第16話 黒い計画

(葵が第7研究所を訪ねた頃、レミィはひそかに雅史の側に寝返った)

 ”お役に立てれば・・・”
私ってバカだ・・・。
本当はそんなつもり全然ないのに。
第7研究所で何が起こってるのかなんて興味ない。
私は・・・ただ藤田先輩の近くにいたくなかっただけ。
それ以外に学校を離れる理由はない。
最近の藤田先輩は、どうかしてる。
佐藤先輩に勝つことばかり考えて、それで校長先生まで殺してしまった。
校長先生が先輩の手下に殺されたって聞いた時、私は目の前が真っ暗になった。
だって私が心から信頼していた先輩だったのに・・・。先輩がそんなことするなんて・・・。
学校を良くするためじゃないかったの・・・?
先輩・・・・・・。
わたし、分からないよ・・・。
そんな無力感を抱いたまま、いつのまにか目的地である第7研究所の前まで来ていた。
高さ3メートルはありそうな外壁が研究所全体を包んでいる。
テレビで見たことあるけど、外から見る限り、刑務所のようなイヤな感じがした。
正面には、黒く少し錆びた鉄扉があるだけ。つまり、外側からは中が一切見えない。
ちょっと怖いな・・・。
私はここに来てしまったことを後悔した。
でもだからといって、他に何かできるわけでもないし・・・。
私は意を決して、壁面のボタンを押した。
すると壁のあちこちから、小さなレンズが現れた。
いろんな角度から私を識別してる? そんな気がした。
しばらくすると、小型のレンズは音を立てずに壁に吸い込まれるように消え、鉄扉が重々しく開いた。
何も言われなかったけど、入ってもいいってことだよね?
一歩ずつ、ゆっくりと中に入る。
こういうところだと大抵、ドーベルマンとかがいたりして、不用意に入った人に飛びかかるように訓練されていたり
する。これもテレビで見ただけなんだけど・・・。
幸い、番犬が出てくることはなかった。
私はさらに敷地内を歩く。
数十メートル先に、真っ白な大きな建物がある。
外壁に囲まれた研究所は、左右対称の少しいびつなドーム型。飾り気のない壁。
その奇妙さに圧倒されていると、研究所のドアが突然開いた。
中から出てきたのは、白衣を着た40代くらいの男の人だった。
ゆっくりとこっちに歩いてくる。フラフラと・・・。
まるで生気が感じられないその歩き方に、私は無意識に身構えていた。
「藤田様のお遣いの方ですね?」
無機質な声で尋ねられた。
「は、はい。そうですけど・・・」
なんで先輩の名前を知ってるんだろう・・・。
それに”遣い”って・・・?
「所長がお待ちです」
「私を・・・ですか・・・?」
「はい」
どういうこと? どうなってるの・・・?
「所長はずっとあなたをお待ちでしたよ」
「ずっとって・・・本当に私をですか?」
「ええ、そうです。なかなか来られないので、もうお見えにならないのかと」
そう言って男の人が私を誘導する。
「こちらへどうぞ」
言われるままに施設内へと入る私。
その後ろで鉄扉が大きな音を立てて閉まり、続いて施設のドアが閉じた。
不覚にも私はまたしても身構えてしまった。
施設の中は、別の世界に来てしまったのではないかと思うほど冷たい感じがした。
床も壁も天井も頑丈な金属でできているらしく、かなり寒い。それなのに白衣一枚で悠々と前を歩く男の人が
だんだんと怖く見えてきた。
きっと慣れてしまったんだろう。
私なら1秒だってこんなところにいたくない。
「こちらです」
長い廊下の真ん中あたり、黒い扉の前で男の人が立ち止まった。
扉の横にあるパネルをなにか操作してる。デジタル表示盤に”*”の文字がいくつも表示される。
ガシャン! と大きな音がして扉が開いた。
中を覗くと、よく見かける長テーブルとイスがいくつか置かれているだけだった。
学校の会議室に似てる。
その奥。テーブルの向こう側に、やはり白衣を着た男の人が立っていた。
向こう側といっても、テーブルは横向きに置かれていたので距離にして2、3メートルくらしかない。
眼鏡からのぞく目は優しそうだけど・・・。
なぜだろう・・・。なんだかイヤな予感がする・・・。
「どうぞ」
私を案内してくれた男の人がイスに座るようにすすめる。
ちょっとためらいながらも、ここで問題を起こしたくなかった私はイスに座った。
「来栖川重工第7研究所所長、芹沢明と申します」
眼鏡の男の人は深々と頭を下げると、自分もイスに座った。
案内役(?)の男の人は私のななめ後ろで立ったままだった。
「こちらは藤田様のお遣いでいらっしゃった――」
「・・・松原葵です」
案内役が私を紹介した。
「早速ですが、ご説明させていただきます」
こほん、と咳払いをすると眼鏡の人が真剣な表情で言った。
「全て予定通り進んでおりますのでご安心ください」
何のことを言ってるのか分からない。
誰の何の予定のことなんだろう・・・・・・?
「すでに2000体が完成しており、現在さらに5000体を製造中です」
2000体・・・? 完成した・・・?
藤田先輩はいったい何を・・・?
「それは・・・すごいですね」
適当に相づちを打つ。
でも、後ろの男の人も眼鏡の人も、わけの分からないことばかり言ってる。
ここで”私は何も知りません”なんて言ったら・・・。
・・・無事に帰られないかもしれない・・・・・・。
眼鏡の人はさらに続ける。
「石動様には納期は守る、とお伝えください」
えっ・・・!?
今・・・。
「あ、あの、すみません。いま誰と・・・?」
「石動剛様です。東高のリーダーの」
そんなハズは・・・。
「石動さんは・・・1ヶ月ほど前に殺されました」
あんな悪い人にも”さん”をつけてしまった私は、礼儀正しいというのだろうか。
「そうでしたか・・・それは残念です・・・」
「ええ、校内の争いで・・・」
間が持たなくなってしまったため、私は適当につけ足しておいた。
だって本当に残念そうな顔するんだもん。そりゃあ、誰だって人が死ぬ事には悲しむのが普通だけど・・・。
石動さんの場合は・・・。
「完成した軍隊をお見せしたかったのに・・・本当に残念です」
「ぐ、軍隊ッ!?」
思わず大声をあげてしまっていた。
「ええ、『ロボット軍隊』とでもいいましょうか。我々の最高傑作ですよ」
軍隊・・・?
私は今置かれている状況がますます分からなくなってしまった。
ひょっとしてわたし・・・とんでもない所に来ちゃったんじゃ・・・?
「あ、あの。良かったら教えてもらえませんか?」
「何をです?」
「石動さんがその・・・軍隊をお願いした時、何のために作るのか言いましたか?」
どういうわけか、こっちから質問すると眼鏡の人の表情が急に変わった。
試合の時の綾香さんや好恵さんとはまた違う怖さがある。
「”この軍隊は東鳩高校のための軍隊だ”とおっしゃっていました」
「東鳩高校のため・・・?」
そっか・・・。やっぱり石動さん、力で押さえつけようとしたんだ。
だから軍隊なんて使って無理やり・・・。
「完成した軍隊をご覧になりますか?」
どうしよう・・・。
やっぱりここまで来た以上は、その義務があるのかな・・・。
それに・・・自慢の軍隊みたいだから断わったりしたら・・・。
消されたりして・・・。
「え、ええもちろんです。そのために来たんですから」
私が断われなかったもうひとつの理由は、すでに眼鏡の男の人が立ち上がっていたからだった。

「佐藤様、お客様です」
門番をしていた13型が会議室にいた雅史に声をかけた。
「僕に?」
「はい。宮内様とおっしゃる方で――」
13型が言い終わらぬうちに雅史は部屋を飛び出していた。
「おい! 雅史、どうしたんだよ!?」
垣本の呼び声には振り向かない。
「佐藤君、どうしたのかしら?」
綾香も首をひねっている。
いちおう寺女でのリーダーは綾香になっているのだから、連絡はまず自分を通してほしかったと思ったが、
彼女の性格だと、そういう後ろ向きな思考は長くは続かないものだ。
「校門前でお待ちです」
「わかってる!」
雅史はもはや、誰の言葉も耳に届いていないらしい。
 校門前には、13型の言う宮内様、つまりレミィがいた。
「宮内さん。何の用だい?」
雅史の口調は冷たい。
それもそのはず、雅史はレミィが浩之の仲間であることを知っているからだ。
志保に聞いたところでは、得意の弓矢で石動の手下を何人も屠ったらしい。
だから侮れない。雅史はレミィがスパイに来たのではないかと思った。
「マサシ、怒らないで聞いてほしいの」
「・・・・・・いいよ。・・・ちょっと待って」
そう言いながらも雅史は警戒している。
雅史が小さく手を振った。
すると奥から13型が4体、レミィを取り囲むように現れた。
13型はレミィに近づいたり離れたり、周囲を窺うように歩き回った。
「それで、何の話?」
雅史が問い詰めると、レミィはバツが悪そうに、
「アタシを・・・マサシたちの仲間に入れてほしいの」
「えぇっ!?」
と驚いて見せてはいるが、このセリフは雅史の予想したとおりだった。
やっぱりレミィはスパイだ。
「どうして急に?」
雅史の次の質問だ。
これにスラスラと答えられるようでは、始めから寝返る理由を用意していたことになる。
ということは浩之、あるいは知恵者の誰かに指導された疑いが強い。
「ヒロユキがイヤになったの・・・」
「・・・・・・?」
「今のヒロユキにはついていけないの。・・・だってヒロユキは変わってしまったカラ・・・」
「どういう風に?」
「ヒロユキとマサシ、すごく仲が良かったでしょ? それなのに、今はマサシを憎んだりして・・・。校長先生まで
殺しちゃったんだから・・・」
「なんだって!? 校長先生が!?」
「ウ、ウン・・・」
これは予想していなかった。雅史の頭の中が一瞬、空虚になる。
「そ、そんな・・・。それじゃあ、一体誰が僕の権利を証明してくれるんだ・・・・・・」
「ダカラ・・・。アタシも雅史と一緒に戦いたいの」
「・・・・・・」
「いいじゃないの、佐藤君」
校舎から現れるなり、綾香が言った。
「来栖川さん・・・」
「理由はどうあれ、私たちの味方になってくれるんでしょ? 仲間は1人でも多いほうがいいわ」
「・・・・・・」
雅史は決めかねていた。保守的な自分はレミィを味方につけることは反対だったが、綾香の存在意義は非常に
大きく、彼女の進言を無視できないのが現状だ。
「綾香お嬢様! すぐに私とお戻りくだされ!」
突然の声に振り返ると、いつの間にかリムジンが校門前に停まっていた。
高級車になるほど音が小さいらしい。
「長瀬さん。どうしたのよ?」
「とにかく、すぐにお乗りください! さぁ」
「さぁって・・・」
ワケが分からぬまま、綾香はリムジンに乗り込んだ。
「実は国際便の搭乗記録に芹香お嬢様のお名前が――」
「え、姉さんが?」
車の中でそんな会話が聞こえた。
と、リムジンはさっさと発車してしまった。
後に残った雅史は、
「分かった。宮内さんの言う事にウソはなさそうだし」
「イイノ・・・?」
「ああ、僕らと一緒に戦おうよ」
「Thank you・・・」
レミィの瞳から一筋の涙がこぼれた。

 研究所の廊下からは、ガラス越しに気味の悪いカプセルがいくつも見えた。
私にひとつひとつをじっくり見せたいのか、眼鏡の人も案内役もゆっくり歩いてる。
仕方なしに私はカプセルのひとつを注意深く覗いてみる。
これは・・・。
これは間違いなくマルチちゃんだ。目を閉じていて、おまけに東高の制服を着ていないから違和感があるけど、
見た目はマルチちゃんそのものだった。
マルチちゃんが入ったカプセルが無数に並んでいる。
「す、すごいですね・・・」
正直な感想だった。
まるで博物館だ。
「お気に入り頂けたようで何よりです」
眼鏡の人はすごく嬉しそうだ。
「あなたの学校にも、これとよく似たロボットがいるはずです」
「え、ええ・・・。よく似たというよりも・・・」
マルチちゃんそのものにしか見えない・・・・・・。
「姿こそ同じですが、性能の面では全く異なります」
「は、はあ・・・」
「既存のマルチと区別するために、私たちはこれを『HMX−12型』と呼んでいます」
それってマルチちゃんと全く同じなんじゃ・・・・・・?
「どうかしましたか?」
「え、あ、いえ! あんまりすごかったものですから・・・」
「そうでしょう。私たちはこの軍隊の第1弾を『ポストータ計画』と呼んでいます」
なんだか分からない単語が出てきた。
廊下の様子が変わった。
途中から地面の部分までもが分厚いガラスに変わり、まるで宙を歩いているみたいな感覚だった。
やはり下にはHMXのカプセルが無数に見える。
「13型と違い、12型は自ら思考することができます。その点では13型よりも遥かに優れているのです」
眼鏡の人は自信たっぷりに言った。
「自分で考える・・・?」
「そうです。セリオに代表される13型は、衛星を介してデータをダウンロードすることであらゆる分野においての
プロフェッショナルになることができます。しかし、13型そのものに思考はできません。常に人間の指示を待ち、
それに従うしかできないのです」
セリオというのは、綾香さんのそばにいたあのロボットのことだろう。
耳の部分にマルチちゃんと同じ機械がついてたし。
「彼女らの訓練と戦闘プログラムには絶大な自信を持っております」
そう言ったのは案内役の人だった。
「ご覧下さい」
指差されて方を見ると、少なくとも500体はいるだろうか、12型の集団がまさに軍隊のように乱れることなく
行進していた。
そっか・・・。これが、”縦横正しく群れをなす”ってことだったんだ・・・。
「このグループは訓練を施して、わずか10日しか経っておりません」
「10日・・・ですか?」
「そうです。既存のマルチでは不可能なことです」
「こちらをご覧下さい」
眼鏡の人が今度は反対側を指差した。
そこでは12型同士が戦っていた。
それぞれのブロックに分かれての、1対1の戦いだった。
ある組は空手で、ある組は長い剣を使って。
他の組の12型の腕からは電気みたいなのが絶えず発射されていた。
「彼女らは常に従順で、あらゆる命令に服従します」
「そうなんですか?」
としか言いようがない。
「基本性能――つまり敏しょう性や行動特性はそのままに、電子頭脳の構造を操作してオリジナルの自我だけを
取り除くことに成功しました」
「つまりオリジナルよりも自立性を抑えてあるのです」
眼鏡の人の解説に案内役の人が付け足した。
「たとえば、12型が何者かに襲われたとしましょう。12型は自分で考え、逃げるなり抵抗するなり、何らかの対処
をします。そうですね、ここでは彼女が不利だと判断し、逃げたことにしましょう。これと全く同じ状況をオリジナルが
体験すれば、オリジナルは間違いなく逃げるでしょう」
眼鏡の人が訓練中の12型を見下ろしながら言った。
「つまり、オリジナルが考え行動することは、命令による条件を除けばすべて12型にそのまま当てはまるのです。
応用力と自我の削除。この2つのバランスには相当な労力を費やしましたよ」
「あの・・・その”オリジナル”っていうのは、つまり誰かがモデルになっているということですか?」
あまり話したくはなかったけど、オリジナルという言葉の意味がなんだか気になってしまった。
「ええ。エクストリーム女子部門前年度準優勝者の伊吹実加のデータを取り込んでいます」
「エクストリームの・・・・・・?」
こんなところにエクストリームの出場者が使われているなんて思わなかった。
「あの、モデルにするならどうして優勝者に頼まなかったのですか?」
もちろん、綾香さんのことだ。
「松原さん――」
「は、はい」
眼鏡の人の表情がこわばった。
「そのような質問は、ここではタブーですよ」
「す、すみません・・・・・・」
こ、怖かった・・・。
私の横を歩くこの眼鏡の人が、何よりも怖く見えた。
「まあ、つまりは相性が悪かった――ということですがね」
「相性・・・?」
言いかけて私は口を噤んだ。
また睨まれたらたまらない。
正直、さっきの目つきで私の足は少しすくんでしまっていた。
「それで、その伊吹さんという人は今どこに・・・?」
「彼女はここにおりますよ」
長い長い廊下から見る風景は、なにひとつ変わらなかった。
「彼女がオリジナルに選ばれた時、私たちは信じられないことを彼女の口から聞きましたよ」
「な、何ですか・・・?」
「ホスト料は一切いらないと言うのです。変わっているでしょう?」
「は、はあ・・・」
やっぱり話がかみあわない。
「この軍隊のオリジナルに選ばれた人――すなわち伊吹実加には数億のホスト料を支払うと約束したのですが。
どういうわけか受け取りの当日になって代理人が辞退したのです」
「数億っ!?」
想像もつかない金額に私は大声をあげていた。
「ええ。さらに驚いたことに彼女の代理人は、そのホスト料を生産の費用に充てろと言ってきたのです。授権を
放棄して生産費用に・・・慈善の極みだと思いましたね」
「もっとも。ホスト料は生産費の50%ですけどね」
「・・・・・・」
やっぱり場違いだったのかも・・・。
「しかし、そのおかげで石動様もずいぶん助かったハズですよ」
「そ、そうですよね! 半分で済むんですから・・・」
でも、まだ残りの数億があるはずだけど・・・。
お金の支払いとかはどうなってるのかな。
「それにしても、その伊吹さんにぜひ会ってみたいですね」
私が口にすると、案内役の人がすぐに、
「いいでしょう。すぐに手配しましょう」
と、驚くほどすんなりと許可してくれた。
突き当たりのバルコニーからは、地面が覆い尽くされて見えないほどの12型の大軍が揃っていた。
もちろん、みんな同じ顔、同じ体格。
「どうです? 壮観でしょう?」

 

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