第37話 傍観者

(知らぬところで進む両者の戦い。蚊帳の外に置かれた職員たちは・・・)

「もはや・・・・・・」
苦悶の表情を浮かべた男が途切れがちに話し始めた。
「もはや、事態は私たちの手には負えません」
ハゲあがった頭が特徴の数学教師だ。
「今さら・・・。石動が出た時点で、私たちがどうにかすべきだったのです」
そこそこいい年をした国語の教師がつけ加える。
「そもそも完全自由などというつまらぬ校則を作ったのがいけなかったのです」
生活指導がぐるりと職員室を見回した後、その目を教頭に向ける。
教頭はといえば、バツが悪そうに俯いているだけである。
だが、決したように顔をあげて、
「済んだことを言っても仕方がありません。それより何か打開策を考えましょう」
上目遣いにボソボソと言った。
かつては校長の下で弁舌を振るい、学校を我が物顔で操っていた教頭も、今となっては一介の教師に意見を
求める事しかできないつまらない中年に成り下がってしまっている。
言うまでもなく、彼は校長の腰ぎんちゃくだった。
だが、今はその持ち主がいないのである。
どこか遠出をしたからなのではなく、この世から・・・・・・。
「あのロボットはどうにかなりませんかね? もともとあれに似た奴が1体いたのに、なぜ増えました?」
「私に訊いているのですか? そういうことは本人に直接・・・」
「できるわけないじゃないですか! 余計な詮索をした、とか何とかでこれですよ」
教師が手刀を自分の首にあてがい、横に滑らせた。
「それはないでしょう。彼らだってそう頻繁に殺したりなんてしませんよ」
「分かってませんね。最近の子供ってのは何を考えているか分からない。目があっただけで睨まれた、とか
難癖をつける奴もいるくらいなんだから」
「・・・つまりですね。なぜロボットが増えたかを知りたがるより、我が身を守る術を考えた方が賢明だと」
教頭は話をまとめたがっている。
「これまで幾度となくこうやって話し合ってきましたが、その度に結論は”様子を見ましょう”ばかりでした。しかし。
しかし今度はそうはいきません」
「その通りです。彼らに協力するなら協力する。抗戦するなら徹底的にやる。そのどちらかです」
「ええ。ここでハッキリ決めましょう」
また面倒なことになった。
教頭はこの場から逃げ出したくなった。
もともと校長の権威にすがって尊大な態度を振る舞っていた彼は、代表だとか責任者だとかいうそれなりに重い
地位の器ではない。
その実は臆病で、誰かの陰に隠れて口を挟む、そういうタイプだった。
「私はどちらかと言えば抗戦派です。これ以上、ガキどもの好きにさせてたまるか」
熱血漢の体育教師。
そういえばカッコウはいいが、それほど冴える男ではない。
「それだけの意志がおありにも関わらず、”どちらかといえば”というのは不思議な発言ですな」
銀縁のメガネからキツネのような目を覗かせるのは、化学を担当する教師だ。
いつも試験管かビーカーを持っていないと落ち着かない彼は、それらが手元にない時は必ず攻撃的になる。
「そういうアンタはどうなんだ? そんなヨレヨレの白衣なんか着やがって」
服装は関係ない。
「僕はもちろん奴らに反対ですよ。教師生活12年、あんな問題児は見た事がない」
攻撃的になる化学教師だが、反撃されると弱いらしい。
「どうやら全員の意見はまとまっているようだ」
体育教師が職員室を見回すと、賛同するように皆が頷く。
「教頭、アンタはどうするんだ? この後に及んで知らぬ存ぜぬは通らないぜ」
この追求に教頭の額に冷や汗が一筋流れた。
全員の目が彼に注がれた。
「わ、分かってますっ! 私も皆さんと同意見です。闘いましょう!」
力強く叫んでいるようだったが、今ひとつ覇気が感じられない。
教頭もそろそろ終わりだ。
ほとんどがそう思った。
「しかし闘うと言いましても、正面きって戦うという意味ではありません。抵抗です」
「抵抗?」:
「そうです。今後一切、奴らへの協力を拒否するのです」
教頭にしては思い切った発言だった。
「しかし、そうすれば彼らの怒りを買うことは必至です」
「ええ、その通りです。しかし抗戦の構えを決めた以上、奴らに協力する姿勢を見せるわけにはいきません」
「心配しなくても・・・」
それまで黙っていた2年の担任が言いかけた。
「心配しなくても奴らに厄介ごとを押し付けられることは、もうありませんよ」
その声は妙に低く、それゆえ説得力のようなものが感じられた。
「なぜです?}
「うちのクラスの女子が言ってましてね」
「おたくのクラスの・・・?」
教頭の声色が変わった。
「ええ、1年の頃からとても優秀な子でね。もちろん、ウソなどつくような生徒ではありません」
「その子は藤田派ですか?」
「初めはそうではなかったのですが・・・。どこで何を間違えたか、今は藤田側についています」
担任は実に悲痛な声で言った。
頭を抱えているしぐさからその衝撃の度合いが感じられる。
「そんな生徒の言う事を信じろとおっしゃるので?」
「だからこそ信じるのですよ。信憑性が非常に高い、彼女の発言です。これに偽りはないでしょう」
担任は最後の頼みの綱をその女生徒に託した。
「もしそれが事実だとすると、なぜそうなったのかが気になりますね」
「恐らくこういうことではないでしょうか?」
今日、あまり喋っていない教頭が言った。
「何らかの理由で奴らは私たちを用無しと判断した」
「・・・・・・」
「それが妥当な考え方だと思います。奴らは金を欲しがっていた。だから交付金を渡した。それで僕たちの利用度
がなくなったと・・・」
「ということは、もう私たちはつまらぬことにビクビクしなくてもいいと?」
「それは違います。奴らの目がこちらに向かなくなっただけです。反抗的な態度を見せれば、きっと怒りにまかせて
校長の二の舞になるでしょう」
このままでは埒があかない。
そう判断した教頭がひときわ大きな声で言った。
「とにかく、ここは”抵抗”ではなく”拒否”の姿勢をとることにしましょう!」
あまりにハッキリと言ったために、誰も後に次ぐことができなかった。

「もう少しです。もう少しで特定できます」
白衣の男が言った。
「信号が微弱で捉えるのが困難でしたが、今回はかなりの成果がありました」
「そうか・・・」
待ちに待った結果報告だというのに、上司の顔色はすぐれない。
「どうかなさいましたか?」
「いや・・・。考え事をしていただけだ」
この上司は来栖川重工の存続をおそらく根底から揺るがすほどの革命を起こす人物――石井である。
独立運動が最終段階に突入した今、彼は少数の部下にある調査をさせていた。
とある信号の発信源の特定。
他の者にとってはどうかは分からないが、少なくとも石井にとってはある意味、来栖川からの独立よりも優先したい
ほど重要な調査だった。
彼がロボットに求められる性能の極地を求めるようになった以前から、その信号の存在は知られていた。
どこから発せられているのかも分からない、謎の信号。
しかしそれは確かに存在し、そしてロボットの開発に携わる者たちを時には苛つかせ、時には彼らに安息を
与えることもある。
「・・・・・・ダメですっ! 妨害されています!」
白衣の男が叫んだ。
だが石井はさほど驚いたような表情は見せない。
「またか・・・」
まるでこうなることが分かっていたような顔で、石井はモニターに目をやった。
そこには、このあたり一帯の立体地図が表示されており、無数の赤い線がその上を縦横に交差している。
おそらくこの線が問題の信号を示しているのだろう。
さらにその赤い線をなぞるようにグンジョウ色の直線がモニターを覆った。
石井はその2種類の情報を見比べ、小さく息を漏らした。
「妨害信号の数が減っているな」
「はい・・・・・・?」
白衣の部下が聞き返した。
「よく見ろ。さっきまで288あったのが、今は284だ」
石井はモニター右端、小さな数字がいくつか並んでいる項目を指差した。
「これは”奴ら”に意思があるということだ。どういう理由からかは定かではないが、何かの意図があるに違いない」
部下にはそこまで深読みができない。
ただ曖昧に頷くだけだった。
「引き続き調査を続けてくれ」
「了解しました」
この仕事の真の目的も知らされないまま、部下は業務のほとんどを信号の調査に充てていた。
それにやりがいを感じていたからだ。
この信号が来栖川にとってどれほどの悪影響を及ぼしているかは分かっている。
つまりこれを解き明かすことは、そのまま社の命を救うことになるのだ。
エライ奴らから“救世主”と誉められたい。称えられたい。
そういう人間なら誰でも持っている願望が、この無謀とも思える信号の解読を続けさせているのだ。
石井は知ってか知らでか、彼の頑張りを正当に評価していた。
そして思った。
この男は自分が偉業を成しえた時、かならず自分を支える最も有力な片腕になる、と。
これは半ば確信に近かった。
几帳面で忍耐強くて細かな作業が得意だった名もない部下でさえ、まるで進捗の感じられない信号の解読に
飽きてしまったくらいなのに。
しかし、彼は最後まで諦めずに黙々と調査を続けている。
それが頼もしかった。
不審がって当然の極秘作業に、疑問ひとつ投げかけずに言われたことをやる。
上に立つ者にとって、これほど都合のいい人間はいない。
石井はふと、どこまで自分の命令に従うのか試してみたくなったがやめた。
それが原因で手を引かれてしまっては困るのだ。
だが、もしかしたらどんな命令でも聞くのではないか・・・。
あり得るだけに、その想像する先が少し怖かった。
もし本当にそうなら・・・・・・。
彼こそ“人間に近いロボット”なのではないか?

 

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