第34話 来訪者は空から

(ALTERを訪れた男は石井。第4研究所の総責任者であった)

 目の前にいるステイアを見て、雅史は失望した。
いや、正確には彼女の口から聞いた報告にがっかりしたのだ。
「期待にそえず申し訳ございませんでした」
あまりに丁寧なお辞儀だったので、本来は叱責する立場の雅史の方が恐縮しそうになった。
「彼女らは車で逃亡しました。追跡したのですが、思わぬ反撃に遭ってしまい・・・」
「いいよ」
だが、雅史はあっさりと許した。
それが気になったのか、ステイアはきょとんとした目で雅史を見る。
「姫川さんだけではなかった、ってことだね?」
ステイアの”彼女ら”という言葉を雅史は聞き逃さなかった。
「はい。もう1人いました」
「髪の短い娘だったかい?」
「そうです」
やっぱり。
琴音がこのALTERからいなくなった時点で、それは予測できたことだ。
寺女にいた頃から、彼女は葵を助けようとする節があった。
女の子のような繊細さを持っている雅史でなくても、それは容易に想像できる。
雅史が笑った。
しかし、その動作は余りにも小さく、ロボットであるステイアにも確認できなかった。
「とりあえず、2つ分かったよ」
「・・・・・・?」
「彼女たちは強い。それと彼女たちは君よりも上だってこともね」
「・・・・・・」
これはステイアにとって、かなりの屈辱だった。
もともと人間よりも遥かに能力が優れていると考えていたステイアは、裏切者始末の命を受けたとき、雅史が
一日を越す前に琴音を引き渡そうと思っていた。
だが琴音はすでに逃亡。ようやく居場所を見つけたときには、データにない葵という少女がそばにおり、そこで
思わぬ反撃にあってしまった。
生身の人間の拳など、ブランジウム金属のステイアにはまるで通用しない。
それはスタンガンでも同じことだ。
衝撃に分類される彼女への刺激は一切、特殊な金属が緩衝する。
だが、ターゲットである琴音は違った。
目に見えない、熱感知もできない正体不明のエネルギーがステイアに叩きつけられたのである。
体が液体化する間もなく、彼女の体は弾き飛ばされた。
そしてその衝撃と、該当データのないエネルギーを分析する処理によって、彼女の機能は一時的に停止した。
彼女が再び起動した時、琴音も葵もすでにいなかった。
しかしステイアはすぐに2人を見つけた。
高速で移動する琴音と葵は、レミィの車で逃亡していた。
ステイアはひたすら追いかけた。
ここで逃がしては、追撃が難しくなる。
さっきの琴音の能力には警戒していたが、みすみす逃がすくらいならもう一度機能停止してもいいと思った。
だが、ここでもジャマが入った。
アメリカ人の持つ狩猟用のライフルが、ステイアの追走を妨害したのだ。
何とか車にしがみつくことはできたが、無防備な両腕を打ち抜かれ、ステイアは車から転げ落ちた。
ステイアはこれ以上の追走は不可能と判断し、雅史の待つALTERへと戻ってきた。
「ま、いいや。どうせ2人が逃げたところで、僕が危険にさらされるわけじゃないしね」
雅史はいたって楽観的だ。
叱責を覚悟していたステイアは、雅史の寛大さにただひれ伏すしかなかった。
そして隙とチャンスさえあれば、この次こそはあの2人を雅史の元へ引き出そうと誓った。

 先ほどから高城が落ち着かない。
そわそわと体を揺すらせたり、廊下を行ったり来たりしている。
誰かを待っているのである。
だから、ゲートの近くをうろうろしているのだ。
その人物がなかなかやって来ない。
という焦りではない。
これまで同期として付き合ってきた彼と、今後どのように接すればよいのか。
高城は子供のような悩みを抱えていた。
そのせいで、さっきから自分を呼んでいる声に気付かなかった。
「・・・高城様?」
「あ、ああ、セリオか」
「お体の調子がよろしくないようですが・・・」
「いや、何でもない。それよりどうした?」
「はい。しばらく稼働し続けておりましたので、メンテナンスをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。メンテなら技術部に行けばいい。場所は・・・知ってるよな」
「はい。それではしばらくの間、仕えることができませんが・・・」
「それは大丈夫だ。誰も襲ってきたりはせん。それよりしっかりチェックしてもらえ」
「ありがとうございます」
これまでにないほど、深く頭を下げてセリオは技術部へと消えた。
ひと時の会話を終えると、思い出したように高城はそわそわしだした。
いい加減、しびれを切らした時、
「高城さん。ポートへ」
ゲートから入ってきた白衣の男が言った。
待っていたように高城は早足でゲートを出る。
すぐ右手には何も置かれていない広い敷地がある。
その中央には白い線で円が書いてあり、上から見ればそれがヘリポートだとすぐに分かる。
ちなみにこのヘリポートは、雅史達がSSTでやって来た際に着陸した場所とは別である。
見上げるとちょうど、ヘリが1機、上空で待機していた。
着陸許可の信号を受けると、ヘリは回転しながらゆっくりと降下した。
強い風があたり一面を襲う。
目を細めながら、高城はそれから降りてくるハズの人物を待った。
ほどなくして、ヘリから若い男が1人で降りてきた。
それを確認した高城が慌てて頭を下げる。
「わざわざお越しいただき・・・」
「そんなアイサツはやめてくれ。高城さんの方が年上なんだから・・・」
電話で話した時はかなり違う印象に、高城は唖然となった。
「は、はあ・・・しかし・・・」
「それより、早く中に入ろう」
男は操縦士に合図を送ってヘリを戻させ、ALTERへと足を踏み入れた。
「ところで何故、あれで?」
会議室へと続く廊下で、高城が訊いた。
何となくたどたどしい感じがした。
「空が好きなんだよ」
「・・・・・・」
「高城は車が好きか?」
「いえ、特には・・・」
「だから、そういう話し方はやめろっての。立場は変わっても俺とお前の関係は変わらないんだから」
「そうか・・・そうだな・・・。お前がそれでいいんなら・・・」
「いいんだよ、気兼ねなんかするんじゃねえぞ」
そう言って男が笑った。
それを見て高城はようやくいつもの調子を取り戻した。
高城が会議室のドアを開く。
ALTERの主要な部屋にはすべてロックがされている。
これらのロックは、指定された最大10ケタのパスコードを入力することで解除することができる。
壁面に取り付けられた制御装置は電卓のような形をしている。
厄介なのは、そのキーの多さである。
0から9の数字はもちろんの事、アルファベットの大文字と小文字、さらには象形文字のようなわけの分からない
図形が描かれているキーもある。
キーの総数は実に100以上あった。
さらに厄介なことに、この制御装置のパスコード最大入力数は10ケタだが、実際のパスワードが10ケタだとは
限らない。
極端にいえば、数字の”1”だけでも解除できるように設定が可能なのだ。
高城は素早く、”sabbath”と入力した。
機会音がして、会議室のドアが開く。
「この部屋が最も安全だ」
高城はそうつぶやきながら、男を招き入れる。
「さて、情報交換といこうか」
イスに座るなり、男が言った。
彼から言い始めたのは、まだどこか気兼ねした風の高城に気を遣ってのことだった。
「まずはこっちからだ」
高城が言った。
「予定どおり、バクトイド社の新しいロボットを手に入れた。性能についてはハッキリ教えてくれなかったが、どうも
特殊な金属でできているらしい」
「特殊な金属?」
「ああ。何でも衝撃を受けると体表面が液体みたいにグニャグニャに変形するそうだ。そのロボットは体を自由に
液体にしたり固体にしたりできるらしい」
「なるほどな。だがそんな金属、いつ見つかった?」
「火星だ」
「火星っ!?」
「正確には火星の衛星・フォボス。バクトイドが宇宙開発に着手していることは知っているだろう?」
「ああ、有名な話だ」
「実際には宇宙開発なんでやってない。その金属を持ち帰るための口実なんだ」
「名前とかはついているのか?」
「・・・たしか、ブランジウムとか言ったな。このブランジウムを採用したロボットというのは、西暦3000年の技術だと
言ってたぜ」
「1000年も縮まったってわけか・・・。それはロボットの幅が広がるな」
「それにもうひとつ。デイラック・インダストリーの援助も得られそうなんだ」
「ああ、そのことなんだがな・・・・・・」
男がふっと残念そうな表情をした。
「同社は援助を取りやめたぞ」
「何?」
「話がまとまりかけていた時、向こうが急に本社側を応援するなんて言い出してな。開発したばかりの新型機が
本社側に渡ってしまった」
「なんてことだ・・・・・・」
「まぁ、向こうにしても堅実な道を選んだってわけだな。無謀な革命家に力を貸すつもりはないらしい」
「ふん、だがいずれこの判断が誤っていたことを後悔する時がくるんだ」
「そういうことだ」
「そっちのことも教えてくれよ」
高城が席を立ったかと思うと、部屋の奥からお茶を淹れて戻ってきた。
それを少しだけ口に含んでから男が話し始めた。
「こっちはいたって順調だ。当初の計画どおり、アニマード・ケミカル社とサイバー・プロテック社に本社への援助を
打ち切らせた。そのせいでこっちにも援助が回ってこなくなったが、もうしばらくの辛抱だ」
「そうか・・・いよいよだな」
高城の胸が躍った。
「実際にはもう少し先だがな。援助はしてくれそうか?」
「インターナショナル銀行グループ、技術組合、そのほか数社が手伝ってくれる」
「そうか・・・説得するのは大変だっただろう?」
「まあな。最初は渋っていたが、優先株式を買うように提案したら最後には乗ってきてくれたぜ」
「いや、それはダメだ」
「・・・?」
「優先ってのは利益のことだろう? だが、それでは決定権がない。総会の時に俺たちの独立の話がでてくるが
その時に独立反対派が多くなっては困るんだ」
「む・・・そうか・・・」
「いいか? 他の会社にわざわざ株を買わせるというのは、つまりは本社の力を削ぐことが目的なんだ。
株を買わせて配当を受け取り、独立した後にそれを高騰した値で売却する。これが彼らの利益になり、本社に
とっては損失になるんだ。そのためにはどうすればいいか?」
「総会で独立を決議させる」
「そうだ。それには総会で議決権のある普通株が絶対に必要だ」
男は高城に教え込むように言った。
「全然気付かなかったよ。さすがだ」
高城はしきりに感心している。
「たいしたことないよ」
男は精一杯の謙虚さを見せた。
「いや、お前がリーダーに選ばれるのも頷ける。これからは石井総督だもんな」
高城がすっかり冷めてしまったお茶を飲みほした。
石井は感極まった様子で天井を見上げた。
 石井はかつて、来栖川重工第1研究所の研究部門にいた。
飛躍的な進化を遂げるロボットたちの後見人であった。
HMXシリーズの初期型から、11型までの研究に携わっていた。
彼は日々成長していくロボットたちを見て、ロボット産業の未来に大いに期待していた。
さまざまな用途に適した仕様を研究することに快感すら覚えていた。
いつかはロボットの最高峰を手がけてみたい。
それが彼の理想であり夢であった。
しかし、本社は彼の夢想を打ち破った。
それは11型が市場に出回り、大衆の心を掴んで離さなかったことが始まりだった。
来栖川はこれまでに類を見ないほどの利益を計上し、有頂天になっていた。
11型の最大の特徴は、”近い人間性”だった。
マルチやセリオには及ばないものの、人間の感情に非常に近いアイデンティティーを持っていた。
加えて10型にはなかった、人間女性の外観も持ち合わせていた。
それまでのロボットは大抵、鋼鉄色の人間の形をしただけのロボットだった。
表情などはなく、顔の形をしたパーツが首の上に乗っかっているのみである。
それらの点から、大衆はこれを好み、好みの度合いが来栖川の利益に反映される。
そしてこの成功にすっかり気を良くした本社は、次のロボットに関して次のような要求をした。
『外観、音声、しぐさなどの全てが女性を参照したものである』
『積極的に会話をし、人間とのコミュニケーションを図ることを第一目的したロボットである』
『人間は失敗から学び取り、成功を求める生き物である。ロボットもこれと同じく失敗から学ぶように設定する』
本社のこれらの指定は、ロボットに求められる要素が何ひとつ含まれていなかった。
石井は思った。
本社はあくまで利潤を追及するつもりだ。
大衆へのサービスや社会への貢献度など、来栖川の名をつなぐためだけのロボットを作らせようとしている。
膨大な時間と費用をついやして、人気集めをするロボットを作らされることに、石井は強い憤りを覚えた。
なぜロボットが女性の姿をしていなくてはならない?
なぜロボットなのに失敗から学び取らせようとする?
彼の所属する第1研究所は、本社のこの要求を拒否し続けた。
ロボットは初めから定められた能力や知識を持っているのが普通であり、成長や失敗に基づく経験の修得など、
少なくとも現代には必要ではない。
しかし、大企業の中の小さな研究所の意見など、本社の議決に悪影響しか与えることはなかった。
その後、本社は第1研究所を永久に解散させることを発表した。
本社は主な理由を、本社の決定に異議を唱え不利益を与えた、としている。
しかし、これは言い訳であり、実際には”親の言う事を聞かなかった子に対する罰”である。
この解散に際して、研究所の責任者や反対運動煽動者など、のべ25名が解雇された。
当時は地味な立場にあり本社の目を逃れた石井は、同期の高城とともに別の研究所へ異動を余儀なくされる。
それが第2研究所――ALTERだった。
2人は同じく異動させられた所員とともに、己の思想に反する研究を続けてきた。
ある時、石井に再び異動処分が課せられた。
第4研究所だった。
後で聞いた話では、最初の異動処分の際、石井の異動先を本社が間違えたらしい。
この処分は本社のロボットが行なっていた。
石井はキカイごときに自分の行動を左右される憤りと、たかが所員の処分処理ひとつにミスを生じるロボットの
無能ぶりへの嘆きで身を切られる思いだった。
やはり失敗から学ばせるなど戯れ言である。
たとえば、航空機の操縦を任されたロボットが経験不足から墜落させてしまったらどうする?
医療部門で働くロボットが医療ミスで患者の命を奪ってしまったらどうする?
だれが責任をとる?
航空会社か? 医師団か?
そうではないハズだ。
大衆の疑念と怒りのほこさきは必ずこちらにやってくる。
今ではPL法などという、製造業者にとって厄介な法律がある。
ロボットにミスは許されないのだ。
考えてみれば当たり前のことだ。
完璧でなければ、ロボットの意味がないし、それを作る意味もない。
だが、石井に成長型のロボットを否定するという意識はない。
それも十分に可能だし、将来性という点でみれば先行きにやや不安があるものの、大いに期待できる。
学習を重ねれば重ねるほどロボットは賢くなり、それらの経験はデータとして保存され、人間のように忘却したりは
しないのだ。
さらに優良と思われるデータを複製して他のロボットに移し変えれば”学習済み”の学習型が生まれる。
しかしこれらは基盤あってのこどた。
全く生まれたての赤ん坊同然のロボットでは、それを経験によって成長させるために人間が成長するのと同じ
時間がかかってしまう。
人間での少なくとも30代か40代レベルの基礎知識や人格がなければ、ロボットして成立しない。
だが、本社はこれを否定した。
キカイの赤ちゃんと作れというのだ。
とんでもない話だ。
そんなことは、テレビゲームか何かの育成ジャンルに任せればいいのだ。
ロボット事情をまるで理解していない本社の愚物どもは、ゲームと現実とをごっちゃにしている。
多くの意味で石井は本当に失望した。
彼の失望は次への行動への糧となった。
すなわち同志をつのろうと言うのだ。
第4には石井と同じく、本社の意向を強烈に否定した第1研究所からの異動者たちが多くいた。
石井はまず彼らを集め、密かに独立運動の概要を話した。
筋が通っており、そして成功への可能性は高い。
本社のやり方に不満を抱く多くの研究者たちが彼に同意した。
続いて彼は第2研究所、今のALTERにいる高城と連絡を取り合った。
そして彼の思い描く、本社への反抗をこと細かに説明する。
石井と高城は入社当時から、よき親友でありよきライバルであった。
互いの競争心が自己を高め、そして励ましあってきた。
そんな高城が彼の提案を拒否するはずがない。
高城は高城で、ALTERを中心に活動を開始した。
そこそこ名のある企業に呼びかけ、独立運動の援助を求めた。
本社に悟られぬよう、きわめて慎重に行動した。
それは石井も同じだった。
そして。
ついにその計画が最終段階に移行したのだ。

 

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