第9話 校門の会

(争いを避けるため、雅史らは浩之に対し一時的に譲歩することを決断した)

 翌日の朝。
浩之と雅史が校門前で相対した。
浩之は怒りを露わにし、雅史は浩之の出方を慎重に窺った。
殺気だった雰囲気・・・。
浩之側には志保、あかり、葵に好恵。さらにレミィがいた。
芹香の姿はない。
そしてそのすぐ後ろには、すでに構えている山吹と古賀である。
対する雅史側には、垣本と琴音、その横に綾香とセリオ。
「雅史、先に言っとくけどな。俺はお前を石動にするために戦ってきたんじゃねえんだ」
山吹らの後押しもあってか、浩之はかなり強気に言った。
だが、雅史は少しも気圧された風もなく、こう返した。
「それは浩之の勘違いだよ。石動を処刑したのは、周りがそういう雰囲気だったから仕方なかったんだ」
「なら、なぜ完全自由を解かなかったんだよ!? お前に野心があるからじゃねえのか?」
「それも違うよ。僕が完全自由を解いたら、教師に権利が渡ってしまうじゃないか。そうなる前に浩之にリーダーを
譲る必要があったんだ」
雅史は裏表のないようにサラッと言い流した。
実はこれは、セリオの助言によるものだった。
有無を言わさず以上のことを述べれば、少なくともこの窮地を脱することができるとセリオに言われたからだ。
雅史の即答に逆に浩之が詰まってしまった。
「じゃ、じゃあ何だ。お前は初めからリーダーになるつもりはなかったってのか?」
「当たり前だよ。どうして僕がリーダーになるんだい? そもそも僕はリーダーの器じゃないよ。現状を維持したまま
浩之に譲らなきゃならなかった。昨日校長先生からもらった証明も持ってきてるよ」
そう言って、雅史は懐から証明書を取り出した。
「な、なんだ、そうだったのか。すまねえ、雅史。俺は誤解してたみたいだ」
雅史から証明書を受け取った浩之は恥ずかしそうに俯いて言った。
「僕のほうこそ誤解を招いたみたいだね。悪かったよ」
セリオの言ったとおりだった。
やはり彼女を軍師に招きいれて正解だったというわけだ。
「お互い誤解も解けたことだし、パーティーでもやるか?」
浩之は突飛に発言した。
「ちょ、ちょっと、ヒロ。どういうつもりよ?」
志保が小声で怒鳴った。
「どういうつもりも何も、雅史はああ言ってるんだ。ここで争ったってしょうがねえじゃねえか」
志保は黙り込んでしまった。
こんなハズではなかった。浩之と雅史がとことんまで揉めれば、面白い現場になっただろうに・・・。
悔しがる志保を尻目に、あかりだけはようやくひと心地ついたようだった。

 20分後。
校門まえで小さなパーティーが開かれた。
高校生ながら、多少のアルコールは多めに見られた。
はじめこそ不服そうだった山吹と古賀も、当事者である浩之と雅史の和解を見て、パーティーに参加する事にした。
酒など全く飲めない雅史だったが、浩之の誘いを断りきれず、盃を交わした。
「ちょっと・・・」
そう言って志保は好恵を連れて、校舎裏に回った。
「何よ?」
好恵は志保が情報通であることをよく知っていた。こんな形で呼び出されたのは、もしかしたら自分の秘密を握って
いて、それをネタに揺すろうとしているのではないかと勘ぐった。
「そんな怖い顔しないでよ。ちょっとお願いしたいことがあるのよ」
「・・・何?」
来た。好恵は身構えた。
「だから落ち着いてってば。アンタ、このままでいいと思う?」
「どういうこと?」
「このまま丸く納めるつもりはないんでしょ?」
「言ってる意味がわからないわ」
「つまり・・・雅史を殺せっていってるのよ。これで分かった?」
「急にそんなこと言われても、私には動機がないわ」
「動機ならあるわよ」
ニヤリと志保が不敵な笑みを浮かべると、ポケットから数枚の写真を鷲づかみにして好恵に渡した。
ところどころ縒れてしわになった写真を1枚ずつ見る。
途端に好恵の顔色が変わった
「もちろん、ネガはとってあるわ」
その言葉が好恵にさらにダメージを与える。
「・・・分かった。分かったわよ、やるわ」
「さすが空手部主将ね。ものわかりがいいわ。じゃあ、これを」
好恵が手渡されたのは、1枚のネガと果物ナイフだった。
「こんな時のために、あなたには武道着で来てもらったのよ。それぐらいの生地ならナイフが隠れてたって外からは
見えないわよね」
「・・・・・・」
「空手の演舞を見せるとかして、何とか雅史に近づくのよ。隙があったらひと思いに殺るのよ」
「・・・分かったわ」
「成功したら、もう1枚返すわ」
ダメ押しにネガのことをちらつかせながら、志保は校門へと戻っていった。
そして何食わぬ顔で元の場所に戻る。
「それにしても、坂下が俺の仲間になってくれるとは思わなかったぜ」
上機嫌で浩之が言った。
「勘違いしないで。私は葵の味方なだけよ」
突然名前を呼ばれて、葵はビクッとなった。
彼女はさっきから何も口にしていない。その性格からまさか酒は飲まないだろうが、他に用意された菓子類ぐらい
食べても良さそうなものだ。
ここで、志保が浩之に言った。
「あ〜あ、カラオケぐらい持って来ればよかったわ。何かないのぉ〜?」
「そうだな。吹奏楽部とかがいたら、もっと盛り上がっただろうな」
「ハイハイ、提案! 坂下さんもいることだし、彼女に空手の技を披露してもらうってのはどお?」
「お、いいね。型とか見たいし。坂下、やってくれねえか?」
浩之は何気なしに好恵に問うた。
「何で私が」
好恵はそう言いたかっただろう。しかし、志保の目が利いている以上、それは言えなかった。
「ええ、いいわよ」
好恵はすくっと立ち上がると、会場の真ん中に立った。
向かい合わせに座る浩之と雅史に挟まれるかたちとなった。
「ハッ!!」
気合の入った声とともに、好恵が空手の構えを取る。
これを正確に行えるのは、彼女以外には葵と綾香しかいない。

あれは・・・!!
みんな気付かないみたいだけど・・・私には分かるわ。
このままじゃ佐藤君が!
好恵の奴! こんなことをしていったい何の得があるっていうのよ。
止めなきゃ・・・。でもヘタに動いたら垣本君の言うとおり、姉さんが何をされるか分からない。
・・・・・・。
「ちょっと待って」
私は向こう側の浩之に叫んだ。
「ここに私がいるのよ。せっかくだから型の披露より試合をしましょうよ」
浩之、乗ってきなさいよ〜。
「う〜ん、そうだな。坂下と綾香の勝負か。ここで見られるなんて得した気分だぜ」
ふふ・・・乗ってきたわね。
「どう好恵。私と勝負しない?」
「遠慮させてもらうわ。あなたと試合するために来たんじゃないもの」
好恵・・・カッコつける前に冷や汗ぐらい拭ったほうがいいわよ。
向こうで長岡さんが悔しそうにしてるけど・・・どうしてかしら。
それにしても・・・。
本当ならここでひと暴れしてやりたいところだけど、姉さんが浩之の側にいる以上は仕方ないわね。
さて、どうやって姉さんをこっちに引き戻すか。
今日はいないみたいだけど・・・。まさか浩之、拘束してたり・・・なんてことはないでしょうね。
「ねえ、垣本君」
「ん? どうした?」
「姉さんの姿が見えないんだけど・・・。どこにいるか知らない?」
柿本君は少し考えてから言った。
「・・・いや、分からねえ。藤田のことだから、別の場所に隠れさせてるとかはないと思うぜ」
「そうかしら・・・?」
「あいつはそこまで頭が回る奴じゃねえよ。誰かが入れ知恵してる可能性はあるけどな」
「ふうん」
なら、その頭脳派を先に叩かないとだめね。
「とりあえず、今日のところは大人しくしておいたほうがいいな。こっちが手を出さないかぎり、あんたの姉さん、
芹香さんは安全だろうし」
「うん、ありがとう」
垣本君、ケッコウ頼りになるじゃない。
やっぱりこっちについて正解ね。

「好恵さん・・・」
私はたまらず、不安を口に出していた。
「どうして綾香さんが向こうに・・・」
「分からないわ。佐藤君が誘ったのかもね」
そう言う好恵さんの額に一筋の汗が流れていたのを、私は見逃さなかった。
「あれじゃあ、ネガは返せないわね
いつのまにか、長岡先輩が私たちの後ろにいた。
ネガ? 何のことだろう・・・。
「仕方ないじゃない。綾香が割り込んできたんだから。だいたい今言わなくてもいいでしょ」
「そうね。じゃ、また頼むけど、その時はヨロシク!」
陽気に笑いながら長岡先輩は藤田先輩のところに行ってしまった。
「好恵さん、何の話ですか?」
「何でもないわよ」
好恵さんは手元にあったお酒を一気に飲んでしまった。
「ちょ、好恵さん。そんなに飲んだら・・・」
「いいのよ! 今日ぐらい!」
何だかヤケになっているみたい。さっきの長岡先輩の言葉も気になるし・・・。
これから・・・どうなるんだろう・・・。

浩之は雅史から証明書を受け取った。
「これがあの時もらってたやつか。なんだ、ただの紙切れじゃねえか」
「でもこれがあれば、学校を自由に動かせるみたいだよ」
「そうか。これでか」
「浩之が何か大きなことをするなら、ぜひ僕も力になるよ」
それを聞いた浩之は上機嫌で言った。
「そうか。雅史、頼りにしてるぜ」
「うん」
その時、あかりがやって来た。
「よかった・・・。浩之ちゃんと雅史ちゃんがケンカするかと思ったよ」
「何言ってんだよ。俺たちはガキのころからの友だちじゃねえか。なんでケンカなんかするんだよ」
「うん・・・そうだね」
今度こそ。今度こそあかりは安心した。
「ちょっと飲みすぎたみたいだよ。それにしても、こんなお酒・・・どうやって用意したんだい?」
「ああ。教師たちに買いにいかせた」
浩之はサラリと言ったが、彼の命令を教師たちが聞くハズがない。
これは実は雅史の命令ということにしてあった。証明書を持っている雅史の命令ならば、人伝であっても命に
背くわけにはいかない。なにより、完全自由が解かれていないからだ。
「なるほど」
そこへ、顔を真っ赤にしたレミィが現れた。
「ヤッホー、ヒロユキアーンドマサシ! なんだか世界が回ってるヨ〜〜」
「飲みすぎだ。転ぶなよ」
「ダイジョウブ。慣れてるから〜」
そのまま彼女はどこかに行ってしまった。
「それじゃ、僕たちはそろそろ失礼するよ」
「ん? なんだ、もう帰るのか?」
「うん。家の用事とかあるし」
もちろん、そんなものはない。
「そっか。もっと飲み明かしたかったけどな。まあ、いいや」
「雅史ちゃん、気をつけてね」
「ありがとう、あかりちゃん。それじゃ浩之、また明日」
「おう、またな」
多少左右によろけながらの浩之を尻目に、雅史は仲間を連れて学校を後にした。

学校を少し離れたところで、雅史たちは立ち止まった。
「ありがとう、セリオ。君の言ったとおりだよ」
「いいえ。芹香お嬢様の安否を確認できなかったのは、私のミスでした」
「気にすることないわよ。さすがね、名軍師!」
綾香がセリオの肩をポンと叩いた。
「あの、佐藤さん・・・どうしてここで止まってるんですか?」
琴音がおずおずと質問する。
「サッカー部のみんなと落ち合う約束なんだ。もうすぐ来ると思うよ」
「それはいいとして、雅史。これからどうするんだ?」
垣本の質問に雅史は答えることができなかった。証明書は浩之に渡ってしまったのだ。これでは、雅史が戦って
きた意味がない。
「そうですね。あの証明書も藤田さんに渡ってしまいましたし・・・」
「ねえ」
悩む雅史らに綾香が言った。
「あの紙ってそんなに大切なの?」
「そりゃそうさ。あれがリーダーになる証みたいなもんなんだから」
「それは違うと思うわ」
「・・・? どういうことだ?」
「リーダーになるならないは皆が判断することよ。それには証明とかそんなのは必要ないわ。もしあそこで証明書
を出すのを惜しんだら、きっと争いになっていたわよ。そうなったら、こっちに勝ち目はある?」
綾香は垣本に対して問うた。
「・・・無理・・・だな。あんたの力でも勝てねえかもしれねえ」
「そうね。姉さんを捕られてる以上、私も動けないわ。それに葵や好恵もいるし・・・」
その言葉に反応したのは琴音だった。
「葵・・・って松原さんのことですよね?」
「そうよ。知ってるの?」
「え、ええ、友だちっていうわけじゃないんですけど・・・。綾香さん、松原さんの方が強いんですか?」
綾香は少し考えて言った。
「正直、まだ私の方が上ってところね。でも、彼女は強いわ。1対1でほぼ互角ね。これに好恵・・・坂下が加わると
私に勝ち目はないわ」
「そう・・・ですか・・・」
勝ち目がない戦いをこれ以上続けるつもりなのか・・・。
琴音は危惧した。
「ねえ、うちに来ない?」
「うちって寺女にか?」
「そう。もう東鳩高校に戻るつもりはないんでしょ?」
「うん。山吹や古賀が脅威だからね。それに浩之の下にいるなんてゴメンだよ」
「なら決まりね。寺女はうちが出資してる学校だから待遇いいわよ」
「そういえばあんたも来栖川だったんだな」
「あら、忘れてたの?」
「いや。でもそこまでしてもらう以上、俺たちも全力で芹香さんを助け出すぜ。なあ、雅史」
垣本が雅史の意思を確認する。
「もちろんだよ」

ここに強力な戦力が雅史を後押しした。
その後、サッカー部と落ち合った雅史たちは寺女へ歩き出した。

 

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