第24話 名誉の撤退

(寺女での戦いは雅史にとって、苦々しい敗戦だった。だが、彼にはまだ多くの戦力が用意されていた)

 音も衝撃もほとんどない、快適さの極地を追求した輸送機。
SSTの中で、雅史が小声でセリオに訊ねる。
「どうして、車で逃げなかったんだい? さっきはたしか・・・」
「このようなことを申し上げるのは失礼かと存じますが。この中に内通者がいる可能性もあります。もし、私たちの
撤退手順が事前に彼らに知られてしまえば、撤退は難しくなります」
そういうセリオの表情は、やはり無表情だったがどこか罪悪感を秘めているようにも見える。
「そう・・・だったんだ。ありがとう、セリオ。僕、そこまで気付かなかったよ」
「いえ、それが私の役目です」
研究所員の操縦するSSTがわずかに速度を落とし、高度を下げた。
音速で飛行しているなら、かなりの距離を飛んだハズだ。
この輸送機はいったいどこまで行くのか。
目的地をまだ訊いていなかったことを後悔する雅史だった。

 一見すると、軍事施設のように見える。
砲台こそなかったが、そのシルエットは”要塞”と表現するに十分すぎるほどの威圧感を誇っていた。
その施設の奥にある通信室で、何かトラブルがあったらしい。
「 The reaction of a transport was checked on the radar ! (レーダーに輸送機の影を確認しました!)」
通信士歴5年の、痩せこけた男が叫ぶ。
「 It is the transport of affiliation non-Ming !! (所属不明です!!)」
すると、金髪の背の高い男性が言った。
「 We have to hide the plan of the ultimate weapon. (最終兵器の設計図を隠さねば)」
金髪はそう言いながら、処理中のコンピュータの電源を無理やり切り、中からディスクを抜き出した。
「 Everything will be spoiled when this is found by them. (奴らに見つかったらお終いだ)」
そしてそのまま、デスクに置いてあったカバンに押し込めるように隠した。
「 Please wait. The communication from a transport is coming. (お待ちください。輸送機から通信です)」
痩せこけた男が振り返って、金髪の行動を制止した。
金髪の動きが止まるのを確認すると、通信士は向き直り、輸送機からの通信に耳を傾ける。
「President, It was proved that it was the transport were affiliation of KURUSUGAWA Heavy Industry
the 4th research institute. (社長、あれは来栖川重工第4研究所所属の輸送機です)」
ホッとしたように通信士が伝える。
「 It did not need to be worried if it was it. (心配する必要はなかったようだな)」
カバンに押し込んだディスクを取りながら、ふぅっと一息つく金髪。
さんざん焦っていたのを隠すしぐさに、通信士がふっと笑った。
 ほどなくして、施設の発着場にSSTが着陸した。
発着場がある時点で、この施設が何か社会に後ろめたいものを感じさせる目的で建設されたことが分かる。
かなり広い敷地に、いくつかの建物と、発着場。
物々しさに威圧されながら、サッカー部の連中は雅史や垣本の後からフラフラと降りてくる。
発着場そのものはかなり狭かった。
偶然空いた敷地に、無理やりスペースを設けたような印象である。
操縦桿を握る必要のなくなった男が、ゆっくりと降りた。
「あの建物だ」
男がいくつかある建物のひとつを指差した。
横から見れば円柱。てっぺんはドームのように丸くなっていた。
男を先頭に雅史たちが続く。
「ここはどこなんだ?」
部員のひとりが呟いたが、誰も何も言わなかった。

「 How kind, a coming (よくおいで下さいました)」
円柱状の建物に入るやいなや、金髪で長身の男が出迎えた。
「 I did not think that it could meet early like this.Mr.Takagi. (こんなに早く会えるとは思っていませんでした)」
金髪は男を――タカギと呼ばれた男に握手を求めた。
「 Me too. (私もです)」
それに応じる高城。
そして彼は振り向いて、さっきよりも少し高めの声で言った。
「 It introduces. They are the friends whom I had said from before.(彼らが私が以前言った仲間です)」
高城は雅史たちを金髪に紹介した。
が、当の彼らは英語でしゃべっているため、その内容を理解することはできない。
できるのは・・・セリオだけだった。
「さて、と・・・。彼が君たちに部屋を用意してくれているハズだ。今日はそこで疲れを取るといい」
高城がきわめて明るい口調で言った。
「あの・・・ここって・・・どこですか?」
琴音が控えめに訊く。
「どこって・・・。ああ、そうか。まだ説明してなかったね」
「はい」
「ここは来栖川重工の第2研究所、技術総括部門だ」
「ぎじゅつ・・・そうかつ?」
垣本が復唱するが、うまくいかない。
「といっても、今や誰もその名前で呼ばないよ」
「じゃあ、何と・・・?」
「ALTER(アルター)、と」
「アルター・・・」
今度はちゃんと復唱できた。
「外国じゃないんですか?」
次に問うたのは雅史だ。
「違うよ。ああ、彼を見てそう思ったのか。ここは寺女から5キロ離れた研究所だよ」
「5キロ!? 飛行機であんなに飛んだんですよ? それで5キロっていうのは・・・」
日頃、朝練で何キロか走っている雅史や垣本には、5キロというのがどのくらいの距離で、飛行機で飛べば
どれくらいの時間で着くかもだいたい見当がついていた。
「グルグルと飛び回っただけだよ。やつらの目を欺くためにね」
高城は得意げに笑った。
「とにかく君たちは疲れてる。もう部屋で休みなさい」
我が子を諭すような口調のあと、
「 Please show them to the room. (彼らを部屋に案内してあげて下さい)」
と言った。
「 Let's leave it to the role of guidance. (すぐに案内役が参りますので)」
金髪が言うと、言葉どおり奥から灰色の制服を着た女性がやってきた。
二、三話したあと、雅史たちは女性について部屋へと案内される。
「佐藤君。ちょっと、ついてきてくれないか?」
高城が呼び止めた。
「え? はい、構いませんけど」
高城の後ろを琴音や垣本、まだ部屋に案内されていない部員が続く。
「いや、君達は・・・席を外してくれないか? きわめて重要な話だから・・・」
高城はこの団体の代表者が雅史であることを、あらかじめ聞かされていた。
つまり、重要な事項は、雅史以外に聞かせてはならないと思っていた。
「重要な話って・・・」
「柿本さん!」
詮索したがる垣本を、自分もビックリするような声で琴音が止めた。
「・・・行きましょう」
琴音が彼の・・・袖口を引っ張った。

 施設の奥、通信室の向かい側に会議室がある。
高城につれられ、雅史はセリオを伴なって入室した。
その後ろには、さっきの金髪もいる。
円テーブルがひとつ置かれているだけで、後は何もない粗末な空間。
彼らは向き合うように、イスにいくつかの間隔をもうけて座った。
「あの・・・重要な話って?」
雅史が口を開いたが、それが間違ってたのではないのかと思うほど、この部屋は静寂に包まれている。
「うむ。その前に君に紹介しておこう」
高城は手のひらを上にして、金髪を示した。
「彼はバクトイド・コンバット・モータル社の代表、ハイマン・レーダーバーグだ」
高城に言われて、紹介されたと理解した金髪・・・ハイマンは深々と日本流のお辞儀を返した。
雅史も慌ててそれにならう。
「今、ここアルターと第4は来栖川本社からの独立を表明するために準備している。だが、それも間もなくだ。
その独立に際して、彼ら・・・バクトイド社が全面的に支援してくれることになっている」
なにやら難しい話だ・・・。
そこそこ学業成績がいい雅史でも、イマイチ話の全容はつかめていない。
だが、高城の堂々たる姿勢と口調から、自分が画策していたコトの愚かさと小ささを痛感した。
雅史は、綾香の顔の広さを利用して、主に銀行から資金を調達しようと考えていた。
綾香の言う事なら、彼女が来栖川重工のお嬢様であることを取引企業が知らないハズはないので、一も二もなく
金を出してもらえるものだと思っていた。
我ながら名案だと思っていた彼に、一部研究所が独立を計画していることを聞かされたのは、雅史が日本で
最大手と言われる中央大帝銀行に問い合わせを試みようとした頃だった。
”第4研究所の顔”というアダ名まである石井からその事を聞いた時は、信じられないという感しかなかった。
そして、驚く間もなく、石井からあることを依頼される。
独立を支援してくれる企業を寺女に集めてほしい、と。
そこで召集されたのが、技術組合であり、インターナショナル銀行グループであった。
銀行という点では、当初の雅史の考えがある程度当てはまるようにも思えるが。
自分の見識の甘さを、恥ずかしく思った雅史だった。
「事前に話は聞いてるよ。インターナショナル銀行グループ、技術組合も別の形で支援してくれるんだろう?」
「ええ、そうです。株のやりとりで・・・」
あの時は、知ったる顔で利害について説いていたが、実は直前までセリオに教えを乞うていた。
それらしく、説得力ある口調について。
そのため、今の雅史には、株がどうとかの話は全く分かっていない。
「話を元に戻すが、バクトイド社はひとつの条件をつけて、私たちの独立活動を支援すると約束してくれた」
嫌な予感がした。
「条件というのは・・・?」
話の流れからして、こう訊かざるをえない。
「それは彼から直接説明してもらおう。セリオ、通訳してくれ」
「了解しました」
セリオが通訳機能を作動させた。
「 Please explain to him the conditions about which it was speaking before. (あの条件のことを説明して下さい)」
高城がハイマンに言うと、彼は頷いてから話し始めた。
「 Talking from now on is a very important matter about independent activity of KURUSUGAWA.」
「これから話すことは、来栖川からの独立活動に関してとても大切な話です」
ハイマンが言った言葉を、セリオが忠実に日本語に直していく。
「 We want to control robot industry with KURUSUGAWA after dissociating.」
「私たちは分離後の来栖川と共にロボット産業を牛耳りたいと思っています」
「 Then, since a more highly efficient robot is put in practical use, I want you to test.」
「そこで、佐藤様にはより高性能のロボットを実用化するためのテストをお願いします」
「・・・・・・」
雅史は黙って耳を傾けていた。
そして、同時に少しもの足りなさというか、面白くないものを感じていた。
「 We have the performance of the robot made from a special metal which came to hand on the other day tested.」
「私たちが先日入手した特殊な金属で作ったロボットのテストをお願いします」
「特殊な金属・・・?」
「 What thing is a special metal ?」
今度はセリオが雅史の言葉を英訳した。
「 Although it does not know that it is detailed, on the earth, let's call it only what not existing.」
「特性などは現在研究中ですが、かなり特殊で地球上にはまず存在しない金属でしょう」
まただ。
またこんな話だ。
自分は浩之と戦っていたのではなかったか?
雅史は根本であるそのことを、時々忘れそうになる。
軍隊といい、地球上に存在しない金属といい。
たしかにそれらは雅史の味方であり仲間であり。
浩之との戦いにおいて、これほど心強い戦力はないだろう。
バックには強力な企業の支援もある。
だが、やはり何かもの足りない。
その事に気付いたのは、雅史が”テストして欲しい”というセリオの翻訳を聞いたときだった。
支配されている。
自分は支配されている。
雅史はようやく、この事実に気がついた。
あの13型の軍隊も――壊滅してしまったが――自分のものだと思っていた。
だが、その実は綾香の人格を用いて手に入れた、厳密には綾香の所有物だった。
つまり綾香という存在がなければ、決して手に入ることのなかった傑作。
今回のロボットテストについてもそうだった。
テストを行なうことで、表面上はロボットを所有することは可能だ。
だが、問題は用途である。
”テスト目的以外に使用できない”のでは、雅史の所有物ということにはならない。
雅史が訊ねた。
「テストって何をすればいいんですか?」
「 It does not know what I should just do.」
セリオが少しニュアンスの違う英語をしゃべる。
「 Seemingly, you are fighting with the man of the name of Hiroyuki.」
「佐藤様は浩之という名の男と戦っていますね」
セリオの翻訳はなにか微妙に違っているような感じがする。
もちろん、ハイマンの意図どおりの言葉は伝えているが、雅史の立場に直すと途端に難しくなるらしい。
「 Please use the robot for fighting with him.」
「彼との戦いにロボットを使ってくだされば結構です」
予想通りの返答だ。
となれば、雅史の返しもひとつしかない。
「実は裏切り者がいるのですが、それを始末するのに使ってもいいですか?」
「 Although a betrayer is needed in fact, may I use a robot, in order to dispose of it ?」
どんなに複雑な、聞くものをゾッとさせるようなセリフでも、セリオは忠実に英訳する。
たとえば・・・そんなことはありえないが、その裏切り者が自分ではないか、とは思わないのだろうか。
きっと思わないだろう。
セリオはそういう風に作られているのだから。
ハイマンは少し考えるように俯いたが、何か思いついたように顔を上げた。
「 It is natural. Please use as you like.」
「もちろんです。佐藤様のお好きなようにお使いください」
雅史には、最後の通訳が、まるでセリオ自身が言っているように感じられた。

 背骨に残る痛みに耐えながら、レミィはゆっくりと目を開けた。
そこには恐ろしい光景が広がっていた。
おびただしい数の被害者たち。
13型のスタンガンでは、たとえ直撃しても死ぬ事はない。
ロボットは人間を殺せない。
各研究所のロボット研究部では、これを克服しようと何度も実験を重ねたが・・・。
結果は今現在を見てのとおりである。
振動棒の偏向が直撃したのか、それとも振動棒そのもので切りつけられたのか。
13型があちこちに転がっていた。
そしてその側には、浩之派の元戦士たちの憐れな姿が。
レミィはゆらりと立ち上がり、そしてゆっくりとスタンドを降りた。
最後の一段を降りたところで、木の矢が落ちているのに気付く。
これは・・・浩之派を狙うフリをして13型に命中させた矢だ。
もっとも、効果は皆無だったが。
スタンガンの直撃がこたえているのか、レミィの足取りはおぼつかない。
それもそのはず。レミィはあの時、真後ろ・・・しかも至近距離からの攻撃を受けていたのだ。
痛みが背骨にまで達している以上、身体を支えることなど満足にできるハズがない。
にもかかわらず、レミィは何かを求めてひたすらに歩く。
歩みを止めたレミィは、足元に転がる浩之派の肩を揺すった。
「んん・・・・・・?」
深い眠りから覚めた男子生徒は、視界に飛び込んできた金髪に驚く。
「アタシだよ、2年の宮内。知ってるでしょ?」
「ん・・・ああ・・・」
あいまいに答えて、周囲を・・・校庭を見渡す男子。
「そう・・・か・・・」
やがて納得したように呟く。
「アタシたち、もう戦うのやめようよ。いつか死んじゃうヨ・・・」
レミィにしては珍しく、重要でしかも当を得た意見だった。
「そうだな・・・」
気を抜くと、また意識を失いそうになる男子は、とりあえず彼女に同感であると告げる。
「なら・・・止めにいくか・・・」
「それはダメだヨ」
弱々しくレミィが否定した。
「アタシたちが関わっちゃダメ。アタシたちは何もしないの」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「分かった・・・。その方がいいな・・・」
それだけ言って、男子は気を失った。
レミィはかろうじて意識の喪失は免れたものの、その思考は徐々に鈍っている。
世界が途切れる直前、彼女は思った。
ヒロユキとマサシ・・・。
どっちが勝つのだろう・・・と。

 

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