ふたりは○○キュア!?
(ドツクゾーンとの戦いでなぎさもほのかもすっかり疲弊していた。しかしドツクゾーンは攻撃の手を緩めようとはしなかった)
晴天の朝。
すがすがしい一日の始まりも、美墨なぎさにとっては疲れを引きずった一日の始まりでしかない。
連日のドツクゾーンとの戦いで、彼女はすっかり疲弊していた。
闘うこと自体は言葉ほど過酷なものではない。
プリキュアに変身している間はほぼ無尽蔵に存在する光のエネルギーを受けているから、たとえば壁に叩きつけられたとしても、その衝撃は緩衝される。
なぎさの疲れはむしろ精神部分にあった。
いつ、どこから襲ってくるのか分からないドツクゾーンの刺客。
おかげでなぎさの平凡な生活は一転、波乱の日々を送ることになった。
年頃の娘なら楽しめたハズのカラオケもろくろく行くことができない。
気の合う級友とどこか遊びに行くこともできない。
できるとすれば、学校帰りにタコ焼きを食べに行くことぐらいだ。
そんな”ありえない”日常のおかげで、なぎさのストレスは溜まる一方。
持分のプリズムストーンを死守し、逆にドツクゾーンが持っているストーンを奪還する日々。
とはいえ、そのプリズムストーンの重要性については具体的な説明がほとんどなされていない。
つまり何のために戦っているのか、なぜ自分たちをドツクゾーンが襲うのかを分からないでいるのだ。
明示されない目的のみで行動するふたり。
雪城ほのかもそうに違いないと、なぎさは思った。
悪と闘うプリキュアというと、彼女ほど不釣合いな子はそういない。
おしとやかで気品があり(事実、大屋敷に住むお嬢様だが)、容姿端麗、成績優秀。
まさに完全無欠だった。
そんな彼女とプリキュアという共通点を持ち、なぎさは初め戸惑いを隠せなかった。
クラスメートというだけで言葉を交わしたことも殆どない雪城ほのかと、一緒にいる時間が急に長くなったからだ。
性格も好みも、考え方も全然違うほのかとうまく付き合っていけるのか。
なぎさはそんな事ばかり考えていた。
どう考えてもプリキュアという以外に共通点が見当たらない。
事実、そのせいでふたりはケンカしたことがある。
原因はなぎさの繊細な恋心に気づかなかったほのかの何気ない一言だったが、それに対してのなぎさの感情的な言葉がふたりの溝をさらに深くしてしまった。
一時はプリキュア解散の危機にまで発展したが、ある事がキッカケとなってふたりはお互いを名前で呼び合うようになった。
そして友だちとして認め合うようになったのだ。
心の閊えがひとつ取り除かれたとはいえ、やはりなぎさのほのかに対する感情にはどこかギクシャクしたものが相変わらず存在している。
主に嫉妬だった。
前述のようにほのかはなぎさに無いものを全て持っている。
学力くらいなら努力すれば何とかなりそうなものだが、ほのかの気品や物腰優雅なところはどう転んでも真似ができない。
さらにどうしようもない事実。
憧れの藤村先輩のことだ。
ほのかと藤村は幼馴染だという。ということはふたりの付き合いは相当長いということになる。
つい最近まで知りもしなかった憧れの藤村のことを、ほのかはなぎさとは比べ物にならないくらいよく知っている。
それがコンプレックスになっていた。
藤村と話ができればなぎさは幸せだ。顔を見るだけでもいい。
しかしそれがほのかを通してのことだと、やはり敗北感のようなものを味わわされる。
ほのかにはそんなつもりは全くないが、なぎさは心中穏やかではない。
「おはよう、なぎさ」
後ろから声をかけられ、振り向くとそこにはほのかがいた。
「おはよう、ほのか」
「ふふ、眠そうね」
「う〜ん、ちょっとね」
ほのかは疲れないのだろうか、となぎさは思った。
いや、もしかしたらなぎさ以上に疲労が溜まっているかもしれない。
彼女はそれを表に出していないだけなのだ。
なぎさは無理にでもそう思い込むことにした。
彼女が見るほのかはそういう性格だから。
「実は私も寝坊しそうになったの」
ほのかが笑った。
その仕草さえ優雅に見える。
「へ〜、ほのかもそういうことあるんだ?」
「私だって寝起きが悪いときくらいあるわよ?」
常に完璧なほのかを描いていたなぎさにとって、これは新鮮だった。
少しだけ、ほんの少しだけほのかが自分に近づいてきた気がした。
「実はね・・・・・・昨夜からずっとドツクゾーンのことを考えてたの。それでなかなか寝つけなくって」
ほのかが小声で言った。
「ほのかも?」
「え? じゃあなぎさもなの?」
「うん」
「私たちって実は何も分からないまま闘ってると思わない?」
「そうなのよね。プリズムストーンのことだって何も知らないし」
「ミップルに訊いてもハッキリした返事は返ってこないし」
ほのかはふうっとため息をついた。
成り行きで闘うのはしかたがないとして、せめてその理由は聞かせて欲しい。
そんな共通の疑問を抱く彼女の横顔が、なぎさには微笑ましかった。
少し前では考えられないことだった。
「どうしたの? 私の顔になにかついてる?」
じっと自分を見るなぎさの視線に堪えきれず、ちょっと拗ねたように言った。
「え? ううんっ! 何でもないよ」
言われてなぎさは慌てて目をそらせた。
無意識のうちにほのかを見つめていたなぎさだったが、彼女はその理由に気づいていない。
なぎさはほのかに、いつも藤村の姿を重ね合わせているのだ。
彼女を見れば藤村を、藤村を思い返せば必ずほのかが現れる。
だからなぎさはほのかの向こうに片想いの相手を見ているのである。
ほのかは気づいていた。
なぎさの恋心に自分が障害となっていることに。
ほのかにとって藤村は幼馴染みだが、それ以上でもそれ以下でもない。
つまり恋愛の対象にはならないのである。
そういうこともあって、彼女は純粋になぎさの恋を応援したいと思っている。
しかしそう思って行動したつもりが、逆になぎさを傷つけてしまった。
仲直りどころかそれまで以上に親しい仲になれたものの、それ以来、なぎさの応援には奥手になっていた。
余計なことをして、またなぎさを傷つけてしまうのではないか?
なぎさの繊細な心を壊してしまうのではないか?
そんな恐怖心が先に立って、なぎさの藤村に対する想いにはいつも罪悪感を抱いていた。
彼女の目に、幼馴染みである自分はどう映っているのだろう?
もしかしたら自分の存在そのものが障壁になってはいないか?
親身になればなるほど反比例的に強くなる感情であった。
過酷な現実に翻弄される彼女たちに、悲劇は突然音も無く襲来した。
「邪悪な気配を感じるメポ!」
波乱を告げる不吉な言葉だった。
「えぇ!? こんな時に・・・・・・」
なぎさは小声で怒鳴った。
今は授業中、しかも彼女がもっとも苦手としている数学の時間だった。
ふと後ろを振り向くと、ほのかも蒼い顔をしてこちらを見ている。
ミップルも闇の力を感じたに違いない。
この状況で教室を抜け出す方法はひとつしかない。
「先生・・・あの・・・ちょっとトイレに・・・・・・」
なぎさは言うが早いか立ち上がり、おもむろに教室を出ようとした。
「ん? ああ、早く戻ってきなさい」
すでに立っているなぎさを見て、先生も止める隙がなかったようだ。
ホッとした様子でドアに手をかけたなぎさだったが、そこで動きが止まった。
ここで自分が出て行ったら、ほのかが困ることになる。
さすがに立て続けにトイレに席を立つのは、いくらなんでもマズイだろう。
なぎさがチラッとほのかを見た。
ほのかがうなずく。
何か方法があるのだろう。
彼女の反応になぎさは教室を出た。
ほのかがやって来たのは5分後だった。
「お腹が痛いの」
ほのかが言った。
「え? だ、大丈夫なの?」
これからドツクゾーンとの戦いだと言うのに、なぎさは心配になった。
さっき顔色が悪かったのは、ドツクゾーンのことじゃなくて体調が悪かったから?
と思っていると、
「って言ったら、すぐに教室から出させてくれたよ」
そう言って無邪気に笑った。
「な、なあんだぁ・・・・・・」
なぎさの緊張が一気に緩んだ。
「ふふ・・・・・・心配してくれてありがとう」
「ほんとに心配したんだから・・・でも良かった。さ、行こ!」
「うん」
なぎさはほのかの手を引いた。
「あっちだミポ!」
ミップルが体全体で方向を指示した。
廊下を走りぬけ、階段を駆け下り、校門を目指す。
ほのかの息があがってきたのを感じ、なぎさは走るのをやめた。
今から体力を消耗していては勝てる戦いも勝てない。
ここからなら歩いてもいいだろう。
「近いメポ! 邪悪な力が強くなっていくメポ!」
今度はメップルが方向を示した。
そこはいかにも悪がはびこりそうなところ。
廃工場だった。
かつて何の工場があったのかも分からないくらい朽ち果てた跡地に、3つの人影があった。
ひとつはなぎさ。ひとつはほのか。
そしてもうひとつの影の正体。
「藤村君っ!?」
ほのかが声を上げた。
崩れかけた倉庫にもたれかかるようにして藤村が立っていた。
名前を呼ばれた藤村はゆっくりと姿勢を正すと、ほのかに向き直った。
「ありえない・・・・・・どうして先輩が・・・?」
なぎさはすぐにこの状況を否定した。
授業を受けているハズの藤村がここに居るのはありえないことだ。
たとえ彼が本当に授業を抜け出してやって来たのだとしても、こんな場所に来る理由が見当たらない。
さらに言えば、メップルたちが闇の気配を感じているのだ。
思い当たることはひとつしかない。
「ドツクゾーンの刺客ね! 正体を現しなさいッ!」
大好きな藤村に化けていることに怒りを覚えたなぎさは、体を震わせながら叫んだ。
「もうちょっと信じてくれてもよかったんだけど・・・・・・。いくらなんでもこんな場所じゃ引っかからないわね」
初めは藤村の声だったが、次第に不吉な女性の声に変わっていく。
それにあわせて姿も漆黒のマントを羽織った女性に変わった。
ポイズニーだ。
「もう言わなくても分かってると思うけど、プリズムストーンはいただくわよ」
「ほのか!」
「うん!」
言うが早いかふたりはカードをスラッシュした。
瞬間、コミューンから溢れ出た七色の光がふたりを包む。
なぎさの服が黒を基調としたコスチュームに、ほのかは白を基調としたコスチュームに変わっていく。
「光の使者、キュアブラック!」
「光の使者、キュアホワイト!」
「「ふたりはプリキュア!!」」
変身を終えたふたりがキッとポイズニーを睨みをきかせた。
「闇の力の僕たちよ!」
「とっととお家に帰りなさい!」
光の園の力を受け、ふたりはプリキュアになった。
「来たばかりなのに帰れなんてつれないわねぇ。それじゃあ、これならどうかしら?」
ポイズニーが指をバチンと鳴らすと、足元の土が盛り上がり、ちょうど人間ほどの高さの柱になった。
「あんたたち人間の弱点は分かってんのよ」
無機質な土は微妙にうねりながら、やがてその姿を作り出す。
それは紛れも無く藤村のそれだった。
「そんな・・・・・・」
ブラックが後ずさった。
「あら、どうしたの・・・・・・? これはザケンナーよ? 攻撃しないの?」
勝ち誇ったような笑みでポイズニーがにじり寄る。
ポイズニーは基本的に自分が闘うことはしない。
心理面で優位に立ち、かつ部下のザケンナーを利用してプリズムストーンを奪取しようという作戦だ。
「仲間意識なんてもんはないけど、ピーサードとゲキドラーゴの仇はとらせてもらうよ!」
ポイズニーはすでに勝ったつもりでいる。
その根拠は、ブラックがすっかり戦意を喪失していること。
ホワイトはそうでもないようだが、必殺技ともいえるマーブル・スクリューはふたりの気持ちが通じ合っていなければ使えない。
藤村の姿のザケンナーはホワイトに狙いをつけたようだ。
ゆっくりと前進を始めた。
ブラックほどではないにしろ、ホワイトもまたこの見慣れた姿のザケンナーとは闘いにくいようだ。
構えてはいるが、一向に動く気配がない。
「そうそう、それが人間なのよね。つまらない感情のせいで正しいものとそうでないものの区別がつかない」
ポイズニーが笑った。
哄笑の中、ホワイトが我に返った。
そうだ。これはザケンナーだ。
藤村の姿をしているだけなのだ。
「はあぁぁっ!!」
すでにかなり接近していたザケンナーにホワイトの空中キックが決まった。
虚を突かれ、ザケンナーが大きく吹っ飛ぶ。
その隙にホワイトがいまだ戦意を喪失しているブラックに駆け寄る。
「ブラック! しっかりしてっ!」
肩を揺するが、反応はない。
「あんたたちのことは調査済み。どう? 闘いは頭脳よ。戦略よ。頭が良い方が勝つの」
「あれが藤村君なわけないでしょ!? 見た目に惑わされないで!」
ポイズニーの哄笑を跳ね飛ばすかのようにホワイトが怒鳴った。
「ムダよ。それがあんたの弱点なんだから」
「ブラック!」
今まで放心していたブラックが凛として立ち上がった。
そしてホワイトを跳ねのけた。
「ブラック・・・?」
突然のことにホワイトは惑った。
「たぁぁーーッ!」
すぐ後ろで何かが炸裂するような音。
振り返ったホワイトは回し蹴りを放った姿勢のブラックと、そのずっと向こうで倒れているザケンナーを見た。
ホワイトはすぐに状況を理解した。
ブラックを呼び戻すことに意識が集中し、ザケンナーがすぐ後ろまで迫っていることに気づかなかったのだ。
だが危ないところで、ホワイトの背後にザケンナーを認めたブラックが加勢したのだ。
「ホワイト、ごめん・・・・・・。あたしどうかしてた・・・・・・」
先ほどまでとは違い、瞳には光の使者としての輝きが戻っていた。
「ちっ、これも人間の見せる不可解な行動のひとつだわ・・・・・・。ザケンナー! やっておしまい!!」
ポイズニーの指示でザケンナーが動き出した。
その姿はもはや藤村のものではなく、かろうじて人の形をしている何かに変わっていた。
こうなればもはやふたりに弱みはない。
「たあぁぁぁっ!」
すっかりお怒りモードのブラックが猛烈な勢いで飛びかかった。
続いてホワイトの空中キック。
半分実体のないザケンナーもこの連携技に無傷ではいられない。
ポイズニーの後押しもあって何とか持ちこたえてはいるが、反撃するヒマすら与えてくれない。
「人の気持ちを弄ぶなんて絶対に許せないッ! ホワイト!」
ブラックが差し出した手をホワイトがしっかりと握った。
「ブラックサンダー!!」
「ホワイトサンダー!!」
ふたりを中心に黒白の稲妻がほとばしる。
「プリキュアの美しき魂が――!」
「邪悪な心を打ち砕く!」
その力をうけ、ふたりの体が虹色に輝きはじめた。
「「プリキュア・マーブル・スクリューッ!!」
渦巻く黒と白の稲妻がまっすぐにザケンナーに伸びた。
「また・・・・・・またこれだわ! ふふん・・・・・・今日のところはこれくらいにしといてあげる」
プリキュアの力が増しているのを感じたポイズニーはマントを翻すと闇に消えた。
後に残ったザケンナーは身動きひとつできず、黒白のいかずちを凝視している。
そして――。
「ザケンナァァー!」
いつもどおりの叫び声のあと、雷電の直撃を受けたザケンナーは白輝の飛沫をあげ四散した。
「やったわね、ブラック」
ホワイトが微笑んだ。
「うん、楽勝・・・・・・でもなかったかな」
一時とはいえ藤村の姿に惑わされ戦意を喪失していた自分をブラックは恥じた。
自分たちはとてつもなく大きなものを背負っている。
敗北すればプリズムストーンは奪われ、光の園もこの地球も闇に呑まれてしまうかもしれないのだ。
負けるわけにはいかない。
「ホワイト、ごめんね・・・・・・。あの時は頭がボーッとしちゃって・・・・・・なんていうか、その・・・うまく言えないけど・・・・・・」
「それだけ好きってことよね?」
ホワイトが意地悪く笑った。
図星を突かれてブラックが赤面する。
「その油断が命取りなのよねん」
背後から再び不吉な声が聞こえた。
「戦いに勝って慢心になる・・・・・・所詮は人間よね」
「あ、あんた・・・・・・!」
ポイズニーは逃げたわけではなかった。
彼女の言葉通り、勝って油断したところを強襲してきたのだ。
「きゃあああぁぁっっ!!」
ホワイトの体が宙に浮き上がった。
ポイズニーの長くしなやかな髪が触手のように伸び、ホワイトの四肢の自由を完全に奪っていた。
「見たところあんたの方が厄介なようだからね。先にあんたから始末してやるよ」
策略家と自称するだけあって、ポイズニーの攻撃は効果的だった。
「ううっ・・・・・・!」
憎悪の魔手がホワイトを締め上げる。
「ホワイトーーッ!!」
言うが早いかブラックが飛びかかった。
さっきとは比べ物にならないくらい速い。
しかしポイズニーはこれを予測していた。
余裕で攻撃を躱(かわ)す。
「攻撃するしか能がないのかしら? もう少し知的に戦ってみたらどう?」
厭な笑いを浮かべる。
これもポイズニーの作戦だ。
ブラックなら単純な挑発でも乗ってくるに違いない。
「やあぁぁぁっ!」
ホワイトが自分を締め付けていた髪をたぐりよせるようにして踊りかかった。
「ぐはっ!?」
ブラックに意識が集中していたポイズニーは上空からの思わぬ攻撃によろめいた。
その弾みでホワイトの拘束が解けた。
「もう一度・・・いくわよブラック!」
「OK!!」
手をしっかりと握り合ったふたりは体勢を立て直したばかりのポイズニーに止めの一撃を刺そうとした。
「ありえない・・・・・・」
その一言を残してポイズニーは消えた。
しばらくポイズニーのいた中空を見つめていたホワイトだったが、やがて、
{本当に逃げたみたい・・・・・・」
ポツリとつぶやいた。
来た時よりもさらに荒廃してしまった跡地を見て、なぎさは憂鬱になった。
このまま授業をサボッてしまおうかとさえ思ったくらいだ。
闘ってしまったからだ。
敵の作戦とはいえ、藤村の姿をしたザケンナーと。
「このままサボッちゃう?」
「えっ?」
ほのかが突然、そんなことを言い出した。
「え、いや、えっと・・・・・・」
図星を突かれたなぎさはすっかり狼狽してしまった。
「ふふ・・・・・・なぎさって正直ね」
ほのかが物憂げに笑った。
「そういう顔してたかな・・・?」
「してたしてた」
「う〜ん・・・・・・」
ほのかに言い当てられ、なぎさは慌てて顔を手で覆った。
ちょっと熱かった。
「な〜んか、今から戻って授業受ける気ないのよね・・・・・・」
優等生の前でこれだけハッキリ言えるのは、それだけお互いが親密である証だ。
ほのかのような真面目な娘を相手にすると大抵、
「ちゃんと勉強しなきゃダメ」
とか返ってきそうなものだが。
「私も・・・なんだか疲れちゃった」
そう言ってほのかは空を仰いだ。
「私たちって小っちゃいのね・・・・・・」
「え・・・?」
「ほら、なぎさも見てみてよ」
「・・・?」
言われるままになぎさはほのかを真似た。
水色の空が一面に広がっている。
ときおり小さな雲が流れてくるが、風に流されるうちに縮んでゆきやがては消えてなくなった。
「空って一色じゃないのよ。よく見て、水色だけじゃないでしょ?」
言われてなぎさは初めて気がついた。
小学生が絵の具で一色に塗りたくったように見えた空は、じつは微妙な濃淡が入り混じっていることに。
基調は水色だが、ところどころは緑がかった青やウルトラマリン。雲の輪郭に沿って見えるのはシアンブルーだ。
「ほんとだ・・・・・・こうして見るとキレイだね」
「空がいろんな色に見えるのはね、光の屈折のせいなの」
ほのかがポツリと言った。
「虹が見えるのも同じ原理よ。でも人間は仕組みを分かっていても自然が作るのと同じような虹を作ることはできない・・・・・・」
ふとなぎさが振り向くと、ほのかはどこまでも続く大空に吸い込まれるようにただ一点を凝視していた。
「科学なんて人間が自然のまねごとをしているに過ぎないの。それを無理やり数字や文字に置き換えているだけ」
なぎさは思った。
どうしてほのかは急にこんなことを言い出したのだろう。
言っていることは大体理解できるが、このタイミングで言うのはよく分からなかった。
ただ、なぎさが感じたことは、ほのかが自分よりもずっと大人に見えたということ。
「藤村君のことでしょ?」
「えっ・・・・・・?」
思わず素っ頓狂な声をあげるなぎさ。
だがほのかは笑いもせず言った。
「さっきのコトがなぎさにとってどれほどショックなのか・・・・・・悔しいけど私には分からない・・・・・・」
「・・・・・・」
「だけど、立ち止まっている時じゃないと思うの」
ほのかが向き直った。
「ドツクゾーンが何をしようとしているのかは分からないけど、私たちは闘わなくちゃならないのよ」
「うん」
「”守るべきもの”のためにね」
ほのかは”守るべきもの”を強調して言った。
「守る・・・・・・」
「そう」
言われてなぎさは、その守るべきものが何かを順番に思い描いた。
お母さん、お父さん、良太・・・・・・。
友だち・・・・・・莉奈、志穂、ほのか・・・・・・。
藤村先輩・・・・・・!
なぎさの脳裏に笑顔で話しかけてくる藤村が浮かんだ。
「ドツクゾーンが全てを飲み込もうとしているのだとしたら・・・・・・」
それに合わせたようにほのかが口を開いた。
「この戦いは藤村君を守るための戦いでもあるのよ」
ほのかは言ってから、その言葉の意味がなぎさに染み入るのを待った。
「そっか・・・・・・迷ってる場合じゃないんだ・・・・・・」
なぎさは何度も頷いた。
そして拳を強く握った。
「ほのか・・・・・・ありがとう・・・・・・」
自然に出た言葉だった。
それ以上の言葉が思いつかない。
少なくともなぎさには他に表現する術がなかった。
「ふふ・・・・・・良かった。いつものなぎさに戻って」
凛とした表情のなぎさとは対照的に、ほのかは全てを包み込むような温かな笑顔を見せた。
そしてなぎさをそっと抱擁する。
なぎさもそれに応えた。
ふたりを包む風はいつまでも温かだった。