第20話 惨劇
(間もなく始まる葵の処刑.。争いを感じさせる微風が寺女と東鳩を静かに行き来していた)
「本気なんか?」
「うん」
「そら・・・石動が頼んだもんやから、東鳩のために使うっていうんは間違いやないと思うけど・・・」
あかりには不釣合いな剣幕に、智子は押され気味だった。
「でしょ? さっきの話を聞いてると、研究所の人たちは浩之ちゃんの味方みたいだったし・・・。だったら私が
行ってもきっと力になってくれるよ」
「・・・そうやな。神岸さんの言うとおりやわ。うちは何かあるかも知れんからここにおるけど・・・気ぃつけてな」
大きく頷くとあかりは1人、学校を出て行った。
そして真っ直ぐに、北の方向を目指した。
「ちょっとだけ待っててよ」
今すぐにでもショーが見たいというレミィを、雅史が制止した。
「Why? I cannot any more(もう待てないよ)」
興奮を抑えきれないレミィが比較的簡素な母国語で答えた。
簡単な単語ではあったが、授業ではない本物のスピードに雅史はついていけない。
「とにかく、ちょっと待ってて」
レミィの英語から逃れるために、雅史は早足で地下の格納庫へと向かった。
後に残されたレミィは明らかに不機嫌そうだ。
そしてもう1人。そんな2人のやりとりをただ見ていることしかできなかった琴音。
雅史が完全に視界から消えるのを確認して、琴音がレミィに訊いた。
「あの・・・宮内さん・・・」
「What?」
いつもの明るい調子のレミィと、青ざめた顔の琴音。
この状況ならどちらが正しい様子であるかなど考えなくても分かる。
「宮内さんは少し前まで藤田さんのところにいたんですよね・・・?」
「そうだヨ。それがどーかしたの?」
「松原さんとも一緒にいたんですよね・・・・・・」
「ウン、アオイは強いヨ!」
腕を大きく振って葵の強さを琴音に訴えようとしている。
その行動が琴音をますます分からなくさせる。
「・・・その松原さんが・・・殺されてしまうかもしれないのに宮内さんはどうして平気でいられるんですか!?」
最後の方は興奮して、口調が荒くなる。
「It is not rekated to me.・・・アタシには関係ないことだからだヨ」
「・・・・・・?」
「アオイが強いってことは知ってるよ。だけどそれだけのコト。アタシ、マサシから聞いたよ。アオイが死ぬのは
マサシの言う事を聞かなかったからだって」
「それは・・・そうですけど・・・」
「だから、アオイが死ぬのは自分で決めたことなんだよ。死なない方法もあったのにネ」
「・・・・・・」
レミィの言い分を聞いていると、何だかそっちの方が正しいようにも思えてくるから不思議だ。
「だ、だったら、どうしてそんなに楽しそうにできるんですか?」
実は琴音はあまり答えを聞きたくはなかった。
さっきからの拍子抜けするようなレミィの回答に、自分の気持ちはさらに沈んでしまうからだ。
「面白そうだからだヨ」
琴音はそれ以上何も言う気がしなくなった。
ただ、人の死を楽しいものと考えるこの女性を、琴音は心から忌み嫌った。
薄暗い地下の格納庫に溶け込むように2人と2体。
雅史は格納庫に待たせていた人物に頭を下げる。
「君が佐藤君だね。君の事は石井から聞いているよ」
「よろしくお願いします」
恭しい雅史にとっつきにくい感じを覚えたこの男は、飾り気のない白衣を着ていた。
その両脇にピッタリとくっついているのは、人間ではない。
無骨なフォルムのロボットだった。
「メイドロボ以降、こういったタイプのロボットはほとんど姿を消してしまったな・・・」
誰に言うともなく男は、護衛役のロボットの肩をポンポンと叩いた。
右手に警棒のようなものを握っているこのロボットは、ロボットとしてはかなり初期の、基本ロジックのみ遂行する
まさに機械であった。
「もうすでに装備しておいたよ。見てみるかい?」
男が1000体の13型に向かって言った。
「ぜひお願いします」
雅史の答えを聞いて、男が軽く右手を振った。
すると側に待機していた2体の旧式ロボットが格納庫の奥、少し広めのところまで歩いていく。
男がもう一度手を振ると、ロボットは歩みを止め、待機状態にはいった。
「かなりの自信作だよ。しっかり見ていてくれ」
その言葉にウソがないことは、男の口調から分かる。
「撃て」
男の短すぎるコマンドに、1000体のうちの1体が即座に反応した。
「反応速度も完璧だ」
動き出した13型は待機状態の旧式2体に真正面から対峙した。
そして右腕を前方に向かって水平にあげ、手は軽く拳を握っている。
ガシャン! という金属の擦れるイヤな音とともに、手の甲から鈍く光る金属の銃が現れた。
そしてオレンジ色の閃光とともに光の矢が真っ直ぐに放たれた。
矢の行き着く先は当然、あのロボット。
光速の射撃は、発射から僅かなカウントも許すことなく旧式に命中する。
まともに着弾したその部分からは、やはりオレンジ色の光が明滅すると、直後ロボットは機能を停止した。
13型は水平にあげた右腕をわずかに右にずらし――照準を残ったもう1体に合わせて、銃を発射した。
そして人間の目では追いつけないような速度の光を見事に命中させる。
数秒の後、
「これが第4で開発した、HMX−13仕様のスタンガンだ」
「すばらしいです! 驚きました」
雅史らしからぬオーバーアクション。
大げさに驚いて見せた雅史に、男はすっかり気を良くした。
「幸いと言うか残念なことに、というか・・・今の技術では対ロボット用の機銃程度しか作る事はできないんだ。
つまり、どういうことか・・・分かるかい?」
男の問いに雅史がかわいらしく首を横に振る。
「ロボットは絶対に人間を殺すことができないんだよ」
役目を終えた13型の頭を撫でながら、男がため息まじりに言った。
その後ろには憐れな最期を遂げた古めかしいロボットが2体、無残に転がっていた。
「そういうプログラムはできないんですか?」
雅史の言うこれは、つまり”そういうプログラムを作れ”と促しているに他ならない。
「それができないんだ。理由はわたしたちにも分からない。これまで敵対心や憎悪をコントロールするシステムに
改良を施したり、生物に対して活動を停止させるような行動面も強化したりしてみた。だが、どういうわけだか、
ロボットとして完成してしまうと、それらの一切は機能しなくなるんだ」
”永遠の命題”とでも言うように男のため息はまたひとつ格納庫に残る。
「・・・・・・」
この言葉は雅史を大きく落胆させ、同時に焦燥感を煽った。
自分にはロボットがある。1000体もの大軍だ。しかもセリオと同じ超優秀な来栖川の自信作だ。
浩之にもロボットがある。それが一体、どんなものなのかは分からない。
だがあの時、女性から聞き出した情報によれば、それは大軍だということらしい。
単語だけで考えれば互角だ。
両軍のロボットは共倒れとなり、後には対立する人間だけが残るだろう。
「それは困ります・・・」
「・・・ん?」
向こうには山吹がおり、古賀がおり、校門の会でちらっと見たが坂下好恵もいた。
正直、それらを相手に完勝する自信は雅史にはなかった。
「何とかして・・・そういうロボットを作ってくれませんか?」
とはいえ、強力な支援攻撃をおこなうレミィはこっちに寝返ったし、おそらく直接的な戦いになれば一番の脅威と
なるであろう葵も、その力を発揮できない状態で捕えてある。
それが雅史にとってせめてもの救いだった。
「わたしたちも研究しているよ。ロボットが限りなく人間に近づく事を社会が望んでいるなら、より人間らしい・・・
いや、最も人間に近い感情を――殺意を模倣できるようにならなくてはね」
ため息ばかりついていた男は、夢見る少年の瞳を取り戻していた。
「さっきのスタンガンは全部に取り付けてあるよ。命令するだけで標的を――殺さない程度に攻撃できるようにして
おいたから」
「ありがとうございます」
男に深々と頭を下げた後、雅史は1000体の頼もしい部下に待機を命じた。
これから起こるショーを特等席で見物できる喜びを、雅史は男に悟られないようにするのに必死だった。
校門前に集まった人数は増えに増えて、200人近くになった。
みんな、力に自信のある奴ばかりだ。
ただ1人・・・。
俺を侮蔑と怒りの念をこめて睨みつける女子がいたけど・・・。
「あなたのせいで葵は捕まったのよ」
そう何度も言われた。
そして俺はと言えば、言われるたびに頭を下げている。
坂下好恵。このあたりの女子でこいつに勝てる奴は探しても2人くらいしかいないだろう。
「もうこれ以上は来ないみたいだぞ」
イライラした顔つきで言う古賀とそれに同調する山吹。
この3人がいるかぎり、葵ちゃんを助け出すのはわけないだろう。
それに加えて、1年から3年までの男子も揃っている。
葵ちゃんからの連絡が途絶えた後、俺は校内放送で寺女で起こったらしいことを流した。
女の子を助けだす、という男にとってその後の展開を楽しみにさせてくれる出来事が現実に起こり、意気盛んな
男子たちは葵ちゃんの救出に協力してくれる。
希望者を募り、校門前に集まるように言ったわけだが。
1人、また1人と集まるうちに、その数は200人にまで膨れ上がった。
頼れる面々だ。
「なら早く行きましょ」
平静を装ってはいるが、坂下の焦りは時間とともに大きくなる。
そうだ。全ての原因は俺にあるんだ・・・。
あの時、役に立ちたいっていう葵ちゃんを、何が何でも止めるべきだったんだ。
男として・・・情けないよな・・・俺・・・。
自己嫌悪っていうんだったっけ・・・こういうの。
「戦う前から負けるような顔しないでくれる?」
横から坂下が聞いたこともないような低い声で言った。
「いや、そういうわけじゃねえけどよ・・・」
「あなたには・・・あなたにはね! 責任をとってもらわなければならないのよ!? 今からそんな弱気になってて
どんな顔して葵に謝るつもりよっ?」
「・・・・・・」
ここまで言われて、何も言い返せない自分が悔しかった。
だが、ひとつハッキリしたことがある。
それは葵ちゃんが危ない目に遭ったのは俺のせいで、その責任を俺自身がとらなければならないことだ。
本来なら仲間を募らず自分ひとりで行くのが筋というもんだ。
それを数をあてにして、俺はその責任という負担をごまかそうとしていた。
でもそれじゃダメなんだ。
「よしっ、行くぞ。みんな手伝ってくれ!」
この200人に頼るのではなく、俺が率先しなくちゃだめなんだ。
・・・・・・。
坂下に教えられたな・・・。
寺女への道程で俺は坂下に感謝していた。
「ところで・・・」
坂下がいぶかしげに俺を見る。
「?」
「あなたたちが持ってるソレ、何?」
右手に持っている長さ50センチほどの金属棒を指差す。
「ああ、これか。振動棒っていうらしい。よく分かんねえけど、表面に何か魔法がかかってるらしい。来栖川先輩が
用意してくれたんだ」
「ふうん・・・って全員の分を?」
「ああ、何人集まってくれるか分からなかったからな、先輩、200本くらい作ったって言ってたぜ」
俺は坂下に振動棒を手渡そうとすると。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 魔法がかかってるんでしょ? 私に向けないでよ」
「大丈夫だって。先輩、この棒は持ち主が敵意を抱いている相手にしか効果はないって言ってたし」
「・・・イマイチ信用できないわね。で、どんな魔法なの?」
「さあ、よく分からねえ」
「あなたって・・・」
呆れ顔の坂下。そこへ、
「持ち主の敵意を増幅させそれを魔法エネルギーに変える」
「え・・・?」
「エネルギーは棒の表面に触れた相手に衝撃波となって攻撃する」
いつの間にか山吹が坂下の横にいた。
「そうなの・・・?」
「ああ。わざわざ重い金属にしてあるのは、その方が魔法の威力を高めやすいからだそうだ」
「何でそんなこと知ってんだ? さっきの株の話だって・・・」
「あの魔女に聞いた。自分が使うものの仕組みくらい理解してろ」
坂下とはまた違う睨みが、俺の両目を捉える。
マジでビビッたぜ・・・こいつの目・・・。
「と、ところで坂下の分も余ってるぞ」
「私? いらないわよ、そんなもの。私はこの拳で勝負するわ」
坂下が右腕を高々と上げた。
まったく頼もしいヤツだぜ。
珍しい組み合わせ。
そして対照的な組み合わせ。
1人は無口で1人はおしゃべり。
「そんなに気にすることないんじゃない?」
学校内では誰よりもいろんなことを知っている女の子。
学校内では誰も知らないことを知っている女の子。
志保と芹香。
教室で楽しく、しかし中身はかなり真剣な話し合いをしていた。
浩之が多くの生徒を率いて出て行ってしまったため、校内はとても静かだった。
芹香が机をトンと叩く。
すると、机上に淡い光で文字が浮かび上がり、それがいくつも続いて文章になる。
いいえ 私が神の力を借りてしまったために松原さんは危険な目に遭ってしまったのです
淡い光の文字は、志保が読み終わると同時に四散した。
芹香の声を聞き取る事のできない志保は、芹香が神の力を借りる事で言葉を瞬時に文字に換えることで会話を
成立させていた。
意外なことにこれを思いついたのは志保のほうである。
「でも、そうしなかったらドコでなにが起きてるか分からなかったんでしょ。いいじゃん、それで」
どこまでも芹香とは対照的な志保である。
その場しのぎのような生き方をしてきた志保は、誰が責任を負うかなどという考えはまるで持ち合わせていない。
それは時に傷心にひたる人への励ましになり、繊細な心の持ち主の怒りを買うこともある。
でも神は松原さんの危険までは教えてくださらなかった
よくこの内容で神が力を貸したものだ。
無限のノートとペンは芹香の言葉を忠実に志保に伝える。
「その神様はそこまで分からなかったってことなのよ、たぶん。どっちにしても来栖川先輩が責任感じることじゃ
ないと思うけど」
私の力が及ばなかったからです 不安定なまま神通力を行使したことは愚かでした
あなたは悪くない、いや私が悪い。
お互い一歩も譲らない、気の遣い合いが続いた。
ここまで反発、というか自己を主張するとは思わなかった志保にとって、これは意外な発見だった。
といっても、この新たな発見は志保には何の役にも立たなかった。
ネタにならないからだ。
「不安定だったの? なら、やっぱり仕方ないじゃん。次はうまくいくんじゃない?」
それにしても、この志保という女は敬語というものを記憶の片隅から抹消しているのだろうか。
年上にはそれなりに敬った口調で。
小学校の国語の先生の教えは、今の志保には生かされていない。
だからやりとりだけ聞いていると、彼女と話している相手は同級か年下かと判断せざるをえない。
おっしゃる通りです 神についてもっと深く研究し自己を高めたいと思います
反対に芹香のほうは使わなくてもいい敬語を、いちいち律義に使っている。
何となく彼女の言葉が前向きな方向へ進んだと机上の光で確認した志保は、とりあえず励ました事になったと
結果に満足していた。
だが、志保は彼女の”自己を高めたい”という言葉の本当の意味は理解していなかった。