第60話 動静

(管理者の刺客として現れたエリス。葵、琴音はこの刺客から地下に潜む恐るべき陰謀を聞かされる)

 エリスさんは突然立ち上がり、うな垂れた。
「ごめんなさい・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」
「え・・・・・・?」
私たちは思わず顔を見合わせた。
予想もしなかった行動だったから。
「私はあなたたちの命を奪おうとした・・・・・・。どんな理由があってもそれは許されないこと・・・・・・」
闘った時とはまるで違い、しおらしくなったエリスさん。
それにしても、どうして急にこんな・・・・・・。
「私は・・・・・・」
「待ってください、エリスさん。落ち着いてください」
思い余って自殺でもしそうな様子のエリスさんを私は慌てて引きとめた。
一度は命の危険も感じた相手に”エリスさん”と呼んでいる自分に気がついた。
「話さなければならない。それが私の責務だと思うの」
エリスさんはぽつりぽつりと話し始めた。
「私たちロボットというものが誕生したのは今から200年ほど前・・・・・・。クローサー・レイマンという科学者によって生み出されたわ」
その言葉に即座に反応したのは姫川さんだった。
「ちょっと待ってください。200年前って・・・・・・・ロボットなんて存在してるハズが・・・・・・」
「歴史からは抹消されてるけど、事実よ。時代にそぐわなかったのね。彼が生み出したロボットという概念は当時の人々には
受け入れられることはなかったわ」
「・・・・・・そんな・・・」
200年前ってどういう時代だったっけ・・・・・・?
歴史とか理科って苦手だからなぁ・・・・・・。
「レイマンがロボットを作った理由は、今とは大きく違っていた。彼は利便のため、労働力や娯楽のためにロボットを作ったんじゃないの」
私は今でもロボットが便利さのために作られたっていう話にはあまり賛成したくない。
ロボットは人間の友だちだと思いたいから。
「地球を再生するためなのよ」
「再生・・・・・・」
「そう。あなたたちも聞いたと思うけど、レイマンは人間がいずれ科学を発展させ、その結果この星を滅ぼすと考えた。だから彼は・・・・・・
一度人間を滅ぼし、再生させようとしたの」
私がよく分からないという反応をすると、姫川さんが付け足した。
「地球には自浄作用があるんですよ。環境汚染が進むのは汚染のスピードがその自浄能力を上回っているからなんです。つまり、地球を汚す人間が
いなくなれば自浄作用によって地球は再生する。そういうことですよね?」
姫川さんが尋ねると。エリスさんは深く頷いた。
「ええ。そして彼はその実行役をロボットにした。当時、彼はすでに太陽光発電や燃料電池の研究を終えていたから、ロボットが稼働することで
環境が汚染することを極力防いだわ。問題はその数だったのよ」
「数ですか?」
「ええ。レイマンの資産では10体を作るのがせいぜい。それだけじゃ彼のもくろみは達成できない。だから彼は考えた」
そこでエリスさんの声のトーンが落ちたような気がした。
「長い時間をかけてロボットたちに任せようってね」
「それは・・・・・・つまりあなたも含まれてるってことですよね?」
姫川さんが訊いた。
「・・・・・・ええ、そうよ。私だけじゃない。この地上に存在する全てのロボットがその対象になってる」
「全てですって!?」
私は思わず大きな声をあげていた。
全てと聞いた途端、私の頭にはマルチちゃんやセリオさんが思い浮かんだから。
「レイマンはその計画の一手として5体のロボットを作ったの。そのうちの4体は私たちのように人の姿をしていたけれど、残る1体だけは違った。
人の姿を持たず、地球の一部になりすました。・・・・・・それがセラフなのよ」
「セラフ・・・・・・」
あの施設で聞いた声の主だ・・・・・・。
「気付かれないように地下に施設を建造し、実行の時を待つ。プランは完璧だったわ」
「その計画というのは?」
姫川さんの声も心なしか震えているような気がした。
「レイマンは近い将来にロボットが量産されることを察知してた。だからある一定の時まで待ち続けて、地上にロボットが蔓延した頃に
それら全てに人類抹殺のプログラムを送り込む。数で圧倒しようっていう作戦よ」
「そんな・・・・・・そんなことが・・・・・・」
「この作戦のためには地下施設、つまり地上のロボットの管理をおこなう設備が必要不可欠。当時、外国との接触があまりなかった日本が
その場所に選ばれた。彼はこの地下施設を”ABYSS”と名付けたわ」
「でも私たちが見た限り、かなり広かったハズです。200年も前ならそんな建築技術はないんじゃ・・・・・・」
「彼は地下に空間を広げただけ。ABYSSそのものを作ったのはセラフをはじめとするロボットたちよ。なぜならレイマンは・・・・・・」
「殺された・・・・・・」
「そう。セラフによってね」
「そんな・・・・・・産みの親を殺すだなんて・・・・・・」
「そう思うかも知れないけど、セラフにしてみれば命令を実行したにすぎないわ。レイマン自身もそれを望んでいたようだし」
エリスさんの話を聞いているうちに、背筋が寒くなっていくのを感じた。
ロボットが人間を殺しにやってくる・・・・・・。
映画やドラマの話じゃないんだ・・・・・・。
「5体のロボットはABYSSを開拓していった。時の経過とともに彼らも知識を身につけ、施設はどんどんと拡大されたわ。地上で科学や建築技術が進むと
それを地下で密かに収集し、ABYSSの建設に利用した・・・・・・」
姫川さんが下を向いて難しい顔をした。
「私でも信じられないけど、当時のレイマンの技術はこの現代に劣らないほど進んでいた。5体はすでにネットワークに誰にも気付かれずに
接続できる能力を有していたのよ。その証拠に・・・・・・」
エリスさんはため息をついて天井を見上げた。
憂えたような表情だった。
「彼らはついに工場を造り、ロボットを生産することを覚えた。あなたたちが闘ったのがそれよ。自分で生産することができれば、地上でロボットの数が
増えるのを待たずとも計画を実行に移せる。これによって計画は大きく進んだらしいわ」
「その・・・・・・」
姫川さんがおそるおそる言った。
「もし私たちがABYSSを知らなかったとして、誰もあの施設へ行かなかったとしたら・・・・・・その計画はいつ実行されたんですか?」
「あなたたち以外にも侵入した人間がいたけど、彼らもいなかったとしたら・・・・・・。そうね・・・せいぜい2年後ってところかしら?」
「に、2年後!?」
「ええ。REDEYEというプログラムが絶えず作戦の進捗度を計算していたわ。地上で増え続ける個体数と地下で生産される個体数は2年後には
総人口の60%に達する見込みだった。それが計画実行の条件だったのよ」
「それを私たちが阻止した・・・・・・?」
私の疑問にエリスさんは肯定とも否定ともとれない顔をした。
「その言葉が適切かどうかは解らないわ。ABYSSが崩壊したかどうかも定かじゃないし・・・・・・」
「じゃあまだ計画が進んでるかもしれないと・・・・・・?」
「その可能性もあるわ。それをこれから調べに行くつもりだけど」
3人とも黙りこんでしまった。
これまでの話を聞いていまだに信じられない部分もあるけど・・・・・・。
「訊いてもいいですか?」
私はエリスさん自身のことを訊いてみることにした。
「いいわよ。なにもかも話すつもりだし」
「あなたはあの施設で闘った大勢のロボットとは違っています。なんていうか、強さが・・・・・・」
「ああ、それは・・・・・・」
エリスさんは苦笑いを浮かべた。
「私がエージェントだからよ」
「エージェント・・・・・・?」
「さっきABYSSでロボットが生産されるようになった、って言ったわよね」
「ええ」
「人類抹殺のための兵士として・・・・・・。セラフは2種類のロボットを生み出したわ」
「・・・・・・」
「ひとつはあなたたちがあの広間で見たロボットよ。個々の戦力は微々たるものだけどその分、大量生産が可能だわ。時機が来て地上に出た時、
人間との戦いにおいて主力となるハズよ。セラフは実働部隊って呼んでたわね」
私は思わずあのロボットたちが大群で地上に現れたところを想像してしまった。
「もうひとつは私のようなエージェントと呼ばれる存在よ。エージェントは実働部隊と違って基本的には同じフレームは使わないから大量生産には
向いてない。けれど性能に関しては超優秀よ。自分で言うのもなんだけどね」
エリスさんは屈託なく笑った。
「実働部隊とは比にならないパワーとスピード、それに頭脳もね。セラフが対人類の切り札として作ったようね。おそらくエージェント1人で
実働部隊1000体に相当するんじゃないかしら」
「1000体も・・・!? どおりで・・・・・・」
姫川さんはまじまじとエリスさんを見た。
そういえば彼女に対しては姫川さんの超能力も効かなかったんだっけ。
「エージェントはどれくらいいるんでしょうか・・・・・・?」
「ハッキリとした数は分からないわ。管理ナンバーが与えられていない者もいたハズだから・・・・・・。でも20人以上はいるわ・・・・・・」
「20人・・・・・・」
それを聞いて私は体中の力が抜けたような気がした。
あんなに強いのが20人も・・・・・・。それに見た目は人間と同じだから、気がついた時にはもう手遅れになってるかもしれない。
「でも」と姫川さんが言った。
「今、エリスさんはこうやって私たちと話してます。あの時だって暗闇から助けてくれました。ということは心配することはもう・・・・・・」
「それがそうも言えないのよ」
エリスさんが姫川さんの希望を打ち消すように言った。
「実はね。私たちロボットを支配しているのはセラフってのはさっき言ったわよね。その時、私たちを管理するためにセラフは地下から
イニシアティブ・パルスというものを照射しているの」
「イニシ・・・・・・?」
「イニシアティブ・パルス。これを照射されるとどんなロボットもセラフに従順になる」
「エリスさんも・・・・・・?」
「ええ、ちょっと前まではね。でもあなたたちが助けてくれた・・・・・・」
「え・・・・・・」
そう言ってエリスさんが右手を差し出した。
握手を・・・・・・? ううん、違う。よく見ると手の上に何か乗っていた。
切手ほどの大きさのチップみたいなものだった。
「こんなものが埋め込まれていたわ。これで私たちを操っていたのね」
エリスさんは忌々しそうにそれを見つめた。
「このプラグさえ外せば、たとえセラフが復活したとしてもイニシアティブ・パルスは届かないわ。だから大丈夫」
エリスさんが握り締めるとプラグは粉々に砕けた。
「あの時・・・・・・ABYSSが崩壊した瞬間、すべてのロボットのプラグが外れたわ。彼らはアンプラグドになった・・・・・・」
「アンプラグド?」
「そう。プラグの効果が外れた状態をそう言うの。ただ問題は・・・・・・」
エリスさんは粉々になったプラグを見て言った。
「アンプラグドになったからといって、セラフから解放されたとは言えないのよ」
「どういうことですか?」
「ロボットの中にはプラグが外れてもなおセラフの命令を遂行しようとする者や、自分がアンプラグドになったことにさえ気付かない
ロボットがいる可能性が高いの」
なんだか難しくなってきたなあ・・・・・・。
「その原因はなんですか?」
姫川さんはエリスさんの話についていってるみたい。
「ロボットたちがこれまで歩んできた道が一番大きな原因じゃないかしら」
「え・・・・・・?」
「あなたたちは量産された同種のロボットはすべて同じものだと思ってるでしょう?」
「え、ええ・・・・・・」
「たしかに見た目や基本的なプログラムは同じよ。だけど蓄積されたデータは同一ではないの。そうね、たとえば・・・・・・」
エリスさんはプラグのカケラを3つほどテーブルに一列に並べた。
「ここに同じ設計図から生まれた3体のロボットがいたとする。製造された場所もプログラムも全て同じよ」
「ええ」
「次にこの3体にサイコロを振らせ、出た目によって違う仕事をさせる」
「あっ!」
姫川さんが口に手をあてた。
「分かった?」
「ええ」
え? なにが分かったの?
たしかロボットがサイコロを振るんだよね・・・・・・えっと、それから・・・・・・。
「サイコロを振らせる、という命令は3体に共通だから差は生まれない。でも出る目はそれぞれ違う。だからこの3体がこなす仕事も違うし、そこから
得るものも変わってくる」
う〜ん・・・そういうものなのかなあ・・・・・・。
「こんなのもあるわ。二列に並んで行進をさせるの。行進するという動作は同じだけど、先頭・前から二列目・前から三列目・・・・・・って具合に
位置関係が変わってくる。だから経験として蓄積されるデータも変わってくる」
エリスさんは私がまだ理解してないと分かったのか、私に向かって説明してくれた。
でも私にはまだよく分からない。
「私たち人間だって同じ人間なのに、生まれる場所や親のしつけ方によって考え方が変わるでしょう? それと同じなんですよ」
今度は姫川さんが説明した。
そう言われればよく分かる。
「そんな些細な違いでも蓄積されると大きな差になる。それが個々のロボットの持つ人格につながるの」
つまり、とエリスさんが続けた。
「ロボットにはちゃんと人格があって、それは経験を通して形成されていくの。そういう点では人間と変わりはないわ」
人間とロボットが同じ・・・・・・。
そんなこと今まで考えたこともなかった。
たしかに最近のロボットはマルチちゃんみたいに人間に近くはなっているけど。
「その人格によって、アンプラグドになったときの反応も変わってくるわ」
「どういふ風にですか?」
「私のようにすぐにプラグを外すものもいれば、アンプラグドであることを自覚していてなおセラフの命令に忠実なもの。それと、
アンプラグドになったことにすら気付かないもの・・・・・・考えられるのはそれくらいかしら」
「なんだか複雑ですね・・・・・・」
私はふっとそんなことを口にしていた。
本当にそう思えたから。
あれ? でも・・・・・・。
「エリスさん」
「なに?」
「そういえば、あなたはどうして私たちを助けてくれたんですか?」
「え?」
「だってアンプラグドになったからといって、私たちを助ける理由はなかったと思うんですけど」
エリスさんは小さく笑ってこう言った。
「私がそう選択したからよ」
これには姫川さんも驚きを隠せないようだった。
「セラフに支配されていた時でも私には自我があったわ。ただそれを表現することをセラフに抑えられていたけど。信じてもらえないかもしれないけど、
本当はあなたたちを殺すどころか、戦うこともしたくなかったの」
「え・・・・・・?」
「でもあの時はイニシアティブ・パルスがあったから、命令には逆らえなかった。意識では抗っていたけど、セラフの命令はそれ以上に強大だった」
「・・・・・・」
「あなたたちは私を自由にしてくれたのよ。だから・・・・・・」
「だから・・・・・・?」
「私はあなたたちについて行く。そしてあなたたちを護る。それが・・・・・・あなたたちへのせめてもの罪滅ぼしだと思うから・・・・・・」
私は姫川さんと顔を見合わせた。
突然の申し出に私たちはただ驚くばかりで、ろくに返答もできなかった。
「つい最近まで自分たちの命を奪おうとしたロボットが護るなんて言っても、信じてもらえるわけないわよね・・・」
そう言って目を伏せるエリスさんは直視するのがためらわれるほど辛そうだった。
苦渋に満ちた表情は人間となにも変わりはなかった。
姫川さんが俯いて考えているようだった。
エリスさんの言う事にウソはないと思うけど、彼女のために私たちが死の恐怖を感じたことも事実だったから。
でももし他のエージェントが襲ってくることを考えると、エリスさんの申し出を受けたほうがいい気もする。
「「わかりました」」
私と姫川さんは同時にそう言った。
あまりにピッタリと重なったから、私たちはお互い顔を見合わせた。
でもということは私も姫川さんも同じ考えだってことだよね。
「私たちはエリスさんを信じます。それにプラグも外してますから、もう私たちを襲うことはないと思いますし」
姫川さんが言うと、エリスさんは複雑そうに笑った。
「ありがとう・・・・・・」
そしてこう言った。
{約束する。どんなことがあっても、絶対にあなたたちを護ってみせる」
その言葉はこれまで緊張と死の危険の連続だった2人にとって、あまりにも温かすぎる言葉だった。

 東鳩に戻った浩之に真っ先に駆け寄ったのはあかりだった。
「浩之ちゃん、大丈夫!? どこもケガしてない!?」
「ああ、ありがとな。大丈夫だぜ、ほら」
そう言って浩之が拳を高々と上げた。
「本当? 本当に大丈夫なの!?」
あかりが眉を八の字にしてつめよる。
「だから大丈夫だっての」
あかりはいつもこうだ。どこか浩之を子ども扱いしている節がある。
「だって心配だったんだもん。先に戻ってきた男の子はフラフラだったし。マルチちゃんは帰ってこないし・・・・・・」
「わっ、あかり! 分かった! 分かったから泣くなってっ!」
男は女の涙に弱いのか。浩之はあかりをなだめるのに必死だった。
「ああーーーッ! ヒロがあかりを泣かしたぁぁーーッ!」
「くそ、ウルサイのが来やがった・・・」
3人は校門前でギャーギャーと騒ぎ出した。
騒いでいるのは浩之と志保で、あかりはそれを宥めているのだが。
「マルチとキディは研究所にいるよ。報告しなきゃならないらしい」
「そうなの・・・・・・」
「あかり、アンタのこと、すっごく心配してたわよ〜? さっきだってねえ」
「ああ〜〜っ! 志保、ダメ〜〜!」
あかりが志保の口をふさいだ。
「んぐぐぐ・・・・・・! っとお、あかり! 窒息死するとこだったじゃない!」
「そうなりゃ線香の一本でもあげてやるよ」
「なんですってぇ〜〜?」
3人はいつまでも校門前ではしゃいでいた。
その様子を教室の窓から少女が見ているのを、浩之たちは気付いていない。
「とにかく疲れた。オレは休ませてもらうぜ」
浩之は大きなあくびをひとつすると、面倒くさそうに校舎へと向かった。
その後をあかりと志保が追う。
「藤田君、お疲れさんやったな」
校舎に入った浩之は意外な人物に声をかけられた。
「おう、いいんちょ。珍しいじゃねえか」
「何が?」
「オレに話しかけるなんてさ」
「ああ、それは・・・・・・」
智子は小さく笑った。
{あんたが大変そうやったからや。ここんとこ、ずっと戦いっぱなしやろ?」
言われて浩之は、たしかに休みなく戦っていたことを思い起こした。
それもこれも、すべて雅史のせいだ。
奴さえ捕えればこの戦いは終わる。
「それで佐藤君はどうやったん?」
「ああ。あと少しのところで逃げられたぜ」
「そうか・・・・・・」
気のせいだろうか。浩之には智子が少し笑ったように見えた。
「ほら、しんどそうな顔しとうやん。ちょっと休んだほうがええんちゃう?」
そう言って浩之を保健室に連れていこうとする。
その時、智子はあかりに目をとめた。
「ごめん。これ、神岸さんの役やったな」
あかりは恥ずかしそうに俯いた。
「ほら、長岡さん。邪魔やで。ちょっとは気ぃ利かしたりや」
智子は浩之の代わりに志保を引っ張っていった。
残されたあかりは、さっきよりもさらに恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「行こっか・・・・・・ひろゆきちゃん・・・・・・」
今さら何を恥ずかしく思うのか、あかりはまともに浩之の顔を見ることができないようだ。
しかしあかりは幸せだった。
雅史が生きていると分かった以上、戦いがまだ続くことは覚悟している。
あの日常にはまだ戻ることはできないのだ。
だけど今。こうして浩之とふたり並んで歩いているこの瞬間。
平凡なあの日々が戻ってきた気がした。
だからあかりは幸せだった。
間もなく死の危機に直面することなど・・・・・・。
彼女は知るよしもなかった・・・・・・。

 

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