第43話 余波

(主要研究所の独立による余波は、静かに広がっていた)

 教室に志保が駆け込んできた。
「ちょっと、大ニュースよ! 来栖川で揉め事が起きたって!!」
「知ってる。それより、揉め事ってレベルじゃねえだろ」
志保のあまりにも漠然とした言い方に呆れつつも、そこが志保らしいのだと思うと、自然と笑みがこみ上げてきた。
独立のニュースは普段、新聞を読まない俺も知っていた。
というより当日、どのテレビチャンネルでも同時に放送していたからだ。
見たくなくても、どこかで目にしてしまう。それほど大きな事件だったってことだろう。
「だけどイマイチ実感ないのよねぇ。すぐ身近で起こってることなのに」
志保の言う事は分かる。
来栖川重工はうちの学校にも出資してるんだから、付き合いはかなり深いハズなのだが、どうも別の世界で
起きていることのような気がするから不思議だ。
「でも、私たちと関係ないわけじゃないよね」
いつの間にか隣にいたあかりが言った。
「あ? ああ・・・」
言っていることがよく分からない。
「だって、ほら」
あかりが窓の方を指差す。
そこから覗き込むと、校門近くに12型が数体、警護にあたっていた。
寺女の戦い以降、俺たちは雅史の居所をつかめないでいる。
以前には何度か奴らのロボットが少数でやって来たが、俺たちの軍隊に敵うはずがない。
向こうもそれが分かったのか、ここしばらくは攻めてこない。
だが、それがかえって不安になったりする。
攻めてこないのは、奴らが何か準備をしているような気がするからだ。
第7から引き取ったキディは、姿を消すことができる能力を持った最新型のロボットだ。
こいつが味方になってくれたのは心強いが、キディの能力について委員長が、
『こういう特技は攻める時に力を発揮するもんや』
と言っていた。
たしかに守りにはあまり向いていないかもしれない。
敵に切り込む時に姿を隠して、相手の虚を突くというのが最も効果的な戦法だろう。
となると、やはりこちらから攻めなきゃならない。
「これからどうなるのかな?」
あかりが心配そうに俺に訊ねてくる。
「気にすることねえよ。俺たちには関係ねえしな」
果たして本当に関係ないのか。
俺にも分からない。
だけど、そうでも言わないとあかりが不安に押し潰されちまうかもしれない。
いや、無関係ってわけじゃねえな。
現にここには12型とキディ。寺女にも念のための12型が100体以上いる。
これで知らないなんて言葉は通らないだろう。
問題は俺たちにどんな影響があるか、だ。
ロボットを回収する、なんてことになったら俺たちの負けだ。
なんとしても雅史の居場所を見つけて、こっちから攻めねえと・・・・・・。

 いつまでこうしてなきゃいけないんだろう。
あのロボットが追いかけてくることはなくなったけど・・・。
もうそろそろ外に出てもいいんじゃないかと、姫川さんに言うと、
「私たちはまだ狙われている身です。外に出るのはやめましょう」
決まってそんな答えが返ってくる。
ここには食料もあるし、水もガスも使える。
だから生活する分には不自由なことは何もないんだけど・・・。
「松原様。何か納得のいかない事でもおありですか?」
ちょっと古臭い感じのロボットが訊いてきた。
名前はたしか・・・・・・フュールベ・・・だったっけ?
呼びにくい名前だったのは覚えてるけど。
「いえ、別に・・・」
私はとりあえずそう答えておいた。
このロボットは私たちに好意的で、いろいろな事を教えてくれた。
今いるこの研究所が廃棄された経緯。
ロボットの進化の過程。
私には難しい話だったけど、分かりやすく丁寧に教えてくれた。
中でも気になったのは、”管理者”だった。
会話の中にたびたび出てくる言葉。
ロボットが人間の言う事を何でも聞くと思っているのはどうやら私たちだけみたいで、実際には”管理者”という
別の何かの命令に従うらしい。
それなら今まで人間の命令を聞いていたのはなぜかというと、そういう風に”管理者”に命令されていたから。
フュールベさんは私たちにいろんなことを教えてくれたけど。
もしかしたら、それも命令されてのことなのかも知れない。
「松原さん、ご飯できましたよ?」
そんなことを考えていると、奥の部屋から姫川さんが声をかけてきた。
なんだか・・・すっかり住み慣れてしまったというか・・・・・・。
毎日の食事は残ってあった食材とかを使って姫川さんが作ってくれる。
初めのころは私も女の子として料理のひとつくらい覚えようと思って教わったけど、どうしても馴染まなかった。
女の子らしくしなくちゃ、とは思ってるんだけど・・・。
どうしても手が動いてくれない。

 焼きたての卵を口に運んでみる。
ちょっと薄味だったかな。
ふと横に座っている松原さんの顔を見ると、明らかに不服そうな顔をしてる。
やっぱり味付けが悪かったからかな・・・・・・。
「姫川さん・・・」
「は、はい。なんでしょう?」
「これ、すごく美味しいです」
えっ・・・・・・?
「すごく美味しいですよ」
よかった・・・。
あんまり厳しい顔するから、もしかしたら怒ってるのかと思っちゃった。
「ところで・・・」
松原さんがお茶を飲み終えてから言った。
本題だ。
とっさにそう思った。
「私たち、これからどうするんですか?」
やっぱり。何となく予想していた一言だ。
見ると、彼女はもう食べ終えていた。
「”管理者”に会います」
私はため息を一つついてから言った。
それを聞いた松原さんはパッと顔をあげた。
「本当ですかッ!?」
水を得た魚のように。松原さんの表情の変化って見ていて面白い。
「ええ、本当です。あのロボットから聞き出します」
これまで何度も”管理者”について、あのロボットに尋ねた。
その度にうまくはぐらかされて、その存在はおろか居場所すら教えてくれなかった。
だけど、次に訊く時は答えてくれる。そんな気がした。
何となく、なんて漠然なものじゃなくて。
うまく説明できないけど、私たちが管理者に会うヴィジョンが浮かんでくる。
それにしても松原さん。本当に嬉しそう。
もともと、”管理者”に会いたい、とアクションを起こそうとしていのは松原さんだ。
ここに来た直後のことだったから、私はそれに反対した。
とりあえず隠れ場所が見つかっただけで状況は何も変わっていなかったから、ヘタに行動を起こすのは今の
自分たちにとって不利になると思ったから。
松原さんは”管理者”に会うことを強く主張したけど、最後には私の考えに納得してくれた。
慎重すぎ、と思われてるかもしれない。
でも、私はこの判断が間違ってはなかったと思ってる。
私たちを追いかけてきたあのロボット。
マルチちゃんともセリオさんとも違う、見たこともないロボット。
高城さんから渡されたスタンガンも、松原さん自慢の格闘技も通用しなかった。
何より恐ろしいのは、ロボットなのに人間を平気で傷つけられること。
あの時の言葉から殺されるようなことはないにしろ、もし捕まったら間違いなく佐藤さんの所に連れて行かれる。
そうなったら・・・・・・どのみち結果は同じ・・・。
「でも、教えてくれるでしょうか?」
「大丈夫・・・だと思います。今度はうまくいきそうな気がするんです」
松原さんはちょっと不安そうだったけど、
「私は姫川さんを信じます」
と真剣な目で言われた。

「その質問にはお答えできませんと、何度も申し上げたハズです」
フュールベはそっけなく答えた。
この旧式のロボットには昨今のHMシリーズのような感情を表現する能力がない。
これは石井や高城らの理想に最も近い性能といえる。
「それも”管理者”に言われてることなんですか?」
葵がつめ寄った。
「はい。私は”管理者”の存在を説明することはできますが、その所在を明らかにすることは禁じられています」
すると琴音が控えめに、
「それは”今は”、ということですか?」
「・・・・・・」
フュールベは何も答えない。
この奇妙な間が核心を突いた証拠だと琴音は思った。
しばらくの沈黙の後、それまで伏せていた頭をあげてフュールベが言った。
「その質問に対する答えが存在しません。その質問は間違っています」
意外な回答に琴音と葵は顔を見合わせた。
葵は半ば諦めたような顔で。琴音はそんなハズはないという驚きの顔で。
「間違ってるって・・・! どういうことなんですかっ!?」
琴音がこれまでに聞いたことのない大声で問い詰めた。
その様子に今度は葵が驚いている。
「あなたの質問に対する的確な答えが見つかりません」
やはり抑揚のない口調だった。
「そんなハズはありません! 答えられるんでしょう!?」
琴音はもの凄い剣幕でさらに問い詰める。
葵はどうすればよいか分からず、オロオロしている。
フュールベはまた黙ってしまった。
「あの・・・」
「何でしょう?」
「”管理者”っていうのがいるんですよね?」
葵は何かに気付いたのか、そんなことを訊いた。
琴音は何を今さらといった表情で、葵の顔を見た。
フュールベは一瞬後、
「その質問に対する答えが存在しません。その質問は間違っています」
そう答えた。
葵はフュールベが何となくそう答えるのではないかと思っていた。
確信はなかったが、流れからするとそれがごく自然なことのようにも感じられる。
「やっぱり・・・・・・」
葵がつぶやいた。
「やっぱり、ってどういうことなんですか?」
状況が飲み込めない琴音は、葵がどういう意図でさっきの質問をしたのか分からないでいる。
「きっと”管理者”のせいですよ」
葵が言った。
「というと?」
「このロボットが”管理者”にとって不利なことを喋りすぎたんだと思います。だから”管理者”がこれ以上、よけいな
ことを言わないように命令したのかもしれません」
「・・・・・・」
「私、”管理者”は私たち人間に居場所を知られるのを嫌がってるように見えるんです。だから私たちが訊く事には
何も答えなくなったんだと思います」
なるほど。
言われてみれば、確かにそんな気がする。
それなら、以前まで答えていた質問に回答しなくなった理由も説明できる。
琴音は改めて葵を見直した。
もともと葵の行動力には感心させられることが何度もあったが、その積極性がときにがむしゃらに見えて不安に
感じることもあった。
しかし、今はそんな風に考えていた自分を恥じていた。
葵には物事を長い眼で見る冷静さがあった。
「でもそれじゃ、ふりだしに戻ってしまったことになりますね・・・・・・」
葵が残念そうに言ったが、すぐに琴音が否定した。
「そんなことありませんよ。”管理者”が行動を起こしたことが分かっただけでも大きな前進です」
本当にふりだしに帰ってしまっているのだが、琴音はわざと元気づけるように言った。
フュールベは2人のやりとりを聞いているのかいないのか、黙って立ったままだ。
琴音は自分が言った事を頭の中で繰り返していた。
やがて、ハッとしたように顔を上げた。
「ちょっと待って下さい。松原さん、さっき”管理者にとって不利になることを喋らないように命令した”って言いました
よね?」
葵はキョトンとした目で、
「え? ええ、私の勝手な想像ですけど・・・・・・」
自分の発言について問われると、だんだんと自信がなくなってくる。
それは葵も同じだ。
「ということは、”管理者”はどこかで私たちを見ているということなんでしょうか・・・?」
2人は同時にフュールベを見た。
フュールベは自分に注がれた視線を交互に見返した。
「もしかして、このロボット自体が”管理者”・・・なんてことはないですよね・・・?」
葵はまさかという表情で呟いたが、琴音もそれには頷いていた。
「でも、それならわざわざ”管理者”を口にする必要はないと思います」
だが、どこかに矛盾を感じていた琴音が葵の仮説を否定した。
こうなると、何が何でも”管理者”の居場所を突き止めたくなってくる。
その唯一の手がかりは、このフュールベなのだ。

 

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