第17話 それぞれの時間

(第7研究所の外では、それぞれがそれぞれの時間を共有していた)

 ここだけはいつも同じ。
都会なのに緑も他よりたくさんあって。
絵を描いてたあの頃と同じ。
なのに・・・・・・。
どうしてこんなことに・・・・・・。
本当は佐藤さんから、あまり外には出るなって言われてたけど。
できればすぐにでも逃げ出したかった。
もう、佐藤さんのやりかたにはついていけない・・・。
来栖川さんも柿本さんも、どうして佐藤さんを止めようとしないの?
私だってその1人なんだけど・・・。
やっぱり誰かが止めなくちゃダメだ。
誰かが傷つくなんて耐えられない。
でも・・・。私にそんなことが・・・?
分からない。分からないケド・・・。
「佐藤さん・・・」
「あれ、姫川さん。どこに行ってたんだい?」
「ちょ、ちょっと河原に・・・。気分が悪かったので・・・」
私が言うと、佐藤さんは怪しむように、
「そう? あまり外に出ないほうがいいと思うよ」
「はい、すみません」
謝ると、佐藤さんもそれ以上は追及してこなかった。
「あの、来栖川さんは・・・?」
「さっき執事の人が来て、どこかに行っちゃったよ」
「そう・・・ですか・・・」
佐藤さんを止めるなら、来栖川さんが一番頼りになると思っていたのに。
どうしてこういう時に限っていなくなるの?
「佐藤さん・・・」
「? どうしたの?」
私が口調を変えたのにすぐに気付いたのか、佐藤さんが真剣な目で私を見る。
その視線が私を少なからず躊躇わせた。
「もう・・・やめませんか・・・こんなこと・・・」
だから私はできるだけ佐藤さんの目を見ないようにして言った。
「姫川さん」
「はい・・・」
「それはできないよ」
「どうしてですか!? 私たちは学校を良くするために闘ったんですよ? それなのに・・・それなのに今度は
藤田さんと戦ってどうするんですか? 私たちは・・・!!」
自分でも驚くくらい大声をあげていた。
「浩之の勝手なやり方には我慢できないんだ。それにあいつは約束を破ったしね。それぐらい、姫川さんにも
分かるよね?」
「・・・・・・!」
いま一瞬・・・。
佐藤さんの目がすごく怖かった・・・。
優しそうな、諭すような表情だったけど・・・今の目は・・・。
「分かるよね?」
もう一度、今度はさっきよりもゆっくりと訊いてきた。
「・・・はい・・・」
気圧された私は、そう答えるしかできなかった。
「それならいいんだ」
佐藤さんは、何事もなかったように笑った。
私にはその笑みが恐怖にしか感じられなかった。

 豪邸の門が、文字通り重々しく開かれた。
最新のオートメーションシステムは、速さ、静かさ、快適さの全ての面で優れている。
漆黒のリムジンは我が物顔で敷地内を駆け抜けた。
最短の距離で格納庫――と表現してもよいほどの広さのガレージ――に吸い込まれた後、初老の男と綾香が
邸内に入っていった。
「ちょっと長瀬さん! ちょっと扱いがヒドイんじゃない?」
車内での待遇の悪さに綾香が文句を言った。
「その方が適切かと思いまして・・・もうしわけございません」
「セリオみたいなこと言ってんじゃないわよ。それで、何が分かったの?」
襟を正したセバスチャンは綾香に向き直って言った。
「芹香お嬢様の行方のことです」
「姉さんの? さっき飛行機がどうとかって・・・」
「はい。来栖川航空の国際便搭乗者記録に芹香お嬢様のお名前が確認されたと、連絡がありました」
「国際便って海外よね? その前に、姉さんってそんな手続きできたっけ?」
綾香は芹香のことをもちろんよく知っている。活動的な綾香とは違い、芹香は商店街で買い物もできないのだ。
そんな彼女が、”ハンバーガーを注文してみたい”と小声で言った時は、綾香も対応に困ってしまった。
「おそらくKNパスを使ったものと思われます。あれなら諸手続きなしに、どの便でもすぐに利用できますから」
「そういえば、そういうのがあったわね。で、姉さんはどこに行ったの?」
セバスチャンは懐から取り出したメモを読んだ。
「8日前にイギリス行きの便に乗られたようです」
「イギリスぅ〜? なんでそんなところに・・・」
綾香には、芹香とイギリスに共通する点が何ひとつ見つからなかった。
だが、セバスチャンには心当たりがある。
2年前・・・。
芹香と共にイギリスを訪れたセバスチャンは、ロンドンを移動中に芹香とはぐれてしまった。
深い森の入口で彼はようやく芹香を見つけたが、その時芹香が気になることを言っていた。
”ドルイドに会った”と。
その言葉の意味は結局、分からずじまい。というよりそれ以後、そんな言葉を気にもしていなかったのだ。
白昼夢、ということでドルイドの一件は忘れ去られた。
だが、セバスチャンは思い出してしまった。
ドルイドとは一体何だったのか・・・?
なぜもっとよく調べなかったのか。
芹香はもしかしたら、そのドルイドに会いに行ったのではないか?
様々な思考が駆け巡る。
「でも、8日も経ったのなら、そろそろ帰ってきてもいい頃じゃない?」
「は? それはごもっともです。引き続き調査させましょう」
綾香に言われるまで、彼は日頃の冷静沈着ぶりからは想像もつかないほど呆けていた。

「どういうことなのかしら?」
「まったくだわ」
「急に他校のサッカー部が入ってきたと思ったら、今度はロボットなんて・・・」
「大変なことが起こってるんじゃない?」
「そんなこと、誰だって分かるわよ。言いたいのは、どうして私たちが巻き込まれなきゃいけないかってことよ」
「そうね、そうね」
「でもさあ、逆に考えたら私たちって頼りにされてるってことじゃない?」
「どうしてよ?」
「だって普通、ロボットなんて出てきた私たちの出る幕じゃないわよ? それを”いざという時は協力してほしい”
なんて言われちゃあね」
「そーそー。それに佐藤君って割とカッコイわよね」
「あたしは柿本君のほうがいいと思うけど。だって佐藤君って頼りなさそうだし」
「でもリーダーよ?」
「けどさあ、”いざという時”ってどういう時のことかしら?」
「声かけたのが運動部だけってのが気になるわね」
「球技大会でもやるのかしら?」
「そんなわけないでしょ? それならサッカー部がダントツじゃないの」
「じゃあ何?」
「知らないわよ、そんなの! 佐藤君にでも訊けば?」
「訊いたわよ」
「ええっ!?」
「それで? 何だって?」
「それが・・・教えてくれないのよ・・・」
「どういうことよっ?」
「さあ? 何かほのめかしてるような気はするんだけどね」
「言えないようなことなのかしら?」
「・・・・・・」
「だったら柿本君に訊いてみたら?」
「彼は・・・ちょっと苦手だわ」
「あら? さっきはカッコイイって言ってたクセに」
「印象のことよ。いざ話すとなるとちょっとね・・・」
「ま、考えてもしょうがないんじゃない? 必要なら向こうから言ってくるわよ」
「それもそうね」
「あ〜あ、今まで話し合ってたのがバカみたい」
「ところでさあ・・・?」
「なに?」
「ヘンじゃない?」
「何が?」
「あのロボットってもっとたくさんいたじゃない?」
「ああ、あれね。どうもこの学校の地下に倉庫みたいなのがあるらしいわよ」
「そんなのあったの?」
「ココだけの話だけど、来栖川ってナゾが多いわよね?」
「そういえばそうね。あの人たち連れてきたのだって来栖川さんだし」
「あのロボットだってこの学校だって、元をたどれば来栖川だわ」
「ってことは周りは来栖川だらけってことね」
「そうなるわね・・・・・・」
他愛もない会話に華を咲かせていた寺女の女子たち。
だが、その後ろには常に”来栖川”が控えていることに遅まきながら気がついたようだ。

 

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