第40話 革命

(ついに研究所が本社からの独立を表明した。この事態に本社が下した決断は・・・・・・)

 来栖川重工第4研究所         セリオの複製・HMX−13の研究を行う、独立活動の中心的研究所。
 来栖川重工第2研究所(ALTER)   HMX−13の追加兵装を得意分野とする独立派。
 バクトイド・コンバット・モータル社   アメリカのロボット企業。超性能ロボット、キディを開発した。
 技術組合                 ロボットの倫理を訴える団体。独立活動を支持。
 インターナショナル銀行グループ   外国為替取引を中心に行なう大手銀行。独立活動を支持。
 アニマード・ケミカル社         化学技術の最大手。石井に研究所への支援を打ち切るよう依頼された
 サイバー・プロテック社         ロボット産業に参入したばかりの中企業。

 石井 和成                第4研究所長。本社のやり方に不満を抱き、独立活動を始める。
 高城 優希                ALTER所長。独立活動の中心人物で石井の同期。
 ハイマン・レーダーバーグ       バクトイド社代表。独立後にロボット産業を牛耳ろうと画策している。
 新條 栄治                技術組合代表。
 田沼 隆一郎              インターナショナル銀行グループ代表。
 ジャルル・ハインズ           アニマード・ケミカル社代表。
 三島 隆                 サイバー・プロテック社代表。


 寺女の戦いから1ヶ月。
浩之派、雅史派は、互いに相手の戦力を警戒し大規模な攻撃をしかけることはなくなった。
というより、浩之は雅史派の居所を知らないため、戦いは防戦という形になっていたが。
各地でロボットによる小規模な戦いはあったが、それらは戦力を削ぐにはいたらなかった。
彼らを取り巻く情勢がにわかに落ち着きを見せ始めた頃。

 来栖川重工がマルチ・セリオを商品化し、正式に販売を開始した。
商品名はHM−12・HM−13に改められ、国内だけでも数百万体が流通した。
11型とは比べものにならないほどの性能、人格、人間らしさの点が評価され、この”商品”は飛ぶように売れた。
評論家や有名小売店の代表などが2体について絶賛すると、それが顧客の心理を揺さぶり、多少の価格でも
購入するという。
メイドロボブームはもはや、社会現象や経済爆発などと言われるようになった。
ある経済評論家は、来栖川のロボット事業が成功しすぎると経済を支配する恐れがあると説いた。
それは実情に的を射ているが、かといって彼の啓蒙で世界の動きが止まるハズもない。
発売後、3日と経たないうちに本社倉庫の在庫は0になった。
同社が保管を委託していた倉庫も、ほどなくして在庫を空にし、売り切れが続出した。
この異例の好況に、来栖川社の株価は高騰した。
期せずして株式を保有していた企業は、満期保有目的から売買目的へと変更し、存続を確固たるものにした。
それから数日後。
会計期間が終了した。
本社は経常利益の数割を株主への配当金にあて、残額を積立金とした。
その配当金額は明らかにされていないが、関係者の話ではやはり巨額だったらしい。
間もなく開かれた株主総会では、今後の成長のために第2および第4研究所への研究資金援助額をただちに
おこなうという意見が圧倒的多数を占め、本社はこの決議に従い、すぐさま資金援助が行なわれた。
この時の”圧倒的多数の意見”は、まぎれもなく技術組合らのものである。

 そして2週間後。
ついに独立活動の最終段階が始動した。
第4研究所所長・石井和成を筆頭とする総勢55名が、来栖川本社からの独立を表明したのである。
この会見には来栖川の取締役はもちろん、重役らも多数出席し、異様なムードでの幕開けとなった。
各メディアはこの来栖川勢力の分裂のみをピックアップし、情報はこの会見の模様だけに絞られた。
関係者が固唾を飲んで見守るなか、石井が独立にいたった背景を知らしめるように述べた。
彼はおおむね次のようなことを発表した。

「昨今のロボット需要にともなう弊害は拡大の一途をたどっている。
これほどまでに生活に浸透しているロボットに、我々は倫理と規制を設けなければならない。
本来、人間が求めているロボットとは作業の効率化、開拓エリアの拡大、人件費の節約などの彼らの演算能力で
あり、一個体そのものである。
しかし来栖川重工本社はこの揺るぎない事実に背を向け、大衆に媚びた無能なロボットの生産を押し進めた。
その結果、市場には能率低下を誘う危険なロボットが蔓延し、その実は人間に取り付く女性の姿をした悪魔が
確実に我々を蝕んでいる。
ロボットには外見の良さや複雑な感情の表現は不要である。
それらは機械のもつ将来性や性能を著しく低下させ、人間の堕落と絶滅を加速させる。
本社の利益のみを追求し、時代が真に求めるロボットをないがしろにした姿勢に対し、我々は独立を表明する。
これは正当な行動であり、本社にこれを拒否する権利はない」

会見のあと、本社はすぐに答えを出さず対応を保留にした。
独立表明の2日後、臨時に株主を召集し、取締役を含む緊急会議がもたれた。
この会議は非公式のものとされ、そこでどのような意見交換がなされたかは公にされていないが、少なくとも
2研究所の独立許可が可決されたことは言うまでもない。
本社が正式に独立を承認したことは、経済界に大きな影響を与えた。
世界の経済を支配するとまで言われた来栖川重工が基幹産業の分裂を認めるということは、事実上、ロボット
産業から手を引くことを意味していた。

「こんなにも順調に進むとは思いませんでしたな」
技術組合代表、新條が含み笑いを見せながら言った。
会計期間までを考慮にいれたのは、素晴らしい考えです」
そう言って拍手したのは、インターナショナル銀行グループ代表の田沼だ。
第4研究所の一室に集まった首謀者たちは、いかにも悪人面で事の成功を喜んでいた。
支援者にとってはまだモトは取れていないのだが、これまでの進捗度から判断すれば、今後の利益は想像に
難くない。
「皆さまのおかげです。今回の独立にご理解とご協力を賜り、ありがとうございました」
石井が深々と頭を下げる。
「いえ、私たちもこんなに美味しい思いができるのなら、いつだって協力いたしますよ」
儲け話に目がない田沼が目を輝かせながら言った。
「ところで、なぜ私があなたがたに協力したことになるのですか? ぜひともその理由をお聞かせ願いたい」
アニマード・ケミカル社の代表、ジャルルが流暢な日本語で訊いてきた。
彼は日本に来て10年。
アジアの流通形態や流行などを追っているうち、自然と日本語が身についた。
「第7研究所はロボットに対する考え方から、本社側についています。我々がより優位にたって独立を成功させる
ためには、どうしても同研究所の原動力・・・つまり援助を断つ必要がありました」
石井は説明しながら、果たして言葉の全てがジャルルに伝わっているかどうか不安だった。
だが、アジア研究に熱心だった彼には、もちろん全てを理解することができた。
「そうでしたか・・・・・・。第7には正直、頑張ってもらいたかったのですが・・・そういう状態ならしかたありません」
「本社はこれまでも、ロボットの未来や人間の未来を軽視していました。この考え方は非常に危険です。
貴社においても、このことはご承知のことかと思います」
独立に際して、アニマード・ケミカルとサイバー・プロテックは半ば、巻き込まれた形になっていた。
というのも石井は、この2社に独立計画の全容を話していなかったのである。
援助をしているという事は、彼らがかなり親密な関係にあると察知した石井は、迂闊に計画を打ち明ける気には
なれなかった。
もし、彼らが第7に独立計画のことを話せば、それはいずれ本社に伝わってしまう。
そうなれば、かねてから計画していた独立は失敗に終わり、今度こそ石井達は再起することができなくなる。
後々のことも考えて、石井は2社には伏せていたが、これは罪悪感に変わっていった。
「それでは・・・」
口を挟んだのは、サイバー・プロテック社代表、三島隆だった。
「恐れながら申し上げますが、あなたらの目指すロボットとは何ですか?」
サイバー社にとって独立の問題は、一方的に営業を邪魔されたという感が非常に強い。
来栖川への資金援助によって配当を得ていた同社は、持ちつ持たれつの関係を保っていた。
「私たちはロボットをロボット以上でもロボット以下でもないと考えています」
「・・・・・・?」
「ロボットに求められるのは性能です。労働力です。飾り気など一切必要ありません。愛想を振りまいたり失敗
したりするのは人間の役目です。そして、ロボットは失敗してはなりません」
石井は一気にまくしたてた。
いちいち相手の反応を窺うようなことはしなかったし、そうする事に意味は無かった。
この場では主張することが第一だと石井は考えていた。
「まあ、私たちにとってはあまり関係のないことです。大事なのはこの独立によって、我々支持者がどれだけの
営業外収益をあげるか・・・。その点だけ考えておればよいのです」
新條が食い下がる様子の三島をなだめるように言った。
石井にとっては思わぬ助け舟だった。
新條はさらに続けた。
「彼らはもう来栖川とは別個の企業です。ですから、もう来栖川を庇護する発言はナシにしましょう。それに・・・
今回のことはサイバー社にとっても非常に有利な話なのですよ? ロボット情勢はほぼ白紙に戻った状態です。
新規参入の貴社が生き残るためには”今”を逃す手はないと思いますが?」
明らかな皮肉なのだが、それが当たっているだけに三島は何も言い返せなかった。
 サイバー・プロテック社は2年ほど前に産声をあげた企業だ。
”オフィスに新たなパートナーを”
というスローガンで経営を始めたロボット企業だったが、その頃にはすでに来栖川がシェアの80%強を占めており
とても新参の組織が太刀打ちできる状況ではなかった。
そういった企業では経営力を保つためにアイデアで勝負する。
来栖川ほどのブランドともなると、ある程度軌道に乗ってくると、以後はブランドを貫き続けるスタイルが多い。
現にHMシリーズなどは、第一期からすでに”ヒト型”というイメージが固定されていたし、11型までのシリーズは
常にHM−1の後継機という印象が強かった。
サイバー社にとって再起を図るチャンスは、消費者がそんな来栖川のワンパターンに飽きた頃だった。
しかし大衆が飽きる前に、来栖川はマルチとセリオというとんでもない核弾頭を投入していた。
これによって、サイバー社の低迷は決定的となった。
彼らにとって唯一の救いは、かねてから来栖川に資金を援助していたことだ。
協力的な姿勢を見せる事で、来栖川からは見捨てられなくて済んだが、逆に追い越すことも不可能となった。
新條の言ったことは的を射た意見であり、これに反論する余地はなかった。
「それにしても配当が楽しみです」
田沼が言い争いを集結させるように言った。
2研究所の独立が完了した今、彼らの楽しみは配当にしかない。
あらかじめ来栖川社の株式を買い集め、新型ロボットが発売されるまで待ち、それによって高騰した株式を今度は
一気に売却する。
これは明らかな違法行為(インサイダー取引)であるが、彼らに罪の意識はない。
一方、石井たち研究所側にも大きなメリットがある。
ひとつは独立を確かなものにすること。
独立を表明した際、本社は臨時に株主総会を開き、対応について株主の意見を募る。
株式会社の資本は株主(出資者)なので、彼らの発言権は非常に大きい。
そしてこの時、株主の発言によって独立を許可させる。
もうひとつは、本社の力を削ぐことにある。
株式を売却されるということは、資本金が減少するということである。
2つの研究所が独立したとしても、それは数ある中の2つで、本社にとってはそれほどの打撃ではない。
しかし明らかな資本の減少は、本社に迂闊に手を出させないということではかなりの効果がある。
実は石井にとっては、この2つ目の効果の方が重要だった。
というのも独立は必ず成功するという自信があったからだ。
そして彼の本当の目的は独立ではなく、その先に待つ”真の革命”にあった。

 

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