第3話 戦乱の幕開け

(浩之と雅史は、それぞれの方向からそれぞれの方法で石動を目指した)

 俺たちは西館の1階にいた。
来栖川先輩の占いでは西館から攻めるほうが良いらしい。
3年の校舎は南館の3階。
できるだけ3年の校舎を歩き回らずに石動のところまでたどり着くためには、西館の3階から渡り廊下を
使って南館3階に行くしかない。
それにしても・・・。
石動の部下らしい奴が1人も出てこない。
もちろんその方がスムーズに行くし、先輩の占いどおりというわけだが・・・。
2階への階段を上がった時、
「I have a bad feeling about this・・・」
レミィが何やらつぶやいた。
「そろそろ出そうだな」
俺はすぐ後ろを歩く矢島に言った。
「ああ、そうだな。神岸さんは俺が守るから、お前は存分に戦え」
「なんでそうなるんだ」
俺はむりやり矢島を前に立たせた。
その時、
「石動さんが言ってたのはお前らか!?」
目の前に突然、4人の男子生徒が現れた。
「説明する必要はねえだろ。お前ら、あんな奴の言いなりでいいのかよっ?」
「うるせえ。俺たちは石動さんについて行くって誓ったんだよ」
「けっ、くだらねえ誓いだな」
俺はひたすら4人を挑発した。
平常心を失わせて、隙を作るためだ。
「お前と話してる時間はねえ。さっさとくたばれ」
中の1人が突然、飛びかってきた。
「先輩、私にまかせてください!」
俺の横をかすめるように、葵ちゃんが前に走り出した。
男子生徒が突然の出現に驚きながらも、すばやく標的を葵ちゃんに変えた。
が、葵ちゃんは軽いフットワークで男子生徒の真横に立つと、数発のストレートを叩き込んだ。
5発・・・いや、6発か?
正直、あまりの速さに何発入ったかが分からなかった。
男子生徒が倒れ込む。
残りの3人は顔を見合わせていたが、覚悟したようにこっちに突っ込んできた。
マズイ!
3人相手では、さすがの葵ちゃんでも敵わないだろう。
俺が飛び出そうとしたその時、何かがもの凄いスピードで飛んでいった。
「うぐっ・・・」
苦痛の表情を浮かべて崩れる石動の部下たち。
「アオイ、大丈夫!?」
見ると、レミィが弓を番えていた。
「はい、おかげで助かりました」
そうか、そういうことか。
とにかく第1の関門は突破ってところだな。

 僕たちは東館の1階にいた。
垣本がこっちからの方が都合が良いって言ってたけど。
僕はちょっと不安だった。
「なあ、雅史」
「何?」
「実際、あいつらが出てきたらどうするんだ?」
戦うしかないよ
僕と垣本のやりとりを、姫川さんが聞いていた。
「怖い? 姫川さん」
「いいえ、平気です」
「そっか」
そうは言ったものの、姫川さんが緊張していることは見ただけで分かる。
「大丈夫だよ。僕や垣本がいるんだし」
僕がそう言った時、校舎の向こう側から男子生徒が数人やって来た。
「敵のお出ましだぜ!」
垣本がそう叫ぶと、後ろにいたサッカー部たちが前面に出てきた。
「やってやるぜ!」
意気盛んな部員たち。
「ちょっと待って」
僕が制すると、みんなが振り返った。
「どうしたんだよ、佐藤?」
「最初は話し合いでいこうよ」
「話し合い? あいつらとか?」
「うん。できれば争わずに終わらせたいからね。それがダメなら、戦うしかないけど」
「ちぇ、分かったよ」
「垣本もそれでいいかい?」
「まあいいや。お前のやり方にまかせるよ」
男子生徒がすぐそこまで来た。
僕は一歩進み出る。
「石動さんに逆らおうなんて、バカな奴らだよ」
やはりこいつらは石動の手下だった。
「ちょっと待って。とりあえず僕の話を聞いてくれないかな?」
あくまで柔らかく、怒らせないように言った。
「君たちは石動の部下であることに満足しているのかい? 本当は暴力を畏れているだけだろう?」
「・・・・・・」
「君たちがどんなに頑張ったって、石動はそんなの評価してくれないよ。それより、僕たちと一緒に
石動を倒さないか?」
男子生徒がヒソヒソ話し合っている。
やがて、その中の1人がこちらに向き直った。
「たしかに・・・そうだ。俺たちもそのことは疑問に思ってたんだ。なあ・・・俺たちもお前らの仲間に
してくれねえか?」
僕の考え通りだった。
彼らは本心から石動の味方についてるわけじゃないんだ。
「もちろんだよ。この学校を元に戻そうよ」
僕は思いの外、上手くいったことが嬉しかった。

 葵ちゃんに疲れの色が見え始めた。
レミィの矢もはずれることが多くなってきた。
ケンカには自信があった俺も、だんだんと腕が上がらなくなってくる。
あれから、どれほどの敵を相手にしてきただろうか。
俺たちはまだ西館の3階にいた。
渡り廊下はすぐそこに見えているのに、石動の部下が次から次へと現れるのだ。
「浩之ちゃん、大丈夫?」
あかりが声をかけてきた。
「ああ、まだまだいけそうだ・・・」
そう言ってはみたものの、実際はかなりツライ。
「葵ちゃんは大丈夫なのか?」
「はい。でも結構ハードですね・・・。少し疲れてきました」
そう言う葵ちゃんは両足でしっかりと立ってみせたものの、体が小刻みに震えている。
やっぱり女の子にはきついか・・・。
「ちょっと、松原さん。あなた、エクストリーム目指してんでしょう? そんなことでどーすんのよ?」
志保が腕を組んで言う。
「おい、志保。ムチャクチャ言うな。お前は何もしてねえから分からねえだろうが、これでもかなり
ハードなんだぜ」
俺についてきた数人の2年男子も、激戦に次ぐ激戦で、披露困憊といった様子だ。
「そんなこと分かってるわよ。だからって、ゆっくりしてる暇もないでしょーが」
「お前なあ・・・」
「ヒロユキ。シホの言いたいコト、本当は分かってるんでしょ?」
「あ? こいつの言いたいこと?」
「そうダヨ。シホはね、シホなりにアタシたちを励ましてんのよ」
「へぇ〜、この志保がねえ・・・」
分かってるよ。
こいつみたいにバカで明るい奴がいなきゃ、俺たちはとっくにダウンしてる。
だから俺は志保を誘ったんだ。

 その後も、僕たちは勝ち進みつづけた。
正確には、降伏を迫ってるだけなんだけど。
できるだけ戦いを避けてきたため、味方の疲労はほとんど皆無だ。
おまけに今では、味方が30人にまで膨れ上がってる。
気がつけば、僕たちは南館の3階にたどり着いていた。
この階のどこかに石動がいるはずなんだ。
「石動のクラスはC組だ」
さっき味方につけた、石動の元部下が言った。
「佐藤さん、いよいよですね」
「うん。もうすぐ終わりだよ」
心なしか姫川さんの顔にゆとりが感じられた。
もちろん、僕も同じだ。
C組の前まで来た。
「・・・開けるぞ」
垣本の言葉に、僕たちは静かにうなずいた。
ドアが静かに開けられた。
誰もいない。
おそるおそる足を前へ出す。
ガタンッ!!
「誰だ!?」
突然の物音に僕はいつになく大声を出してしまっていた。
やがて、のっそりと男子生徒が机の間から姿を現した。
「石動の部下か?」
垣本が訊くと、
「ああ、だが今はそうじゃない」
と言った。
「石動はどこにいるんだ?」
「あいつは屋上だ。昼寝してる」
「本当だろーな?」
「そう思うなら初めから聞くな」
「間違いなさそうだな。よし、早く行こうぜ」
「ちょっと待て」
「なんだ?」
男子生徒が狼狽したように口を開いた。
「行くのは勝手だが、気をつけろ。上には山吹と古賀がいる」
「山吹・・・古賀・・・」
僕の後ろで石動の部下だった男子が呟いた。
「その2人ってどんな奴なんだい?」
僕は教室にいる生徒ではなく、後ろの生徒に訊いた。
「山吹も怖い奴だが、もっと怖いのは古賀だ。あいつはむちゃくちゃケンカが強いんだ」
「でも、そうなると、石動は古賀って奴よりもっと強いってことだよね?」
「あ、ああ・・・そうだ」
「なら、怖がる事はないよ。僕たちはもともと石動を倒す為に来たんだし」
僕はちらっと垣本を見た。
「よし、グズグズしてないで行くぞ」
僕たちは暴力に怯える仲間を引きずるようにして、屋上への階段を上り始めた。

「畜生、やっぱり言っときゃよかったぜ」
C組からそんな声が聞こえた。
机の間に隠れていた5人の男子生徒が危機が去った途端、姿を見せた。
「あいつらの仲間になるって、どうして言わなかったんだよ?」
「仲間にならないなら、わざわざ石動がいるところを教える必要なんてねえだろ」
「いや、あいつらに屋上を教えたのは正解だぜ。考えてもみろよ。俺たちがあいつらの仲間になるって
ことは、石動を敵に回すってことだ」
「当たり前のこと言うなよ」
「もしあいつらが負けちまったら、どうする? 俺たちはまっさきに石動にやられる」
「あ、そうか・・・」
「それよりはココで顛末を見届けてから、改めて勝った方につけばいい。あいつらがうまく勝ち残れば
石動の居場所を教えてやった俺たちは、手助けをしたことになるってわけか?」
「そういうことだ」
「なら俺たちは、ゆっくり待たせてもらうことにしよう」
元石動の部下たちは、3つの勢力のどれにも属さないところで、静かに決着するのを待った。

 

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