第23話 形勢不利

(突如、割り込んできた装甲車には、あの12型が満載されていた。雅史は身の危険を感じ、撤退を決意する)

 装甲車から降りてきたそれは、無表情でとまどう13型と対峙した。
そして、右腕をまっすぐ前に伸ばす。
13型と全く同じ行動だった。
だがよく見ると、突然の乱入者たちは右手に銃を持っていた。
そしてトリガーを引く。
銃口から青白い光弾が発射され、直撃を受けた13型が吹き飛ばされる。
仲間が倒されるのを見て、13型も反撃し始めた。
浩之たちはそれらが仲間だと判断すると、13型と互角かそれ以上の戦闘力を持つ彼女らと共に戦った。
敵の攻撃が激しいところでは、装甲車が割り込んで盾となる。
その上に12型が数体飛び乗り、高所から敵を狙い撃つ。
「葵ちゃん! 早く中に!」
浩之が葵を気遣って装甲車に入るよう叫んだ。
葵が周囲を警戒しながら、何とか装甲車までたどり着く。
彼女を追ってスタンガンを構えていた13型は、装甲車上からの射撃で沈んだ。
13型の攻撃は的確だったが、数においても武器の性能においても12型の方が遥かに上だった。
撃ち合いでは不利と判断した何体かの13型が、指先に起動させたブレードによる白兵戦を試みる。
だがこれは、浩之派にとって事態を好転させる要因となった。
強力無比なあの光弾を放ってこなくなったわけである。
芹香の魔力を得た振動棒が、ブレードを振るう13型に容赦なく振り下ろされる。
憎悪を衝撃波に変換した一撃が、13型を次々に屠っていく。
「くっ・・・・あと、もうちょっとのところで・・・!!」
光弾が飛び交う様子をスタンドの上で見つめる雅史。
装甲車から飛び出したマルチそっくりの12型は浩之たちを援護するように命令されていた。
その数、1000体。
これで数の上では浩之側が有利になった。
雅史は琴音を伴なって、校庭での戦いを13型に任せ、会議室へと走った。
その途中、琴音が一度だけ振り返った。
そして事の成りゆきを不安げに見つめる葵と視線を合わせる。
それは何か・・・無言の合図のようでもあった。

 会議室に集まったのは雅史と琴音、垣本をはじめとするサッカー部のメンバー。
それにセリオと、さきほど13型に追加装備を施した男が加わる。
「形勢は彼らの増援によって、圧倒的に不利になりました」
分かりきったことをセリオが説明する。
雅史は少しだけ苛立った。
「格納庫にはもう兵力のストックはない。どうする?」
男が雅史にではなくセリオに問うた。
「はい。ここは今、交戦中の・・・13型を殿(しんがり)とし、彼らの手の届かないところまで逃げるのが得策です」
「ふむ、それしかないだろうな・・・」
男はじつに残念そうに、しかし仕方ないといった風に頷く。
「あれを1000個も失うのは惜しいが・・・巻き込まれて命を落としたくはないからな」
「ところで逃げるっていっても、どうやって逃げるんだ?」
垣本が訊いた。
彼にしてみれば、今回の戦いにおいては巻き込まれたというしかない。
葵の処刑に参加しなかったのは、そういう気分ではなかったからだ。
綾香が、いつも近くにいた綾香がいなくなったことに、垣本は人に知られない程度にショックを受けていた。
早く戻ってこないか。垣本はそればかりを考えていたため、校庭であんなことがあったなど知らなかったのである。
「心配はいらない。この地下にたしか2種類あったハズだ」
男がここは胸を張って答える。
「はい、ございます。撤退における手順もすでに計画しております」
セリオが控えめに言った。
「その前に地下施設を破壊しておこう。少なくとも奴らに利用されない程度に」
 雅史たちは格納庫のさらに奥にある、広めの倉庫へ入った。
「ここは丁度、寺女の第2グラウンドの真下なんだ」
男が得意げに言った。
倉庫には、さっきあかりが乗っていた装甲車と同じタイプの車両が1両。
そして驚く事に、10数名が搭乗できるであろう航空機があった。
そこらへんの航空機よりはるかに丈夫そうな機体。白くコーティングされた表面は、実は強化装甲らしい。
男が雄弁に語っていた。
「まず、この航空機を自動操縦で一定の方向へ飛行させます。その後、彼らの監視がおろそかになったところで、
この車両で逃走します」
「つまり、飛行機でどっかに逃げたと思わせといて、実は車で逃げるってわけだな?」
「はい。航空機には物資等を満載させます。敵の手に渡れば、将来不利になるものもありますので」
垣本が確認すると、セリオがそう付け加えた。
だが、彼には大きな不安があった。
「だけどよ、後でここに戻ってきた奴はどうなるんだ? いきなり、あいつらと鉢合わせ・・・なんてことになったら」
垣本の言う奴とは、もちろん綾香のことだ。
「ご安心下さい。綾香様にはこちらから連絡を入れますので」
「そ、そっか・・・ハハ、ならいいんだ」
額の汗を拭う垣本を見て、雅史が何か思いついたように笑ったのを琴音は見逃さなかった。
「時間がありません。SSTを自動操縦モードで飛行させます」
セリオがゆっくりと・・・急かした。

「あかり、お前どうして・・・?」
装甲車から降りてきたあかりに俺は問いかけた。
「だって私、あのまま浩之ちゃんが帰ってこないような気がして・・・。実際、危なかったみたいだし」
「ああ、助かったよ。ありがとうな」
俺はあかりの頭にポンと手を乗せた。
すると嬉しそうにはにかむあかり。
「ほんっと、お前って犬みたいだな」
気持ちに余裕の出てきた俺は、つい場違いだと分かっていながらも、そんなことを口走ってしまう。
「ひ、浩之ちゃん・・・」
と、そこへ、
「おい。明るいうちから盛るな」
古賀に一喝されてしまった。
セリオに似たあのロボットたちを倒したのは、ほとんどマルチに似た援軍だった。
さっきあかりに聞いたところでは、第7ではこいつらを12型と呼んでいるらしい。
「そっか、12型か・・・」
あかりから説明を聞いて、俺はまだまだやらなければならない事が残っていることに気付く。
「まず、雅史だ。あいつを捕まえるんだ」
俺は12型に命令した。
「”了解しました”」
とマルチ・・・じゃなかった。12型はすぐに行動に移す。
なんつーか・・・セリオの表情をしたマルチ、に見えるんだよなあ。
「気をつけろよ。まだ何か隠し持ってるかも知れないから」
「”分かりました”」
さっきよりもやや砕けた感じで12型が返事した。
ここには1000体連れてきたとあかりが言っていたが、雅史を捕らえにいくのは100体だけだ。
600体ほどが装甲車に待機、さっきの戦闘で何体かはやられたが残った奴らは俺たちを護衛することになった。
ちなみに敵のロボットたちは全滅している。
「ところで藤田」
「ん?」
「伊吹って奴はどうするんだ?」
「あ・・・」
山吹に言われるまで忘れていた。
そうだった。
葵ちゃんは伊吹ってやつを探しにここまで来たんだった。
「葵ちゃん、伊吹はここにいなかったんだね?」
「え、あ、はい。いませんでした」
坂下となにやら話していた葵ちゃんは、俺の問いかけに慌てて答える。
手分けして捜すにも、伊吹の顔を知ってるのは葵ちゃんだけだしなぁ・・・。
「うーん・・・ここは伊吹よりも雅史を捜すことにしよう」
この軍隊のことも気になるが、今は雅史を捕らえるのが先だ。
「浩之ちゃん。私、松原さんを連れて先に戻るから」
見ると、あかりと坂下が葵ちゃんの肩を支えるようにして立っていた。
「あ、あの、私なら大丈夫ですから・・・」
困ったように俯く葵ちゃんだったが、その声には元気がない。
「葵ちゃん・・・」
俺が声をかけようとした時だった。
ゴゴゴゴゴっという、重々しい音が聞こえてきた。
「おい、あれを見ろ!」
山吹が指差した方向は、この学校の第2グラウンドだった。
グラウンドの奥、茂みになっていてよく見えないが、何か施設のようなものがあるらしい。
そこから、校庭にとめてあるハズの車が走り去るのが見えた。
俺は慌てて後ろを振り向く。
あかりが乗って来た車だ。たしかにここにある。
「しまったっ!!」
俺が叫ぶと、少なくとも山吹と古賀はその意味がわかったらしい。
互いに顔を見合している。
「逃げられたか・・・・・・」
そしてその直後にも。
「こ、今度は何だ!?」
さらに大きな音が響く。
さっき車が出て行った茂みから、今度は何と小型の飛行機が飛び立つのが見えた。
まだ近くにいた12型が一斉に飛行機に向き直ると、右腕の銃を構えた。
だが彼女らがそれを発射するより先に、飛行機は恐ろしいほどの速度で、あっという間に見えなくなった。
「な・・・あんな速さの飛行機なんて見たことねえぞ」
古賀が見えなくなった飛行機をいつまでも目で追っていた。
「あれはSSTかと思われます」
「SST・・・?」
「はい。超音速飛行が可能な汎用型輸送機です」
12型のその説明は、追撃不可能であることを示していた。
「行き先は分かるのか?」
山吹が訊いた。
「・・・・・・申し訳ありません。グローキングユニットを搭載しているらしく、索敵は不可能です」
「そうか・・・」
「ま、仕方ねえ。それより見ろよ、これ」
俺は気を取り直して校庭をぐるーっと指差した。
「今回の戦いであいつの戦力は総崩れだぜ。たとえ逃げたところで何もできねえよ」
俺の言った言葉はウソでも虚言でもない。
足の踏み場もない――といえば大げさだが、見渡す限りの戦闘不能ロボットの海。
こんなに大勢相手に、よく戦い抜いたなと思う。
まあl、それは機転を利かせたあかりが、第7の軍隊を率いてくれたおかげだけど。
「この分だと・・・ここで得られるものは何もないようだな・・・。俺たちも戻ろう」
山吹が冷静な口調で言った。
「藤田」
「・・・?」
そういえば俺、こいつに名前で呼ばれたの初めてだな。
「今まではいい加減な気持ちでいたが・・・。お前の足手まといにならないように気をつける」
「・・・・・・?」
「こうなったら、俺も何としてでも佐藤を捕まえたくなってきたぜ」
「俺もだ」
今度は古賀が言う。
「なんつーかよ、後に引けなくなってきたんだよな」
照れくさそうに笑う古賀と山吹が、数百体のロボットたちよりも頼もしく見えた。

 「戻ったぞ〜」
浩之は景気よく帰還を訴えた。
東鳩の校門近くで、志保がうろうろしていた。
「あ、ヒロ・・・随分ハデにやったわね」
砂まみれの黒っぽい制服を見て、志保がジロジロと覗き込むように顔を近づけた。
「何、その車? ひょっとして第7のやつ・・・?」
「うん。研究所の人がくれたの」
装甲車から降りてきたあかりが答えた。
続いて山吹、古賀、坂下、葵の順番に降りてくる。
「あれ・・・? あかりぃ、ロボットってそれだけ?」
装甲車の中を見回した志保は、ガッカリしているようだ。
「いや、2000体あったらしいんだけどな。寺女に来てくれたのは1000体だった」
「うん。この車で来たんだけどね。ほとんど寺女に置いてきちゃった」
装甲車の中に待機していた12型は100体ほどだった。
「なんでよ? みんな連れてくればよかったのに」
志保が不満そうに訊ねる。彼女にしてみれば、”軍隊”というからには相当な数が揃っているのだろうと期待して
当然だ。
そしてそれが見事に裏切られたのだから。
「無茶言うな。この学校のどこにそんなスペースがあるんだ? 歩けなくなるぜ」
「そりゃそうだけどさ・・・」
「それにただ置いてきたわけじゃないさ。監視って意味もあるんだ」
「監視?」
「ああ。あそこを雅史が拠点にしていたんだから、もしかしたらまた戻ってくるかも知れねえ。雅史本人じゃなかった
としても、あいつの仲間が様子を見に来るかもしれないだろ?」
「拠点? 寺女が?」
「ああ。ロボットに調べさせたら、地下に格納庫と研究所みたいなのがあった。もっとも。研究所は破壊されていて
使い物にならなかったけどな」
葵が俯きかげんに志保に声をかけた。
「先輩・・・すみませんでした。大切な電話を壊されてしまって・・・」
だが志保は他人事のように笑い飛ばしながら、
「いいわよ、松原さんが無事だったんだから。それにホラ」
そう言って志保がポケットをまさぐる。
取り出したのは・・・3機の携帯電話だった・・・。
「情報通たるもの、ツールはいくつも持たなきゃね」
通信費は大丈夫なのか、と心配した浩之だが、
「それより。またやらなくちゃいけない事が増えたんだ。話は後にしようぜ」
「先輩・・・まだ何か・・・?」
葵が消え入りそうな声で訊ねる。
「あいつも寺女であれだけの準備をしていたんだ。こっちも態勢を整えなきゃいけない」
「そうだな」
今度は山吹も同意する。
”また・・・”と言いかけた口を、葵は慌ててつぐんだ。
 久しぶりに。本当に久しぶりのことだったが。
浩之が威風堂々と職員室のドアを開けた。
「なんだ! 失礼しますも言えないのか! ドアを開けたらまずは・・・・・・」
ジャージ姿の職員は最初こそ威勢がよかったが、入室してきた生徒の顔を見た途端、それが虚勢に変わった。
「まずは・・・何だ?」
「・・・ふ・・・ふじた・・・」
職員の手がワナワナと震える。
「訊いてるんだよ。まずは何だ?」
浩之が詰め寄る。
「あ? ああ、何でもないんですよ。それよりどうしました?」
教師とはとても思えないような腰の低さだった。
「ああ。至急、金がいるんだ。集めてくれよ」
「・・・?」
「集金だよ。地方自治体から出てるって現社で習ったぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
ジャージは慌てて、教頭やら生活指導を集めた。
時々、ちらちらと浩之の方を見ながら、なにやら話し合う3人。
「藤田君。金が必要だと言うが、それは何に使うのかね?」
「準備だよ。雅史を完膚なきまでに叩きのめすくらいの用意はしないとな」
「ま、まだやるのかね・・・?」
「教頭さん。今のはちょっと聞き捨てならねえな」
浩之の後ろから身を少しだけひねって、山吹が入ってきた。
「”まだ”やるのは、佐藤の方だろ。俺たちが戦いつづけるのは、あいつが降伏しないからさ」
「むむぅ・・・・・・」
「で、あるんだろ? それなりの金が」
「・・・ある。だが、ひとつだけ約束してくれ。当校の評判を落とすようなことだけはしない様に・・・」
「分かってるよ!}
浩之が怒鳴ると、職員室は恐怖という沈黙に包まれた。
「じゃあ用意しておいてくれよな」

 

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