第33話 疑心暗鬼

(芹香はなぜ逃亡したのか? 浩之には彼女の行動の理由が分からなかった)

 どういうことだよ・・・。
先輩・・・どういうつもりなんだよ・・・・・・。
俺は今、自分が置かれている状況が分からなくなってきた。
先輩はたしかに、悪魔の力を借りようと言った。
そのために、ちょっとした演技もやった。
だけど。
いざ悪魔が現れた時、先輩は逃げ出したんだ。
何か武器を取りにいったとか、悪魔をひきつけるために出て行ったと、最初はそう思った。
だが、先輩は戻ってこなかった。
幸い、あの悪魔の力はたいしたことはなく、俺ひとりでも対処のできる相手だったが。
気になるのは、あの悪魔の消え方だ。
奴の片腕は切り落としたが、その後に異変が起こった。
悪魔の体が消滅したんだ。
最後に大きく振りかぶったのは記憶しているが、まるで手ごたえがなかった。
逃げたらしい。
それくらいは俺にも分かった。
もし俺が勝ったのなら、その時点であのガープとかいう奴が俺に力を貸すハズだ。
だがそれもなかった。
・・・・・・。
悪魔が人間相手に逃げたりするだろうか。
いや、それはないだろう・・・。
人間と悪魔が契約することはあっても、悪魔が人間に屈する話なんて聞いたことがない。
だとすれば・・・先輩が召喚を解いたか・・・。
考えたくはなかったが、今はそれしか思いつかなかった。
そう考えれば、先輩が途中で逃げ出した事とも何となく結びつく。
だが・・・・・・。
俺にはやっぱり、先輩が裏切り行為をしたとは思えなかった。
 教室に行くと、山吹がいた。
「おう、丁度いいところに来たな。さっき資金が回ってきたぞ」
資金? ああ、教師たちに集めさせたやつだな。
「そうか、そりゃ助かる。だけど、こっちは残念な報告になるかもしれねえな」
「どうしたんだ?」
「芹香先輩が裏切ったかもしれねえんだ・・・」
「あの魔女がか・・・?」
「ああ・・・」
だが、山吹は笑い飛ばした。
「おいおい、あいつにそれはムリだぜ」
「だけどよ・・・」
言いかけて俺はとどめた。
悪魔がどうとか言っても、誰も信じないに決まってる。
「そんなことより、その資金、どう使うつもりなんだ?」
訊かれて俺は改めて考えた。
「そういえば・・・どうやって使えばいいか分からねえ・・・」
来栖川の研究所にでも投資するか・・・?
いや、あっちは大企業なんだ。
学校からかき集めた金なんて、スズメの涙ほどでしかないだろう。
「研究所に送金するか」
山吹は今、俺が思ったことを言った。
「やっぱりその方がいいと思うか?」
「そりゃそうだろう。他にいい使い道でもあるなら別だが」
「・・・いや、思いつかねえ・・・」
「なら決まりだ。向こうは専門だからな。頼りになる兵器のひとつでも作ってくれるだろう」
そう言われると、たしかにそんな気がする。
せっかく集めた金をムダに流すよりは、よっぽど有効な使い道かもしれねえな。
「キディには会ったか?」
「あのロボットか? 消えるらしいな。マルチに聞いた」
「ああ、凄かったぜ。ホントに何も見えねえんだ」
「光学迷彩とかいうやつか?」
「・・・なんで知ってるんだ?」
「基本だろ」
何が基本なのかは分からないが、俺は山吹の知識の深さに脱帽した。
そういや、来栖川の企業の話でもこいつ、いろいろ知ってるようだったな。
「姿を消せるんなら、奴らの裏をかけそうだな」
「ああ。これなら絶対に勝てる。俺はそう信じてるんだ」
その機能に制約があることを除けば、これほど心強いことはない。
何しろ姿が見えないんだから、雅史派の連中も手出しできないハズだ。
俺は運がいいと思った。

 キディが浩之派に紹介された。
「KAD−01、キディと申します。よろしく」
キディが恭しく頭を下げた。
あかりや志保、智子たちは揃って隣りに立っているマルチと見比べた。
対照的なのはすらりと伸びた長髪だ。
これはセリオに近い性質だが、ここにいる多くはセリオを見た事がない。
それだけに彼女の外見は新鮮だった。
古賀と矢島はできるだけ無関心を装っていたが、あるものを見てからは虜となっている。
それは彼女の瞳。
見る角度によって七色に輝くその瞳が、男たちの視線を釘付けにした。
それでもマルチと同じロボットであると判断できるのは、耳に付けられた銀色のパーツのおかげだ。
マルチのそれは人間とを区別するものであり、セリオのそれは人間との明確な区別の他に、衛星からのサテライト
サービスを受けるためのツールである。
そして、キディ。
彼女のパーツには、これまでのロボットの付加機能を覆す新兵器が搭載されている。
ロボット軍隊を相手にする際に非常に有用な、広範囲のシールドメーカーである。
これは敵の攻撃を防ぐのではなく、敵の進攻そのものを防ぐ。
ロボットの機能障害を誘発させる電磁波をはじめとした、数種の信号を発することができる。
これにより、白兵だけでなく電子戦にも特化した戦力として活躍できる。
「ねえねえアンタ、消えるんでしょ? やってみてよ」
言い出したのはもちろん志保。
浩之なら何かと言い出して口論になるところだが、人間に忠実なキディは、
「かしこまりました」
と言って、誇るべき新機能を作動させた。
キディの体が陽炎に包まれたようにゆらめく。
と思うと、すぐに体の輪郭が分からなくなった。空気に溶け込むように、キディが透き通り始める。
そして次の瞬間には、この場から1人が消えた。
さっきまでキディがいた場所には文字通り何もなく、向こう側がハッキリと見える。
「マジ・・・・・・?」
これにはさすがの志保も文句のつけようがない。
あかりは何度も目をこすって確かめたが、間もなくそれがムダであることに気付いた。
古賀と矢島は、口をだらしなく開けたまま呆けていた。
智子はわずかに驚いた表情を見せたが、すぐに冷静になってキディのいた場所を眺めていた。
10秒ほどして、キディが姿を現した。
「いかがでしょうか?」
謙虚にしかし誇らしげにキディが訊いた。
「スゴイ! スゴイわよ、アンタ!」
志保が手を叩いて喜んでいる。
今まで見た事の無いものを見る事ができた喜びだ。
「これなら誰にも負けないわね」
ウンウンと頷きながらつぶやく。
あかりはそんな志保に何か言いかけたが、思いとどまってやめた。
代わりに智子が浩之に言った。
「なあ、藤田君。この娘使って、すぐに戦うつもりなん?」
智子はすっかりキディがお気に入りのようだ。
「いや、しばらくは見合わせる事にしたんだ。っていうか、どこにいるか分からねえ。飛行機で逃げられたからな」
「海外とか?」
「いや、そういう飛行機じゃなかった。けど、どっか遠くだろう。とりあえず、この近くにある来栖川の研究所とかを
しらみつぶしに捜させてるよ」
浩之は、雅史達が実はこの近辺にいることを知らない。
それを聞いて、あかりはほっと胸を撫で下ろした。
そしてできることなら、それがずっと続いていて欲しいと願った。
しかしそれは叶わぬ願いである。
「ま、とにかくそういうわけだ。しばらくはゆっくりしてようぜ」

 浩之はひとり、考え込んでいた。
なぜ芹香までもが自分の元を離れたか。
彼女にそんな行動力があるとは思えない。
これは誰かの意思なのか。
誰かが芹香に働きかけ、浩之から離れるように仕向けたのか。
では、それは一体誰だ?
悪魔・・・とは考えられないし考えたくもなかった。
もしかして綾香なのではないか・・・?
そうだ。そうに違いない。
あの時、綾香は寺女にはいなかった。
彼女のそばにいつも付いているセリオはいたのに。
実はひそかに綾香は芹香と連絡を取っていたのではないか?
芹香は浩之達が大勢で寺女に攻めることを、前もって綾香に伝えたのだ。
だから身の危険を感じて、綾香は寺女から消えた。
これなら全て説明がつく。
それほど利口ではない浩之も、頭の中であれこれと巡る疑心暗鬼に陥っているうちに、芹香と綾香を結びつけて
いた。
2人は姉妹ではないか。
敵や味方という概念すらないではないか。
だが、それでは芹香が浩之の元を離れた理由を説明できない。
芹香が浩之のそばにいる限り、浩之派の情報を伝達することができる。
綾香にとってこれは好都合であるハズだ。
しかし、芹香が行方をくらました以上、その情報源は絶たれた。
そんな不利になるようなことを、わざわざするだろうか。
浩之はもう一度考えてみる。
芹香が葵をそそのかしたのでは・・・?
そして葵がひそかに綾香と接触し、こちらの実情を話す。
芹香の身が危ないと判断した綾香が、芹香に連絡を・・・・・・?
いや、違う。
それならば芹香が浩之達に武器を渡す理由が説明できない。
いくつもの発想が浮かんでは消え、浩之はますます疑心暗鬼に陥った。
だが、基本的なこの考えだけは、どの発想にもついてまわった。
”芹香は浩之を裏切った”
これは事実だった。
紛れもない事実だった。
浩之の中にまたひとつ、憎悪が生まれた。

 

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