第5話 称えられぬ勝利
(浩之は雅史が勝利したことに不満を抱いていた)
浩之らが石動派と交戦している頃、来栖川邸で少女と初老の男とが口論していた。
「綾香お嬢様。なぜ学校をお休みになられたのです?」
「何よ、休んで悪い?」
「いえ、そうではございません。しかし、ご病気ならいざしらず、今日のお嬢様は健康そのものかと」
「ちょっと気になることがあるのよ」
「気になることとは?」
「昨日、姉さんが戦争するって言ったのよ。それがどうも頭から離れなくてね」
「芹香お嬢様がそのようなことを・・・? それは気になりますな」
「でしょ、長瀬さんもそう思うでしょ?」
「たしかに・・・お嬢様はそのような冗談を仰る方ではないはず・・・。となると・・・」
「本当に戦争するってことよね」
「・・・・・・」
「私、今から姉さんのところに行ってくるわ。セリオも連れて」
「なりません! 仮に本当に戦争であったらどうなさいます? お嬢様はここでお休みいただき、私が
事実関係を確かめて参ります」
「その心配はいらないわよ。セリオがいるんだもん。ね、セリオ?」
いつの間にやって来たのか、綾香のそばにはセリオがいた。
「長瀬様、ご安心下さい。このような事態に備えて私の機能は強化されております」
「しかし・・・」
「長瀬さん。大丈夫よ」
綾香の真剣な眼差しがセバスチャンに突き刺さる。
やがて観念したように、
「分かりました。綾香お嬢様にお任せします」
「ありがとう。行くわよ、セリオ」
「はい、お嬢様」
ある晴天の朝。
一人の少女と一体のロボットが来栖川邸を飛び出した。
「ま、雅史っ!?」
屋上へと続く階段から降りてくる雅史を見て、浩之が驚きの声をあげた。
浩之にしてみれば、雅史が自分たちよりも先に南館にたどり着いているはずはなかった。
「あれ、浩之?」
雅史がゆるやかに答える。
一方の浩之は驚きを隠せないでいた。
彼のすぐ後ろに両腕を縛られた男を見た瞬間から。
「石動!?」
これには矢島も声をあげずにはいられなかった。
「なぁんだ、雅史の方が先立ったのねぇ」
後ろで志保がのんびりと言った。
「そうか・・・雅史の方が先か・・・」
志保に言われ浩之が落胆する。
「でもよかったじゃない。雅史ちゃんも無事みたいだし」
「そう・・・だな・・・」
だが浩之の表情は晴れない。
「僕たちは今から石動を校長室に連れていくんだけど、浩之も来るでしょ?」
雅史がやはり穏やかに誘った。
だが、浩之は、
「いや、お前たちだけで行ってくれ。俺はまだやり残したことがある」
「何をやり残したって・・・」
怪訝な顔をする志保を浩之は手で制した。
「分かったよ。じゃあ、僕たちはこれで・・・」
「じゃあな」
雅史に続いて垣本が軽く手を振った。
その後にはサッカー部、琴音、そして山吹と古賀が石動を連れて南館を後にした。
残された浩之たちの表情は暗い。
「いったい何をやり残したってのよ? 教えなさいよ」
志保に言われるまでもなく、浩之はあることを全員に問いかけるつもりだった。
「なあ、みんなは今日、何のために戦った?」
「そんなの決まってるでしょ? 石動を倒すためじゃない」
誰も答えないので、代表して志保が胸を張って答えた。
「ああ、たしかにな。だが、最後に勝ったのは誰だ?」
「まぁ、結果的には雅史が勝ったわけよね。私たちより先にアイツを捕まえちゃったんだから」
脳天気に志保が言う。それがさらに浩之を苛立たせた。
「それが納得いかねえんだ。苦労したのは俺たちだぞ。なのに、なんで雅史の方が・・・!」
「浩之ちゃん! 落ち着いてよ!」
突然、あかりが怒鳴り声をあげた。
普段聞くことのない大声。さすがの浩之もこれには少しひるんだ。
「どっちが先か後かなんて関係ないじゃない。浩之ちゃんも雅史ちゃんも一緒に戦うって言ったんでしょ。
なら、何も問題ないじゃない」
「そうダヨ。アカリの言うとおりネ。勝ち負けにこだわるのはよくないよ」
「・・・・・・」
レミィにまで言われたが、まだ浩之は釈然としなかった。
「先輩、とにかく校長先生のところまで行きませんか?」
それまで黙っていた葵も、2人につられて提案する。
「ああ、そうだな。とりあえず校長室まで行くか」
あまり乗り気ではない風に浩之が答えた。
彼女らが浩之をなだめたのは、雅史、浩之が校長と取り交わした約束を知らなかったからである。
もし、それを知っていたら・・・少なくとも志保は浩之と同じ意見であったろう。
そして保守的なあかりも、浩之がそう主張する以上、最後は彼に同意せざるをえないだろう。
雅史らから遅れること数分。
浩之たちが校長室に入った。
「やあ、藤田君。今回は本当によくやってくれた」
数日前とは明らかに違う校長がいた。
緊張感と恐怖感に包まれていたあの顔が、いまや満面の笑みを称えている。
「君たちのおかげで、この学校もようやく平和な校風を取り戻せるというものだ」
校長は実に楽しそうである。
「それにしても、山吹君、古賀君。君たちが石動に反旗を翻すとは思わなかったよ」
「俺たちだって、今のこいつらと同じ気持ちさ。チャンスがあればコイツを始末したいと思ってた」
古賀がよそを見ながらそう言った。
「だが、君たちが彼を捕まえていなければ、大きな被害が出ていたかも知れん」
校長は山吹と古賀を交互に見つめた。
「ちょっと待て、“捕まえていなければ”ってどういう意味なんだ?」
横から不満たらたらに質問したのはもちろん浩之だ。
「彼らも石動に不満を抱いていたのだよ。屋上で寝そべる石動をこの2人が縛り上げたってわけだ」
「じゃ、じゃあ雅史が石動を捕らえたわけじゃねえのか?」
「そうも言えるかも知れん。だが、最終的に佐藤君が先に石動のもとへたどり着いたのだ」
校長が賛辞を述べると、雅史ははにかんだように小さく笑った。
浩之の憤りはから回りするばかりだ。
「さて、佐藤君。あらかじめ約束していたとおり、今後は君にこの学校に対する一切の権限がある」
「はい」
「俺はそういうの嫌いなんだがな」
古賀が不服そうに言った。
「いや、こいつらの話だと佐藤には人望があるらしい。石動のようにはならんだろう」
横から小声で山吹がたしなめた。
「浩之ちゃん、いまの・・・どういうことなの?」
状況がいまひとつ飲み込めていないあかりが、浩之の袖をつかむ。
「・・・あとで話す・・・」
浩之は雅史をにらみつけたまま、そう答えた。
「そこで、まず君に訊きたい。君は石動をどう処分したらいいと思う? この学校のリーダーとしての
意見をぜひ聞かせてくれ」
「僕は石動を――」
雅史が返答につまった。
数秒の沈黙が場を支配する。
やがて、
「石動は死罪に値すると思います。彼の横暴な学校風紀が終わったということを皆に知らせる意味でも、
彼はグラウンドで処刑されるほうがいいと思います」
恐るべき提案だった。
雅史の口から出たとは思えない、凶悪な意見だった。
「おい、雅史、本気なのか?」
垣本が雅史の肩を揺さぶる。
「もちろん本気だよ。こういうことは最初で最後ってことを皆にも教えなくちゃ」
雅史の目は真剣だ。
「そうか、よく言ってくれた。君こそ、この学校を背負って立つに相応しい生徒だ。では、私は早速、
このことを職員会議で報告しよう。石動の処刑は明日の昼休み、佐藤君の提案通りにグラウンドで行う
ことにする」
校長はそう宣言すると、さっさと職員室へと去っていった。
「雅史・・・ずいぶん思い切ったことを言ったな・・・」
垣本が誰にともなくつぶやいた。
琴音は横で蒼い顔をして雅史をみつめている。
校長室にはすでに浩之たちの姿はなかった。
「ねえ、浩之ちゃん。さっきのはどういうことなの・・・?」
長い廊下を歩く浩之に、あかりがおそるおそる訊ねた。
「聞いたとおりだよ。俺と雅史、どっちかが先に石動を倒せば戦いは終わる。でも、それだけじゃない。
石動を先に倒した方がこの学校の指導者、つまり第2の石動になれる約束だったんだ」
「ちょっとぉ、そんな話聞いてないわよ!」
「言ってなかっただけだ」
誰もがさっきの話を思い返す中、矢島だけはあかりの横顔を見続けている。
だが、浩之の事が気になるあかりはそんな彼の視線には気付かない。
「それにしても、さっきの雅史は怖かったわよねえ。ビックリしちゃったわよ〜」
「うん、いつもの雅史ちゃんじゃなかったみたい・・・」
「あいつめ、もうリーダー気取りでいやがる」
浩之の憤りはたまる一方だった。
「だから、さっきあんなに怒ってたんだ」
「ああ」
葵はさっきから俯いたままだった。
琴音と違い彼女に予知能力などないが、それでも彼女なりにこれから起こる悲劇をどこかで感じ取って
いたのかも知れない。
そしてその悲劇の幕開けは、浩之の次のひと言で現実となる。
「なんとか雅史を引きずり降ろすことはできねえかな?」
「えっ?」
これにはその場にいた全員が驚きを隠せなかった。
「浩之ちゃん、なに言ってるの?」
「考えても見ろよ。実際、苦戦したのは俺たちだぜ? おまけに、石動を捕まえたのは雅史じゃなくて
あの時いた、あの2人だって言うじゃねえか」
「そうネ、たしかにそう言ってたネ」
レミィがうんうんと頷く。
「それにいくら横暴だからって、雅史は石動を殺すなんて言い出したんだぜ? 他のやつらがそれを見て
雅史にこの学校を任せようなんて思うか?」
「・・・・・・」
「ヒロの言ってることも一理あるわね」
「おお、志保は分かってくれるか。お前にしちゃよく分かってるじゃねえか」
「大きなお世話よ。でもさ、雅史をリーダーにさせない方法ならあるわよ」
「何だ!? なんかあるのか!?」
「ふっふっふ・・・この志保ちゃんをお舐めでないよ」
「おい、もったいぶらずに教えろよ」
「ダ〜メ。今日の放課後までおあずけよ」
「チッ、分かったよ。でも確実なんだろうな?」
「まあね。私にかかれば楽勝よ♪」