第11話 戦闘準備

(雅史と浩之。2人は来るべき時にそなえて充分な戦闘態勢を整えようとしていた)

 翌日の朝。
慌ただしく動く女子生徒に混じって、何人かの男子生徒の姿が見える。
「なんで皆あんなに慌ててるのかしら?」
1人傍観しているのは綾香。さっきからどうも落ち着かない様子の雅史や垣本を余裕の表情で観察している。
「経験したことがないからですよ」
綾香の横に立った女生徒が言った。
「あなた、姫川さんだっけ?」
「はい」
「そういうあなたも不安そうな顔してるけど?」
綾香に意地悪く言われた琴音は拗ねたように言った。
「私、争いとかそういうの嫌いなんです。だって必ず誰かが傷つくじゃないですか・・・」
そう言う琴音は本当に争いが嫌いなようだ。話をするだけで目を背けている。
「たしかにそうね。あなたの言うとおりだわ。でも、傷つけたくない人を守るための争いなら?」
「・・・・・・」
「そういう時には戦わなくなきゃ、やっぱり誰かが傷つくことになるのよ? そしてその傷つく人っていうのが、
もしかしたら佐藤君なのかも知れないのよ?」
「・・・・・・!」
綾香には分かっていた。女の勘というものだろうか。琴音の雅史に抱く感情を知っていた。
「それでも逃げる?」
「・・・逃げません」
「そうね」
綾香はふっと笑ってみせた。
「来栖川さん、いつでも出られるよ」
「綾香でいい、って言ってるのに」
垣本を伴なって雅史がやって来た。そのよそよそしい呼称に、毎度綾香は注文をつけているのだ。
「それじゃ行きましょうか」
綾香は正門で待たせているセリオの元へ急いだ。
本当は雅史派全員で行きたかったのだが、あまり大勢でぞろぞろ行くと却ってジャマになるということで、この日は
雅史、垣本、琴音、綾香、セリオの5人で行く事に決まった。
何事に備えてか、セリオが先頭に立った。
「そういえばさ」
「何?」
「俺たちが行くのって第4だろ?」
「ええ」
「第4っていうぐらいだから、他にもあるのか?」
「あるわよ。私が知ってるのは第1から第10までね。他にもあるんだろうけど?」
答えながら綾香はセリオに問いかけた。
「現在、来栖川社所有の研究所は17ヶ所ございます。そのうち正式・・・正常に機能しているのはわずか4ヶ所のみです」
さすがに歩くデータバンクである。特に来栖川のことについてなら接続されているかぎり、入手できない情報は
ない。
「あの・・・いま正式にって・・・」
だが琴音はセリオが話す流暢な日本語の中に、わずかに詰まってしまった分を指摘した。
「不適切な表現であったことをお詫びします」
まるでどこかの会社の消費者センターのような素っ気無い対応だった。
 そうこうするうちに、一行は噂の第4研究所の敷地内へと入っていた。
連絡を受けていた職員が恭しく頭を下げる。
「お待ちしておりました、綾香様」
綾香達を迎えたのは、面接だけで採用されたと思われる印象の良い男性だった。
年は30くらい。きちんとした身なりはネクタイの結び方に表れていた。
「お久しぶりね、石井さん」
「早速ですが、中をご覧になりますか?」
「ええ」
お茶の一杯ももらうことなく、一行は目的の場所まで案内された。
「あの、佐藤さん。ここに一体何が・・・?」
長い廊下を歩く途中、奇妙な沈黙に耐え切れなかった琴音が雅史に訊いた。
「僕もまだ見てないからよく分からないんだ」
「そうなんですか・・・」
琴音は、彼女は胸に残るイヤな予感を信じたくなかった。だが、霊媒女とまで呼ばれた根拠は、その予感を口に
したあとの現象の正確性にあった。
「こちらです」
石井と呼ばれた職員は、大きな扉を開けながら言った。
扉の向こうには鈍い銀色を放つ床と壁と天井に囲まれた巨大な部屋があった。
「これが・・・」
綾香が思わず声にだす。セリオは黙ったままだ。
垣本は雅史の顔を見、雅史は誰にも気付かれないほど小さく笑った。
目の前にはセリオがいた。1体ではない。部屋いっぱいにセリオが立っているのだ。いや、立っているというよりは
配置されていると表現したほうが適切だろう。
よく見ると、これらはセリオではなかった。第一に寺女の制服でなかったことがセリオとの区別をつけていた。
白いレオタード調のコスチュームに身を包んだセリオそっくりのロボットの群れだった。
ただでさえ無表情無感情のセリオだが、目の前にセリオの群れはそれ以上に無機質だった。
「どれぐらいいるんだろう?」
「1000体でございます」
雅史のつぶやきに石井が丁寧に答えた。
「皆よく働きますよ」
その後、石井がつけたした。
「大したものね」
「来栖川の技術をもってすれば造作もないことでございます」
石井は得意げに言った。
「綾香お嬢様はご存知ないでしょうが、実は寺女にはこれと同じ設備がございます」
「・・・どういうこと?」
「寺女の東棟の地下に、ロボットの生産工場のミニチュアを埋め込みました」
セリオが石井の方へ向き直った。彼女も知らなかったらしい。
「500体ほどしか製造できませんが、もし万が一、この第4が機能しなくなった時に備えてのことです」
「知らなかったわ」
まる1年通っていながら、綾香はそんなことには全く気付いていなかった。
これはセリオも同じである。
「でもこんなに多いんじゃ――」
「ご安心を。南棟の地下にはこれを全て収容可能なスペースを設けております」
垣本が言い終わらないうちに、質問を予想していた石井がさらりと流す。
「寺女って・・・」
雅史は自分がとんでもないところを拠点に選んだのではと後悔し始めた。

「藤田。俺たちも仲間に入れてくれ」
「僕たちもお願いします」
校長暗殺は、暗殺という名を全く果たすことなく終わった。
殺害までの手順は悪くなかったが、遺体を川に流すところを大勢に見られてしまったのである。
校内は今、はっきりと2つの集団に分かれた。
ひとつは浩之を支持し、理想と権力を求めて彼に従おうとするもの。
もうひとつはそんな浩之の暴虐に愛想をつかし、傍観するもの。
前者の数がやや優勢だった。
「見ろ、あかり。こんなに応援されてるぜ」
「・・・・・・」
だがあかりは何も答えない。
幼なじみのあかりは、今となってはどちらかというと後者側だ。
浩之はそれにはまったく気付いていないようだが。
「先輩!」
浩之コールが飛び交う中、人波をかきわけてやって来たのは葵だった。
「校長先生が殺されたって本当ですか?」
「ああ。殺されたっていうより殺したんだけどな」
「じゃあ・・・やっぱり先輩が・・・?」
「やったのは俺じゃねえけどな」
浩之のどこかに罪悪感があったのか、彼はふと言い逃れした。
「それより見てみなよ。今や俺の味方は大勢いるぜ」
「はい・・・」
「これだけいれば、雅史がどんな手を考えてようと負けるなんてありえないな」
「そう・・・ですね」
葵は浩之がだんだんと恐ろしくなってきた。
それでも彼のもとを離れられないのは、それが裏切りだと思っているからだ。
たった独りで同好会を立ち上げようとしたが、毎日の勧誘もむなしく、一向に部員が集まらなかった。
彼女の目指すエクストリームを邪魔するかのように。
そんな時現れたのが浩之だった。多くが勧誘を無視して通り過ぎるなか、彼だけは立ち止まり、真剣に葵の話を
聞いていた。
そして仮入部とはいえ、同好会に賛同してくれたのだ。
このことは葵にとって感謝すべき以外の何ものでもないことは明白だ。
だから彼女は裏切れない。
浩之がこのことを利用して彼女を仲間に引き入れたわけではないが、結果として浩之が過去にやったことは、
頼りになる格闘家を引き止める効果をもたらしたのである。
「そういえばさ、葵ちゃん」
「はい?」
「芹香せんぱい知らねえ?」
「・・・いえ、最近見ませんね」
「そっか・・・。どこ行ったのかな」
浩之は急にいなくなってしまった芹香に不安を覚えた。
もしかしたら綾香といるかもしれない。ということは、もしかしたら雅史と一緒かもしれないのだ。
そう結論づけると彼は、
「よし! 攻撃開始だ!」
と意気高々に叫んだ。
「ええっ!? 浩之ちゃん、どういうこと?」
突飛な発言にあかりが困惑した様子を見せる。
「黙ってたってらちがあかねえ。こっちから攻めるんだ」
「で、でも・・・雅史ちゃんのいるところが分かるの?」
「・・・そうだな・・・」
雅史の居場所がわからない。このことはとりあえず葵とあかりを安心させた。
2人は顔を見合わせる。そして視線だけでわずかに会話した。
 20分後。
体育館に集まったのは男女含めて400余名。
壇上に上がった浩之が呼びかける。
「ここにいる皆は、いろんな理由があるだろうけど、俺のもとに集まってくれた! 知ってるだろうが、石動がまだ
この学校で暴れていた時、校長は俺と雅史を競い合わせた! そして校長はその時交わした約束を破り、佐藤
雅史をリーダーにした!! こんなことが許されるかっ!?」
「許されない!!」
「だから俺は校長を殺した! これは間違ってるか!?」
「間違ってない!!」
「俺は正しいと思うか!?」
「正しいッ!!」
体育館がひとつになった。
浩之に従い、教師に牛耳られた学校を変えようと集まった同志たちは、改めて結束を感じた。
強い、強い結束だ。
この結びつきは同時に、あらゆるものを恐れぬ強い組織となっていくだろう。
そしてやはりこの時も、浩之は勝利を確信している。

 

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