第2話 激動

(浩之と雅史、それぞれの元に反石動の念を抱く有志が集った)

 その日の放課後。
浩之の元に数名が集った。
「アンタねえ、こんなか弱い美少女に戦わせるつもり?」
真っ先に口を開いたのは志保だ。
面白そうだからといって浩之の話に乗った彼女は、騒ぎを傍観したいだけであって、決して浩之の手助け
をするわけではない。
「誰もてめえに手伝ってもらおうなんて思ってねえよ。それより志保。石動たちに余計なこと言って
ねえだろーな?」
浩之が心配なのはそこだった。口の軽い・・・かどうかは分からないが、一番口外しそうなのが志保で
あることは間違いない。
「何よ、そんなこと心配してたの? 大丈夫よ」
その言い方がどうにも不安だった。
「・・・・・・」
「え? 明日の作戦を立てましょうって? うん、そうだな」
「・・・・・・」
「占いでは西館から攻めるほうが成功しやすいと出ていますって?」
こくん、と芹香が頷いた。
「でも、相手が何人いるかがわからないと・・・」
あかりが呟いたが、それはもっともなことだった。
敵の状況を知らずに戦いを挑むのは、最も愚かな者のすることだ。
「ダイジョウブヨ! 誰が来たってアタシのダーツからは逃げられないよ」
レミィが笑いながら言った。
「あの、先輩。私は何をすれば・・・?」
葵が遠慮がちに尋ねた。
この中で一番頼りになる人物だったが、彼女にしてみれば、自分が役に立てるなどとは微塵も思って
いないようだ。
謙虚・・・というより、自分を過小評価する癖が葵にはあった。
「うん、葵ちゃんには得意の格闘技を披露してもらいたいんだ」
「分かりました。私でよければ」
葵が力強くうなづく。
その仕草に浩之は勝利を確信した。
「そういえば、雅史ちゃんは?」
「ああ、あいつはサッカー部と組んでるよ」
「一緒に動かないの?」
「・・・どうも俺はサッカー部から嫌われてるみたいでな。別々に動く事になったんだ」
「そう・・・」
あかりが複雑そうな顔をした。
「そのほうがいいんじゃない? 戦力は分散させたほうが効率的なのよ」
志保がさらっと言った。
「お前なあ、何も考えてないだけじゃないのか?」
「失礼ね! 分かってないのはアンタの方よ」
志保はそう言い返したが、彼女はあかりを気遣って言ったのだ。
だが、志保の気持ちは浩之には伝わっていない。
「とにかく、先輩の占いどおり、明日は西館から攻めよう」

 一方。
雅史を筆頭とするサッカー部も明日の戦いについて話し合っていた。
「俺は東館から攻めるほうがいいと思うぜ」
真っ先に口を開いたのは垣本だ。
「先輩、どうしてですか?」
「決まってるだろ。3年の校舎は南館だが、西館から行くのに比べれば、そっちの方が近いんだよ」
「なるほど。さすが垣本先輩!」
雅史は垣本の鋭さに感心した。
この着眼点が試合にも生かされているんだろう。
「あの・・・」
その時、小さく声をかける者がいた。
雅史が振り向くと、そこには・・・。
「あれ、姫川さん?」
「長岡先輩から聞きました。私も手伝わせて下さい。お願いします」
琴音がペコリと頭を下げた。
「おい、佐藤。いつの間にこんなかわいい子と知りあったんだよ?」
仲間が雅史をからかう。
だが、雅史はそんな声を無視して、
「手伝いたいって・・・でも危ないよ」
「いえ、私の能力が少しは役に立つかも知れませんから」
いつになく懇願する琴音。
2人が知り合ったのは、ある日の昼休みのことだ。
浩之とパンを買いに走る2人が、琴音とぶつかってしまったのがきっかけだった。
その後、浩之が琴音の超能力についてあれこれ動き回っている事を雅史は知る。
しばらくして、サッカー部の練習試合がこの学校で行われた。
後半戦の激戦の中、突然琴音が雅史の名を呼んだのだ。
そのおかげで雅史は後ろからのスライディングをかわすことができた。
こんなことがあってから、雅史と琴音は話したり、一緒に帰ったりすることが多くなった。
だから、彼は知っている。
普段の琴音は欲求を口にしたりしないことを。
その琴音が今、懇願しているのだ。
「わかったよ。でも危ないと思ったら、すぐに逃げるんだよ」
「はいっ! ありがとうございます!」
琴音が満面の笑みで答えた。

 3年のとある教室。
凶悪な顔ぶれが円形に集った。
中央に腰を据えるのは、現リーダーの石動だ。
「石動さん。俺たちに逆らおうとしている奴らがいるようです」
「ああ、知ってる。2年の女から聞いた」
「どうします?」
「あんな奴らにナメられてたまるか! 二度とそんな気を起こさせねえようにするんだよ!」
「は、はい。そうですね」
「奴らは明日、勝負をしかけてくるそうですが・・・」
メガネをかけた、いかにも優等生っぽい部下が言った。
こういった生徒は真っ先に暴力に服従する。
「それも聞いた。お前らで始末しろ」
「はい。石動さんは?」
「俺は屋上で昼寝だ」
「は・・・?」
「何度も言わせるな!」
「はい、申し訳ありません」
場が凍りついた。
40人近くおりながら、誰ひとりとして石動に恐怖しない者がいなかった。
「いいか! 俺の昼寝を邪魔する奴は病院送りにしちまえ!」
「はい!」
皆、そう返事するしかなかった。
何にイラついているのか、石動はカバンを片手に教室を出て行った。
「おい、どうする?」
「どうするって?」
「明日だよ」
「石動さんがああ言ってるんだ、俺たちで何とかするしかないだろ」
「その事なんだけどよ・・・」
残された部下たちは、石動がいないというのにヒソヒソ声で話し始めた。
「俺さ、あいつらに付こうかと思うんだ」
・・・!!
場の空気が凍りついた。
「いや、それはまずいだろ。石動さん、キレちまうぜ」
「でも、少なくとも俺は石動さんに忠誠を誓ったわけじゃないぜ」
「そうだよ。このままあいつの言いなりになるより、あいつらの仲間に入れてもらおうぜ」
思い切った発言が飛び交う中、会話に参加しない者たちはどちらに付くか考えていた。
あくまで石動派を主張する奴も、部下になったきっかけが暴力を畏れてのことだったので、強くは
引き止められなかった。
「オレは石動と手を切るね」
「僕もだ」
「オレは石動さんに味方するぜ」
はっきりと二つに分かれた。
結局、石動派は全部で30人。反対派は8人だった。
これは一見少ないように見えるが、石動の部下は彼ら以外にも大勢いる。
それは情報を提供するものであったり、見張りをするものであったりと、間接的に石動に従っている
連中だ。
それらも含めると、石動の部下は実に200人以上もいる。
 反石動派は直ちに教室を出て行った。
残った石動派は翌日の攻撃に備えて、誰がどこで待機するかなどを話し合った。
幸い、中にインテリが2ほどいる。
計画は彼らに任せればよい。
この30人もまた、浩之らと同じように自分達の勝利を確信した。

 翌日。
正門に30人の姿があった。
そのうちの十数人は浩之をはじめとするAグループ。
あかり、志保、レミィ、芹香、葵、矢島。
それに加えてどこから集まったのか、2年男子が数人いた。
「皆、準備はいいな?」
浩之が士気を高めるために振り向いて言った。
「いつでもいいよ、浩之ちゃん」
「いいに決まってるでしょ」
「OKヨ、ヒロユキ!」
「・・・・・・」
「頑張りますっ!」
「・・・・・・」
矢島だけは返事をしない。
彼はあかりをじっと見ていた。
 もうひとつのグループも、やはり十数人で構成されていた。
雅史、垣本を筆頭とするサッカー部。
そこに琴音が加わっている。
「佐藤さん、ご無理なさらないでくださいね」
「僕は姫川さんのほうが心配だよ。大丈夫かい?」
「平気です。私、誰かの役に立てると思うと嬉しくて・・・」
そんな微笑ましい光景。
「垣本先輩。絶対に勝ちましょうね」
「当たり前だ。勝たなきゃ意味がねえからな」
「よし、頑張ろうぜ!」
頼もしいサッカー部の声が響く。
「雅史、昨日言ったとおり、俺たちは西館から攻める」
「僕たちは東館からだね」
「ああ、頑張れよ」
「浩之もね」
ここに、石動派殲滅作戦が開始されようとしていた。

 その頃。
石動は屋上に仰向けに寝転んでいた。
左右には部下の中で最も信頼できる男が2人。
「おい、山吹」
山吹と呼ばれた男がサッと石動に頭を下げる。
「あいつらは大丈夫だろうな」
「もちろんです。石動さんの部下を南館を中心に適切に配置しております」
「そうか・・・」
「ご安心を」
「昼寝から覚めたころには終わってるな」
「はい」
山吹の返事を聞いて、石動は静かに目を閉じた。
オレに逆らう奴は生かしておかねえ。
彼の頭には、最初から勝利の映像しか映らない。
空は気持ちよすぎるほどの晴天に恵まれていた。

 

   戻る   SSページへ   進む