第13話 初陣

(ついに雅史派による第一陣の攻撃が決定した)

 セリオの複製――第4から引き取ったHMX−13を南棟の地下に移し終えた雅史たちは、今後の戦いについて
話し合っていた。
「戦うっていっても、姉さんが向こうにいるんじゃ・・・」
「人質にとるかも知れないってことですか?」
「ええ」
「浩之にだってプライドはあるよ。そこまで卑怯な手は使わないんじゃないかな?」
「それよりさ、来栖川さん」
「なに、垣本君?」
「先に聞いておきたいんだけどさ。芹香先輩が無事戻ってきたら、あんたはどうすんだ?」
「あなたたちとは縁を切るわ」
「・・・」
「私は姉さんを取り返したいだけ。あなたたちの戦いに巻き込まれるなんてごめんだわ」
「そうか・・・そうだよな、やっぱり・・・」
垣本の表情がみるみる暗くなっていく。こんな垣本ははじめてだ。
雅史は彼の変化に敏感だった。
「なんてね。私がそこまで薄情だと思ったの?」
「え、じゃあ・・・?」
驚きの声をあげたのは琴音。今までの綾香の答えは全て本心だと思っていたらしい。
「最後まで戦うわ。そして、私がいる限りあなたたちの勝利を約束する!」
綾香は天を仰いだ。格闘家らしい、凛々しい表情だった。
「そうか・・・そうだよな」
垣本の表情もとたんに明るくなる。
「何にしても、準備は必要よね」
綾香には何か考えがあるようだ。
「さっき受け取った13型。テストしようと思ってるんだけど」
「テスト?」
「ええ。石井さんは技術の結晶だって言ってたけど、私たちはその性能を知らないからね」
「どうやってテストするんだい?」
「適当なこと言って浩之をおびき出すのよ。でも浩之自身は出てこないわね」
「ここにかい?」
「まさか。居場所を知られたら、向こうも一斉にやってくるわよ。河原なんてどうかしら?」
「あの、来栖川さん。相手の力も知らないうちから、こっちの手の内を見せるのは危険だと思います」
「さすが姫川さん、鋭いわね。でも大丈夫よ。相手が態勢を整える前にこっちの戦力を見せつけておくのよ」
「なるほど。敵の戦意を削ぐということですね」
「そう」
先制攻撃という綾香の案に、琴音も納得したようだ。
「佐藤君、何体ぐらい出したらいいと思う?」
雅史は少し考えて言った。
「10体くらいかな。もし負けても、被害が小さいし」
「そうだな。俺も賛成だ」
「じゃあ、決まりね」

 どうして・・・。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
浩之ちゃん。こんなのおかしいよ。
「みんな揃ったな」
目の前では浩之ちゃんを中心に仲間が集まってる。
志保も宮内さんも松原さんも。
それだけじゃない。山吹君と古賀君。それに坂下さんまでいる。
「マルチ、さっきの話、詳しく教えてくれ」
「分かりました」
マルチちゃんはずっと浩之ちゃんのそばにいる。なんでも、名軍師だかららしい。
彼女には悪いけど、私にはそうは見えないな。
「10分前、雅史さんから電話がありました。早く勝敗をつけたいので、河原に来いということです」
「みんな、どう思う?」
「怪しいわねえ。あの雅史がそんな簡単に勝負に出るなんて思えないわ」
「俺もだ。河原というのが気になる。向こうが選んだ勝負場所に行くと痛い目に遭うぞ」
志保の意見に賛成したのは山吹君。同じ2年生とは思えないくらい、体が大きい。
私も・・・どっちかっていうと志保たちの意見に賛成だけど・・・。
「やっぱりそう思うか・・・」
「少なくとも、ここにいるヤツはワナだって分かってるだろ。なら、他の奴にいかせろよ」
古賀君は山吹君と違って好戦的な性格みたい。でも、自分は行かないって言ってる。
「なら役立たずに行かせるか」
浩之ちゃん・・・役立たずって誰のことなの?
そういうことをサラリと言い流す浩之ちゃんがとても怖いものに見えた。
「志保、1年の男子を適当に連れてきてくれないか?」
えっ? 1年生の子たちに行かせるの? いくらなんでもそれは・・・。
「アンタねぇ、頼みかたってのがあるでしょーが」
「校内の、いや全国のアイドル長岡志保なら行って来てくれるはずだ」
「ふうぅ、分かったわよ。ったく、しょーがないわね」
丸め込まれてるよ、志保・・・。
でも、本当に争うのかな・・・。私にはまだ信じられない。
あんなに仲の良かった浩之ちゃんと雅史ちゃんが戦うなんて。
「藤田」
「なんだよ坂下。そんな怖い顔して」
「そこに綾香は来るの?」
「・・・さあな。そもそも綾香と雅史が組んでるかどうかすら、分かってねえんだ」
「そう・・・・・・」
「好恵さん・・・?」
坂下さんもヘンだよ。どうしてみんな争おうとするの・・・?
松原さんも不安そうな顔で見てる。
今の彼女は私と同じなんだ。
きっと不安なんだ。
「好恵さん、まさか・・・?」
「本気よ。綾香と決着をつけるいい機会だと思ってる」
「そ、そんな! やめてください! 綾香さんとは試合でも・・・」
「エクストリームで? 試合こそ私にとっては不平等だと思うわ。観客の綾香に対する声援だって、きっと私の味方
にはならないハズよ」
「それは、そうですけど・・・」
松原さん、黙り込んじゃった。
でも気持ちは私も同じ。坂下さんと来栖川さんにどういう事情があるのかは分からないけど、こんな時に試合でも
ない状況で戦うのは間違ってる。
「坂下さん、私も松原さんと同じ意見だよ。来栖川さんとはまたいつでも戦えると思うけど」
「神岸先輩・・・」
「あなたには関係ないことでしょ?」
うっ・・・。
坂下さんの鋭い目つきに私はすっかり怯んでしまった。
空手やってる人ってこんな怖い顔できるんだ・・・。
松原さんはいつも素直で穏やかな顔してるのに。
「おいおいお前ら。仲間割れやってる場合じゃねえだろ」
「・・・たしかにそうね」
感情的になったことを後悔した。坂下さんはそんな目を私に向けていた。
「悪かったわ。ちょっと言い過ぎたわね」
「ううん、私もよくも知らないのに余計なこと言っちゃって・・・」
「いいえ、あなたは悪くないわ」
「あれ、アンタたち何やってんの?」
そうこうしてるうちに、志保が数人の男子を連れてやってきた。
「おう、志保。早かったな」
「当たり前でしょ。アタシに声かけられてついて来ない男子はいないわよ」
「そうだな」
志保に軽く返した浩之ちゃんは、
「お前たちに一番の手柄を取らせてやる! 今から河原に言って来い」
男子たちはお互いに顔を見合わせてる。
「何だ、行かねえのか? お前たちは英雄になれるんだぜ。それに一番頑張った奴には志保とデートする権利を
与えてやろう」
「ちょ、ちょっとヒロ!? なんてコト言うのよ」
「いいじゃねえか、1日くらい我慢しろ」
志保と浩之ちゃんのいつもの会話・・・。
光景は普段と変わらないのに・・・。
「おい、長岡先輩とデートだってよ」
「やるか?」
「ったりまえだろ。俺たちは運がいいぜ」
志保とデートできる。そのことだけで男子は河原に行くみたい。
「よし、決まりだ。俺たちの力を見せつけてやれ」
「でも約束ですよ。長岡先輩と・・・」
「ああ、分かってるよ」
「アタシはいいなんて一言も・・・」
志保の言い分も聞かずに男子たちは走っていってしまった。
でも・・・。あの子たち、浩之ちゃんから何も聞かされてないよ。河原で何があるのかも知らないで出て行ったけど。
大丈夫・・・なわけないよね。
「浩之ちゃん」
「ん、どうしたあかり?」
「あの子たち・・・何も知らないんでしょ?」
「あ、ああ。いいんだよ知らなくて。知ってたらケンカとか嫌いな奴は行きたがらねえだろ。それにあいつらは・・・
もともと捨て駒だ」
捨て駒・・・? 浩之ちゃん本気で言ってるの?
そうか、だから志保は強く反対しなかったんだ。
あの子たちが負けるって思ってるから・・・。
私はそれ以上言う気がおこらなかった。

 河原に集まった勢力。”集まった勢力”というほど規模の大きなものでない。
セリオと同型のロボットが10体。ただそれだけである。
そしてそれをずっと遠くの橋から眺めているのは雅史派の男子2人である。
1人はただ双眼鏡で眺め、もう1人は来栖川社製のビデオカメラを回しつづけている。
ここで起こるだろう戦いを全て収録するためだ。
これは敵の戦力よりも、ロボットの性能を調べることに重点が置かれている。。
レオタード調のコスチュームに身を包んだロボットたちは、セリオ以上の無表情。
これが戦いに生かせられるか。
向こう側から東高の男子7人がやってきた。
背丈からして1年生だろう。彼らは今やリーダーとなった浩之に何の期待も抱かれることなく、叶うはずの無い夢に
誘われて、ロボット集団と対峙した。
彼らには何も聞かされていないが、ここで決闘となることはおぼろげながら分かっていたのだろう。表情はどこか
強張ったように。足も少しすくんでいるようにも見える。
「行け」
橋上の男子が小声で言うと、それを合図に10体のロボット――HMX−13が一斉に飛びかかった。
まず驚くのはその跳躍力である。脚力にどのような仕組みで動力が働いているのか分からないが、遠目でも、
5メートル近くは跳んだと思われる。着地がスムーズに行なわれたのは下が草地だからか、それとも性能の高い
緩衝材を用いているからか。
この初動に男子は怯んでしまった。もともと7対10と数の上でも不利なうえに、相手がロボットだと知ってしまい、
既に戦意など喪失してしまっている。それでも彼らにまだ戦いの構えを取らせるのは、志保とのデート権が脳裏に
残っているためであろう。
HMX−13の2体が手刀を振り下ろした。茫然と立ちすくむ男子はその動きを他人事のように見ながら、その手刀
の餌食となった。
首元を強打した男子2人はそのまま昏倒。この時点で既に戦力は半分になっている。
仲間の気絶に我を取り戻した残りの5人は一斉に攻撃をしかけた。1人はどこかで拾ったのだろう太い木の枝で
殴りかかろうとしている。
素手の4人はロボットの相手ではなかった。やはり手刀を真横に滑らし、男子たちを次々と気絶させていく。
この単調な攻撃に浩之派の役立たずは残り2人となった。
2人は睨みを利かせる10体と向き合った。
「うわあぁぁぁ!!」
まるで小学生のように、木の枝をがむしゃらに振り回す男子生徒。
と同時に、もう1人は逆の方向に疾走しはじめた。
敗走である。
HMX−13は、ダダをこねるような男子を手刀で始末した。木の枝が届くことはなかった。
残りの9体が慌てて・・・もちろんそんな表情など見せないが敗走する男子を追いかけた。
「追いかけるな」
ビデオカメラを回していた男子が小さく言うと、ロボットたちの動きがピタッと止まった。
これだけ離れているから声が届くハズはない。ということは性能の高い集音器をつけているのだろう。
「すげえな」
「ああ、こんなのが1000体もあるんだから、俺たちの勝利は間違いないな」
「そうだな」
「データも取れたし帰ろうぜ」
10体が引き返してくるのを見て、橋の上にいた2人も寺女へ戻る事にした。
初戦は雅史派の大勝利である。
 寺女の校門前には綾香とセリオが待っていた。
「お疲れ様。どう、いいデータ取れた?」
「いいデータどころか、俺たちの勝利は確定だぜ」
2人は意気揚々としてロボット10体の武勇を語り始めた。
「そうなの? なら安心ね」
「ああ。負ける気がしねえ」
「浩之を甘く見ないほうがいい」
校舎から出てきた雅史が冷静な口調で言った。
「あ、佐藤君。どうしたの?」
「僕も結果を聞きに来たんだよ。大成功だったみたいだね」
「おう。ビデオに撮ったから後で見てくれよ」
「ところで甘く見ないほうがいいってどういうことなの?」
綾香は1000体のロボットをもってすれば簡単に勝てると思っているようだ。
だが雅史は浩之という人物を決して侮ったりしない。
「浩之は・・・あいつはいつも最後には成功する。どんなに無茶なことも、結果的にやり遂げてしまうんだ」
「底力ってことね?」
「うん」
雅史の登場でそれまでムードが一変した。
「佐藤君、初めてね」
「え?」
「浩之のこと・・・”あいつ”って言ったの」
「え、そんなこと言ったっけ?」
「言ったわよ」
そんな2人のやりとりを見ながらセリオは、複雑な感情に困惑していた。
HMX−13はつまりセリオの妹にあたる存在だ。さっきデータを取った2人の話だと、その妹の強さは勝利を確信
するほどのものらしい。
ということは改良を加えられる前の姉である自分は・・・役に立たないということなのだろうか。
だが、雅史は気を抜くなと言う。
それはつまり妹の戦力に満足していないということだ。ビデオもまだ観てないから雅史がHMX−13の戦闘力を
知っているハズはないが、それを差し引いてもセリオの妹を全面的に信用していないということになる。
ということはデータの源である自分も信用されていないということなのだろうか。
思考ロジックに自ら陥ってしまったセリオには2人の会話の半分も聞き取れていなかった。

 

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