第28話 迷走

(浩之は伊吹の口から直接、ロボット軍隊の経緯について問いただそうとした)

 頭が痛い・・・。
疲れてるとはいえ、少し寝すぎたみたいだ。
さっきセリオに淹れてもらった紅茶を飲みながら、僕は昨日の失態を責めていた。
いつでも松原さんを始末できると思っていたのが間違いだった。
宮内さんを味方だと思っていたのが間違いだった。
圧倒的にこちらが有利だったのに、注意を欠いてあいつらの援軍を招きいれたのが間違いだった。
いろいろ思い当たる点はある。
昨日、高城さんに戦力を補充してもらった。
1000体の13型。右腕にはあのスタンガンを標準装備していて。
でもそれでは不十分なんだ。
あのスタンガンと同等かそれ以上の威力のある銃を、マルチにそっくりのあのロボットたちが携帯していた。
こっちにはもっと強力な武器なりロボットなりが必要なんだ。
「藤さま・・・佐藤様・・・」
「え? あ、何?」
いつから呼ばれていたのだろうか、セリオが僕の名前を連呼していた。
「綾香様との連絡が取れました。ここまでのいきさつを説明してもよろし――」
「ダメだ! 僕が直接言う」
来栖川さんと連絡が取れたというセリオ。
恐る恐る訊いてみる。
「ってことは・・・まだ連絡はしてないよね?」
「はい」
ふう・・・危なかった。
もしセリオがすでに来栖川さんに寺女での話をしていて、それが漏れなく伝わっていたとしたら・・・。
僕は強行手段に出なければならないところだった。
「じゃあ僕から伝えるよ。あ、セリオは何も言わなくてもいいから」
「・・・? かしこまりました」
セリオが一瞬、僕を怪しんだように見えたけど、あまり気にしないでおこう。

「彼女は今、ここにおりますよ」
芹沢の口からは思いもよらぬ言葉が飛び出した。
「ここにって、ここにですか?」
「はい。ぜひお会い頂きたいのです。彼女もそれを待っております」
「向こうも・・・?」
「ええ。伊吹実加が真実を話すか・・・・・・話すとしてもどこまでを真実として明かすかは分かりませんが・・・」
「結果としてあなたを巻き込んだことになるのです。彼女もその点には負い目を感じていると思います」
平井が芹沢の後に言葉をつけ足した。
「それと・・・藤田様。申し上げにくい事なのですが・・・」
「何でしょうか?」
「実はマルチを元に新たな戦闘用ロボットを開発したのです。アメリカのデイラック・インダストリーという企業との
協力で実現したロボットです。よろしければご覧いただき、お引取りいただきたいのですが・・・」
「ええ? 俺がですか!? でもどうして・・・?」
「今回の一件には依頼主を確かめなかった私どもにも責任があります。そしてその結果、藤田様にも多大なる
ご迷惑をおかけしました。藤田様は今、誰かと交戦中だと伺いました。それに役立てればと・・・」
「・・・ありがとうございます」
浩之はこれまでにしたことのない、最敬礼で芹沢に感謝の意を表した。
 真っ白な壁の前で、平井がカメラの前に立った。
「平井です。伊吹様、藤田様をお連れいたしました」
言い終わらないうちに、ドアが開く。
ドアと壁の繋ぎ目が全く見えなかったので、浩之やマルチには壁がスライドしたように見えた。
「中へ」
平井の導きで、室内へと足を踏み込む。
「おじゃまします」
マルチはどこででも礼儀正しかった。
窓がなく、室内にはベッドとイスだけ。
娯楽と呼べそうなものは何もなかった。
そんな部屋の奥に、彼女はいた。
「あなたが藤田さん・・・」
浩之の顔を見た途端、伊吹の目は潤んだ。
「俺は藤田浩之。こっちはマルチだ」
「私は・・・もうご存知ですね」
「ああ。伊吹実加さんだろ?」
「はい」
平井がどこから持ってきたのか、人数分の紅茶を用意してくれた。
浩之たちは粗末なイスに座り話を続ける。
「伊吹さんに聞きたいことは沢山あるけど、一番訊きたいのは、あんたに頼んだのは誰かってことなんだ」
浩之は前置きを嫌い、1手目から話の核を突き始めた。
「・・・そのことなのですが・・・。それを言う事はできません・・・。どうか別の質問にしてください・・・・・・」
伊吹は今にも泣きそうな声で言った。
もちろん浩之のこと、女の子のそういう姿には弱かった。
「わ、分かった分かった。じゃあ質問を変えるよ、なんでホスト料を断わったんだ? 何億も入ってくるんだろ?
俺なら絶対に断わらねえけどな」
「依頼した人が私にそう指示したんです・・・。本当です・・・! 私は・・・それを断わることができなかったんです」
「できなかった・・・?」
「ええ。理由は・・・すみませんが・・・」
伏せておきたい、ということだろう。
浩之の方もそれ以上、追及する気にはなれなかった。
「それじゃあ、もうひとつ訊いてもいいか? 昨日、俺の代わりに葵ちゃ・・・松原さんが来たと思うけど、その後で
君は寺女に行ったんだってな。それはどうしてなんだ?」
・・・・・・。
・・・・・・。
長い沈黙の後、伊吹がポツリと言った。
「助けを求めに行ったのかも知れません・・・」
「は・・・? かも知れないって・・・あんた自身の事だぜ?」
「すみません! 今は・・・今は話せないんですっ! ですが・・・やむなくホストを引き受けた・・・ということだけは
ご理解いただきたいのです!」
「何かわけありらしいな・・・」
「・・・・・・」
「分かったよ。今は訊かない。その代わり、話せるようになったら全部教えてくれよ。俺にもあんたにもその義務が
あるはずだ」
「・・・ありがとうございます」
伊吹はそれだけ言うのが精一杯だった。
「平井さん、こういうこった」
あまりにもあっけない会話の終末に、平井はしばし我を忘れかけたが、
「伊吹様にどのようなご事情がおありなのかは想像にも及びませんが、心中お察し申し上げます。では、藤田様。
先ほど話した最新型をご覧いただけますか?」
「ああ、いいぜ。行こうぜ、マルチ」
「はい」

『ええっ?』
通信室を借りて来栖川さんにこれまでの事情を――ある部分だけは伏せてこと細かに伝えた。
直後の相づちは、やはり信じられない、という感情の表れだった。
『浩之が攻めて来たって? よく無事だったわねぇ』
「うん。僕も気が気じゃなかったよ。間違ってるのは向こうなのに、どうして僕がビクビクしなきゃいけないのかな」
『そうよ、佐藤君は正しいわ。自信を持っていいわよ。私が保証する』
「ありがとう」
『それでALTERに落ち着いたってわけね?』
「そうなんだ。ここにしばらく留まるつもりだよ」
『なら、私もすぐにそっちに行くわ』
「場所、分かる?」
『あのねえ。私は来栖川なのよ? 研究所の場所だって大体分かるわよ」
「そ、そうだったね。いらない心配だったかな」
『ま、別にいいけどね』
「お嬢様」
横から急にセリオが割り込んできた。
『あら、セリオ。久しぶりね〜』
「はい。ところで、お聞きしたいことがございます」
僕は気が気じゃなかった。
もしかしてセリオ・・・何か余計なことを喋るんじゃないだろうか。
相手がロボットだけに、ごまかしは通用しない。
どうか何も言いませんように。
そう祈るばかりだった。
「芹香お嬢様はいかがなされました?」
『それなんだけどね・・・』
来栖川さんの声のトーンが落ち込んだのが分かった。
『姉さん、ロンドンに行ってきたらしいのよ。すぐに戻ってきたみたいなんだけどね。うちにも連絡いれてないから、
きっと浩之のところに戻ったんだと思う。これでまた振り出しよ・・・・・・』
「そんなことないよ」
『え?』
「振り出しなんかじゃないよ。現に来栖川先輩が生きてることは分かったんだし、どういう理由かは知らないけど、
海外に行くだけの余裕があったってことだよ。それだけでも十分な収穫じゃないか」
『佐藤君・・・』
僕の励ましに、来栖川さんは素直に喜んでくれた。
・・・何も分かってないね・・・やっぱり。
「とにかく、来栖川さんも急いでこっちに来てよ。いつ浩之の奴らが現れるか分からないから」
『私なら大丈夫よ。なんたって私はエクストリームの覇者なんだから』
屈託のない笑みを返す来栖川さん。
だけど僕は、彼女が元気になって良かった、なんて思う事はなく。
セリオがあの件について僕が咎めたとおり、何も言わなかったことに心底ホッとしていた。

「松原さん、しっかりして下さいっ!」
逃げる途中、息が苦しくなって琴音は葵の体を陽の当たらないところに降ろした。
どれくらいの距離を走っただろうか。
ステイアが追いかけてくることはなかったが、いつまた襲ってくるとも限らない。
そんな不安が琴音を、今の今まで走らせていた。
だが・・・・・・。
琴音は何度も何度も葵に呼びかけ、体を揺すってみたが目を覚ます気配はなかった。
苦しそう、という表情ではなかった。
むしろ安らかな、と表現したほうが適切だった。
「松原さん・・・・・・」
琴音は自分を責めた。
自分がもっとしっかりしていれば、葵をこんな目に遭わせずにすんだのに・・・。
そして。
目を閉じたままの葵に・・・。
琴音は葵の唇に、自分の唇を重ねた。
なぜ、そうしたのかは分からない。
王子様のキスで・・・なんてバカげた理由からではないのはたしかだが。
そうすることで葵が気がつくとでも思ったのだろうか。
琴音は口づけをやめると、葵の顔を恍惚の表情で見下ろした。
しかしすぐに我に返ると、これからどうすべきか考えた。
さっきのロボットは追いかけて来ない。
「コトネ!? コトネなの?」
ふと、そんな声が聞こえ琴音が振り向いた。
そこには、レミィがいた。
その隣りには彼女と同じく金髪の体格のいい男性が立っていた。
そしてそのすぐ側には、赤いオープンカーが止められていた。
「み、宮内さんっ!?」
「やっぱりコトネだったのネ!」
「宮内さん・・・よくご無事で・・・」
琴音はあの惨劇を目の前で見ていた。
雅史に向けられたレミィの弓矢。
それが放たれることはなく、逆に背後から忍び寄っていた13型にスタンガンを放たれたレミィ。
琴音はレミィが実は雅史に反対していたことが嬉しかった。
「アオイ、どうしたの?」
「ええ・・・。さっき、見たこともないロボットに襲われて・・・。松原さん、気を失っているだけだと思うんですが・・・」
「そうなの・・・。でも、あそこから逃げられたんだネ」
「はい・・・。私も佐藤さんから逃げることにしたんです。でもさっき襲ってきたロボット・・・佐藤さんが私たちを
捕まえるために使ったみたいなんです」
「トリアエズ、車ニ乗リナサイ」
頭の上から声をかけたのは、ジョージ・・・レミィの父親だった。
「ドコカニ行ク途中ダッタノダロウ? 乗セテアゲヨウ」
そう言ってジョージは、葵を担ぎ上げる後部座席に横たわらせた。
どこか急かしているような口調は、早く話を切り上げたがっているようにも感じられる。
「コトネも」
レミィに言われ、琴音は来た道を振り向いて安全を確かめてから車に乗り込んだ。

 

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