第10話 ふたつの拠点

(雅史は拠点を寺女に移した。 その頃、東鳩高校では恐ろしい事件が起こる)

 校門の会より3日後。
東鳩高校に、また新たな影が見え始めた。

「認めねえだって!?」
浩之の剣幕に幼なじみのあかりも後ずさる。
「う、うん。そう言ってたよ・・・」
「あの野郎・・・! ふざけるのも大概にしろよ・・・」
「浩之ちゃん。もういいじゃない。諦めようよ・・・」
”諦めろ” この言葉が浩之をさらに苛立たせた。
「冗談じゃねえ!! 俺たちの苦労はどうなるんだ!?」
快晴の昼間。各学年の教室ではこれまで通り、授業が行われていた。石動のような派閥を畏れる必要がなくなり、
見た目にはごく普通の高等学校のように見える。
この時集まっていたのは、浩之、あかり、志保。
志保はほとんど話に参加していない。
彼らは授業を抜け出し、校庭の木陰で今後を検討していた。
検討といっても、ほとんど浩之のわがままである。
「まあ、落ち着きなさいよ」
久々に志保が口を開いたが、次の怒声にかき消されてしまった。
「うるせえ! お前は黙ってろ」
「いいから聞きなさい。もうすぐマルチが来るわよ」
「あん? マルチが?」
「そうよ。アンタのお気に入りよ」
「なんでマルチなんだ?」
「あの子に頼んでみなさいって言ってんの。人の役に立つのがロボットの務めでしょーが」
「ん。ああ、そうだな。頼んでみるか」
浩之がようやく納得した頃、噂のメイドロボ・マルチがやって来た。
「すみませぇーん! 遅くなりましたー!」
息を切らせて、マルチが走ってきた。
「気にすんな。志保に呼ばれたんだろ?」
「あ、はい。私でよければお手伝いさせていただきますぅ」
「それでさあ、早速なんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「今から校長のとこに行ってくんない?」
「・・・?」
マルチは分からない、という顔をしている。
「こら。ちゃんと順序だてて説明しろよ。マルチ、この紙を持って校長にこう言ってほしいんだ」
「はい」
「雅史は権利を放棄した。だから俺が代わって学校を指揮するってな」
浩之はマルチが最後まで言えるように、できるだけ平易な表現を選んだ。
「分かりました。お任せください」
「頼んだぞ」
「それでは行ってきます!」
マルチは浩之から受け取った紙を手に、校長室へ走っていった。
「マルチちゃん・・・大丈夫かな・・・?」
大丈夫に決まってるでしょ? なにせ来栖川の最新機よ」
志保はここでも自信たっぷりに答えた。

「どう? もう慣れた?」
屋上で風にあたっていた垣本に、綾香が尋ねた。
「ああ、おかげさんでな。3日もありゃ慣れるさ」
「ふふ、そうね」
「? 何だか楽しそうだな」
「そんなことないわよ。姉さんのことが気がかりなのよ。そうは見えないでしょうけど」
「それがあんたの強さってことだな」
綾香は垣本から視線を離して、空を見上げた。
快晴。雲ひとつない青空だった。
「そういやさ。第4にはいつ行くんだっけ?」
間が持たなくなって垣本が訊いた。
「明日よ」
空を見上げたまま綾香が答える。
「不安なの?」
綾香がくすっと笑って垣本を見る。
「そ、そんなわけねえだろ!」
一方、ムキになった垣本はつい口調が強くなってしまった。
これでは不安だと言っているようなものだ。
「ふふ・・・」
堪えきれず綾香が吹き出してしまう。
「な、なんだよ?」
「あなたって分かりやすいわ」
「・・・・・・」
「憧れてたんじゃないの? こういうの」
「こういうのって?」
「女子に囲まれての生活」
綾香がまたしても意地悪そうに笑った。
「男なら誰だって憧れるぜ」
垣本はそんな彼女の視線につい顔をそらしてしまった。
「そうなの? 佐藤君はそうは見えないけど」
「あいつは・・・まだ興味がないだけかも知れねえな」
「女の子に?」
「ああ」
・・・・・・。
会話が途切れると、今度は2人そろって空を見上げた。
「姉さん・・・どうしてるかな・・・」
「きっと無事さ。藤田がどうかしようとしても、周りの女子が黙っていないさ」
綾香がこう呟くことを予想していたのか、垣本はすぐに綾香を安心させた。
「そうなの?」
「あいつは女子に弱いんだ」
そう考えると、たとえ山吹や古賀がいたとしても、勝てるのでないか。
周囲の女子を上手く利用すれば簡単に勝利をものにできるのでないか。
垣本は考えた。
たとえば今、横にいる綾香。
彼女ならうまく藤田に近づいて、ひと声かければ・・・。
垣本はこの戦いが意外と早く決着するような気がしていた。

校長室のドアがノックされた。
控えめなノックである。
客は主の返事を待たずにさっさと部屋に入った。
「誰かね? ん、君は・・・」
「失礼します」
深々と頭を下げたのは、浩之の命でやってきたマルチだった。
来客の正体を知った校長はわずかに眉をひそめた。
「何の用かね?」
「あの、浩之さんからこれを預かってきたんですけど・・・」
そう言ってマルチが校長に見せたのは、あの石動処刑の後、彼が雅史に手渡した証明書だった。
「雅史さんは権利を放棄したので、代わって浩之さんがこの学校を指導すると仰っていました」
「それはできん」
「どうしてですか?」
「私は彼らに約束したのだ。先に石動を捕らえた方に一任するとな。佐藤君から権利を放棄したなどという話は
聞いておらんし、もっともそれは認められん」
「でも浩之さんの話では、もう3日も学校に来ていないと・・・これは学校を指導する人のすることでしょうか・・・?」
マルチにしてはたいしたアドリブだった。彼女もわずかながら出来事について知っている。浩之も雅史も尊敬する
人間だったが、彼女にはより付き合いの長い浩之を味方するよう人工知能が判断したのだ。
「それは佐藤君に直接聞いてみないとわからん。だが、君の主張は認めんぞ」
「でもよく考えてください!」
「黙れ! お前たちは私に約束を交わさせておいて、事が済んだら約束を破るというのか!? お前たちはとんでもない食わせ者だ!」
「そうですか・・・分かりました」
人間の、浩之の役に立てなかったことをマルチは悔やんだ。
もともと掃除することしか能のない、いわば試作機中の試作機であるマルチは忠誠心だけは誰にも負けなかった。
その強すぎる感情が、今度は校長に向くことになる。
自分が浩之を満足させられなかったのは、他ならぬ校長が断わったためである。
そうマルチは考えた。
 10分後。
校庭で待つ浩之らのところに、意気沈着したロボットが戻ってきた。
「その様子だと、ダメだったみたいね」
「申し訳ありませんでした」
「構わねえよ」
浩之のそっけない返事は、マルチにははじめから期待していなかったことを証明していた。
「校長先生は雅史さんの口から直接聞かないかぎり、認めないそうです」
あかりは心配そうに2人の顔を交互に見、志保はやっぱりといった表情だった。
「あの野郎、何様のつもりだ? 俺が動かなきゃこの学校の未来はなかったんだぞ。つまり俺は救世主だ。
困っている時はカッコのいいことばかり言って、石動が死んだら認めねえだと!?」
浩之の怒りはすでに臨界点を突破していた。
そばにあかりがいるから辛うじて爆発は免れているものの、ここで志保が余計なことを言えば、間違いなく今の
浩之は何をしでかすか分からない。
「よし、男子全員連れてこいっ!」
彼は何の前触れもなく、マルチに命令した。
「え?」
「俺と一緒に戦った男子だよ!」
「あ、はい! 分かりましたぁ〜!」
浩之の怒声にマルチは慌てて来た道を走っていった。
「ちょっと、どうするのよ?」
これにはさすがに志保も驚いた。
「決まってるだろ・・・」
あかりの視線を感じながら、浩之は一点・・・校長室を睨みつけていた。

 屋上で安堵のひと時を過ごす綾香に、セリオが声をかけた。
「綾香お嬢様。少しお話が」
「ん、何?」
「さきほど長瀬様から伺ったのですが、芹香お嬢様があの日以降、戻られていないそうです」
「姉さんが?」
「はい」
「浩之が捕まえたまま、ってことか・・・」
2人の話を聞くともなしに聞いていた垣本が口をはさんだ。
「そういえば、あなたたちも家に帰ってないわね」
「俺たちは・・・帰る必要がないからさ。この辺りは無法地区だ。学校で生徒殺しがあっても、通報するヤツも
いなけりゃ、逮捕しに来るような連中もいない。かといって、殺人補助の人間が家に帰れるハズもねえ」
「そうかしら?」
「そんなもんさ。もっとも、俺は着替えとか取りにこっそり家に戻ったことはあるけどな」
垣本の表情はすがすがしい。まるで一切の迷いがないかのような、そんなすがすがしさだった。
「さて、明日の用意でもしてくるか」
垣本はおもむろに立ち上がった。
「言っとくけど、不安なワケじゃねえぜ。何となく落ち着かないだけなんだ」
反応を待たずに、垣本は階段を下りていった。
「ふふ・・・やっぱり不安だったのね」
そんな彼の様子に、綾香も自然と笑みがこみあげてくる。
「ところでセリオ」
「はい」
さっきまで会話の外にはずされていたセリオは律義にも、綾香から声をかけてくるまで待っていた。
「もうすぐあなたの妹に会えるわね」
「はい」
「楽しみでしょ?」
「・・・分かりません」
「どうして?」
「どう表現すべきか私のプログラムにはありませんが・・・もし私の仕事を取られたら・・・私は用済みになってしまう
のでしょうか・・・?」
「つまり、妹たちがあなたより優れていたら・・・ということね?」
「はい・・・」
「心配ないわよ。セリオはセリオなんだから」
綾香は『用済みになってしまう』という微妙な言い回しを聞き逃さなかった。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるセリオだったが、綾香は、
「お礼を言うのはこっちよ。これからセリオには頑張ってもらうんだから」
「はい。期待に添えるよう努力いたします」
綾香はセリオの無表情の中に僅かに笑顔を感じた。

「よし、全員揃ったな」
集合場所を校舎裏に移し、浩之は集った十数名を順番に見た。
「なんだよ、藤田」
「何をやるか知らないけど、俺はお断りだぜ」
「僕もさ」
話を聞く前から男子らは乗り気ではない。
これには大きな理由があった。暴徒・石動を捕える際、彼らは志保なり浩之本人からなり、成功すれば校内に
おける優遇と名声、さらにはある程度校則を改定する力を有することを条件に、戦った。
しかし、実際は雅史の1人勝ちである。それも自らはほとんど手を下さずに。
浩之らはこの同志十数名に優遇の件は話していたが、先に校長と取り交わしていた『先に石動を捕えたものに
一切の権限が与えられる』ことについては説明していなかった。
「お前らの言いたいことはわかる。たしかにこれじゃ約束が違うよな。でもその約束を破ったのは誰だか・・・
お前ら知ってるか?」
しばし顔を見合わせた同志だが、ひとりが、
「いや、知らねえ」
と呟くと、”俺もだ””俺もだ”と口々に言い始めた。
「だろうな。答えは校長だ」
その言葉に集った男子らは皆、驚きの表情を見せた。
「校長が・・・? うそだろ」
「そういうことしていい立場じゃないはずだぜ」
「でも実際、佐藤が選ばれてたよな」
「そこでだ!」
ゴチャゴチャと言い始めた男子を怒鳴ることで注目させた浩之。
そして次の言葉は。
「校長暗殺にお前らにも協力してもらう」
再び驚愕の表情が並んだが、それはさっきとは比べ物にならないほど切迫感が漂っていた。
しかし、冗談だろと笑い飛ばすものはいない。
それもそのはず、これまでの経験から同志らは浩之がこういう場面において冗談を言う性格ではないことを、
充分に知っていたからだ。
「誰かが校内放送で校長を呼び出すんだ。あいつが1人で出てきたところを待ち伏せして始末する」
「始末って・・・?」
「殴り殺すなり、刺し殺すなりあるだろ。それは適当に考えてくれ」
「・・・・・・」
もちろん、誰だって賛成はしない。俺がやろうと進んで協力する者も当然いない。
が、浩之は、
「これはチャンスなんだぜ。今度こそ約束を果たせる。どうだ?」
弱みにつけこむ悪徳業者のような口調で言った。
今日の浩之は驚くほど賢明だ。
「間違いないんだろうな・・・」
やがて1人がためらいがちに問うた。
「ああ、今度こそだ」
「・・・それなら・・・やってもいい・・・」
周りの目を気にしながら言ったその男子は、厚いメガネのレンズから覗く両目を不気味に光らせた。
俗に言うネクラタイプ。異性どころか同性との付き合いも希薄な生徒だ。
そういう彼は常に人にバカにされているのでは、という不信と劣等感を抱いている。今回の暗殺に協力することで
自分を少しでも変え、且つ自分をバカにしてきた連中に復讐を考えている
さて、1人が言いだすと後は雪崩方式に、次々と協力者が名乗り出た。
場の雰囲気に押され、結局集まった全員が参加することになったのは言うまでも無い。
作戦は浩之が言ったとおり、校内放送で呼び出し校長室から出てきたところを襲うというシンプルなものだった。
ただし撲殺は力がいるということで、家庭科室から持ち出した包丁による刺殺で決定した。
 10分後。この簡単で粗末な計画が開始された。
校内放送は教頭がおこなった。あらかじめ浩之が圧力をかけていたのだ。
来賓者の接待に会議室に来いという内容だった。
放送が終わると、程なくして校長が部屋から出てきた。この直後、自分が殺されるなどとは夢にも思わぬ校長は
何を気にするふうでもなく、会議室へと向かう。
数人の影が踊り出たのはその時だった。皆、手には銀色を放つ包丁を手にしている。
「なんだ、君たちはっ!? そんなものを持って危ないじゃないか!?」
「それもこれも、あんたが撒いたタネだ。俺たちのために死んでもらうぜ」
「何だと? どういうことだ?」
「お前が藤田との約束を破ったからだろうが。何もしてねえ佐藤に権利を渡しやがって。おかげで俺たちはとんだ
骨折り損だったぜ」
「何を言っとる。私はもともとの約束に基づいて佐藤君に託した。先に石動を捕まえた方に権利を与えるとな」
「それでは俺たちが納得できねえんだよ!」
言うや否や、生徒の刃先が校長の腹部にまっすぐに突き刺さった。
刃が肉に切れ目を入れてから数秒、鮮血が滴り落ちる。
「こ・・・こんな・・・こんなことをしても・・・」
「なんだ?」
「佐藤君が・・・いる・・・か・・・・・・」
そこで校長の声は聞き取れなくなった。
後には何とも奇妙な虚無感だけが残った。
「終わったか」
実は影から全てを見ていた浩之は、今来たばかりという様子で校長を見下ろした。
「こいつ、たった一発で死にやがった」
「よし、死体は川に流せ」
「ああ、分かった」
同志は4人がかりで校長の体を持ち上げると、学校を出て行った。
「これでいい・・・とりあえず一歩前進だな」
4人と1体が遠ざかっていくのを見て、浩之は静かに笑った。

 

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