第61話 悪魔の招待状
(突如、舞い込んできた来栖川別荘への招待。浩之は選び抜いた9名とともに別荘に向かうが・・・・・・)
「ったく、唇がすり減るんじゃねえのか?」
俺は志保の相変わらずのマシンガントークにうんざりしていた。
こいつはさっきからずっと喋っている。
流行の服がどうだとか、新しい店ができたとか。
「そんなこと言っちゃ、志保がかわいそうだよ」
あかりもよく付き合ってるな。
こんな奴と親友だなんていうんだから、あかりって菩薩かなんかじぇねえか?
ま、俺もなんだかんだ言って付き合ってるんだけどな。
「アンタねぇ、このラブリー志保ちゃんのお言葉が聞けるなんて幸せなのよ?」
「自分のことを”ちゃん”付けて呼んでるようじゃまだまだガキだな」
「なんですってぇ〜〜!?」
こいつからかうと面白いんだよな。
「でも、なんだか久しぶりだね」
あかりが言った。
「何がだ?」
「こうやってみんなとおしゃべりするの。前は私と浩之ちゃんと志保と雅史・・・・・・・・・」
「あかりっ!!」
俺は反射的に怒鳴りつけていた。
「・・・・・・すまねえ」
「浩之ちゃん・・・・・・」
「全部あいつが悪いんだよ」
それだけ言うのがやっとだった。
元に戻りたい。
あかりがそう願っていることは分かっている。
だけどそれは叶わないことなんだ。
「なんでこんなことになっちゃったのかしらね・・・・・・」
志保の口調は俺を責めているようだった。
「荒れた学校を良くしようって考えは、俺も雅史も同じだった」
「そうね」
「最終的にそれを果たしたのは雅史のほうだった。俺はあいつより苦難に遭ったのに、勝ったのはあいつだった・・・・・・!」
あの時のことを思い出すと今でも腹が立つ。
「けど彼は支配権をヒロに譲ってここを去った、と・・・・・・」
志保は雅史のことをはじめて”彼”と呼んだ。
今まではそんな言い方は絶対にしなかった。
「それだけなら良かったよ。でもな、あいつは油断している俺たちを葬り去ろうとした・・・・・・」
それもロボットなんて卑怯な手を使ってな。
「そういうことなんだよ、あかり。悪いのは全部あいつさ」
「・・・・・・うん」
何度も説得をしてはいるが、あかりはまだ納得してはいないようだった。
「藤田様」
その時、12型がやってきて俺に言った。
「長瀬様がお見えです。至急、お越しください」
「分かった」
俺に用事か。
「私たちも行くわ」
校舎を出ると、いきなりイヤな顔に出くわした。
「ジジイ・・・・・・」
セバスチャンとか言ったか。
芹香先輩の執事だ。
「久しぶりだな、小僧」
マズイぞ・・・・・・これはマズイ。
芹香先輩はいま行方不明だ。
っていうかヘンな悪魔を呼び出して逃げたんだ。
追求されたら何て答えればいいんだ?
「な、何のようだ・・・・・・?」
声が震える。
旅行に出かけた、とでも答えるか。
いや、執事ならそれを知らないハズはないか・・・・・・。
「実は芹香お嬢さまから・・・・・・」
「あ〜っ! 最近暑いよな、ジイさん! 何か飲まないか?」
こうなりゃできるだけ引き延ばそう。
「いや、わしはいらん。それよりお嬢さま・・・・・・」
「じゃあ何か食うかっ!? 甘いものがいいよな!? いや、年寄りなら薄味のほうがいいか」
「さっき食べてきた。そんなことよりお嬢さま・・・・・・」
ちくしょ〜・・・・・・全然食いついてこねえ。
人の話を聞いてないだけか?
本格的にヤバくなってきたな・・・・・・」
「・・・・・・・・・聞いておるのか、小僧!」
「は、はい・・・・・・」
なんだっけ?
「え〜っと・・・・・・」
「だから芹香お嬢さまがお主たちを別荘に招待していると言っておるのだ」
「へ・・・・・・?」
俺は状況が理解できていなかった。
芹香先輩が招待?
「なんで・・・・・・? 先輩ってたしか行方不明なんじゃ・・・・・・?」
「バカモノ。お嬢さまならとっくに戻られておるわ」
そ、そんな・・・・・・。
「いや、でも・・・」
言いかけて俺はあわてて抑えた。
悪魔がどうとかなんて言っても、このジジイは信用しないだろう。
それに信用したらしたで追及を躱す自信がない。
「お嬢さまはな、急に姿を消したことを大層後悔していらっしゃった」
「はぁ・・・・・・」
「お主たちにお詫びしたい。そういう意味でお嬢さまはそのようなことを申されたのであろう」
「はい・・・・・・」
先輩が何を考えているのか、ずっと分からなかった。
聞き出そうにも連絡がとれなかったから。
だが向こうからお呼びがかかってるなら、これは大きなチャンスだ。
彼女の真意を聞きだすことができる。
「それでな、小僧にはぜひ来て欲しいとのことなのだ。まさか断るつもりではなかろうな?」
「い、いえ・・・もちろん参加させていただくぜ」
「そう言うと思った。お主以外にあと9名まで参加してもらいたい。親しい者でも誰でもかまわん」
俺は振り返った。
「あかり、志保。行くだろ?」
「え、え〜っと・・・・・・」
あかりは決めかねているようだ。
「神岸様。別荘は山に囲まれた、素晴らしい所です。日ごろの疲れを取るのには最適かと存じます。ぜひご参加下さい」
「俺には”様”はつかないのかよ・・・・・・」
「貴様は小僧でじゅうぶんだ」
いけ好かねえジジイだぜ。
「それじゃあ、私もお願いします」
山に惹かれたのか、あかりはあっさり了承した。
「志保はどうするの?」
あかりが訊いた。
「私? とお〜ぜん、行くに決まってるでしょ?」
だろうな。こいつが楽しいことを拒否することなんてありえねえもんな。
「それ、俺も行っていいかな・・・・・・?」
「おわっ!?」
突然後ろから声をかけられ、俺は数メートル飛び上がった。
矢島だった。
控えめな言い方の割には、参加させろという気迫のようなものを感じる。
まぁ断る理由もないしな。
「4人決定だ。あと何人いけるんだ?」
俺はジジイに訊いた。
「あと6名だ。明日の朝一番に迎えをよこす。それまでに決めておいてくれ」
「ああ、分かったぜ」
「今回はあくまでお詫びともてなしの意味を兼ねておる。マルチたちロボットは誘うな」
ジジイは言いたいことだけ言うと、さっさと引き上げていった。
「来栖川さんトコの別荘って、どんなところなのかしらね〜〜」
志保は嬉しそうだ。
それにしてもマルチたちは来るな、ってのはどういう意味なんだろう?
「ああ、神岸さんと山奥の別荘で二人きり・・・・・・」
矢島が天を仰いでつぶやいている。
おいおい、誰が二人きりにするなんて言ったんだよ。
「浩之ちゃん、どうするの? あと6人って」
「俺が選んでいいか?」
あかりは少し困惑したようだったが、
「うん、来栖川さんも浩之ちゃんにぜひ来てほしいって言ってるみたいだし」
「そうか」
6人か・・・・・・。
いざ選ぶとなると難しい。
本当は女の子だけで行きたいところだが、矢島もいるから男子も何人か選ぶ必要がある。
ここは半々でいくか。
と、まずは女子に声をかけてみたのだが・・・・・・。
誰も行くと言う奴がいない。
遠慮しているような断り方だったが、大方俺のやり方が気に入らないからだろう。
現にあかりや志保にも勧誘を頼んだが、いい返事は聞こえなかった。
一方で矢島の方は何人かの参加者を獲得したようだ。
意外なことにこいつはバスケ部のハズなのに、部員をまったく誘っていない。
どうも俺と共に雅史相手に戦った奴を選んでいるようだ。
お、噂をすれば矢島だ。
「おい、そっちはどうだ?」
矢島が訊いてきた。
「ダメだ。みんな付き合い悪いよな」
「こっちは3人だ。ただし全員男子。女子が来るわけないだろう」
「なんでだよ?」
俺が訊くと、矢島は分かってないなといった素振りで返した。
「別荘がどれだけ広いかは知らないが、男子と女子が泊まるんだぜ? それがどういう意味か分かるだろ?」
「あっ・・・・・・」
俺はようやく気付いた。
そうだ。
よく考えれば分かることなのに、どうして気付かなかったんだろう。
「あれ、じゃああかりと志保は・・・・・・?」
「お前、ほんとにバカだな・・・・・・」
矢島は呆れた口調で言った。
「あの二人はお前に気があるんだよ。でなきゃ、そんなことできねえよ」
そう言われて悪い気はしない。
「でも勘違いするなよ! 俺は神岸さんを諦めたってわけじゃねえんだからなっ!」
そんなこと、あんまり大きな声で言うなよ・・・・・・。
「とにかくだ。誘うなら男子にしろ。それも俺やお前に反感を持っていない奴のほうがいい」
「どういうことだ?」
「簡単なことさ。寝込みを襲われないためだよ」
矢島・・・・・・こいつってこんなに大人っぽかったっけ?
たしかに長身だが・・・・・・。
「戦争・・・って言やあ大袈裟だけど、ここ最近みんなの気が立ってる。お前たちが発端なわけだが、今回のことで連中は
互いの腹を探り合ってる」
「ってお前もか?」
「俺だって例外じゃないさ。誰につけば得か、どこの派閥に身を置けば安全か、そんなことばかり考えてるさ」
「矢島・・・・・・」
本当なのか? 本当に連中はそんなことを・・・・・・。
「もっとも俺は誰のそばにいればいいか分かってる。神岸さんさ。彼女以外に考えられない」
こいつの言うことはあかりの事ばかりだと思ってたが、認識を改めなきゃならねえみたいだ。
「残りの3人は俺が確保するよ。お前の忠告どおりにな」
そう言って俺は矢島と別れた。
なんだか心の中を見透かされているようで落ち着かなかったのだ。
矢島の言葉どおり、俺はより安全と思われる3人を選んだ。
基準としては共に雅史と戦った仲間であること、俺と親しい間柄であること。
ここまで絞り込めば3人という数は決して多くはない。
翌朝。
俺たちは校門付近で迎えを待っていた。
ジジイが言うには朝一番で来るという話だったが。
「遅いわね。まさか忘れてた、なんてオチじゃないでしょうね」
志保はさっきからおかんむりだ。
後ろで待っている男子からも不満の声が漏れる。
この日、集まったのはもちろん10名。
俺、あかり、志保、矢島の4名に加えて男子6名。
筒井、沢井、加地、内田、寺尾、中條。
ジジイの言うとおり、マルチたちはメンバーから外した。
ちょっと可哀相な気もするが、向こうがそう言っているのだから仕方がない。
本当は誘いたかったんだけどな。
俺は校舎の時計を見た。
午前9時を少し回ったところだ。
そういえば朝一番に来るって言ってただけで、具体的に何時に来るとは言ってなかったよな。
まあ年寄りは朝起きるのが早いっていうし、そう遅くはないだろう。
「ところで別荘ってドコなんだ?」
筒井が不意に訊いてきた。
「いや、知らない。どうも山奥らしいけど」
あのジジイ、肝心なことは言わないんだよな。
もっとも訊かなかった俺にも非がないわけじゃないけど。
「しっかし遅いな」
矢島がしびれを切らしてうなった時だった。
エンジン音が聞こえてきた。
地面がわずかに振動する。
校門前にマイクロバスが停車した。
さっきのエンジン音はこいつだな。
「来たみたいだな」
待ちくたびれた俺たちは、我先にバスに近づく。
ドアが開いて誰かが降りてくる。
あれ・・・・・・?
メイドロボか・・・・・・?
降りてきたのは清楚な感じの女の子だった。
白っぽい服を着ているから、余計にそう見えるのかもしれない。
ただ耳のところには、マルチたちと同じような銀色のパーツがついている。
これがなければメイドロボとは気付かなかっただろう。
「お待たせいたしました。長瀬様の命により、お迎えにあがりました」
うやうやしく頭を下げる。
その動きのなめらかさは人間そのものだ。
「ジジイはいないのか?」
俺はバスに乗り込みながら言った。
「はい、長瀬様は準備があると先に別荘へ向かいました」
ハキハキとものを喋るのはいいんだが、このロボット、どうもとっつきにくい。
「よろしくお願いします」
あかりがロボットに丁寧にお辞儀する。
「は〜い、アタシ志保ちゃんよ。よろしくね〜」
志保もいちおう挨拶はしているが。
なんていうかこの2人、あらゆる点で対照的だよな。
「あ、アタシここっ! あかり、こっち来なさいよ〜!」
志保が強引にあかりの手を引っ張ってる。
こいつ、やっぱり一番前に座るのか。
あかりと志保は通路を挟んで右側の一番前。もちろん窓際を占領したのは志保のほうだ。
俺と矢島はその後ろ。他の6人は左側の前部に集まっている。
「皆様、席にお着きのようですので出発いたします」
あのロボットはガイドかと思いきや、実は運転手だったのか。
バスは再びエンジンをふかして学校をあとにする。
「志保〜、そんなにお菓子持ってきたの?」
「当ったり前じゃないの。これがなくてどーすんのよ」
「まさかマイクとか持ってきたりしてないよね?」
「え? なに? もしかして聴きたいのぉ?」
志保がニヤリと笑った。
気がした。
後ろからだからあいつの顔は見えないが、きっと笑ってるハズだ。
「ああ、神岸さん。きみを後ろから見守ることができて幸せだよ」
矢島がうっとりした瞳であかりを観ている。
・・・・・・かなり気持ち悪い。
「おまえ、だんだん言うことが危なくなってきたな・・・・・・」
そんな俺の皮肉も、今の矢島には届かない。
まあいいか。
あかりは俺が護るとして・・・・・・。
志保のテンションに便乗するわけじゃないが、俺たちはすっかり遠足気分だった。
俺はこの時、先輩が別荘に誘ってくれたのは俺たちを楽しませてくれるためだと思っていた。
物腰優雅でいつも優しい瞳の先輩。
彼女の真意など疑うハズもなかった。
バスはやがて木々が生い茂る山道にさしかかった。
どこの山かは分からない。
見覚えのない風景だから、かなり遠くに来たのだろう。
時計を見ると昼を過ぎていた。
3時間近く走ってるのか。
最初こそざわめいていた車内も、今はほとんど話し声が聞こえない。
みんな眠ってしまったのだろうか。
俺は隣に座っている矢島を見た。
「なんだ?」
少し不機嫌そうに矢島がこっちを見返してきた。
「いや、なんかボーッとしてるみたいだったからさ」
俺は慌てて適当な言い訳を述べた。
「ああ、ちょっと外を見てたんだ」
矢島は窓を指差した。
俺もならって流れていく風景を眺めた、
すると矢島はヘンなことを言い出した。
「さっきから観てるんだがこの景色、なんだか気持ち悪くねえか?」
「気持ち悪い?」
「ああ、よく見てみろよ」
言われて俺は、目をこらして外を見る。
流れていくのは樹木ばかりだ。
高木っていうやつか。かなり丈のある木々が延々と続いている。
「別に気持ち悪いってことは・・・・・・」
言いかけて俺は気付いた。
目の前に広がるのは見たこともない木々だ。
だがその向こう側が見えないのだ。
木と木の間には当然、向こうの景色が見えるハズなのだ。
だがどういうわけかそれが見えない。
木と木の間の空間は黒で塗りつぶしたような暗闇なのだ。
まるで明るいトンネルの壁を黒く塗り、そこに樹木の絵を描いた中を走っているような妙な感覚。
「胸騒ぎがするんだ」
矢島がぽつりと言った。
俺はちょうど矢島が感じているのと同じ感覚なのかもしれない。
なんだかイヤな予感がする。