第27話 追撃者

(雅史派の新戦力、ステイアがついに動き出す。一方、浩之は真相を探るため第7研究所を訪れた)

 窓から差し込む陽光に、先に目を覚ましたのは葵だった。
廃棄された研究所の窓ガラスはところどころ欠けていて、そこから心地よい風が吹き込んでくる。
普通、誰も使っていない建物はそれだけでチリやホコリがうっ積するものだが、ここはどういうわけだか、まるで
昨日まで誰かいたみたいに綺麗だった。
水も出るし電気もガスも通っている。
おかげで2人は、夕食や就寝に困ることはなかった。
施設の奥まった所員たちの部屋。
そこで2人は一夜を過ごした。
”見つかったら逃げられない”、という琴音の反対意見に葵は、
”見つからないように奥に隠れればいい”と返した。
葵の意見が正しかったのかどうかは分からないが、少なくとも1日経った今でも生きているということは、自分達の
裏切りが気付かれていないか、気付いていても発見ができなかったということである。
「姫川さん・・・起きてください」
葵がやんわりと声をかける。
普通なら、これぐらいの時間なら日課のジョギングを終えている頃だが・・・。
「うぅん・・・」
琴音が眠い目をこすりながら身体を起こした。
足のあたりに異物感を感じて、それをまさぐる。
手に当たったそれを取り上げると、昨日高城から受け取ったスタンガンだった。
「な・・・何ですか、それ?」
琴音のもっている物に、葵が驚き後ずさる。
その様子に琴音が慌てて弁解する。
「あ、あの、これは・・・。研究所の人が護身用にくれたもので・・・」
琴音の言葉にウソがないと分かった葵は、ヘンな作り笑いを浮かべた。
「私、朝ご飯作りますねっ」
琴音がそう言って、ベッドから起き上がった。
昨夜、夕食を作ったのも琴音だった。
ここに来る途中、近くの小さな店で適当な食材を買っておいたのだ。
ガスが使えるとは思ってなかったので、そのまま食べられるもの――缶詰やレトルトのものしか買わなかったが。
それでも琴音は機能しているキッチンで、器用に食材を調理した。
”お料理するのが趣味ですから”
その言葉と実際手際よく料理していく様子に、葵は琴音を心から尊敬した。
自分とは違うとても女の子らしい琴音に、葵はちょっとだけ嫉妬した。
「私も手伝います」
見習う、という意味も込めて葵は琴音の手伝いをすることにした。

 第7の外壁が、俺すら拒んでいるように見えた。
中に入るまでにかなり時間がかかったが、突然の客が俺――藤田浩之だと分かると、施設の人たちはようやく
俺を迎え入れてくれた。
外もそうだったが、内側も白い壁がずっと続いているだけで、退屈・・・というか妙な圧迫感さえある。
耐え切れず、俺は横を歩いていたマルチに声をかけた。
「マルチって、こんなところに住んでたのか?」
前を行く案内役に聞こえないように小声で。
「はい、そうですよ」
俺が小さな声で訊いたので、マルチもそれに合わせて小声で答えてくれた。
マルチは懐かしい我が家に帰ってきたので、さぞ喜ぶことだろうと思っていたが、実際はそうでもなかった。
昨日、自分と同じ格好の12型を見てショックだったんだろう。
そりゃそうだよな。
最初は自分に妹ができたって喜んでたもんな。
それが実は軍隊で、中身はセリオみたいに無口とくれば、誰だってガッカリするだろう。
「こちらです。どうぞ」
平井と名乗った案内役が真っ黒な扉の前で止まった。
周囲の壁や床が白一面だったため、この黒の扉には違和感を覚えた。
平井さんが壁のパネルを操作すると、ガシャンという大きな音と共に扉がゆっくりと開いた。
扉の向こうを見て、俺は肩を落とした。
学校の会議室とほとんど変わらない光景が広がっていたからだ。
長テーブルとイス。
会議室としか言いようがない。
「お待ちしておりました、藤田様」
テーブルを挟んで向かい側にいる男が恭しく頭を下げた。
俺もそれにならう。
「来栖川重工第7研究所所長、芹沢明です」
名刺でもくれるのかと思ったが、それはなかった。
「本来なら私どもの方から伺うべきなのですが・・・。多忙ゆえご無礼をお許しください」
「い、いや、忙しいなら仕方ないよな・・・」
なんて丁寧な人なんだ。
当然俺より年上なんだから、そこまで敬語を使わなくてもいいのに。
「藤田様が来られた理由は分かっております。彼女らのホスト――伊吹実加のことでしょう?」
全てを見透かしているような目だった。
俺は頷く。
「先日は・・・代理で松原様がいらっしゃったため、真実は伏せてあったのですが・・・」
平井さんが俺の後ろでささやくように言った。
真実・・・・・・?
どういうことだ・・・?
「お話します。ホストである伊吹実加が今、どこにいるのか。そして彼女をホストに選び、私たちに12型の軍隊を
発注したのは誰なのかを」
ごくり、とノドが鳴った。
ふと視線を横にやると、マルチと目が合った。
心なしか彼女も・・・緊張しているように見えた。
いや、実際緊張してるんだろうな。
「まず、私たちは12型の軍隊を発注したと思われる、石動剛が殺された事を知っています」
「はあ・・・」
「そして軍隊を受注したのが、石動剛が死んだ後であることも知っています」
「ちょっと待って下さい。それは矛盾してませんか? 石動が死んだ後に注文を請けたって・・・」
俺は普段使わない丁寧語で訊ねる。
その前になんで石動が死んだって知ってんだ?
「東鳩高校は来栖川が出資している学校ですから、そのような情報はすぐに届くのです」
俺の心の疑問に平井さんが答えてくれた。
芹沢さんがこほんとひとつ咳払いすると、声のトーンを落として、
「もちろん。私たちは発注を受けた時点で、依頼主が石動剛でないことは分かっていました。というのも、その時、
電話で話したのですが、相手は女性だったのです」
「女性・・・ってことは女の人ですか?」
当たり前だ。バカな質問をしてしまった。
「はい。翌日にホストが・・・伊吹実加がここに来ました。ある女性に12型のホストになるように言われた、と」
「伊吹はその女性と会ったんですか?」
「いえ、彼女もやはり電話で、だったようです」
不思議な話だった。
考えがまとまらないままいると、マルチが芹沢さんに尋ねた。
「伊吹さんも皆さんも、どうして電話だけの人からの話を信じられたんですか?」
たしかにそうだ。
顔も見てない相手の言う事なんて、実際は信用できない。
たまに新聞を広げてみると、ネットで知り合った者同士の事件がよく目につく。
マルチはそういうことを言っているのだろう。
「まさか・・・。私たちだって、そんなイタズラみたいな話、信用せんよ。ところがです。伊吹実加がやって来た翌日、
来栖川の取引銀行の当座預金に石動剛からの入金があったのです。それも依頼主負担分のちょうど
半分の金額でしたよ」
前半はマルチへの回答、後半は俺への報告だった。
「私たちは依頼主から頂いた費用の半分を、ホストに報酬という形で渡すことにしています」
「でもそれじゃ、あなたらの儲けにならないじゃないですか」
「そうです。コストの半分だけが入金されていても、それは全額ホストに渡ってしまいます。私たちはホストに報酬を
手渡す事を前提に生産を始めますので、これでは採算がとれない――ハズでした・・・」
「ってことは実際は違うってことっすか?」
しまった・・・!
つい話口調に戻ってしまった。
「彼女は・・・高額のホスト料は受け取らないと言ってきたのです。それどころか、自分が受け取るはずの全額を
生産の費用に充ててほしいと言ってきたのです。ということは、依頼主が半分のみを入金しても、金額的には
何の問題もなくなることになります」
「じゃあ、その依頼した人ってのは、初めから半分だけの入金だったから・・・」
「おっしゃる通りです。依頼主と伊吹実加はおそらく一度は接触しています。そして伊吹実加にホスト料の授権を
拒否するように言ったのでしょう」
「そんなことは・・・」
ありえないと言いかけたところに、芹沢さんがさえぎるように言った。
「伊吹実加に依頼主の出す条件を断わる余地がなければ、それもありえるでしょう。もしそうだったとしたら・・・。
何億ものホスト料を捨ててでも依頼主に屈するだけの理由とは一体何なのでしょうか・・・?」
最後は俺に対する質問だった。
もちろん、答えなど出るハズがない。
「ところで、伊吹は今どこに?」
最初の口ぶりから、この2人が伊吹の居場所を知っているような様子だった。
「ええ、彼女は今・・・」

 材料が乏しかったため貧相な料理ではあったが、2人は残さずに食べた。
「ごちそうさまでした」
葵が礼儀正しく礼を言う。
「すみません。まともな材料がなかったものですから・・・」
「いえ、美味しかったです」
命を狙われているかもしれないのに、当の本人たちは実にマイペースだった。
本来なら食事を摂る間も惜しんで逃亡しなければならないのに。
「あの・・・これからどうするんですか?」
葵が琴音に訊いた。
隠れ場所を知っていたのも琴音だったから、葵にとっては次の行動を起こすにはまず琴音の意見を優先した方が
いいと判断したのだ。
「川沿いにずっと下りたところにも、ここと同じような施設があったハズです。そこも多分、今は使われていないと
思いますが・・・。こことどっちが安全かを確かめるために、一度見ておいた方がいいと思うんです」
さすがだ。
琴音は先のことまで考えて行動できる。
葵は、初めこそひ弱で頼りなさそうだと思っていたが、今は何よりも頼れる仲間として彼女を見ていた。
「そうですね。誰か来ないうちに行きましょう」
もちろん、そんな葵がその提案を断わるハズもない。
すっかり警戒心を解いてしまった2人は、悠々と施設を出た。
正面から見ると、相当傷んでいることが分かる。
長い間、手入れされていなかった外壁はシミだらけだし、ところどころにヒビが入っている。
研究所の敷地内を歩いていた2人の前に、突然女性が現れた。
「見つけた・・・」
「・・・・・・!!」
2人の足がピタリと止まる。
目の前に立っている女性の耳元には・・・マルチやセリオのそれに似たパーツが取り付けられてあった。
「姫川琴音を確認・・・。浩之派・松原葵を確認・・・。合わせて始末する・・・」
レザーウェアの女性・・・バクトイド社の最新鋭機ステイアが構えをとった。
「見つかってしまいましたね・・・」
「ええ・・・」
「でも、ここで諦めるわけにはいきません」
「松原さんの言うとおりです」
ステイアが右足を踏み出した。
「姫川さん、下がっててくださいっ!」
言うと同時に、葵がステイアに飛び込んでいった。
走る勢いと腰の回転を使った、彼女の得意技のひとつ。
相手が13型のようにスタンガンを装備していたら・・・葵はそんな不安を拭うように素早く相手の懐に飛び込む。
幸いにして、ステイアの反応速度は13型よりもはるかに遅かった。
「はあっ!!」
目にも止まらぬスピードで、葵がステイアに渾身の力を込めた右ストレートを放つ。
ステイアの体は後方に大きく吹き飛ばされ・・・なかった。
葵の拳はステイアに衝撃というダメージを与える事ができなかった。
なぜならステイアの、拳が当たっている部分がグニャリと変形し、その衝撃を全て受け流してしまったからだ。
「え・・・あ・・・?」
傍目には葵の右手がステイアの腹部に飲み込まれているように見える。
手ごたえのない自分の攻撃に、葵は困惑した。
そんな驚愕の表情を浮かべる葵をよそに、ステイアが右腕を大きく振りあげ、葵を吹き飛ばした。
「きゃうっ!」
葵の体が数メートル後ろまで飛ばされる。
琴音がすばやく駆け寄るが、それより先に葵は体を起こしていた。
「だ・・・大丈夫です・・・」
琴音に支えられながら、ゆらりと立ち上がる葵。
その間もステイアは、ジリジリと2人につめ寄っていく。
後退しながら、琴音がスタンガンを構えた。
銃など生まれてから一度も持ったことのない琴音は、絶対にハズさないように銃口を肩の高さに水平に・・・
ちょうどステイアの胸元に当たる角度にあわせた。
凶器を向けられているというのに、ステイアは全く動じることなく近づいてくる。
琴音が震える指先を制止して、トリガーを引いた。
バァンという音と赤い閃光が同時に起こり、銃口からオレンジ色の光弾が放たれた。
「・・・・・・!?」
ステイアは上半身をわずかに反らせただけだった。
その反応から2人はスタンガンが確かに命中したことを確認した。
だが・・・・・・。
命中したと思われる場所・・・ステイアの胸元が銀色の弾痕を残していた。
わずかな窪みのあるその弾痕が、葵の時と同様にグニャリとねじ曲がり、元あるべき形に戻る。
「そんな・・・」
目の前で起こっていることが信じられない琴音は、スタンガンを連射する。
狙いが狂ったために数発はハズれたが、それでも7発近い光弾がステイアに命中した。
体に7つの弾痕を残したステイアは、光弾が直撃する度にのけぞるが、2、3歩後ずさるだけで倒れることはない。
琴音の攻撃の手が止むと、銀色の傷口がドロドロと溶け出すようにうごめき、みるみる弾痕がふさがっていく。
「この程度なの・・・? 佐藤様に命令されてここまで来たけれど・・・失望したわ」
自分の体をいぶかしげに眺めたあと、ステイアが視線を2人に向けて言った。
「私たちロボットは、人間を殺せないようにできてるけど・・・傷つけることはできるのよ・・・」
冷やかにそう言うと、ステイアが右手をゆっくりと上げた。
すると手首から先が銀色に光る液体に変化し、それが徐々に鋭利に伸びていく。
変型を終えた彼女の右腕は、凶器のブレードと化していた。
「危ないッ!」
ステイアがブレードを突き出して特攻をしかける。
反射的に葵が琴音の体を突き飛ばした。
しかし、2人が倒れ込む寸前に葵はバランスをとり、琴音の袖口を持ち上げる。
よろけはしたが、琴音は無防備な状態になることを避けることができた。
「ぐぐ・・・・・・!」
見ると、ステイアのブレードは施設の外壁に深々と突き刺さっていた。
だが様子がおかしい。
抜けないようだ。
驚異的な運動エネルギーを加算した突撃で、かなり深いところまで刺さっているらしい。
ガチャガチャと右腕を引き抜こうとするが、それはロボットの力でも無理らしい。
「今のうちです! 松原さん、早く!」
言われる前に葵は走り出していた。
その後ろで・・・。
ブレードを再び液体化すればいいと気付いたステイアが、しなやかに変化した右腕を外壁から滑るようにすっと
抜き取った。
自分の体の仕組みが不思議なのか、彼女は意思で変化する右腕を見つめていた。
「ふう・・・ちょっと焦ったわ。どうしようかと思っちゃった」
そして、にやりと笑った。
少女のような無邪気な表情を見せるステイアだが、今、彼女がやろうとしていることは明らかに攻撃だ。
「逃がさないわよッ!」
右腕をブレードに戻したステイアが、逃げる2人を追いかける。
たっぷり20メートルはあった距離が、みるみる縮まっていく。
葵が振り向いた時、すでにその距離をゼロにしたステイアが葵の首をつかんだ。
ブレードでは手元が狂って殺しかねないと判断したらしい。
彼女の右腕が、葵の完全に奪っていた。
「うぅ・・・・・・」
避ける間も防ぐ間もなく、首を締められた葵の意識が遠のいていく。
バァン、バァンという立て続けの発射音。
琴音が至近距離からスタンガンを放った。
狙いはステイアの右肩。
同じ場所を何度も撃たれたステイアの右肩が、葵の体重を支えきれなくなって液体化する。
気を失った葵が、ドサリとその場に崩れ落ちた。
だが、琴音にはそんな葵を気遣い、駆け寄るヒマはなかった。
目の前には液体を再び固体に戻したステイアが立っているのだから。
「あなたから始末すべきだったわね。ま・・・私には通用しないけどさ」
言いながら、ステイアが琴音を凝視しながらつめ寄る。
「・・・・・・」
琴音は1歩、また1歩と後ずさったが、途中で後退をやめた。
ステイアが葵のすぐ側にまで迫っていたからだ。
足元に倒れていた葵にステイアが視線を移す。
その一瞬の隙に、琴音が両腕を前に突き出した。
途端に周囲の空気が異質のものへと変わる。
琴音の髪が重力を無視して浮き上がるのと、ステイアが何かに弾き飛ばされたのはほぼ同時だった。
寺女での処刑の時に彼女が見せた、あの能力による障壁を初めて攻撃に使った瞬間だった。
はるか後方の施設の外壁にその体を強打したステイアは、倒れたまま動かなくなった。
あまりにも突発的な衝撃に液体化が間に合わなかったのだろうか。
とにかく当面の危機を避けたことを察知した琴音は、すぐに葵に駆け寄った。
「松原さんっ! 松原さんっ!!」
体を揺すっても目を覚まさなかったが、どうやら気を失っているだけらしいと分かる。
今は動かなくなっているが、いつまた動き出すとも限らない。
微動だにしないステイアから目を離さないようにしながら、琴音は葵を抱き上げると、当初の予定どおり
川沿いのもうひとつの研究所へと急いだ。

 

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