第18話 オリジナル

(第7研究所で開発されているロボットのデータは、伊吹実加というひとりの格闘家によるものだった)

 案内役に連れられてやって来たのは、真っ白な壁の前だった。
来た時と同じように壁から小型のカメラのようなものが出てくる。
「平井です」
この人、平井さんっていうんだ・・・。
でもこういう所だから、もしかすると偽名なのかもしれない。
しばらくすると、壁の一部にすき間が現れ、真横にスライドした。
傍目にはただの壁にしか見えない。
平井さんの後ろについて入った部屋は、何の飾り気もない空間。
部屋というよりはちょっと大き目のすき間、という感じだった。
イスと小さなベッド以外は何も見当たらない。圧迫感があった。
窓だ。窓がないからなんだ。
そう分かってから改めて室内を見渡すと、やっぱり真っ白な壁しかない。
「平井さん、どうしたんですか?」
部屋の奥から現われた女性・・・この人が伊吹実加さん?
「伊吹様。こちらは松原葵様、藤田様の代理で来られました」
紹介されて、私は慌てて頭を下げた。
「進行状況を視察に来られました」
「こ、こんにちは・・・」
「こんにちは」
面と向かって話してみると、伊吹さんの身長はかなり高い。
綾香さんと同じくらいかな。
なぜか緊張している私とは逆に、伊吹さんは堂々としてる。
この人がエクストリームの準優勝者・・・。
「伊吹さんのデータってすごいんですね。私、感動しました」
とりあえずひと言目はこう言っておく。
「データって言われても、私には難しいことは分からないんです」
そう言って伊吹さんは一瞬、目を伏せたが、
「ところで藤田さんが来るって聞きましたけど?」
「え? ああ、忙しいので私が代わりに・・・」
「そうですか・・・」
なぜだろう? 
伊吹さんが寂しげに見えたのは・・・。
「あの・・・今回の事は石動さんに頼まれたんですよね?」
いま、一番聞きたいのはそれだった。
本当に石動さんが頼んだのなら、そのお金はどこから出ているのか。
藤田先輩がここに来る予定だったこと自体、私には理解できない。
「誰ですって?」
「石動さんです。伊吹さんに頼んだって聞きましたけど」
「そんな人、知りませんよ」
「え、だって・・・?」
私は案内役の顔を見た。
「松原様、誤解なきよう。あくまで発注されたのが石動様だというだけです」
ということは・・・。
石動さんが注文して、先輩が受け取って・・・。
私がその代わりにここに来た・・・。
伊吹さんにオリジナルになるよう頼んだのは別の誰か・・・?
「あの、それじゃあ一体誰に・・・?」
問い詰めるように言うと、伊吹さんは言いにくそうに、
「実は分からないんです・・・。直接、会った事がないから・・・」
「どういうことなんですか?」
「誰か・・・女性であることは間違いないのですが・・・。声しか聞いたことがないのです」
すごく控えめにものを言う人だ。
こんな人が本当に綾香さんのすぐ下にいるんだろうか?
それにしても・・・。
「それじゃあ・・・失礼ですけど、伊吹さんは会ってもいない人の依頼を引き受けたということですか?」
考えられない。どこの誰かも分からない人から、突然、ロボット作りを手伝えなんて言われて、引き受けるかな?
少なくとも私なら絶対に断わる。
「え、ええ・・・。そ、それよりロボット軍隊はどうでした?」
「え? あ、はい、凄かったです」
急に話を変えられて、返答に困ってしまった。
「エクストリームの準優勝者だと聞きました」
「ええ。私も信じられませんでした。まさか、自分が2位にまでなれるなんて」
それは私も思う。女子の2位になれたのだから、もっと堂々していてもいいハズなのに。
目の前にいる伊吹さんは、そんな様子をまったく見せない。
もうひとつ訊きたかったけど、後ろに案内役の人がピッタリはりついていたのでできなかった。
「気に入ってもらえれば、それで充分ですよ」
ヘンに空いてしまった間を伊吹さんが繕った。
「ところで・・・」
「あの、すみませんが今日は疲れているんです。また、別の日にしてもらえませんか?」
さっきよりも一段と頭を下げて言った。
「そ、そうだったんですか? すみません、邪魔してしまって・・・・・・」
「いえ、いいんですよ」
疲れていると言われると、これ以上は詳しい話を聞けそうになかった。
それに・・・案内役の人がずっと監視してるし・・・。
「それじゃあ、失礼します」
ここにいるのは無意味な気がして、私は部屋から出ることにした。
部屋を出るときも案内役は私から離れない。
後ろでドアが閉まる瞬間、寂しそうな伊吹さんの視線を感じた。
「どうなさいました?」
「いいえ、何でもないです」

 葵がロボットの一件で不信を抱いていた頃。
極めて意外な人物が雅史のもとを訪れた。
「やあ、待ってたよ」
雅史が見せる微妙な笑顔。
やって来た女性は長髪をかきあげ、それに応える。
私服姿の女性を、見張り役である13型は暗黙の了解で通過を許可した。
モデルとして通りそうなスタイル。そして聡明。
同性からは羨望と妬みの的になりそうな、そんな強烈な個性の持ち主。
男性を喜ばせるには充分に発育した胸をしていたが、雅史は全く興味がないようだ。
「佐藤君、13型の用意はできとんの?」
女性が雅史に問う。
「うん、ここの地下にね、1000体あるんだ」
雅史が後ろを振り返りながら言った。
「そうか、そら良かった。けど、残念な話やねんけどな・・・」
女性の話し方には独特の訛りがあった。
関東の者にはやや聞きづらく、抵抗感が拭えない訛り。
しかし最近は、認知度も高まりそれに伴なって興味関心を惹いている。
彼女は神戸の出身だった。
ポートタワー海洋博物館異人館もないこの関東の地で、彼女がなじめるところは
きわめて少なかったという。
「向こうもロボットの大軍、用意しとうらしいわ」
「浩之が?」
「うん」
それを聞いた雅史は、往々として楽しめなかった。
13型の戦闘テストが全て終了すれば、一気に乗り込んでやろうと心のどこかで考えていた彼のことである。
予定外のことにはとかく弱い。
「どういう経緯だったの?」
雅史はこの女性からできるだけの情報を聞き出そうとした。
「よう分からんねんけど、だいぶ前から作られとったらしいわ」
「僕たちがここに来る前に?」
「どうやろ? でも藤田君以外は誰も知らんかったみたいやけどな」
「そうなんだ・・・。それで、その軍隊の情報とか知ってる?」
雅史の問いに女性は少しだけ考え込んだ。
これは雅史の言う、”軍隊の情報”について知っているかどうかではなく、知っている情報をどこまで雅史に話せば
よいか迷ったためである。
「ごめんな、うちにもよう分からんねん。ただ、近いうちに攻めるような事は藤田君が言うとったわ」
「ここに・・・?」
「ここに佐藤君がおることは誰も知らんハズやけど・・・」
「でも、ちょっと前に宮内さんが来たよ?」
「仲間にしてくれって?」
「何で知ってるの?」
「うちが言うてん。宮内さん、藤田君のやり方について行かれんって、うちにポロッと言うたもんやから」
「そうだったんだ」
雅史はわずかに神妙な表情を浮かべたが、女性はこれを見逃さなかった。
「心配せんでもええで。宮内さんに寺女のこと教えてから、すぐにこっちに来たみたいやから。誰にもここの事は
言うハズないし、そんな暇もないしな」
「よかった・・・。誰かに喋られてたらどうしようかと思ったよ」
「あの子は長岡さんと違って、余計なことは言うたりせえへんわ」
女性は志保に対する嫌悪を明らかにした。
「藤田君がここの事を知っとうハズはないんやけどな、もしかしたらってこともあるかもしれへんし・・・。いちおう
13型がいつでも動けるようにはしといた方がええと思う」
そこまで言って、女性は腕時計を見た。
「うちもあんまり長いこと、ここにはおられんわ。とにかくそういう事やから、気つけてな」
「うん、ありがとう・・・君がいてくれて助かるよ」
去りゆく女性に、雅史は本心を口にした。

「そこにおかけになってお待ち下さい」
「はい」
言われるままに私はロビーのソファに腰をおろした。
いちおう造花らしいものも置いてある、ちょっとオシャレなロビーだ。
へえ、殺風景なところだと思ってたけど、こんな部屋もあるんだ・・・。
「すぐにお茶を入れて参ります。美味しいフレーバードティーが手に入りまして」
「フレー・・・?」
「はい。シェレピの”海王星”という銘柄の紅茶です」
すごい名前・・・。本当に紅茶なの・・・?
ふいにポケットに固いものを感じた。
あ、そうだ。長岡先輩から携帯電話を借りてたんだった。
「あの、すみません。すこし外に出てもいいですか?」
「どうかなさいましたか?」
「ちょっと、外の空気を吸いたくなって・・・」
適当な理由が思い浮かばず、曖昧な表現でごまかしてみた。
「やはり、ここの雰囲気には狭苦しさを感じますか? いえ、実は私も同じなのですよ。特に私の場合は5日くらい
ここから出られない時もありましてね・・・」
「一歩もですか?」
「もちろんです。基本的にこの施設の出入りは禁止されているのです。たとえ職員であってもです」
そう言って案内役の人は少し考えてから、
「それでは5分ほどでお茶が入りますので、それまで庭でおくつろぎ下さい」
良かった・・・。
動機が不純だから絶対に断われると思ってたのに・・・。
とにかくこれで外と連絡がとれる。
施設の中にいたんじゃ、この案内役の人がずっと付いてるし、盗聴とかされてるかも知れないと思うとせっかく
借りた携帯電話も使う気になれなかった。
ヘタなこと言ったら、ここから出られなくなりそうだし・・・。
案内された場所から庭にでる。
庭といっても花があるわけじゃなかった。
ただ土があるだけで、あちこちに雑草が生えている以外は本当に何もない。
あまり開放感がないな・・・。
そう思いながら先輩から借りた携帯電話の電源を入れる。
使い方は長岡先輩に教わったから、何とか学校に電話をかけることができた。
私からの連絡を待っていたのだろう、2コールで受話器が取られた。
「もしもし、松原です」
「おう、待ってたぜ葵ちゃん」
出たのは藤田先輩だった。
「あの、今第7研究所にいるんですけど、大変なことになってるんです」
誰かに聞かれていないかと、自然と小声になる。
「大変なこと? 一体何があったんだ?」
「はい。エクストリームの女子準優勝者で伊吹実加さんっていう人がいるんですけど、その伊吹さんを使って
ロボットの軍隊が作られてるんです」
「何? ロボット?」
声からして、まったく信じてないみたい。
まあ無理もないけど。
「本当なんです。研究所の人は伊吹さんが闘うときのデータをロボットに組み込んだって言ってました。それに・・・」
「ん、どうした?」
「そのロボット・・・マルチちゃんにそっくりなんです」
「マルチに?」
「はい」
「そうか・・・」
「あの、先輩!」
「どうした?」
「その軍隊っていうの・・・石動さんが注文したようなんです」
「何だって!?」
「ちょっとどういうコトよ!?」
「あ、長岡先輩。1ヶ月ほど前に石動さんが東鳩高校のために作らせたって・・・」
「あら、それはないわよ。だってアイツ、1ヶ月前って言ったらもう処刑された後じゃん」
処刑・・・。
そうだ・・・石動さんは処刑されたんだった・・・。
あまりに現実離れしたあの光景が、今も目の裏に焼きついて離れない。
「それと・・・伊吹さんも研究所の人も藤田先輩が来るようなことを言ってました」
「俺が?」
「はい。私は先輩の代理ということになってるみたいなんです」
「どうなってんだ・・・? 俺はそんな話知らないぞ」
「私もよ」
また嫌な沈黙・・・。
しばらくして、
「あのさ、良かったらその伊吹って奴を連れてきてくれないかな? 話を聞きたいし」
「わかりました。あ、もう5分経ったので切りますね」
向こうの返事も待たずに、私は電源を切った。
どこかから見られているような気がしたからだ。
深呼吸をひとつしてから施設に戻る。
ちょうど平井さんが紅茶を入れて戻ってきたところだった。
「お待たせしました。スタッフも薦めている香りの高い紅茶ですよ」
平たいカップに、紅茶が上品な音を立ててそそがれる。
私はカップを手にとって鼻を近づけた。
甘酸っぱい香りが心地いい。
けど、決して香りを楽しむために匂いをかいだんじゃない。
もしかしたら睡眠薬が入ってるかも知れないと思ったからだった。
さいわいヘンな匂いがすることはなく、私はおそるおそる紅茶を一口、口にふくんだ。
「おいしい・・・」
正直な感想だったが、こんな状況でなかったらもっと美味しいと感じたはずだ。
「気に入っていただけたようで」
平井さんの口調はやっぱり冷やかだった。
ある程度飲み終えたところで、私は意を決して平井さんに声をかけた。
「あの、勝手なことばかり言って申し訳ないんですけど、もう一度だけ伊吹さんに会わせていただけませんか?」
さっきまで紅茶をふるまって満足そうだった平井さんの目が、急に私を突き刺す冷徹なものにかわる。
「なぜです?」
短すぎる質問が怖かった。
「あの、ちゃんと挨拶もしたいし、せんぱ・・・藤田さんからの伝言を伝えるのを忘れてたんです」
「困りますね。そういうのがあるのでしたら、先に言っていただかないと・・・」
「すみません・・・」
「分かりました。しかし伊吹様もお疲れのようですから、あまり長い時間は・・・」
「大丈夫です、すぐに済みます」

 長い時間をかけたくないのはこっちだった。
どこまで行っても変わりばえしない壁を見ていると、何だか奇妙な感じに襲われる。
平井さんが足を止めて、壁から出てくるカメラを待つ。
「平井です。すみませんが、もう一度お話したいとのことで・・・」
しばらく待ったがドアは開かない。
「・・・・・・」
一向にドアが開く気配はなかった。
「おかしいですね・・・」
中から返事はなく、平井さんのイライラが次第に色濃くなっていくのが分かる。
「平井さん? 伊吹様ならいませんよ」
「?」
声に振り返ると、白衣を着た男の人がすれ違いざまに言った。
「いないってどこに?」
「すぐに戻るって言われたから、どこに行くのか訊いたら、寺女に行くと」
「寺女?」
「西音寺女学院のことですよ」
「外出の許可は?」
「もう取ってあると」
「そうか・・・」
後からやってきた白衣の人は平井さんが苦手なのか、早足でどこかに行ってしまった。
「聞いてのとおりです。残念ですが、一足違いでした」
「分かりました。寺女ですね」
「これから行かれるようですが、場所はご存知ですか?」
「はい、知ってます。何度か行ったことがあるので」
「そうですか」
「いろいろとありがとうございました」
「いえ。こちらこそ納期に間に合わせるので精一杯で」
平井さんは鉄扉の前まで送ってくれた。
「第1軍はすぐに出撃できると藤田様にはお伝えください。それから・・・さらに軍隊が必要な場合にはもう少し
時間がかかると」
「分かりました。そのように伝えます」
頭を下げて、私は逃げるように研究所を出た。
「ふぅぅ・・・」
そして大きくため息。
無事に出られたことが奇跡のように感じられた。
さて・・・。これから寺女に行かないと・・・。
私が2回目に会うまでに研究所を出る、というのは偶然のようにも思えるけどやっぱり不自然だ。
”すぐに戻る”
伊吹さんはそういって研究所を出たんだ。
でも・・・もしかしたら、もう戻ってこないかもしれない・・・。
根拠はないけど、なぜかその考えに自信があった。

 

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