第42話 背信行為
(研究所の独立は本社にとっては背信行為だった。一方、謎の信号にある共通性を見出した者がいた)
「まさか、こんな事になるとは・・・・・・」
管理責任者がうめいた。
「あの噂は本当だったというわけか・・・」
経営補佐の男も頭を抱えている。
この日、臨時で召集された重役会議には本社の主要メンバーと第2研究所(ALTER)、第4研究所をのぞく全ての
研究所長が集められた。
「内輪揉めだとかケンカ別れだとか、マスコミはつまらんゴシップではやし立てておる」
「言いたい奴には言わせておけばよい。問題は現実に独立を認めてしまったことだ」
第五研究所長、太田がうなった。
「その事だが、なぜ出資者たちは独立に賛成したのだろうか」
「独立から彼らが得る物は何もないハズだ」
「それはそうだが、株主の意見には逆らえん」
事実を突きつけられると、どんな憶測も抹消されてしまう。
「しかし、わざわざ益にならないことを承認するでしょうか?」
この意見に固着するのは第3研究所長、山田だ。
「何か我々の知らない所で株主と裏切者らとの間に約束が取り交わされていたに違いありません」
憶測の域を出ないというのに、山田はもう決めつけている。
とはいえ彼の考えは正しい。
「待て待て。それは早計だ」
という声と、
「たしかに。それはあり得る」
という声が交錯した。
「だが、これが彼らの背信行為であることには代わりがない。周囲からの突き上げで独立を止む無く承認したが、
奴らには制裁を加えなければならない」
多少ざわついてきた会議室を収拾し始めたのは、経営補佐の大木戸だった。
「奴らめ・・・。最先端の開発環境を与えてやった恩も忘れやがって。オトシマエは必ずつけてやる!」
大木戸は興奮すると口調がかなり荒くなる。
まるでヤクザのような喋り方になるので、周囲からは”極道”というあだ名がつけられている。
「もしかして・・・」
おずおずと手を挙げたのは第1研究所長、坪井だ。
「何だ?」
「想像ですけど。もしかしたら報復のつもりなのかも・・・」
「報復?」
管理責任者の眉がわずかにひきつった。
ある忌わしい過去を思い出したからだ。
「何年か前、本社と研究所間でロボットに関する意識から対立したことがありました。あの時、少数の研究所は
強硬に主張を続けていました。最後まで本社の指示に従おうとはしませんでした」
坪井がかみしめるように言うと、古くから来栖川に携わっていた何名かはあの時の事を思い出していた。
「その時の生き残りが仕返しをしたのです。それしか考えられません」
「・・・・・・。それは分かっていたよ・・・・・・」
「え・・・?」
「独立と聞いた時点で、当時の奴らが引き起こした事だということは分かっていた」
「・・・・・・そうでしたか・・・」
「それを認めたくなかっただけだ」
「・・・・・・」
「だが・・・」
管理責任者はため息をついて、
「何のための独立なのか・・・それが分からない!」
彼は声を荒げた。
「ロボット産業を掌握するためではないでしょうか?」
誰かが言った。
「それが妥当だ・・・・・・しかし・・・・・・」
次に発せられた言葉は、この場にいるほとんどが思っていることと一致していた。
「彼らの目的は何か・・・もっと大きな”何か”のような気がする・・・・・・」
「やれやれ。上の人らの話は堅苦しくていかん」
ようやく会議から解放された芹沢は思いっきり背伸びをした。
「でも、参加しなかったら彼らと同じ扱いになりますよ?」
部下が言った。
彼らとは石井たちのことである。
「・・・・・・。独立か・・・・・・。気持ちは分からないでもないな・・・」
「へっ?」
部下は聞いてはならないことを聞いてしまったような気がした。
「確かに本社のやり方は正しいとは思えない。ロボットを利益をあげる商品としか見ていないんだ」
「それはそうですが・・・」
「君もそう思うだろう? ロボットに求めるのは可能性だ。だが、本社はその可能性を潰そうとしている」
部下は返答に困った。
実を言うと彼は芹沢の意見には反対だった。
自分が偉くなるためには信念やプライドは捨てなければならないと思っていたからだ。
だからたとえ不本意なことでも、それが上層部からの命令であれば必ず遂行しなければならない。
それが彼の考え方だった。
「でも、私たちは本社からの援助を受け取っています。そのお陰でこうして・・・」
「それはある目的のために支給されたものだ」
芹沢の返事は素っ気ない。
部下が本社を擁護するような発言をしてから、彼は部下の言葉を聞くだけムダだと思った。
「ある目的とは?」
「知らなくていい」
こいつは何か考えている・・・!
このままこいつの下にいていいのか・・・。
部下は芹沢に疑念を抱いた。
もしかしたら、とんでもない事をやらかすかも知れない。
そうなった時、いつも側についていた自分の立場が危うくなるかもしれない。
これは早々に見切りをつけた方がいいんじゃないか・・・?
出世のためには裏切りは必要なのだ。
「とにかく、今は信号の解読を急ぐんだ」
芹沢が今日はじめて力のある声を出した。
「またですか・・・」
とは言えない部下は、
「そろそろ教えて下さいませんか? 信号とそれを解読する意味を」
できるだけ欲求を抑えて言った。
彼が信号の解読メンバーに加えられたのは数ヶ月前のことだ。
何もない状態からスタートし、今日。信号の解読はわずかながら進んだ。
だが、これは命令というだけでその意味や目的については全く知らされていない。
目的の分からないことをやらされるほど気持ちの悪いことはない。
メンバーは何度も上司に理由を聞き出そうとした。
だが、これはムダに終わった。
誰も決して喋ろうとはしないのだ。
秘密にしているわけではない。
上司もまた、目的を知らされていない内の1人だったのである。
だが芹沢なら何か知っているかもしれない。
彼は研究所長なのだから。
「他の誰も喋らなかっただろう?」
「え? え、ええ・・・」
「それでいいんだ・・・」
部下はつくづく彼の下にいるのがイヤになってきた。
「信号の解読が100%完了した時、全てを話す」
芹沢はそれだけ言うと、自分の部屋に入ってしまった。
「・・・・・・」
残された部下はそれ以上追及できず、”全てを話す”という言葉を信じ、信号の解読に取りかかった。
通信室ではすでに10数名が同じ作業を繰り返していた。
仕事に集中しているのか、さきほど芹沢と別れた部下が部屋に入ってきても、誰も声をかけたりしない。
全員がモニターに向かって何かしている。
周辺の地図が映っていたり、妙なグラフが画面を埋め尽くしていたり。
それらは全て、信号の解読のために必要なことだった。
「おう、遅かったな。何してた?」
誰かが声をかけてきた。研究員の佐伯だった。
「ああ、芹沢さんにそれの事を訊いてたんだ」
部下がモニターを顎でさして言った。
「訊いてもムダだよ。誰も何も言っちゃくれねえ」
佐伯は別に気にもしていないのか、首のあたりを揉みながら面倒臭そうに答えた。
「収穫はあったぞ。これが完全に解読されれば全て話してくれるって言ってた」
「なら、もうすぐ教えてもらえるな」
瞬時に部下の顔色が変わった。
「・・・どういうことだ?」
「そういうことさ」
佐伯はやはり面倒臭そうに答える。
「昨日だったか、信号が急に弱まったり強くなったりしたんだ。今までで一番激しい変動だったよ。お陰でこっちの
作業もかなり捗った」
「本当か?」
「ウソついてどうすんだよ。信号の種類と波形パターンは全部分かった。あとはこれを急いで変換するだけだ」
佐伯はそばに置いてあった缶コーヒーを飲み干した。
「どうにも気になってるのが、この信号のパターンだ。オレにはどうも“意思”のようなものに見えてならねえ」
「意思だと・・・?」
「これを見てみろ。1年前の波形パターンだ。不規則にうねってるように見えるが、4月期と6月期は全く同じ波長に
なってるだろ?」
「言われてみれば、確かに。偶然じゃないのか?」
「なら一昨年のも見るか? ほら、これだ。今度は3月期と6月期が同じだ。これとさっきの4月期と6月期を
見比べてみろ」
佐伯は画面にいくつも表れた曲線を指でなぞった。
「同じだ・・・」
「だろ? 完璧に重なり合うんだ。じゃあ、もうひとつ。この4つの期間に共通していることがあるが、それは何か
分かるか?」
佐伯は挑むような口調で言った。
部下はしばらく考えてみたが、やがて、
「分からない。お手上げだ」
と言って、両手の平を上に向けた。
佐伯はそれを分かっていたように、
「まず一昨年の3月と6月といえば、それぞれHMX−10型とHMX−10型Bが発売された月だ」
「そういえばそうだったな」
「さらに去年の4月・6月。これは、HMX−11型、SAGSが発売された月だ」
部下の顔色が変わった。
佐伯が何を言わんとしているのか、悟った表情だ。
「佐伯、先月のデータはあるか?」
「ああ、あるぜ。お前の思っているとおりの波形になってるハズだ」
そう言って佐伯は1ヵ月前の信号データを呼び出した。
そこに表示された波形は、間違いなく前例の4つとまったく同じパターンだった。
1ヵ月前といえば、マルチとセリオが正式に市場に流通した月である。
「やっぱり・・・・・・」
部下がつぶやいた。
「これがオレの言う”意思”ってやつだ」
「そうか・・・。でもなぜそう思うんだ?」
「この信号を発している”何か”は世間を知ってるんだ。だから、どんなロボットがいつ出回ったかも知ってる。
もしかしたら、この信号はロボットに何かを働きかけているのかも知れん」
佐伯は鋭かった。
部下は今さらながらに、この佐伯の着眼点の鋭さに敬意を表した。