第25話 2人の裏切り
(葵と琴音。2人はこの戦いからの離脱を決意した)
私は、ずっとずっと夕日を見続けていた。
早く沈んで欲しいような、いつまでもそこにいて欲しいような、そんな気持ちだった。
今、自分が生きているのが奇跡のように思えてならない。
身体の自由を奪われて右も左も佐藤先輩の力が及んでいると思った時、私は死を覚悟した。
だけど・・・私は生きてる。
死なずに済んだのは・・・私が2度助けられたからだ。
佐藤先輩の味方だと思っていた姫川さんは、私を助けてくれた。
姫川さんの能力も及ばなくなると、今度は藤田先輩や好恵さんたちが助けてくれた。
だから私は今、こうやって夕日を見てるんだ。
でも・・・・・・。
私はどちらかを裏切る選択をしなきゃならない・・・。
・・・・・・。
藤田先輩は、私の理解者だ。
クラブにはいつも出てきてくれたし、いろいろと私をサポートしてくれた。
好恵さんも最初は反対していたけど、今は私がエクストリームを続けることを応援してくれてる。
私にとっては、居心地のいい場所のハズだったのに・・・。
助けてもらったのだから、それだけのことを返したい。
でも、本当にそれでいいの?
私が先輩にしてあげられること・・・それは・・・。
佐藤先輩と対立することだけ。
だけど、本当にそれでいいの・・・?
難しいことだけど、簡単なことだった。
助けてもらっておきながら・・・そういう気持ちはたしかにある。
でもこれは恩返しの意味で・・・。
決して裏切るつもりなんてないけど・・・。だけど・・・・・・。
私はここを去る事に決めた。
『私と一緒に逃げましょう』
頭に姫川さんの言葉が直接伝わってきた。
私を呼んでる・・・。
姫川さんが私を呼んでる・・・。
私はオカルト研究部の部室に立ち寄った。
来栖川先輩は、私が戻ってきた時からずっと何か考え込んでいた。
「あの・・・先輩・・・」
私が声をかけると、来栖川先輩はようやく顔を上げた。
「・・・・・・」
私が余計なことをしたせいで松原さんにご迷惑をおかけしました
目の前の机に、淡い光で文字が書かれた。
先輩の言葉なんだと、すぐに分かる。
「いえ、先輩は何も悪くありません。私が油断してしまったからなんです・・・」
「・・・・・・」
どうもこういう雰囲気は落ち着かない・・・。
「それより、大事なお話があるんです」
こくん。
先輩が小さく頷くのを確認してから、私はゆっくりと話し始めた。
・・・・・・。
分かりました 私からそのように伝えます
一瞬、断わられるかと思ったけど、先輩はすんなり引き受けてくれた。
「ありがとうございます!}
感謝の気持ちが全部伝わるかどうかは分からなかったけど。
でも、こう言うしかなかった。
部屋を出ようとした私に、先輩は少しだけ笑ってくれた。
私の声・・・松原さんに届いただろうか。
こんなことなら、もっと早くから能力の訓練をしておくんだった。
ALTERだか何だか知らないけど、こんなところにはいたくなかった。
逃げよう。
私は決意した。
逃げたところで・・・この戦いが終わるとも思えなかったけど。
少なくとも、誰かが傷つくのだけは見たくなかった。
宮内さんがあの時、とった行動。
その時の宮内さんの気持ちは私には痛いほど分かった。
だって、私と同じだったから・・・。
私はそれを行動に移せなかっただけ。
だけど、今は違う。
たとえ、私の声が松原さんに届いていなくても。
たとえ、松原さんが私を信じてくれなくても。
私は・・・・・・。
「姫川様・・・?」
私を呼ぶ声に、心臓が飛び出しそうになった。
振り向くと、そこにはセリオさんがいた。
「どちらへかお出かけですか?」
「え? ええ、そうです・・・」
「外出なさらないほうがよろしいかと・・・」
セリオさんは別に私を怪しんでいるわけじゃないみたい。
「すぐに戻りますから・・・」
そう言って踵を返そうとして、思いついた。
「セリオさん! ちょっと待ってください!」
「・・・?」
「あの、書く物をなにか持ってませんか?」
「・・・ペンと紙なら携帯しておりますが・・・」
「それでいいんですっ! ちょっと貸して下さい」
差し出されたペンと紙を奪い取るように手にすると、文章を書きなぐった。
少しくらい字が汚くなるのは仕方がない。
最後に名前を書いて、その紙を四つ折りにしてセリオさんに渡す。
「来栖川綾香さんがここに来たら、誰にも見られないようにその紙を渡してくれませんか?」
「かしこまりました。渡しておきます」
「お願いします。それと・・・」
「はい」
「私が出かけること、佐藤さんには黙っていて欲しいんです・・・」
「分かりました。佐藤様には伏せておきますのでご安心下さい」
「ありがとうございますっ! それじゃ・・・すぐ戻ってきます」
「くれぐれもお気をつけて」
その言葉が、ひどく今の状況にピッタリな感じがした。
廊下にはセリオさん以外には誰もいなかった。
さっき高城さんに連れて行かれた佐藤さんが気になるけど・・・。
ここでモタモタしていたら、チャンスを失ってしまう。
誰の監視もない、今しかない・・・!
私は通路を来た時とは逆にたどった。
”寺女から5キロの距離”
高城さんはそう言っていた。
5キロなんて言われても、私にはイマイチ感覚がつかめない。
だけど、そう遠くないはず。
河原までたどり着ければ・・・。
この施設の入口まで来たけど、中にも外にも誰もいなかった。
おかしい・・・・・・。
誰も警備の人がいないなんて・・・。
・・・・・・!
視線を感じた私は、慌てて振り返った。
・・・誰も・・・いない・・・?
だけど・・・今のは何?
じーっと私を観察してたような、そんな視線。
その正体はすぐに分かった。
天井の一部分。
何もないように見えるけど、小さな穴が空いていた。
監視カメラだ。
ってことは・・・今までの私の動きは全部見られていた・・・!?
許可なくこの施設を出ようとしていたことも・・・。
あのカメラに収められた映像は、きっと今誰か見てるか、そうでなくても後で再生するに違いない。
あのカメラには私の姿がハッキリと映っている。
それを再生して、それをもしも佐藤さんが見たりしたら・・・。
私はさっき、高城さんからもらった銃をポケットにしまいこんだ。
それは・・・もし捕まった時、私が武器を持っていないと相手に油断させるためだ。
でももしかしたら、そんな私の行動もすでに見抜かれているかも知れない・・・。
最悪のケースを考えると、私の体は自然に外に向かって走っていた。
僕の目の前に、新しいタイプのロボットが飛び込んできた。
バクトイド・・・何だったっけ?
そのアメリカの会社が作ったというロボット。
とは思えないほど、精巧で小柄だった。
欧米のは、何となく筋肉質な感じのをイメージしてたんだけど。
何ていうか・・・なまめかしかった。
「 This is the newest robot which our company developed.」
「これがわが社が開発した、最新型のロボットです」
セリオが通訳してくれる。
高城さんは・・・いなくなっていた。
ハイマンさんに連れてこられたロボットは、どこかセリオに通じるものを感じた。
身長はセリオよりも少し低いくらいで、耳には彼女と同じような部品をつけている。
髪は短く――動きやすく――という理由かららしいけど。
さすがにアメリカ製らしく、髪は金色だった。
服装は・・・セリオが寺女の制服のままだったので、そのギャップは大きかった。
これもまた動きやすさを追求した結果らしい。
真っ黒なツヤのある、レザースーツを着ていた。
上下だからレザーウェアか。
肌にピッタリと張り付くような服装に、目のやり場に困ってしまう。
「 All the whole body is made from a special metal called
Brandium.」
「全身、全ての部分にブランジウムと呼ばれる特殊な金属が使われています」
ブランジウム・・・?
「 Please forget impoliteness and the present language.」
「・・・”今の言葉は忘れてください”と・・・」
何だろう・・・。
セリオが一瞬、ためらったように見えたけど・・・。
ハイマンさんがロボットに小声で話しかける。
するとロボットがこちらに向き直って、深々と頭を下げた。
「初めまして。テスト運用として本日より佐藤様の管轄となります。ステイア・リュートと申します」
「ステイア・・・」
日本語だった・・・。
そっか、セリオだって何ヶ国語も喋るんだから、別におかしなことはないか。
「佐藤様、どうぞご命令を」
ロボット・・・ステイアが僕の指示を待っている。
「 This child often works. I need to guarantee.」
「この子はよく働く。私が保証しましょう」
ハイマンさんの言う事が言い過ぎではないと確信できるのはなぜだろうか。
「 Although you had said that you disposed of a betrayer, she
cannot kill .」
「裏切り者を始末するとおっしゃいましたが、彼女に人間は殺せません」
「それでも十分です。ところでブランジウムというのはどういうものなのですか?」
「 What thing is a metal called Brandium ?」
セリオが、今度は僕の言葉を訳してくれる。
ハイマンさんはすぐには答えず、しどろもどろになってようやく教えてくれた。
「 This metal can change character with its intention.」
「この金属は自らの意思で性質を自由に変えることができます」
「たとえば、どんな風にですか?」
「 For example, how is it ?」
「 It will become clear at the time of a test.」
「それはテストで明らかになるでしょう、と。さっそくテストなさいますか?」
後半は・・・ハイマンさんの言葉じゃないな。
彼の言葉は疑問文っぽい語尾じゃなかったし。
となると、今のはセリオ自身の言葉ってことだよね。
ハイマンさんは、曖昧なことを言うだけで詳しいことは教えてくれないし。
もしかしたら、セリオも知りたがっているのかもしれない。
「そうだね、僕も気になるし。早速テストしよう」
そう宣言して、ステイアの注意を僕に向ける。
「命令だよ。裏切り者を始末して」
「了解しました。その人物の名は――?」
「・・・・・・だよ。すぐに済むと思うけどね。もしかしたらだけど、浩之派の奴と一緒にいるかもしれない。その時は
そいつとあわせて始末するんだ」
「了解しました。ただちに行動に移ります」
ステイアはそう言うと、しなやかな足取りで部屋を出て行った。
口数が少なそうだけど・・・セリオより人間に近い感じがした。
雅史が自室で結果を待っていた頃。
高城とハイマン・レーダーバーグは通信室にいた。
その顔は悪巧みが成功した子供のような表情で。
高城がワイングラスをくるくると回しながら笑った。
「 I did not think that it went this well. (こんなに上手くいくとは思ってませんでしたよ)」
グラスにはすでに一滴のワインも残っていなかった。
そこへハイマンが注いだ。
「 The Dirac industry was able to be attached to the ally as
planned.
(予定どおり、デイラック・インダストリーを味方につけることができました)」
「 It is wonderful. (結構なことです)」
高城も満足げに注がれたワインを飲み干した。
「 By the way, please let me know in detail to a slight degree
about the character of Brandium.
(ところで、ブランジウムの性質についてもう少し詳しく教えて頂けませんか?)」
今度は高城がハイマンのグラスにワインを注いだ。
「 Brandium is the satellite of Mars, and a rare metal
discovered by Phobos.
(ブランジウムとは、火星の衛星フォボスで発見された極めて稀少な金属のことです)」
ハイマンが少々酔った口調で説明し始めた。
「 The greatest feature is the ability to go a solid and a
liquid back and forth freely.
(最大の特徴は、固体と液体を自由に行き来できる点です)」
「 Are a solid and a liquid gone back and forth freely ? (固体と液体ですか?)」
高城が興味を惹かれたように身を乗り出した。
ハイマンはそんな彼の行動に、思わず身を引いてしまう。
「 That's right. This is being able to do only in Brandium. (そうです。これはブランジウム特有の性質です)」
「 What does it specifically become ? (具体的には?)」
「 Most shocks can be parried by making it change from a solid
to a liquid.
(固体から液体に変化させることで、衝撃のほぼ全てを受け流すことができます)」
「・・・・・・?」
「 When a bullet is driven in, damage can be escaped by using
the body as a liquid.
(たとえば弾丸を打ち込まれたとしても、身体を液体にすることで損傷を免れることができるのです)
「 It is not believed. (信じられませんね)」
荒唐無稽なハイマンの解説に、高城の酔いが少し冷めた。
「 However, she is still an experimental model. We are
developing a still more powerful robot in cooperation with the
Dirac industry now. (しかし、彼女はまだ試作機の段階です。私たちは今、デイラック・インダストリーと共に
さらに強力なロボットを開発中です)」
そう言って無邪気に笑うと、ハイマンは雅史を通じて行なわれるステイアの能力テストの結果をひたすら待った。
そして彼の言う、デイラック・インダストリーからの研究の報告も、彼女の実験結果以上に楽しみだった。