第29話 裏切者始末

(レミィたちの登場で一時の安息を得る琴音。しかし、彼女たちの背後には・・・・・・)

「おかげで助かりました」
私は運転している、ジョージさんに頭を下げた。
けど、当の本人は何も答えてくれなかった。
聞こえていない・・・ってことはないよね。
「あの・・・」
「キミタチハ何ヲヤッテイル?」
言いかけた途端、ジョージさんの一言にさえぎられた。
「キミタチハ、何ノタメニ戦ッテイルンダ・・・」
その声は、どこか哀しげで・・・。
「あのネ、コトネ。私たち、ここを離れようと思ってたノ」
「ええっ?」
「だって、ここは危険だからネ。私だって雅史と浩之を裏切ったんだモン。コトネたちみたいに狙われるヨ」
「マッタク、ウチの娘を危険にサラストハ・・・」
ジョージさんは、どうやら私たちを乗せるのも抵抗があったみたいだった。
当然かもしれない。
私たちは被害者だけど・・・ジョージさんから見れば・・・私たちが宮内さんを巻き込んだように見えるんだろう。
一番悪いのは、藤田さんと佐藤さんだけど。
一時的とはいえ私たちはその2人に協力してしまったんだから。
「キミタチヲ目的地ニオロシタラ、私タチはスグニ逃ゲルカラソノツモリデイロ」
言葉は冷たい感じがしたけど、いちおうは連れて行ってくれるみたい。
「すみません」
私はそれだけ言うと、後部座席に横たわっている松原さんに目をやった。
あれから・・・全然目を覚まさない。
私は能力を先に使わなかったことを悔やんだ
今さら遅いけど・・・でもあの時、松原さんを助ける事ができたハズなのに・・・。
私のせいなんだ・・・・・・。
「 Dad ! Look !!」
突然、宮内さんが後ろを指差しながら叫んだ。
ジョージさんは運転してるから、後ろを見るのは危ないと思うけど・・・。
視線を上に・・・宮内さんの指差している方向に向けると、そこにはあの・・・・・・。
「そんな・・・まさか・・・!!」
今、自分が見ているものが信じられなかった。
さっきのロボットが数メートル後ろから追いかけてきたのだ。
「ジョージさん! スピードを上げて下さい!!」
「サッキカラヤッテル!」
なんであんなに早く走れるの!?
「言ったでしょ!? 逃がさないって!」
追いつかれちゃうっ!!
私は持っていたスタンガンを立て続けに連射した。
効き目がないのは分かっているけど、何もしないよりはマシだ。
それにさっき弾が当たった時、ほんのわずかだけど動きを止められていたみたいだし。
車のスピードが上がり、揺れも大きくなってきた。
狙いが甘くなり、ほとんどが命中せずにあのロボットを素通りしていった。
「ヘレンッ! 運転ヲ代ワレ!」
言うと同時にジョージさんが、運転席から後部座席のところに移動してきた。
右手には・・・多分猟銃だと思うけど、ライフルが握られていた。
宮内さんはきっと運転席に向かったんだろうけど、私にはそれを確認する余裕はなかった。
あのロボットが目の前にまで迫っていたから。
だから、宮内さんが運転できるのかどうかなんて、心配している暇はなかった。
「裏切者を始末する・・・それが私の使命! だけど安心して、殺さないからッ!!」
そう叫ぶと、ロボットの両腕がさっきのようにグニャリと曲がり、その先端が鋭い爪のように変形した。
「アイツガ、君ノ言ッテイタロボットダナ?」
私が返事をするより先に、ジョージさんがライフルに弾を込め始めた。
その間も、ロボットは少しずつ近づいてくる。
「ウチノヘレンニ近ヅクナッ!!」
耳をつんざくような轟音と閃光が同時に私を襲った。
追走してきたロボットのわき腹が、銀色の裂け目を残していた。
だけど、ほんのわずかにバランスを崩しただけで、まったく怯む様子はなかった。
「クソッ! モウ1発ダッ!!」
ジョージさんが慣れた手つきで弾を込め、今度はロボットの腹部めがけて発射した。
だけど・・・結果は同じだった・・・。
腹部に巨大な弾痕を残しているにもかかわらず、ロボットが追走をやめる気配どころか、そのスピードすら落ちる
様子はなかった。
「ヘレンッ! モットスピードヲアゲロ!!」
「やってるヨ! でもこれ以上でないヨ!}
横を流れていく景色を見る限り、この車は相当なスピードで走っているハズなのに・・・。
ジョージさんがさらに、3発発射した。
1発は肩に、2発は胸に。
直撃した直後は銀色の傷口を残しているけど、しばらくすると時間が逆戻りしたみたいに傷が消えていく。
ライフルの攻撃でさえ効き目がないのに、私が持っているこんな小さな銃なんて何の効果もない。
冷静に考えれば無駄なことだと分かるのに、それでも私は攻撃の手をやめなかった。
もしやめたら・・・その時は終わりかもしれないから・・・。
ロボットがかぎ爪で車の後部を突き刺した。
それを支点に、もう片方のかぎ爪を今度は座席ギリギリの位置に振り下ろしてきた。
「ジョージさんッ!!」
「ワカッテイルッ!}
ついに乗り上げてきたロボットの右腕めがけて、ジョージさんが発砲した。
「ググッ・・・・・・!」
見ると、ロボットの右腕は完全に車から離れ、地面に引きずっていた。
摩擦で火花が散っている。
左手だけで車にしがみ付いているロボットに、最後の1発だと言ってジョージさんが銃口を向ける。
その時・・・この勝気なロボットが初めて動揺を見せたような気がした。
次の瞬間には、至近距離からの直撃でロボットの体は宙を舞った。
そして地面に落下し、何回転かしてピクリとも動かなくなった。
動かなくなったロボットは、見る間に遠く小さくなっていく。
だけど、イヤな予感がした。
予知とはまた違うけど、だけど私にはハッキリと言える。
あのロボットはまだ生きてるって。

 異質な施設は、さらに異質な部屋をいくつも持っていた。
狭い部屋も広い部屋も、何通りもある内装のハズなのに、共通して感じるのは威圧感。
今、浩之たちがいる部屋もそれに違わなかった。
平井に案内されてやってきたここは、研究棟だという。
窓がひとつもないから、光源は天井に埋め込まれた照明のみだ。
体育倉庫ほどの広さしかないこの研究棟で、浩之は平井を急かした。
「で、新しいロボットっていうのはどこにあるんですか?」
彼は敬語や丁寧語にそろそろ疲れてきたらしい。
時間が経つにつれ横柄――というわけではないにしても、かなりくだけた口調に戻ってくる。
「これです。ここにありますよ」
平井がそっと指示した先には・・・・・・何もなかった。
本当に何もなかったのだ。
あるとすれば”床”くらいのものだが、そんな屁理屈が通用する相手でもない。
「何もないじゃないですか」
冗談はいいからさっさと見せろ、と意思が痛いほど感じられる浩之の焦燥まじりの返事。
だが、それは平井にとっては当然予想されるべく返答で。
「やはり藤田様にもお見えになりませんか・・・。マルチはどうだい? 見えるか?」
浩之より半歩後ろで怯えたような表情のマルチが首を横に振った。
「いいえ・・・何も見えません・・・」
もちろんこれも、平井の予想通りの答えだった。
「では成功ですね。キディ、姿を見せろ」
平井がさっき指し示した・・・何もないところに向かって言った。
すると、そこの空間がねじ曲がったかのように、向こうに見えるカベが歪み始めた。
「な、何だ・・・?」
唖然とする浩之たちの前に、それは姿を現した。
空間の一部が人間の輪郭にそってねじれ、ボンヤリと形を浮き上がらせていく。
その輪郭が一瞬、虹色になったかと思うと次の瞬間には、女性の姿があった。
「こ、こ、これが・・・」
浩之の歯の根があわない。
「あわわわ・・・」
それはマルチも一緒だった。
2人して今起こったできごとが理解できずにいる。
目の前にいる女性は、たしかにロボットだった。
マルチのように耳にはロボットであることを証明するパーツ。
しかしマルチと異なるのは、長髪である点。
瞳が見る角度によって7色に見える点。
そして、空間から突然現れる点。
「ど、どっから出てきたんですかッ?」
まだ目を丸くしている浩之の問いに、飛来は笑いながら答えた。
「彼女はずっとここにいましたよ。ただ、見えなかっただけです」
「見えなかった・・・・・・?」
「ええ。熱光学迷彩という技術を採用しています」
「ねつ・・・何ですか?」
「熱光学迷彩ですよ。科学的な操作で光の屈折率をゼロにするのです。すると、彼女の姿はまるで消えたかの
ように全く見えなくなります」
平井がキディと呼んだロボットの頭を撫でた。
「見えなくなるって・・・それじゃ無敵じゃないですか」
「と言いたいところなのですが、欠点があります。それは現段階の技術では、5秒以上の連続使用ができないと
いうことです。一度迷彩を解除すると、5秒はその機能を使うことができません」
「つまり・・・5秒おきなら使えるってことですね?」
「そういうことです。ただし静止時ならばその制限はなくなりますが」
平井が相づちを打つと、キディが恭しく頭を下げる。
「はじめまして。KAD−01キディです。よろしくお願い致します」
しなやかな動きで挨拶した後、彼女は長い黒髪をかきあげた。
これこそ、人間らしさの極みではないだろうか。
「こんにちは、キディさん」
マルチも、ここはロボットとして対等な立場にあると感じ、彼女に負けないほど丁寧に挨拶する。
「あなたが私のお姉さまのマルチさんですね?」
マルチははじめ、キョトンとしたが、すぐに笑顔を返した。
「実は彼女には、熱光学迷彩以外にも、戦闘を有利に進める機能を搭載しております」
「何ですか?」
キディとマルチはすっかり打ち解けたらしく、浩之たちをよそに盛り上がっている。
「彼女の耳をご覧下さい。これはただの飾りではありません。強力なシールドを発生させることができるのです」
言われて浩之は、マルチと楽しそうに話しているキディを見た。
たしかにマルチやセリオと同じ、あの銀とも白ともつかない色のパーツが取り付けられている。
「半径50メートルの範囲なら、全く威力を落とす事なくシールドを作動させることができます」
「50メートルって言っても、想像できねえ・・・ですよ」
いよいよ浩之の口調が怪しくなってくる。
「東鳩の敷地を覆い尽くすぐらい・・・と表現すればお分かりいただけるかと思います」
「あ、それなら分かります。それで、シールドってバリアみたいなもんですか?」
「バリア・・・? いえ、何かを弾き返すといった類のものではありません」
「と言うと?」
「機能障害を起こすシールドなのです。相手がロボットだった場合、このシールド有効圏に侵入すると、
ほとんどのシステムを無力化することが可能です」
「無力化?」
「はい。たとえば、歩行に障害を及ぼすとか。おそらくこのシールド有効圏でマトモに動けるロボットなどまさか
存在はしないでしょう」
平井はそう言って笑った。
その笑顔には自信が満ち溢れていて。
「でも、そのシールドは使う機会がないと思います」
浩之はつとめて残念そうに、しかし先の戦いで全滅した雅史派の13型を思い出し、ホッとした口調で言った。
「そうですか・・・それならいいのですが・・・」
だが平井は、何か言いたげな様子だった。
「どうかしたんですか?」
もちろん、目の前にいる浩之がそれに気付かないハズがない。
「いえ、本社から嫌な噂を耳にしたものですから・・・」
「はあ」
「我々、来栖川のロボット研究部門に、分離の動きが出ていると聞いたもので・・・」
「分離・・・ですか?」
「まぁ、お気になさらないで下さい。ただの噂ですから」
そういえば、葵がそんなことを言っていたような気がする。
もっとも、浩之の記憶の片隅にさえ彼女の言葉は残されていなかった。
「それともうひとつ・・・藤田様にお詫び申し上げなければならないことがございます」
ちょっとだけ申し訳なさそうに、平井が俯きかげんに言う。
「実は、松原様がいらした時に私たちは、”5000体を追加生産中”だと申し上げたのですが・・・実はそれは
事実に反することなのです。実際には・・・すでにお渡しした2000体だけなのです」
平井は浩之に相づちを打つ間を与えないように、一気にまくしたてた。
「それはどうしてですか?」
「今、新聞紙面やテレビニュースを見ると、来栖川重工の経営が順調であることがお分かり頂けるかと思います」
「そうですね。マルチのコマーシャルとか・・・」
言いながら浩之がマルチの方を見ると、彼女たちはまだ何か話していた。
やはりロボット同士、気が合うのだろうか。
「ええ、確かに本社は順調に利益を計上しております。しかし、多くの業種に着手しはじめた本社は、部門ごとへの
支援を縮小せざるを得なくなったのです」
「そうなんすか?」
「取り扱う業種があまりに多くなったためです。それでも、最先端産業と言われる我々ロボット研究部門には、
評判に見合うだけの支援はありますが・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」
「我々には本社からの支援だけで存続を維持できる力がないのです。研究にも生産にも莫大な費用がかかって
しまいます。そこで、本社とは別にいくつかの企業から、研究資金という形で援助を受けていたのですが・・・」
「ってことは、ダメになったと?」
「そうです。ここ第7に資金を援助してくれていたのは、アニマード・ケミカル社サイバー・プロテック社という
企業なのですが・・・ご存知ですか?」
「いえ、知りません」
「どちらもかなり巨大な企業なのですが。そこからの援助が途絶えてしまったのです」
「・・・・・・」
途中から浩之は話についてきていない。
こういう流れになるのなら、山吹を連れてくれば良かったと嘆いてみても、すでに手遅れである。
「・・・と、つまらない話でしたね。とにかく、外部からの資金援助が打ち切られたために、製造予定の5000体の
生産は事実上、中止せざるを得なくなってしまったのです・・・」
「いいですよ。こんなにすごいロボットを味方につけられるんだし・・・」
浩之はマルチと、新しく仲間に加わったキディに向き直った。
「そろそろ帰るぞ、マルチ。キディ、今日から君は俺たちの仲間だ」
「はい、よろしくお願い致します」
どことなく古風な感じもするキディを迎え、浩之たちは研究棟を後にした。

「藤田様、神岸様によろしくお伝えください」
研究所を出る間際、芹沢が浩之の背に向かって言った。
寺女で浩之たちの危機を救ったのは、他ならぬあかりだった。
争いには反対だったが、浩之を見殺しにはできない。
彼女が12型を伴なって寺女にやって来たことは、つまり雅史よりも浩之の安全を選んだことになった。
浩之がそういう、あかりの細かい配慮に気付いたかどうかは定かではないが。
「分かりました。伝えておきます」
来る時は2人だった浩之たちは、3人になって東鳩へと帰っていった。
キディという頼もしい仲間をつけたと同時に、貴重な戦力を失っていることも知らずに・・・・・・。

 

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