第4話 石動の敗北
(石動を追い詰めた雅史たち。しかし、事態は思わぬ方向へ)
「みんな、準備はいいかい?」
雅史が真剣な表情で振り返った。
頼れるサッカー部の連中がしずかに頷く。
「いつでもいいぜ」
垣本が言った。
「姫川さんも大丈夫?」
「はい」
琴音が自分に言い聞かせるように頷いた。
「じゃあ行くよ!」
雅史が屋上への扉を勢いよく開けた。
「えっ・・・?」
そこには・・・。
「こいつら・・・いったい何人いるんだ?」
浩之の横でつぶやいたのは、あかりに恋心を寄せる矢島だった。
ようやく3年生の校舎である南館までたどりついたものの、敵の数はいっこうに減る様子がない。
「この様子だと、雅史たちはまだ東館だろうな」
遠くからやって来る石動の部下を見ながら、浩之がつぶやいた。
「ヒロユキ〜、もう矢がなくなっちゃったヨ・・・」
レミィが弓を左右に振りながら言う。
ここまで来るのに、ずいぶん多くの敵を倒してきた。
その助力の中に、レミィの弓矢はほぼ半分の割合だ。
残りのほとんどは葵の格闘技によるもので、浩之たち男子は、この2人に比べればほとんど活躍できずに
いたのである。
「アオイも苦しそう。ヒロユキ、どうする?」
「いえ、私ならまだ・・・」
「そんなこと言って、松原さん。そーとー疲れてんじゃないの?」
激戦に次ぐ激戦で、いまだ全く体力を消耗していないのは志保だけだった。
あかりはというと、衛生兵の仕事を引き受けている。
浩之以外の男子の手当てをすることには戸惑いこそあったものの、今では貴重な戦力だ。
「でもよ、ここまで来て引き返すわけにはいかねえだろ」
「そうですよ。みなさん、あともう少しなんですよ」
浩之の好戦的な意見に賛成したのは、葵だけだった。
そんな2人の思いが通じたのか、
「そうだな、俺たちは戦いに来たんだ。それなのに、みすみす敵から逃げるなんてできねえよな」
矢島は半ば、あかりの方を向いて言った。彼なりの自己主張であったが、
「よしっ! そうと決まれば前進あるのみっ!」
浩之の怒声にかき消されてしまった。
「うん、さすがはヒロね。私が見込んだだけのことはあるわ」
「お前に見込まれた憶えはねえよ。つまんねーこと言ってねえで、お前も協力しろ」
「失礼ね。私ぐらいになると、その場にいるだけでみんなのオアシスになるのよ!」
「なにがオアシスだ。あかりの手当ての方がよっぽどマシだぜ」
志保相手には疲れを知らない浩之だった。
「先輩! 前から来ます!」
葵が叫ぶとほぼ同時に、廊下の向こう側から5人の屈強な男子が迫ってきた。
それまで口ゲンカを続けていた浩之が、慌てて振り返る。
今度はレミィの支援攻撃はない。
5人の中でもっとも足の速い1人が、浩之めがけて飛びかかった。
浩之は冷静に見切ると、左にかわしストレートを2発叩き込んだ。
この間に、すぐ隣では葵が2人の男子を相手に善戦している。葵の連打が入ると、男子はうめき声をあげ
その場に崩れ落ちた。
「さすがだな、葵ちゃん」
「先輩もお強いですよ」
「どうなってんだ?」
垣本が代表して訊いた。
屋上には確かに3人いる。
1人は石動で、もう2人はさっき聞いた山吹と古賀だろう。
ところが、石動はあぐらをかいて座り、その両手は後ろで縛られている。
両脇にいる山吹と古河は、そんな石動を軽蔑するように見下ろしていた。
「なあ、あんたは本当に石動か?」
「そうだ」
垣本の問いに答えたのは古賀だった。
「どうして石動が縛られてるんだい?」
雅史は呆気にとられていた。
てっきり石動側の3人が待ち構えていると思っていたのに、来てみればこのあり様である。
「俺たちでやったんだ」
それは見れば分かる。
雅史が言いたいのは、なぜほどかないのかということだ。
「俺たちだって、コイツの言いなりだったワケじゃないさ」
「コイツが番を張り出したとたんに、俺たちはめちゃくちゃに乱れちまったからな」
山吹が言い、古賀が言葉を添える。
「何とかコイツを引きずり降ろしたかった。だが、俺たちじゃ無理だ。コイツには部下が何人もいる」
「そんな時、2年のお前らが反乱を起こしたってわけさ」
雅史は垣本を見た。
垣本も困ったようにサッカー部の方に顔を向ける。
「あの・・・」
琴音がおそるおそる口を開いた。
「ということは、私たちの勝ちってことじゃないでしょうか?」
“勝ち”・・・。
“勝利”・・・。
あっけない勝利だ。
「いや、まだだよ姫川さん」
「どうしてですか、佐藤さん?」
雅史は琴音の問いには答えずに言った。
「君たちは石動を降した後、どうするつもりなんだい? もし、第二の石動になるようなら・・・」
「心配するな。俺たちはコイツとは違う。そもそも番長とか、そういう考え自体が嫌いなんだ」
「でも、僕は校長先生と約束しちゃったんだよ。石動を倒せば、この学校を指揮してもいいって」
「てめえら、勝手なこと言ってんじゃねえよ!」
その時、黙っていた石動が吠えた。
「おい古賀! てめえ、こんなことしてタダで済むと思ってんのかっ!?」
「そのザマでよく言えたな。お前は暴力しか頼れねえ能ナシなんだよ。だいたい、てめえの大事な部下が
下で出張ってるってのに、肝心のてめえはここで昼寝かよ。ボスなら、部下と共に最後まで戦うのが
筋ってもんじゃねえのか?」
「なんだと? ボスはボスらしく構えるのが当然だろうが!! てめえのことは信用してたのによ」
「信用してくれと頼んだ覚えはないね。それはこいつだって同じさ」
古賀はそう言って、山吹の方を見た。
「・・・そうなのか? 山吹」
「ああ、残念だったな石動。お前の暴挙もこれで終わりさ」
「・・・・・・」
石動はうなだれてしまった。
予想外の展開に、雅史たちも硬直している。
「おい、そこの2年!」
突然石動に声をかけられ、雅史の体が小さく震えた。
「本当にここを仕切るって約束をしやがったのか?」
「う、うん。間違いないよ」
「なら勝手にしろ。だがな、お前だって今の俺と同じさ」
「どういうこと?」
「ここを仕切れるようになったところで、こいつらやお前らみたいに誰かが反乱を起こす」
「へっ。雅史はなあ、お前とは違って仲間を大事にするんだよ。そんな奴に誰が反対するってんだ?」
垣本が横から雅史をかばった。
彼は、雅史ならこの学校を仕切ってもいいと思っているのだ。
「そうですよ。佐藤さんは人に恨まれるようなことはしません!」
琴音も垣本の隣から弁護する。
「姫川さん・・・」
琴音がこんなに主張することはこれまでなかった。
この場にいる誰もが気付かなかったが、雅史だけは琴音の微妙な変化を感じた。
「そうだといいがな」
吐き捨てるように石動が言った。
「それで古賀さんよ。そいつをこっちに渡してくれるのかい?」
今日の垣本はいつになく強気だ。
これではどっちがリーダーなのか分からない。
「欲しいならくれてやるよ。だが、ひとつ約束しろ」
「何だ?」
「こいつの様にはなるな」
「・・・大丈夫だって、この雅史ならな」
「そうか」
古賀と山吹はしばし顔を見合わせ後、石動を歩かせた。
「なら、校長のところまで連れてってやるよ。お前らもその方が安心だろ?」
「うん。ぜひお願いするよ」
こうして、学校の覇権をめぐる争いは、あっけない勝利で幕を閉じた。