第21話 ショータイム

(雅史は葵を処刑しようとするが、いくつもの妨害によってこれは阻止されることになる)

 校庭のスタンドに、100人ちかい観客がひしめいていた。
ざわざわと騒騒しく。だが、これから起こるショーを純粋に楽しもうとしている者は少ない。
何事かと集められた連中は口々に言い合っている。
雅史が校舎から出てきた。そこはちょうどスタンドの真中で、ここからなら校庭のいたるところを偏りなく見渡す事が
できるのだ。
そしてその後ろから鼻歌で軽快なリズムを取りながらのレミィと、今にも泣き出してしまいそうなほど力なく琴音とが
同時にスタンドの真中に立つ。
垣本の姿はどこにもなかった。
スタンドの観客の少なさに少々不満を抱いたものの、すぐに機嫌をなおした雅史はある方向に向けて手を振る。
すると校庭の校舎に近い側――つまり体育倉庫から人影が現れた。
葵を真ん中に2体の13型がその両腕をガッチリと押さえこみながら、校庭の中央に歩くよう指示する。
彼女の進む先、校庭の中央には式典などで旗を掲げる掲揚中がある。葵の両腕は縛られていなかった。
琴音は小さく小さく拳を握った。
レミィはどこから取り出したのか、右手に弓と数本の矢を持っていた。
13型が持っていた鎖を葵の両手を掲揚柱に押し付けるように動かした。
覚悟したように葵は13型が自分の両腕を後ろ手に掲揚柱に縛る作業に、黙って耐えていた。
目の前にいる100人の観客をこの世との別れを告げるような目で見つめる葵。
縛り終えた13型は命令を無事に完遂したことに何の感情も抱かず、雅史のところへ歩いていく。
雅史は自分の元へやって来た13型を見て、満足そうに笑みを浮かべた。
絶望に打ちひしがれる葵の表情を楽しみながら、雅史はもう一度手を振った。
すると倉庫とは反対の角から、やはり2体の13型がやって来る。
その足元で低いうなり声を上げる2頭の哺乳類。
黒光りする体毛と天を衝くように真っ直ぐに伸びた耳。ドーベルマンだった。
本来、この犬を形容するなら、凛々しいだとかカッコイイという言葉が一番に出る。
だが、13型のそばを激しく回りながらうなる犬はそうは言いがたかった。
「佐藤さん・・・あれは・・・・・・?」
「ドーベルマンだよ。警察犬になる犬だけど、知らない?」
「いえ、そうじゃなくて・・・」
琴音の訊きたいことは実は雅史は分かっている。
さっきから葵をかばおうとしている節もあり、雅史はわざとはぐらかしていた。
「ねえ、知ってる?」
「何ですか・・・?」
「犬ってね、1週間くらい何も食べなくても餓死しないんだよ」
「・・・・・・?」
「死にはしないけど、栄養分が脳に回らなくなるからね・・・あ、見てよ」
雅史が話の途中で掲揚中に縛られた葵を指差した。
13型の1体が葵に近づいて腕を伸ばし、葵の顔をぐいっと自分の方向に向ける。
そして指先から小型のブレードを起動させ、頬にあてがった。
「な、なにを・・・!?」
そのまま鋭い刃先が真横に滑り、葵の頬からは鮮血が一筋、じわりとうきあがった。
「ふふ・・・さっきの話の続き。脳に栄養が回らないとどうなるか分かる?」
「いいえ・・・」
「理性が働かなくなって本能にだけ従うようになるんだよ。この場合はつまり食欲だね。どんな手を使ってでも
食欲を満たそうと行動するんだ。たとえば・・・血の匂いなんかにはすぐに飛びつくだろうね」
「・・・・・・!!」
雅史があまりにも平然と言うので気付かなかったが、琴音にもようやくその言葉の意味するところが分かった。
分かってしまった、というべきか。
琴音の視線の先には、ドーベルマンが2頭いる。
頑丈な鎖でつながれた飢えた犬。
さきほどから激しく動いていたのは、死を予期させるほどの空腹によるものだった。
犬はさほど視力がいいとは言えない。人間の視力よりも低く、人間のように無数の色を識別できない。
だが、嗅覚においては別だ。
遠く離れた風に乗ってやってくる血の匂いを、ドーベルマンはすぐさま嗅ぎ分けたようだ。
首を低くしてうなり、今にも飛びかからんとする勢いだ。
「飢えた犬って、どんな風にエサを食べるんだろうね?」
琴音に確認するように雅史が訊いた。
「・・・・・・」
琴音が黙りこんでしまい、代わってレミィが前に出た。
「マサシ、そろそろいいでしょ?」
不意をつかれて雅史は、
「え、うん、そうだね」
曖昧に返事してしまったが、レミィはそれを受けて雅史よりも前に出た。
そして大きく息を吸い込んだ。
「Settle down ! Settle down ! (静かに、そう騒がないで)」
教育課程でそこそこの英語を習っていた生徒たちは、単語でではなく何となく雰囲気でレミィの言葉を理解した。
文字通り、校庭は静まり返る。
「Let the executions begin !! (処刑を初めて)」
あらかじめ設定されていた命令文に、13型はつないでいた鎖を切り離した。
おかしなことに、空腹で力も出ないハズの2頭は正常時よりも機敏に動き始めた。
うろうろと血の匂いのする方向へと走り始める。

 気が遠くなりそうなのを、私は何とか堪えるだけで精一杯だった。
目の前ではセリオさんにそっくりのロボットが、凶暴そうな犬の鎖をはずしたところだ。
足は自由だけど、両手を後ろで縛られているせいで体はほとんど動かせない。
さっきつけられた傷・・・一体何だったんだろう。
そう思っていると、あの犬が私めがけて走ってくる。
犬は、犬は私の顔を見て走ってきてる。
私の顔・・・というよりもこの傷・・・?
気付いた時にはもう手遅れだった。
勢いよく飛びかかって来る犬を私は他人事のように見ていた。
もう、ダメ・・・・・・。
私はぎゅっと目を閉じた。
・・・・・・。
閉じたまま・・・。
・・・覚悟していた痛みは来なかった。
恐る恐る目を開けてみる。
飛びかかってきた犬は、私から2メートルほどのところをウロウロしていた。
もう1頭も同じで、まるで身動きひとつできない私をいたぶるようだった。
でも、何だか様子がへんだった。
なんていうか・・・近づきたくても近づけないような・・・。
ふとスタンドの方を見る。
悔しそうな佐藤先輩の横に姫川さんが立っている。
その表情は少し苦しそうだった。
・・・もしかして・・・?
私はもう一度、目の前でうろうろしている犬を見た。
やっぱりそうだ・・・私に近づけないんだ・・・。
噂で聞いたことがあるけど、きっと姫川さんが何か力を使って私を守ってくれてるんだ。
さっきの言葉は・・・私を騙そうとかそんなんじゃなくて・・・やっぱり本当だったんだ・・・・・・。
だけど・・・。
いつまでもこのまま、ってわけにはいかないよね。
もし姫川さんが何かで力を使えなくなってしまったら・・・。
その時こそ、本当に終わりだ・・・。

 佐藤さんや宮内さんに気付かれないように、少しずつ少しずつ能力を解放していく。
特訓の成果もあって、何とか松原さんをあの凶暴な犬から守ることができている。
でも、私が能力で作り出したカベの効果は次第に効果が薄れ始めている。
さっきまで松原さんから離れていた犬たちがちょっとずつだけど松原さんに近づいていた。
そばには宮内さんがいるから、あまり強い力を使うと気付かれてしまうかも知れない・・・。
「くっ・・・宮内さん! 撃つとか何とかしてよ!」
いつまでたっても松原さんの死を見られないことに、佐藤さんはめずらしく焦っていた。
「もう少し待とうヨ」
目をきらめかせて宮内さんがことの成りゆきを見守っている。
私は2人に気付かれないように、そっと能力を松原さんに向けるだけで精一杯だった。

 雅史のイライラは秒単位で上昇していった。
彼のプランでは処刑開始直後には、葵の首元あたりからおびただしい量の血液が放たれ、自分に逆らった者の
愚かなる結末を生で見られるハズだった。
ところが現実はそうはいかず、飢えに飢えているハズの大型犬はエサにかぶりつくどころか、品定めするように
くるくると葵の周囲を回るだけである。
かたく握った拳がわなわなと振るえているのを琴音は見逃さなかった。
と、琴音の力が突然弱まった。
彼女の力は確かに強かったし、それは葵の前に現れたカベで証明されたが、長時間にわたる力の使用は
本人にもかなりの負担となっていたらしい。
送られるエネルギーが低下することで、それまで葵を守っていたカベが部分的に消失する。
その隙間を即座に発見した1頭がカベを突き抜け、今度こそ葵に接近した。
「今だっ!」
雅史が叫ぶとほぼ同時に、飢えた犬は葵の首元めがけ飛びかかった。
ハズだった・・・。
「・・・!」
ほとんど姿勢を維持できないほどに栄養分を失っていた犬は、飛びかかるというより前のめりになるようにして
葵の真正面で止まってしまったのだった。
いくらか余裕のでてきた葵は、足を縛られていないことに感謝した。
次の瞬間、腰のひねりだけで放ったミドルキックが見事に犬の側頭部に命中!
犬はそのまま昏倒した。
そして残ったもう1頭は、なんと倒れた犬を喰い始めた。
「ぐ・・・・・・!!」
雅史の理性がいくらか欠け始めた。その証拠に、
「こんな予定じゃなかったっ! 宮内さん、いいから撃ち殺せ!!」
彼に似つかわしくない暴力的な命令文が飛び出した。
「ウ〜ン・・・動かないターゲットは狙いにくいんだケド・・・」
そう言いながら渋々、レミィが弓をつがえた。
競技用とはいえ、彼女の木の矢の矢じりは鉛でコーティングされていた。
当たれば・・・当たり所によっては致命傷となるだろう。
レミィの矢先は、不安定ながらもしっかり葵のいる方に向いていた。
琴音は放たれるであろう矢の軌道を屈曲させるために力をためていた。
その時、レミィが何者かの気配を感じて振り返った。
自分たちが出てきた校舎の中からやって来たのは・・・。
「ヒロユキッ・・・!?」
発射態勢に入っていたレミィは、彼の姿を見て構えを解く。
雅史がゆっくりと振り返り、不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、思ったよりも遅かったね。もう来ないかと思ってたよ」
振動棒を携えている浩之に対して、雅史が丸腰で両手をだらんと下ろしている。なのに隙がなかった。
「やっぱりここにいたか・・・。葵ちゃんは無事なんだろうな?」
ちらっとレミィを見てから言う。
この裏切り者、と罵りたかったが、レミィが寝返った理由の半分は浩之にあるのだ。
それを考えれば、一方的に裏切り者呼ばわりはできなかった。
「残念ながら無事だよ」
ふっとため息をつく。
と同時に、校庭のあちこちに東鳩の男子群が姿を現した。
手には芹香から手渡された振動棒が握られている。
スタンド内がどよめく。男子たちは油断なく、スタンドの観客に振動棒を構える。
「葵ちゃんを解放しろよ」
仲間が戦闘態勢に入ったところで浩之が雅史に冷やかに言った。
「ふぅ・・・正義感もほどほどにしないと・・・。多勢に無勢だよ、松原さんみたいにね」
「そうは思わねえな」
浩之が振動棒を雅史に向ける。
「すぐに分かるよ」
雅史がにやりと笑うと、浩之がやって来た校舎から足音が聞こえた。
3体の、先ほど支援兵器であるスタンガンを追加装備された13型だった。
来るだろうと思っていた雅史派の増援に、浩之は背を向けないようにしながらスタンドを降りていく。
13型がジリジリと詰め寄っていくが、スタンガンは発射しない。
浩之が校庭の真ん中あたりまで後退した時、校庭の奥から13型の大軍が一気に押し寄せてきた。
雅史は浩之が来ることも、浩之が多くの仲間を連れてくるだろうこともすでに予測していた。
1000体の13型が200人の浩之派と激突する。

 

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