第38話 部外者

(いまや前線での戦いから身を引いた者たち。だが、それには決して口外することのできぬ大きな理由があった)

「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人は睨み合ったまま、お互い口を開こうとはしない。
それが数秒続いたあと、ついに我慢しきれなくなったか、
「もういい加減やめにしない?」
先に言ったのは志保だった。
「こんなことして、何になるっていうのよ?」
彼女にしてみれば、かなり控えめな発言である。
一方、対峙している眼鏡の女性も言われっぱなしではない。
「なんや、長岡さん。いつからそんな事言えるようになったんや?」
訊いているのではない。追い詰めているのだ。
保科智子。
彼女は誰に対しても容赦がない。
「今、自分がどういう立場におるか考えてみ?」
「うっ・・・・・・」
喋らせたら誰にも負けない志保が、まったく言い返せないでいた。
智子はさらに続ける。
「うちだって、別に長岡さんが憎たらしいからやっとんちゃうで。まぁ、たしかに気にいらんとこもあるけどな・・・・・・」
ふぅっと智子が笑った。
「あ、アンタねぇ・・・! 汚すぎるわよ! こんなこと・・・・・・」
この言葉を待っていたように智子が、さっきよりも少し語気を強めて言った。
「弱みを見せたんはあんたの方やで? うちは別に”足元を見せてくれ”なんて言うてへん」
「くっ・・・・・・」
状況は明らかに智子が有利だった。
「それに・・・」
追い討ちをかけるように智子がつぶやく。
「長岡さんにとってはちょうどええ薬ちゃうか?」
これが効いたのか、志保は今度こそ沈黙してしまった。
「とにかく、あんまり余計な事はしゃべりなや」
くだらない、といった表情で智子はさっさと出て行ってしまった。
それと入れ替わりにあかりがやってきた。
「・・・? 志保、どうしたの? 顔色悪いみたいだけど・・・」
そう言うあかりの顔色も、ここしばらくの騒動で良いとはいえない。
突然、志保があかりに飛びついた。
「ちょ、ちょっと志保!?」
あかりは慌てて辺りを見渡すが、誰もいないことが分かると、両手をそっと志保の背にまわした。
志保が泣いていたからだ。
子供をあやす母親のようにあかりは、志保の呼吸に合わせて背中をさすり続けた。
「志保・・・何があったの・・・?」
いまだ泣き続ける志保に、あかりが問いかけた。
だが、志保は何も答えない。
こんな志保を見たのははじめてだ。
あかりはどうしていいか分からず、ただただ彼女を抱きつづけた。
「あかり・・・! あかり・・・・・・!」
泣きじゃくりながら、志保は何度も何度もあかりの名を呼んだ。
その度にあかりの胸が強く締めつけられる。
何も答えないということは、親友のあかりにも言えない”何か”があるということだ。
その”何か”を無理に探ったり、勘ぐったりしようとは思わない。
ただ、よほど重大そうな事だけに、志保が思いつめてしまわないか・・・。
あかりはそれが心配だった。
「志保。何があったのか分からないけど・・・・・・」
そこまで言いかけたところで、志保があかりの体から離れた。
「なに、あかり? アタシが悩みでも抱えてると思ったの?」
目の前にいる志保は、さっきまで泣いていたとは思えないような笑顔だった。
「え、だって志保・・・」
「泣いてた? この志保ちゃんが?」
あかりは志保の頬に涙のあとが光っているのを見ずにはいられなかった。
「あ、そうだ! 駅前に新しいアイスクリームの店ができたの知ってる?」
言いながら志保はあかりの手をとって、部屋を出ようとした。
「えぇ〜? 今から行くの〜?」
そうは言っているが、あかりは嬉しそうだ。
「決まってんでしょ。人気のメニューは早く行かないと売り切れちゃうんだから」
あかりの気持ちなどお構いなしに、志保は早足で学校を抜けようとする。
その途中、
「あかり、ありがとっ」
そう小さく言った。
あかりはその一言ですべてから救われた気がした。

「主任。例の信号の件ですが・・・」
第7研究所の”謎の信号究明部門”と呼ばれる部屋で、薄汚れた恰好の男が主任を呼んだ。
ほとんど外の空気に触れることのない彼が、なぜところどころ土埃にまみれた服を着ているのかは謎だ。
「分かったのか?」
コーヒーを飲んでいた主任は期待半分で向き直った。
その顔が良い結果を待っている表情だったので、部下はうつむき加減に、
「いえ、特定はまだです。しかし、この信号に特有の波を捉えることはできました」
「なみ・・・?」
部下からの結果が思わぬものであったことに、主任は驚きを隠せなかった。
「はい。以前から信号には複数の規則的な波があることが確認されていたのですが、今回の研究でその一種を
捕捉することに成功しました」
本来ならこの進展は喜ぶべきことだ。
主任もそうである。
だが、これは素直に喜べるものではない。
彼の部下がこれをやり、一部とはいえ成果をあげたからだ。
能力は買うが、いずれ自分を追い越してしまうかも知れない。
先の不安と信号の解読。
主任という立場の彼はどちらをとればいいか分からなかった。
「これを足がかりにさらに調査を進めれば、予定よりもかなり早い段階で発信源を特定することができます」
部下は自分ひとりの力でここまで達成できたことに誇りを感じていた。
それが上から与えられた命令であったし、実際、自力でこなしたことで評価も上がるハズだ。
研究所の上層部がなぜこの信号の発信源を探すことに躍起になっているのかは分からない。
分からないが、それは分からないままでいいのだ。
部下はただ、命令を忠実に遂行していくだけである。
「何としても、奴らよりも先に見つけなければ・・・」
主任のつぶやきは部下にハッキリと聞こえてしまった。
部下の探究心がくすぐられてしまった。
「そのことですが主任。なぜ、私たちは信号の特定を急がされているのですか?」
予想していた問い。
主任はよそを見ながら、
「知らなくてもいいことだ」
そう言った。
「それはつまり・・・。主任は理由をご存知だということですか?」
上司の口調がさらに彼の好奇心を煽った。
「ああ、知ってる。だが、君を含め、部下には決してしゃべるなと言われている」
「・・・・・・。よほど重大な事のようですね」
「らしいな。正直なところ、私も全てを知っているわけではないんだ」
「主任がですか? どうして・・・。責任者という・・・」
「極秘事項のようだ。私たちに課せられたのは”信号の発信源の特定”だ。それ以外はやるな」
しかし部下はどうも納得がいかないらしい。
「では質問をかえます。この信号は一体、何なのですか?」
質問攻めにも関わらず、主任の表情に余裕が見られた。
「それにはある程度なら答えられる」
「な、何ですか?」
「日本に存在する全てのロボットをコントロールする信号・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」
何か、トンデモナイことを聞いてしまったような気がした。
「そ、それは・・・・・・?」
「言ったとおりだ。あの信号はロボットを操作している」
にわかには信じがたいことを、主任はじつに淡々と言う。
「そんなバカなっ!? ロボットは開発の段階から、人間の命令に従うようにプログラムされているハズです!」
「それは開発陣が勝手に言っているだけだ。ロボットだってそうだ。人間に忠実なように見えるが、実際のところは
その信号に従っているにすぎない」
「ありえません! 個体ならともかく、日本の全てのロボットをコントロールするなんて!」
「そういうなら、君はあの事故のことを知っているか?」
「あの事故・・・?」
「K市の採掘ロボットの事件だ」
「一年前のですね。新聞で読みました」
部下はさわりだけ読んだ、一年前の事件を思い出した。

K市の山奥には巨大な採掘施設があり、住民はそれを収入源にして生活していた。
この採掘場では主に鉄鉱が回収され、まれに金や銀なども発見されることがあった。
作業が進み、仕事量が多く煩雑になると、作業員たちは来栖川製の採掘ロボットを買い揃えた。
これは開発後まもなくのもので、その性能は幾重にも施されたテストで実証済みであった。
当初は計画どおりに採掘が進んだ。
人間の手よりもはるかに速く正確な作業が、進捗度を飛躍的に向上させた。
採掘ロボットの購入代価は高くついたが、莫大な費用も数日で採算がとれた。
メディアの方はといえば、これまで家事手伝いのようなロボットが多かった中であえて慎重な作業を要する採掘用
ロボットの開発に成功した来栖川を大々的に取りあつかった。
これがブランド・来栖川の名と実を一気に世界に押し出したことは言うまでもない。
しかし、この評判は数ヶ月のうちに一角を切り崩されることになる。
採掘ロボットたちが突然、命令を実行しなくなったのだ。
初めは故障と判断され、メンテナンスに出したが効果はなかった。
社の信用に関わるということで、来栖川本社からも腕利きのエンジニアたちが駆けつけ、あらゆる観点から故障の
原因をさぐったがこれも効果はなかった。
一般にロボットの耐用年数は10年とされている。
そのうえ現場では正常な使用をされていたので、不具合等の処理を請け負う義務があった。
結果は来栖川社の冠にドロを塗る形となってしまった。
幾度の調査にも関わらず、不具合の原因はとうとう判明しなかった。
優秀と歌われた同社の製品に欠陥が発生したこともまた、メディアはいち早くかぎつけた。
この事があってから、来栖川社は製品――とりわけロボットに関しては異常なほど過敏になっていた。
商品としてのロボットが完成して、それが市場に流れるまでに最短でも1年を要していた。
実地テストを際限なく繰り返し、スペックと実際能力との差異を極力なくし、考えうるあらゆる状況下での動作が
保証されると、そこで初めて実売される。
この慎重さはロボット部門に莫大な固定費を生み出し、営業利益の低下は必然のものとなった。
利益を増加させる方法はふたつしかない。
原価を下げるか、売価を上げるかである。
低価格・高品質が文句だった来栖川にとって、販売価格を引き上げる事は多くの顧客を裏切ることになる。
そのため、残された道は原価をできるだけ抑えることであった。
ところがこれには大きな問題があった。
原価――つまり製造にかかる費用を下げることは、そのまま品質の低下につながるのである。
たとえば安価な素材を使用したり、加工費を削減したり。
最後には、ロボット部門の苦境として締めくくらざるをえない。
そこで上層部は、永続的な固定費の増加よりも一時の労力を選んだ。
採掘ロボットの異常に関する調査を再開したのだ。
腕に絶対の自信を持っていた開発部にとって、あの事件はありえない出来事だった。
原因は誰かが行動プログラムに細工をしたか、そうでなければ何かの信号の類による誤作動に違いないと。
彼らの考えは正しかった。
来栖川が独自に調査をしたところ、付近に特殊な信号が飛び交っていることが確認された。
それも大量に。
研究所の専門家たちが集ってその信号について分析を試みたが、まるで成果はあがらなかった。
初めのうちは意気盛んな多くの研究者や知識人たちが名乗りをあげ、誰よりも早く信号の解読と発信源の特定を
急いだが、調査が進まず埒があかなくなると、プライドを捨て作業から撤退するようになった。
現在、この信号の調査を継続しているのはごく少数である。

「来栖川の信用を取り戻すためなら、何も隠すようなことはないじゃないですか?」
もっともな意見だった。
「そう言われてもな。本社の意図は私にも分からん。だが、それが指示ならやるしかない」
”やるしかない”ハズの主任はさっきからモニターを見てボーッとしているだけだ。
「本社は・・・上の人たちはいったい何を考えているんだ・・・? 何をやろうと・・・・・・」
末端の部下がつぶやいてみたところで、事態は何も変わらない。
モニターに写された各種のデータがときおり波うったりしている。
一方で主任も、部下が悩む以上の事態に困惑していた。
良くない噂を聞いたからだ。
ALTERあたりの奴らが信号一部の解読に成功したらしい、ということだった。
こういう雲を掴むような作業の場合、たった一つの情報から一気に成功に結びつくことは少なくない。
一見、複雑に絡み合った糸が実は一方を引っ張るだけで容易く解けるということはよくある事だ。
さっき、部下が作業が少しだけ進んだようなことを言っていた。
だが少しではダメだ。
どんなことがあっても、第4やALTERよりも先に解読に成功しなければならない。
彼に課せられた責任は限りなく重かった。

 

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