたいだね」
姿を見るよりも声で分かった。
「・・・・・・」
「縛ったりしてごめんね。痛かっただろ? こんなことするつもりじゃなかったんだ」
全く悪びれる様子もないその言い方に、悪かったとは思っていないということは分かった。
「早く放してほしいですね。やることがありますから・・・」
「何をだい?」
「・・・佐藤先輩には関係ないことですから!」
体の自由が利かないだけに、これが精一杯の抵抗だった。
「まあ、僕は別にかまわないけどね。だけど、僕たちが今まで出会えなかったのは残念だよ」
「・・・・・・?」
「君が浩之よりも先に僕と知り合っていたら、君はきっと僕の味方になってくれたハズなのに」
「ロボットを使ったりして悪い事を考えているような人の味方にはなりません」
「ふふ・・・。君の言ってることは矛盾してるよ」
「何がですかっ?」
「僕には分かってるんだよ。君が浩之に味方している理由がね」
「・・・・・・」
佐藤先輩は私の心の内の内まで覗き込もうとしているようだった。
目はたしかに私を見ているのに、見られているという感じがまったくしない。
「君はね、クラブに協力的な浩之を裏切れないと思ってるんだよ。あれだけ・・・何だっけ? ・・・格闘技のクラブを
手伝ってくれた浩之に負い目を感じてるんだろ?」
「別にそういうつもりは・・・」
「そうでなければ、君が浩之の側につくだけの理由がみつからないよ。考えてごらんよ。約束を破って、僕たちの
権利を奪い取ったのは誰だい? 校長先生が殺されたらしいけど、それを計画したのは誰だい?」
「う・・・・・・」
分かっていた。分かっていたけど・・・。
「もっと公平な目で見てごらんよ。間違いを犯しているのはどっちだい?」
「・・・・・・」
ずっと抱いていた不安を言い当てられてしまい、私はどうすることもできなかった。
「松原さんは賢いから分かるよね? 今後どうすればいいか」
「・・・・・・」
「僕たちと一緒に戦おう。浩之を倒すんだ」
「だからって、佐藤先輩の味方になるつもりはありません・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
佐藤先輩はフッと笑みを浮かべると、
「これで君の解放は難しくなったね」
それだけ言い残して、去っていった。
「・・・・・・」
佐藤先輩の言っていた事は何も間違っていないと思う。
たしかに藤田先輩はやりすぎてる。
先輩は・・・私と連絡が取れなくなったけど、助けに来てくれたりするんだろうか・・・。
分からない! もう、分からないよ!
私はもう、縄をどうにかしようと気力さえなくしていた。
しばらくして、また足音が聞こえてきた。
誰・・・・・・? 佐藤先輩・・・・・・?
「・・・・・・!?」
「松原さん・・・」
「あなたは・・・姫川さん・・・?」
明かりの向こうに立っているのは、超能力者の姫川さんだった。
「何の用ですか・・・?」
つい口調が荒くなってしまう。
佐藤先輩の仲間だって無意識に敵対心をだしてしまっているのかも知れない。
「松原さん・・・お願いです。今は佐藤さんの言う事を聞いてください」
何となく予想していた言葉だ。
協力しろというような事を言うに違いないと思っていた。
「それはあなたが佐藤先輩の味方だから、そういう風に言うんですよ。私は・・・」
「そういうことじゃありません!」
大きな声を出してしまった自分に驚いたのか、姫川さんは倉庫の周りに誰もいないことを確かめてから、私に
近づいてきた。
「そうじゃないんです。このままじゃ・・・あなたは殺されてしまうんですよ?」
怖いことをさらりと言い流す姫川さんの方が怖かった。
だけど・・・・・・。
彼女の口からそんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。
少なくとも敵、ということではないみたい。
「まさか・・・。佐藤先輩にそんなことできませんよ」
「いいえ。松原さんを処刑すると言っていました。佐藤さんなら・・・できると思います」
「・・・・・・」
思い返せば、石動さんを処刑したのも佐藤先輩だった。
実際にやったのは体育の先生だったけど。
「でも私は佐藤先輩の味方になるつもりはありません」
かといって殺されるのはもっと嫌だ。
どうしたらいいのか・・・。
「分かっています」
「え・・・・・・?」
突飛な言葉に、声が裏返ってしまった。
「松原さんが味方になると言えば、殺されなくてすみます」
「それは・・・そうですけど」
「その後、私と一緒に逃げませんか?」
「ええっ!?」
事態が飲み込めなくなってきた。
「でも、あなたは佐藤先輩の――」
「それは前までのことです。私も・・・佐藤さんのやり方は間違ってると思ってるんです。藤田さんも佐藤さんも・・・
狂ってしまったのでしょうか・・・・・・」
「姫川さん・・・・・・」
嘆いている。
よく見えないけど、泣いているような感じがした。
姫川さんの言っている事・・・信じてもいいかな・・・。
少なくとも私には姫川さんがウソをついているようには思えない。
「もちろん、松原さんが嫌なら無理にとは言いません。でもこのまま戦いつづけても・・・誰かが悲しむだけです・・・」
「・・・・・・」
「佐藤さんを説得してみます。松原さんが危険な目に遭わないように」
姫川さんは私の目を見てから、倉庫を出て行った。
残された私は・・・どうすべきか真剣に考えなければならなかった。

 雅史は琴音の言う事をことごとく拒否した。
「ここで松原さんが殺されてしまって、それが藤田さんに知られたら・・・きっと攻めて来ます」
「望むところだよ。いずれ決着をつけなければいけないからね。地下の13型だけでも充分勝てるよ」
この前とは言っていることがまるで違っているが、雅史は本当にそう思っていた。
「それに怒りに身を任せた浩之なら、なおさら容易いよ」
「・・・・・・」
「姫川さん、どうしたんだい? やけに松原さんを助けようとしてるみたいだけど・・・?」
「そ、そうじゃないんです。ただ、今のままでは藤田さんには勝てない気がして・・・」
雅史は知っているのではないか?
さっきの体育倉庫でのやりとりを、もしかしたら雅史は聞いていたかも知れない。
琴音の額に一筋の汗が流れた。
それを髪を掻きあげる動作で隠す。
「心配ないよ。宮内さん」
準備を終えたレミィが雅史の声で振り返る。
「マサシ、いつでもいいヨ。 Everybody has gathered (みんな待ってるよ)!」
レミィが雅史を急かすように言った。
「いつでもいいって・・・?」
琴音が最悪の事態ばかり考えてしまう自分を振り切って訊ねた。
待っていたとばかりに雅史がほくそ笑む。
「松原さんの処刑さ。さあ、姫川さんもおいでよ・・・」

 

   戻る   SSページへ   進む