二人の魔法少女、宿命の対決なの?

(順調にジュエルシードを回収するなのはたち。しかし彼女らの前に再び黒衣の少女が現れる)

 なのははふと考えることがある。
このまま魔法少女を続けていいのだろうか?
毎回、巨大な敵が現れるたびに、変身して戦う。
それはジュエルシードを回収するためだから仕方がないとして。
なのはは自分の正体がバレてしまうことの方が恐かった。
学校の制服とほとんど変わらない姿でハデな魔法を使うことに抵抗があったのだ。
そうは思っても正義感の強い彼女は、やはりユーノを助けたいという気持ちが強いようだ。
キッカケはどうあれ、なのははいつも前向きだ。
「ユーノ君・・・・・・」
フェレットの姿をしたパートナー。
人がいる時はペットであり、そうでないときは魔法の先生だ。
「集中して、なのは。魔力を一点にしぼるようイメージするんだ」
日曜だというのに、二人は早朝から魔法の訓練をしていた。
魔法は知識や才能だけで上達するものではない。
日々の鍛錬こそが能力向上の秘訣だ。
「レイジングハートにイメージを送るんだ」
なのはは実戦経験に乏しい。
今はそれを補うための練習だ。
「うまく収束しなきゃ魔力が分散して威力が半減してしまう」
ユーノもいつになく厳しい表情だ。
それもそのハズ。この訓練はいつも以上に真剣に取り組まなくてはならない理由があった。
レイジングハートが淡い光を放つ。
目標は中空に設定したターゲットただ一点。
「今だっ!」
ユーノの声と同時に、凄まじい閃光が走った。
そして放たれた一筋の魔力がまっすぐにターゲットに・・・・・・。
だが命中するかと思われた瞬間、ターゲットの手前で光筋がそれた。
「ダメか・・・・・・」
ユーノはうつむいて首を振った。
「ユーノ君、ごめん・・・・・・」
鎮座するターゲットを見ながら、なのはは力なく言った。
「なのはは悪くないよ。魔法はコツを掴むまでは本当に難しいから」
ユーノも必死にフォローする。
「まだまだ時間はあるからさ」
ユーノはそう言ったが、本当は切迫していることをなのはは分かっていた。
それはユーノの態度からも見て取れるが・・・・・・。
それ以前に彼女自身、強くなることの必要性を感じていた。
「やっぱりもっと強くならなきゃ・・・・・・」
なのはがつぶやいたのを、ユーノは聞き逃さなかった。
「焦らなくてもって言いたいところだけど・・・・・・」
少し前まで何も知らなかった少女に、過酷な使命を背負わせてしまっている負い目から、ユーノは言いたいことを言えずにいた。
「うん、分かってる」
そんな彼の気持ちを察してか、なのはは遠い目をして言った。
「止まってる相手なら大丈夫だけど・・・・・・」
なのはは努めて明るく振舞ってみたが、あの時の緊張感を思い出すと苦笑すら浮かべられなくなる。
 
 数日前のことだ。
みんなで海鳴温泉へと出かけたあの夜。
なのははもうひとりの魔法少女、フェイトと闘った。
なのはの魔力は相当なものだ。それはユーノも認めていることだ。
だがいざ闘いとなると、その魔力を生かしきることができない。
魔法の力が強いだけでは、本当の強さとはいえないのだ。
重要なのは、あらゆる局面で力を活用できる柔軟性と応用力。
彼女にはそれが欠けていた。
魔法の使い方に慣れていないなのはと、幼い頃から魔法とともに育ったフェイト。
勝敗は闘う前から決まっていた。
不意を突かれたせいもあるが、やはりなのはには実戦経験が足りない。
特に動く相手にはほとんど無力といっていいだろう。
もしフェイトに冷酷な感情しかなかったとしたら。
光刃をなのはの首にあてがうなどせず、躊躇なく振り下ろしていただろう。

 幸運にもなのはは命を奪われることはなかったが。
ジュエルシードの回収をやめたわけではない。
となると、いずれあの魔法少女とも再び出会うことになろう。
あの時フェイトが言った言葉。
『わたしたちは敵同士ってことになる』
なのはは重く受け止めていた。
次に出会えば間違いなく闘いになる。
今のなのはでは勝ち目はないだろう。
これはその為の特訓だった。
なのはとしては闘わずに切り抜けたい。
そしてできればジュエルシードも回収したい。
そんな都合よく展開するハズなどないが。
ユーノもまた、フェイトのことが気がかりだった。
自分と同じ世界の住人で、使い魔をも従えた魔力の持ち主。
そんな強力な魔法使いとなのはを対決させていいものか。
魔法の能力は一朝一夕には向上しない。
才能にもよるが、フェイトの実力まで上げるには何ヶ月もかかるだろう。
「なのは」
ユーノはひとつの案を出す。
「あの娘との戦いになったら・・・・・なのはにはまず勝ち目はない」
「うん・・・・・・」
「だから先手を打つんだ」
「せんて?」
「そう。魔力だけならあの娘に引けはとらないハズだ。だから戦いが長引く前に勝負をつけるんだ」
「できるかな・・・・・・わたし・・・・・・」
なのはの魔法はおせじにも上手いとはいえない。
たしかに類まれなる才能こそあるが、それを上手に利用する術は持ち合わせていない。
それは修練によって昇華するものだからだ。
「信じるんだ。なのはならできるよ」
「うん」
特訓に費やせる時間はあまりない。
なぜならこの時、ふたりは感じていたのだから。
ジュエルシードの放つ魔力を。
先に気付いたのはユーノだった。
迷っているヒマはない。
「なのは、いいかい?」
「うん・・・・・・」

 ジュエルシードの反応が現れたのが日曜だったのは幸運だった。
家族にはすぐに戻ってくると伝えおき、なのはは飛び出した。
場所は郊外の森の中。
「なのは、急ごう!」
「うん!」
ジュエルシードが放つ独特の気配が強くなってくる。
ユーノはだが、ジュエルシード以外のもうひとつの気配。
フェイトの魔力も感じ取っていた。
あれだけの強い魔力は遠くにいても感じられるし、隠すこともできないだろう。
なのはにとってはどうかは知らないが、ユーノにとってはフェイトとの戦いはジュエルシードの奪還であった。
数日前に奪われた1コを取り戻す必要があった。
そのためには自分が率先して闘う姿勢を見せることが必要だ。
それだけの覚悟はできていた。
なのははバリアジャケットを着装した。
フェイトとの対決が近いためだ。
「あ〜らあら、困った子だねえ」
聞き覚えのあるあの声だ。
「まだ分からないみたいだね」
木々がゆらめき、次の瞬間、長髪をなびかせた女性がふたりの前に躍り出る。
フェイトの使い魔、アルフだ。
「遅かったか・・・・・・」
ユーノは小さくつぶやいた。
だが彼の考えはすぐに否定された。
アルフの後ろからゆっくりとフェイトが歩いてきた。
見たところジュエルシードを回収してはいないようだ。
もしそうなら、ふたりがやって来るまでここに居る意味がない。
それとも前のように、なのはからジュエルシードを奪い取るつもりなのか。
「フェイトちゃん・・・・・・」
なのははそう呼びかけることに抵抗があった。
できれば争いたくない。
そういう意味をこめて声をかけたが、それは届かなかったようだ。
「あなたもジュエルシードを集めているんでしょ?」
フェイトの冷ややかな声が、なのはを震え上がらせた。
「・・・・・・前にも言ったけれど、できれば闘いたくない・・・・・・。闘わなくてもいい方法があると思うの・・・・・・」
それは本音だった。
一方でユーノもそのほうがいいと思っていた。
勝ち目のない戦いでジュエルシードを失うよりは、別の方法で決着させたほうがこちらには有利だ。
「たとえば話し合いとか?」
アルフが見下すように言った。
「アンタたちはジュエルシードが欲しい。私たちもジュエルシードを集めなきゃならない。フフ、半分ずつ分ける?」
アルフはすでに戦闘意欲をむきだしにしている。
フェイトにもそんな節があった。
「申し訳ないけど・・・・・・譲れないから・・・・・・」
なのはがジュエルシードを今も集めている事を訊いておきながら、しかし譲れないということは。
つまり闘う以外に決着させる方法がないことを意味していた。
「フェイト、謝ることないよ」
そう言ってふたりを睨みつけると、アルフの体が輝きだした。
そして獰猛なオオカミの姿へと変貌する。
「なのは、あの使い魔の相手は僕が。きみはあの娘を・・・・・・」
ユーノはなのはの前に立った。
転移魔法でアルフを引き離す作戦だ。
「今度は逃げるんじゃないよ」
アルフもそれに応じた。
「なのは、任せたよっ!」
ユーノとアルフを閃光が包む。
光と衝撃が断続的に押し寄せたあと、そこにはふたりの少女が残った。
フェイトはバルディッシュを空高くかかげた後、真っ直ぐなのはに向けた。
なのはもレイジングハートを構える。
だがその手は心なしか震えている。
フェイトの冷たい視線がなのはを貫いた。
「・・・・・・・・・!」
先に攻撃をしかけたのは、なのはだった。
前回は不意打ちぎみに主導権をとられた。
今度はこちらから攻撃する。
それがなのはが勝利するための最低条件だ。
赤色の光刃がフェイトに振り下ろされた。
だがフェイトは上半身をそらせて余裕でそれを躱す。
大降りの一撃の隙を突いて、フェイトがバルディッシュで斬りかかった。
なのはも負けてはいない。
上空に逃げ、体勢を立て直す。
相手の頭上をとることは闘いではかなり有利だ。
「スプレッド・バスターッ!」
なのははすかさず、フェイトに向き直る。
レイジングハートから無数の光弾が拡散する。
この位置取りでは、地面が壁となりフェイトが避ける方向がひとつ塞がれる。
そこへ拡散する光弾を放てば威力は小さくとも、フェイトに確実に当てることができる。
だがこの効果的なハズの攻撃があだとなった。
光弾が地上に接触するたびに砂煙が舞う。
上空からではフェイトの位置を視認できない。
なのはの攻撃がわずかに左右にぶれた時、砂煙の中から一筋の光がなのはに向けて放たれた。
「あっ・・・・・・!?」
咄嗟に身を躱すなのは。だがそのために攻撃の手が止まってしまった。
慌てて視線を元に戻すなのはだったが時すでに遅く。
地上にはすでにフェイトの姿はなかった。
「前に会ったときよりも強くなってる」
「・・・・・・ッ!!」
視線をあげるとフェイトは目の前にいた。
見たところ無傷のようだ。
どうやらあの程度の攻撃ではダメージは期待できないらしい。
なのはは再び構えた。

 ユーノは背後になのはたちの魔力を感じながら、アルフの攻撃を巧みに躱していた。
攻撃的な性格のアルフは、戦闘開始直後から激しい攻撃魔法を浴びせる。
一方でユーノはアルフの攻撃をかいくぐり、何とか反撃に転じようと隙をうかがう。
「きみたちはジュエルシードを集めてどうするつもりなんだっ!?」
「私に勝てたら教えてやるよっ!」
アルフが電撃魔法を放つ。
アルフが攻撃をし、ユーノがそれを防ぐ戦いが続く。
ややユーノガ劣勢だった。
そもそもフェレット姿とオオカミ姿では体格にも大きな差がある。
当然、魔法使用時に体にかかる負担も違ってくる。
「しかたないか・・・・・・」
ユーノはアルフに背を向け走り出した。
「なっ・・・・・・?」
慌ててアルフがその後を追う。
木々の中をユーノが駆け巡る。
この辺りは地形がかなり入り組んでいる。
アルフはともかく体の小さいユーノなどは見失ってしまいそうだ。
それが彼の狙いだった。
生い茂った草や聳立する木々を利用すれば、アルフの目をくらませる。
それに高木を使えば背後をとることも可能だ。
ひたすらユーノを追うアルフは彼の作戦に気付いていないようだ。
「また逃げる気かい?」
ユーノはアルフの挑発にはのらなかった。
体を右に左に揺らしながら、利用できそうな地形を探す。
上空がときおり明るくなる。
なのはかフェイトが放った魔法による閃光だろう。
何度目かの光の中で目の前に乱立する高木と、足元に広がる草が見えた。
(あそこなら・・・・・・)
敵を欺くのに最適な地形だった。
だが高木に飛び移るために一瞬動きを止めたことが、ユーノが犯した大きな過ちだった。
飛び上がろうと身をかがめたユーノに。巨大なツメが振り下ろされる。
「うわぁっ・・・・・・・!?」
アルフとはもっと距離があったと思っていたユーノの誤算だった。
有利な地形を探しながら走っているうちに彼の速度は少しずつ落ちていたのである。
「ぐっ・・・・・・」
アルフはユーノの小さな体を地面に押さえつけた。
鋭いツメがユーノの体に食い込む。
勝ち誇ったようにアルフが見下ろした。
「さあ、どうするんだい?」
ユーノはアルフのツメから逃れようと必死にもがいた。
だが、もがけばもがくほど彼の体は傷ついていく。
「アンタのパートナーももうすぐ終わりさ」
「なっ・・・・・・」
「動くんじゃないよっ」
顔をあげようとしたユーノの肩に激痛が走った。

「アクセル・ボルト!」
フェイトの攻撃魔法は雷撃が主だ。
雷のように素早く、雷鳴のようにとどろく攻撃は、なのはに反撃の隙をあたえない。
幾筋にも放散される電撃に、なのはは苦戦を強いられた。
やはり実力の差がはっきりと分かる1対1の闘いは、経験が少ない分なのはの方が不利だった。
なんとかバリアで持ちこたえているが、これでは攻撃に転じることができない。
「プラズマ・バージッ!!」
バルディッシュからすさまじい閃光とともに、金色に輝く電撃が放たれる。
「くっ・・・・・・!!」
なのはの防御力も多少あがってはいるが、フェイトの魔力を正面から受けられるほどには成長していない。
闘いの主導権はフェイトが握っていた。
このまま防戦一方では勝ち目はない。
なのははフェイトに背を向け、逃げようとした。
今の力では到底敵わない。
今日のところは逃げ、もっとレベルをあげてからもう一度闘おう。
なのははそう判断した。
フェイトだって仕方なく闘っている節がある。
なのはに闘う意志がないと分かれば、追撃してこないだろう。
自分たちのすぐ下にはジュエルシードがあるだろうが、これは諦めるしかない。
普段前向きななのはでさえ、逃亡を本気で考えているのだ。
フェイトとの実力差はそれほど大きかった。
(ユーノくん、ごめん・・・)
悔しさをおさえながらそう念じ、なのはは逃げ出した。
突然闘うことを放棄したなのはに、フェイトは少しだけ驚いた。
だが焦ることはなかった。
スピードにおいてもフェイトはなのはに勝っていたのだ。
だが今すぐに追いかける必要はなかった。
フェイトはバルディッシュをなのはの背に向けた。
「ジオ・・・」
小さくつぶやいた途端、今度は青く輝く電撃が放たれた。
電撃は真っ直ぐに、しかも恐ろしいスピードで中空を走った。
「ああっ・・・・・・!?」
なのはの右肩を青い稲妻がかすめた。
痛みはなかったが、なのははバランスを大きく崩した。
振り向いたなのはの前に、バルディッシュを構えたフェイトがいる。
(逃げるの?)
そう言いたげな瞳だった。
真っ直ぐに自分を見据えるフェイトに、なのはは恐怖を覚えた。
我慢しようとしても体が小刻みに震えてしまう。
逃げられない。なのはは直感した。
前回、そして今のでフェイトの実力をなのはは思い知らされた。
そういえば強力な魔法を連発しているハズなのに、フェイトは息ひとつ切らしていない。
観念したなのははレイジングハートを構えた。
逃げている場合じゃない、と。
そう考え直し、全神経をレイジングハートに集中させる。
改めて闘う覚悟を決めたとはいえ、圧倒的に不利な状況は変わらない。
何かは手はないかと、なのはは考えたが。
少なくとも1回闘っただけで相手の弱点が分かるハズがない。
ならばやはり先手を打つしかないだろう。
なのはは砲弾系の魔法を放つと見せかけ、無謀にもフェイトのふところに飛び込んだ。
先制攻撃だけでなく、相手の予想外の行動に出ることも勝利の秘訣だ。
これはなのはなりの作戦だった。
「・・・・・・ッ!?」
レイジングハートの先端から赤色の光刃が伸びた。
これにはさすがのフェイトもたじろいだ。
だがすぐに我に返ると、これに対抗するためバルディッシュの光刃を起動させた。
こちらは黄色の鎌状の光刃だ。
赤と黄。二本の光刃がせめぎ合う。
「くっ・・・・・・!」
フェイトが小さくうめいた。
鎌状の光刃は攻撃力は特化しているが、守りには不向きだ。
何とか短期決戦を狙おうとするなのはの猛攻に、フェイトは防御に徹するしかなかった。
だからといって押されているわけではない。
時間が経つにつれ、なのはの攻撃は雑になってくる。
大振りの一撃に傾倒しつつあるレイジングハートでの攻撃を、フェイトは冷静に見切る。
「やああぁぁっ!」
この一撃に賭けようと、なのはがレイジングハートを大きく振りかぶり・・・・・・。
「たああぁぁッ!!」
力まかせに振り下ろした。
フェイトはそれを余裕でかわし、素早くなのはの背後に回り込む。
慌てて振り向こうとしたなのはの首に、フェイトの左手が伸びた。
「うっ・・・・・・!?」
フェイトの手にバルディッシュはなかった。
彼女の右手はなのはの右腕をしっかりと掴んでいる。
どうやら”予想外の行動”で勝利を収めたのはフェイトのようだ。
何とか逃げようとするが、なのはの首と右腕はフェイトにしっかりと固定されていた。
なのはの首に回した腕に力を込めながら、フェイトは耳元でささやいた。
「私の勝ちだね・・・・・・」
抑揚のない冷たい口調が、なのはに突き刺さる。
なのはが自由に動かせるのは左手だけだが、この体勢ではどうすることもできない。
「フェイトちゃん・・・・・・」
そう言うなのはの言葉は、この状況では命乞いにしか聞こえなかった。
フェイトはなのはが抵抗できないように力を込め体を密着させたが、呼吸を奪おうとはしなかった。
こうなっては魔力や戦術などは関係ない。
位置的にも体格的にもフェイトのほうが優勢だ。
それにフェイトにはなのはと違い、より高度で複雑な魔法知識がある。
それを応用すれば・・・・・・。
「あああぁぁ・・・・・・ッ!?」
なのはの全身を形容しがたい刺激が走る。
フェイトはなのはの右腕をさらに強く掴んだ。
それとは反対になのはの体から力が抜け、レイジングハートが彼女の手からすべり落ちる。
なのはは静かに目を閉じ、そしてうな垂れた。
フェイトが体を固定しているため、彼女に身を預けているようにも見える。
気を失ったなのはの顔を、フェイトは何かを思いながら見つめていた。
そのせいか、フェイトの手が無意識になのはから離れた。
支えを失ったなのはは遥か下方の森へと落下する。
「いけないっ!」
慌てて後を追うフェイトだったが、初動が遅れた。
このままでは落下するなのはに追いつけそうにない。
フェイトは追うのをやめ、地上に向けて何かをつぶやいた。
するとなのはが落下するであろう地点に、金色に光る魔法陣が出現した。
緩衝材としての能力を有する魔法陣は、なのはの落下速度を大幅に減少させた。
ふわりと地面に落ち着くなのは。
そこはユーノの目の前だった。
「なのは・・・・・・」
声をかけるユーノの目の前に、フェイトが降り立った。
ユーノはフェイトを睨みつけて言った。
「なのはに・・・・・・何をしたんだ・・・・・・?」
凄んで言っているのだが、アルフに押さえつけられているために声がかすれる。
「心配しないで。魔力を奪っただけだから」
さらりと言ってのけるが、相手の魔力を奪うという行為は極めて高度な技だ。
相手の戦闘意欲を喪失させるこの技は、攻撃魔法でもあり防御魔法でもあるといえる。
フェイトはなのはに近づいた。
「なにをするつもりだ・・・・・・」
アルフは少しだけユーノを押さえつける力を緩めた。
だがフェイトはその問いには答えず、なのはの戦闘服に手をかける。
戦闘不能になるまで魔力を奪われたなのはだったが、バリアジャケットだけはかろうじて残っている。
もっとも、フェイトがそうなるように手加減したからだが。
ユーノはそれ以上、何も言わなかった。
答える気がないのなら質問しても意味がない。
それよりもこの絶望的な状況を打開する方法を考えるのが先だ。
「・・・・・・・・・・・・」
フェイトがまた何かをつぶやく。
彼女の手に光が宿り、その光がだんだんと大きくなる。
すると魔力が作用したのか、なのはの戦闘服が裂けて四散した。
「なっ・・・・・・」
ユーノが目を見開く。
強制的に換装を解除されたため、なのはの体を本来の衣服が包むことはなかった。
つまり一糸まとわぬ姿なのである。
アルフが笑みを浮かべた。
フェイトはなのはの胸にそっと手をあてた。
未成熟の胸は触れただけでは、それと分からないほどに小さい。
なのはからの反応はない。
フェイトは続いてなのはの秘部に手を伸ばした。
無防備なうえに意識を失っているなのはに、このフェイトの”攻撃”を止める術はなかった。
「んぅ・・・・・・」
フェイトの手が触れた瞬間、なのはが小さく呻いた。
だがまだ意識を取り戻してはいないらしい。
そんななのはをフェイトは恍惚の表情で見つめる。
もうジュエルシードのことなどどうでもいい、とでも言いたげな目だった。
「どうしてこんなことを・・・・・・」
ユーノはフェイトにではなく、アルフに訊いた。
「決まってるじゃないか。私たちのジャマをしようなんて気を起こさせないためさ」
「そんな・・・・・・なのはっ!! なのはっ!!」
ユーノはなのはを起こそうと必死に呼びかけた。
「ん・・・・・・」
なのはは、どこか遠くから聞こえるユーノの声に意識を取り戻した。
ゆっくりと目を開けようとするなのは。
そのなのはの唇に、フェイトは自分の唇を重ねた。
「・・・・・・ッ!!」
押し付けられた柔らかい感触に、なのはは惑った。
この行動はアルフにとっても意外だった。
フェイトはなのはから唇を離した。
この時、なのはは怖いと感じていたハズのフェイトに、なぜか温かさを感じていた。
なぜかは分からない。
ただ、素朴な疑問がわきあがる。
「フェイトちゃん・・・・・・どうして、こんなことを・・・・・・」
もちろんフェイトは何も答えない。
だが代わりに彼女は行動で答えた。
仰向けのなのはを包み込むように体を移動させる。
なのはよりもフェイトの方が長身で体格もいいため、文字通り覆いかぶさるような恰好だ。
間近にフェイトを見ながら、なのはは自分が裸であることにようやく気付いた。
「フェイト、なにやってるんだい?」
アルフが怪訝な顔をした。
一時的にユーノを押さえつける力が緩むが、ユーノはそれには気付かない。
フェイトがなのはの両肩を挟むように掴んだ。
なのはは何とか逃れようとするが、さきほど魔力を奪われた時に同時にいくらか体力も失ったらしい。
フェイトはそれほど力をいれていないハズなのに、なのはは逃れることはできなかった。
手足がほとんど動かない。
フェイトはもう一度、今度はさっきよりも深く永くキスをした。
なのはは何もできず、ただギュッと目を閉じることしかできない。
(フェイトちゃん・・・・・・?)
こんな時、なのははユーノに念波を送って助けを求めるのだが、魔力を奪われている今はそれもできない。
もっともメッセージが伝わったところで、ユーノが救援に駆けつけることはできない。
永いキスのあと、フェイトはなのはのもっとも敏感なところに手をあてる。
なのはの体がピクンと震える。
だがフェイトは躊躇うことなく、すぐさまなのはの体に自分の指を埋没させた。
「いやっ・・・・・・やめてっ・・・・・・!」
まだ痛みはないが、精神的には魔法戦よりもダメージが大きい。
無防備な自分を他人に晒けだす屈辱。
しかもそれが自分と同い年くらいの女の子であるという事実。
「たすけて・・・・・・ユーノ・・・くん・・・・・・・・・」
声はほとんど出ていない。体力を奪われたこと、現にフェイトの攻撃を受けていることが大きな理由だ。
「ユー・・・ノ・・・くん・・・・・・」
ユーノは助けを求められているが、実際は自分も助けを求めたいくらいだ。
フェイトは構わずなのはを攻める。
「ああ・・・・・・ッ!?」
フェイトの行爲がなのはにとって”攻撃”となる時がきた。
埋没を続けるフェイトの指に、なのはがついに痛みを感じる時がきたのだ。
「痛ッ・・・・・・やめ・・・やめ・・・・・・て・・・・・・」
なのはの目から涙がこぼれる。
だがそこまでしても、フェイトの攻撃は止まらない。
まるで躊躇う様子もなかった。
無言のフェイトが、さらになのはの恐怖心を煽った。
このふたりはあらゆる面で対照的だ。
見た目も性格も、置かれている状況さえも。
「いやッ! フェイトちゃん、やめてっ!」
泣き叫ぶなのはと、無言で攻め続けるフェイト。
海鳴温泉の闘いでなのはに手心を加えたフェイトとはまるで別人だった。
「もうやめてくれっ!」
あまりの痛ましさにユーノが叫んだ。
「なのはは関係ないんだっ! 僕がジュエルシード回収に巻き込んでしまっただけで、なのはは・・・・・・」
「だったら、なおさら思い知らせないとね。関係ない人間が私たちのジャマをしないようにっ!」
「あぐっ!」
アルフのツメがさらにユーノの体に食い込む。
「もう、いいだろ・・・・・・! なのはは充分に苦しんだじゃないかっ」
だがユーノも負けずに反論する。
「うああああぁぁッ!」
なのはが苦痛に耐え切れずに泣き叫んだ。
フェイトの攻撃は止まらない。まるでユーノの懇願が聞こえていないかのようだ。
(でもちょっとやりすぎじゃないのかい・・・・・・?)
アルフはひそかにフェイトに念波を送った。
アルフは再びなのはと交えた時、なのはの戦意を喪失する話をフェイトから聞かされていた。
もちろん今後のジュエルシード回収が円滑になるのだから、アルフはそれに賛同している。
その方法についてフェイトは大まかな説明しかしていない。
まず戦闘中になのはの魔力を奪うこと。前述のようにこれは困難な技だが、フェイトの実力なら可能なことだ。
その上でなのはの戦意を削ぐ。アルフが聞かされていたのはそれだけだった。
具体的な手段には一切触れられなかった。
アルフは攻撃的な性格だが、だからといってむやみに相手の命を奪ったり、必要以上に傷つけたりはしない。
ただパートナーであるフェイトを守りたい一心が、彼女をそのような性格にしたのだ。
だからユーノにしても彼が抵抗したりフェイトを惑わしたりしなければ、アルフは一切危害を加えるつもりはなかった。
(アルフだって賛成したでしょ?)
アルフの問いにフェイトが答えた。
(だけど、まさかここまでするなんて・・・・・・)
この二人の会話はユーノやなのはには聞こえていない。
「うっ・・・・・・・・・」
痛みのせいか羞恥心のせいか、なのはの意識がふたたび朦朧としはじめた。
なのはの戦意を喪失させるのが目的なら、その目的はもう充分に達成している。
「お願いだっ。もうやめてくれ」
ユーノの嘆願も次第に弱弱しくなってくる。
フェイトの指がさらに奥へ奥へと侵入する。
「ああッ・・・・・・ぁ・・・・・・」
断続的に訪れる痛みに、なのははなす術もない。
ユーノは・・・・・・。
はじめこそフェイトを止めようとしていたユーノだったが、目の前でなのはが嬲られている姿を見て、熱いものを感じていた。
不謹慎だと思いつつも、彼の中では興奮を抑えられない。
目を背けようとすればできるハズなのに、彼はふたりの魔法少女を凝視している。
同年代の女の子たちに、男の子であるユーノがこのように反応することは当然のことだった。
その時、不意にフェイトが攻撃をやめて立ち上がった。
相変わらず冷ややかな瞳でなのはを見下ろす。
なのはは泣きはらした目でフェイトを見上げる。
目には涙があふれ、ぼやけた視界でしかフェイトを捉えられない。
涙が何かを訴えているように見えた。
どうしてこんなことを・・・・・・。
フェイトちゃんとともだちになりたかったのに・・・・・・。
あるいはもっと別の何かかもしれない。
何にせよ、その訴えがフェイトに届く事はなかった。
いや、届いてはいるがフェイトはあえて無視しているのかもしれない。
彼女の冷徹な瞳からは真意を窺い知ることはできそうにない。
フェイトはなのはの左肩を乱暴に踏みつけた。
「あうッ!!」
これまでとはまた違う痛みに、なのはが小さく呻く。
フェイトの攻撃は終わってはいなかったのだ。
「うっ・・・・・・あああっ・・・・・・!」
フェイトがなのはの肩にあてがった足に体重をかける。
わざわざ左肩に狙いをつけたのは、なのはが左利きであると知っているからだ。
たった3回闘っただけで、フェイトはそこまで見切っていた。
「なのはっ!!」
ユーノが叫ぶ。
フェイトの徹底した冷酷ぶりからすれば、このままバルディッシュで斬りつけることもあり得た。
「あ・・・・・・うぅ・・・・・・」
身を護るものは何もないため、なのはの肩に痛みが直接伝わる。
ここまで非情に徹するのには、フェイトなりの理由があった。
自分は母親の命でジュエルソードを集めなければならない。
母の喜ぶ顔が見たいというのもあるが、それ以上に使命感のようなものを感じていた。
なにより母を悲しませたくない。母が望んでいるのならば、その命に従おう。
そんな一途な想いでフェイトはこれまでジュエルシードを集めてきた。
しかしそんな時に現れた魔法少女・・・・・・高町なのは・・・。
彼女も何らかの理由でジュエルシードを集めているという。
この段階ですでにお互いの対立は避けられない。
なのはは話し合いで解決したいと申し出たが、双方が同じものを求めている以上、闘う以外にないことをフェイトは分かっていた。
だがフェイトは元来、冷徹に見えるがじつは深い優しさを秘めた少女だ。
できれば手荒な真似はしたくない。それが彼女の本音だった。
だからこそ初めて会った時にはネコに気をとられたなのはを傷つけないように魔力を加減したし、海鳴温泉では勝敗がハッキリ分かる
形で手心を加えた。
だがその中途半端な優しさが、かえってなのはに別の期待を抱かせてしまっている。
これ以上、なのはと闘いたくない。なのはを傷つけたくない。
海鳴温泉で自分は名乗ったが、なのはの名を聞かなかったのは、フェイトの優しさだった。
お互いの名を知れば、きっと情が湧いてしまう。
ためらいが生じてしまう。
その”甘さ”はなのはにとって、必ずしも良いものではないハズだ。
できればもう会うこともなく、お互いの力もぶつけ合わずにすませたい。
そのためには非情になりきる必要があった。
なのはに恐怖心を植えつけ、戦意を完全に喪失させれば彼女はもうジュエルシード集めをやめるだろう。
なのはを傷つけたくはなかったが、だからといってそのために母親に背く気はフェイトにはなかった。
しかし、フェイトがこのように考えそして実際に行動に移すこともまた、彼女の優しさなのだ。
『譲れないから』
これがフェイトの本音だった。
このフェイトの考えを、アルフがどこまで解しているかは定かではない。
だが真に心の通い合うパートナーなら、おそらく理解はしているだろう。
「ひくっ・・・・・・ぅっ・・・・・・」
なのはには、もう力も残されていない。
ただ全身で荒々しく呼吸をするのが精一杯だった。
あえて冷酷に転じたフェイトは、なのはの肩から足を退けた。
鋭い視線をなのはに浴びせる。
だがなのはから見返されることはなかった。
これまで経験したことのない痛みと屈辱が、なのはの全ての思考と行動を奪っていたからだ。
「これで分かったでしょ・・・・・・」
満身創痍のなのはに対して、フェイトは言葉少なだった。
本当はごめんね、の一言でも声をかけたかった。
大丈夫? と治癒魔法でも唱えてあげたかった。
しかしそれをすれば、余計な情が移ってしまう。
(アルフ、その子を離してやって)
フェイトが念じた。
(・・・・・・分かったよ)
何か考えていたアルフだったが、すぐに我に返った。
自分を押さえつけていた圧力から解放されたユーノは、怪訝そうな表情でアルフを見上げた。
アルフはアルフで、フェイトの一連の行動を頭の中で反芻していた。
フェイトは息も絶え絶えのなのはから目をそらした。
そして意識だけをなのはに向け、指を弾いた。
すると淡い光がなのはを包みこんだ。
光はなのはの体にそって微妙に動きを見せる。
やがて光は空気に溶けてなくなり、残されたなのはの体をバリアジャケットが覆っていた。
全てが元に戻ったわけではない。
なのはの受けた痛み、屈辱は残ったまま。
あくまでこれ以上恥辱を晒さないように、彼女の体を護る服を元に戻しただけだ。
だがこれもフェイトの優しさだった。
そしてもうひとつ。フェイトはレイジングハートを破壊していない。
レイジングハートに納められているであろう、なのはが回収したジュエルシードも奪っていない。
やはりフェイトは残酷にはなれない。
持って生まれた優しさが、それを阻害していた。
「帰ろう、アルフ」
フェイトが言った。
ここに長く留まっていては、またなのはに余計な期待を抱かせてしまうかもしれない。
そうなってはフェイトがここまでした意味がなくなってしまう。
彼女にとっては英断だった。
呼ばれたアルフは無言でフェイトについて行く。
「待ってくれ」
ユーノが去ろうとしたふたりに言った。
フェイトは何も言わなかった。
代わりにアルフが答えた。
「悪く思わないでくれよ。アタシたちだって本当はこんなことしたくなかったんだからさ」
そう言うアルフは彼女の性格からは想像もつかないほど皮相的な表情だった。
もっともその表情はユーノにもフェイトにも見せていない。
「なっ、それはどういう・・・・・・」
ユーノが言いかけた時、ふたりはすでに空高く舞っていた。
追いかけようにもユーノの体も万全ではない。
「ぅ・・・・・・」
中空を見つめていたユーノは、なのはの小さな声を聞いた。
「なのはっ!」
慌てて駆け寄る。
「ひどい・・・・・・」
ユーノはなのはの痛ましい姿に、思わず目をそむけた。
無関係の少女をジュエルシード回収に巻き込んだために、こんな惨事になってしまった。
ユーノは自分を責めた。
「ユー・・・・・・ノ・・・・・・くん・・・・・・」
彼を呼ぶなのはの声はあまりにか細かった。
「なのは・・・・・・」
「どう・・・して・・・・・・助けて・・・・・・くれなかった・・・の・・・」
「えっ・・・・・・?」
「ひどい・・・・・・よ・・・・・・。ユーノくん・・・・・・」
なのはは泣いていた。
もう流す涙も残っていないハズなのに、なのはは泣いていた。
「ごめんよ・・・・・・なのは・・・・・・」
ユーノの口からはそれしか出なかった。
謝ったところでどうなるわけでもない。
だがユーノにはそれしかできなかった。
ユーノの目からも自然と涙がこぼれ落ちる。
それは自責の涙だった。
ふたりは疲労から一歩も動けなかった。
ただ時の過ぎるのを待った。
そうすれば傷も癒え、またありふれた日常に戻れるのだから。

 

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