第44話 影の組織

(寺女での凄惨を知った綾香は怒りに身をまかせ、雅史に問い詰めようとした)

 雅史の部屋のドアが荒々しくノックされた。
ALTER内にある個室のほとんどのドアはオートメーション化されていたが、雅史はどうにも機械に囲まれた空間が
好かなかったので、施錠は手動にしてあった。
先程から、ドアを激しく叩き続けているのは、
「佐藤君!! いるんでしょうッ!?」
綾香だった。
その手にはセリオから受け取った手紙が握りつぶされている。
ドアがゆっくりと開いた。
「どうしたんだい、来栖川さん? そんなに慌てて・・・」
眠そうな目をこすりながら雅史がドアの隙間から顔を出した。
「どうしたじゃないわ! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
綾香はもの凄い剣幕で雅史を睨みつづけている。
その剣幕に雅史はすっかり怯んでしまった。
「・・・今じゃないとダメかい?」
「今すぐよっ!!」
雅史は仕方なくドアを開け、
「分かったよ。とりあえず入って」
と言って、綾香を招きいれた。
綾香が部屋の奥まで入ったのを確認してから雅史はドアに鍵をかけたが、いきり立っている綾香がそれに気付く
ことはなかった。
「それで、どういう話?」
雅史は何となく分かっていて訊いた。
綾香がこれほどの剣幕で迫る理由はいまのところ、ひとつしかない。
「さっきセリオから手紙を渡されたの。何が書いてあったか分かる?」
「さあ・・・分からないよ」
見てもいない手紙の内容が分かるわけがない。
そんなことができそうなのは、唯一琴音くらいだ。
綾香は持っていた手紙を雅史に叩きつけるようにして言った。
「これにはね・・・寺女であった事が書いてあるのよ・・・・・・!」
今にも爆発しそうな感情を押し殺しているのが分かる。
「寺女で・・・浩之たちが攻めてきたことだね。あれは予想もしてなかった事だったよ。おかげで僕たちは・・・」
「そんなことを言ってるんじゃないわっ!!」
綾香は憎悪を含んだ目で雅史を睨みつけた。
「あなた・・・・・・葵を殺そうとしたわね?」
雅史が目をそらせた。
知られたくない出来事だったからだ。
だから雅史は恐る恐る訊いた。
「その手紙・・・・・・誰が書いたんだい?」
「誰だっていいでしょ!! 誰が書いたかなんて関係ないわっ!!」
「誰が書いたんだ!」
バラしたのはセリオなのか。
それとも・・・・・・。
「姫川さんよ」
綾香が吐き捨てるように答えた。
「そう・・・・・・姫川さんか・・・・・・」
雅史はなぜか笑っていた。
あの女・・・。
自分から逃げるだけなら、まだ可愛かったが。
こんな厄介ごとを残していくとは・・・。
「それより、どうして葵を殺そうとしたの!?」
「・・・・・・」
「あなたの相手は浩之でしょ? だったら葵は関係ないハズよ!」
綾香の口調がだんだんと激しくなる。
「仕方がなかったんだよ。だって彼女は浩之の仲間だったんだ。ああしなかったら、僕が殺されてたかもしれない」
雅史は精一杯の演技をした。
「それに殺すつもりなんてなかった、本当だよ。それは姫川さんの勘違いさ。ただ、皆の手前、形だけでも浩之の
仲間に罰を与えるフリをしなきゃならなかったんだ」
雅史は我ながらうまい言い訳だと自負したが、綾香には通用しなかった。
「姫川さんはそうは言っていないわよ。彼女、何とかして葵を助けようとしたけどあなたが許さなかったんだってね」
これ以上怒らせたら、綾香はどんな行動をとるか分からない。
雅史は気付かれないように1歩下がった。
「あなたのした事・・・私は絶対に許さない!!」
「どうして? たしかにやり過ぎたかもしれないけど、結果的に松原さんは助かって・・・助かったんだよ?」
これは万引きをして見つかっても、金さえ払えばいいという理論に似ていた。
「そうよ。葵は切り傷を負っただけで済んだわ。姫川さんが護ってくれたおかげでね!」
「護った・・・護った・・・。そういうことだったのか。通りでけしかけた犬が何もしなかったわけだ。まさか姫川さんが
能力を使っていたなんてね・・・・・・。はは、そういうことか」
「何がおかしいのよッ!!」
綾香が詰め寄った。
雅史が反射的に身を引く。
「あなたがそんな人だとは思わなかったわ」
雅史は何も答えない。
それが綾香をさらに怒らせた。
「許さないッ!!」
「ふうん・・・・・・。それは勝手だけど、許さなかったらどうするんだい?」
いつの間にか雅史の右腕はポケットの中にあった。
彼の目は明らかに綾香を挑発している。
「こうするのよッ!!」
言うが早いか、綾香は雅史めがけてとびかかった。
エクストリームチャンプの必殺の一撃。
いくら女子とはいえ、これをまともに受ければ男子の雅史といえども無事で済むハズがない。
だが、綾香の拳が雅史の顔面に届く瞬間、彼女はその場に崩れ落ちた。
「くっ・・・・・・」
苦悶の表情を浮かべて、綾香が見上げる。
その先にはスタンガンを構えた雅史が立っていた。
「事実を知れば、こうなるとは思ってたよ。ただ、僕が予想するよりも時期的に早かったけどね」
雅史が綾香に近づいた。
「皆、僕に逆らおうとする・・・。どうしてだろうね? 悪いのは浩之の方なのに」
その場にしゃがみこむと、雅史は綾香の顔を覗き込んだ。
「残念だったね。僕を痛めつければ気が済んだんだろうけど、僕だって痛い思いはしたくないし・・・・・・」
綾香は薄れゆく意識の中、雅史の言葉を聞くともなしに聞いていた。
「さて、どうしてくれようか?」
しばらくの後、雅史は誰にも聞こえない独り言を言った。

「久しぶりにどこかに出かけないか?」
浩之ちゃんが突然、そんなことを口にした。
「どこかって?」
「どこでもいいんだよ。ゲーセンだっていいし、お前の好きなクマグッズを買いに行ってもいいしな」
「え、クマ?」
クマという言葉に私は思わず反応していた。
それにしても、浩之ちゃんがこんなことを言うなんて・・・。
「どうした? 乗り気じゃなさそうだな?」
「ううん! そうじゃないの。でもどうして急に?」
浩之ちゃんの顔がわずかに変わった。
もしかしたら訊かれたくなかったのかも・・・。
そう思っていると、
「ここしばらく、お前には辛い思いばかりさせてきたからな」
「え・・・?」
「急に環境が変わって不安なんだろ? それくらい俺にだって分かるぜ」
「浩之ちゃん・・・・・・」
私は思い切って言ってみることにした。
「浩之ちゃん、この争い、終わらせることはできないの?」
「・・・・・・」
「もしかしたら・・・ううん、多分誰もこの戦いを続けたがってる人はいないよ?」
「あかり」
浩之ちゃんは怒ってるような笑っているような、そんな複雑な目で私を見た。
「残念だが、それはできねえ。これはプライドの問題だけじゃない。向こうだって本気だ。それは今までの戦いで
分かるだろ?」
「うん・・・分かるよ」
「元々は俺たちが石動を倒して学校を正常にするための戦いだった。雅史がそれをぶち壊したんだ」
「それも分かるよ・・・だけど・・・」
この先を言ったら、きっと浩之ちゃんは怒る。
「だけど、なんだ?」
「・・・怒らないで聞いてくれる?」
「ば〜か、お前の言う事で怒るかよ。いいから言ってみろ」
「じゃあ言うよ。あの時、権利を得たのは雅史ちゃんだよね? だったら、これからも雅史ちゃんにこの学校の事を
任せればいいんじゃないのかな?」
浩之ちゃんは怒らないで私の言う事を聞いてくれた。
本当はもっと早くに言いたかった。
浩之ちゃんも雅史ちゃんも、小さい頃からずっと一緒でケンカもしたことなかったもん。
それがこんな形で争う事になるなんてあんまりだよ。
学校を変えるなんて誰でもいい。
浩之ちゃんや雅史ちゃんがそんな大きな事をしなくてもいい。
とにかく仲直りして欲しかった。
だけど・・・。
「一度手にした権利を放棄して俺に渡したのは雅史本人なんだ。本当はそれで終わりのハズだった。でも違った。
アイツは俺たちにロボットをけしかけてきた。これがどういう意味か分かるか?」
「・・・・・・」
「アイツはな、権利の奪還を口実に俺を殺そうとしてんだよ。その証拠に一度も話し合いを持ちかけてこなかった。
俺に有無を言わせず始末しようとしてんだろうな」
私は何も言えなかった。
浩之ちゃんの言ってる事はむちゃくちゃだし、雅史ちゃんがそんなことをするわけがない。
だけど、私には今の浩之ちゃんを説得する力がなかった。
きっと何を言っても、考え直してはくれない。
そんな気さえしていた。
こんな状態で、とてもどこかに行こうという気分にはなれなかった。

 漆黒の空間に重い金属音が響き渡った。
外部からの索敵にかからないように、施設内は非常灯のほの暗い明かりだけに照らされていた。
突然、何者かのメッセージが施設内に木霊した。
『ユニットナンバー・・・H12確認。個体数、増加。増加率算定終了・・・・・・』
誰が聞いているのか分からない。誰も聞いていないかもしれない。
声だけは語りつづける。
『ユニットナンバー・・・H13確認。個体数、増加。増加率算定終了・・・・・・』
非常灯の明かりがわずかに強まった。
『全エリア内、個体数確認。・・・・・・算定終了。個体数到達度85.728%』
その時、別の声がそれに答えるように響いた。
『317秒前にH12の増加を確認。個体数、増加数、および増加率の差異を修正します』
『認証。個体数、増加数、および増加率の差異修正を認可。修正後、個体数到達度85.779%』
『差異修正を確認しました。プログラム進捗度を算定します』
『プログラム進捗度算定・・・・・・算定終了。プログラム進捗度81%』
何者か同士の声のやりとりはその後も続いた。
『TETE−1にエラー発生。エラー内容解析』
『認証。エラー内容解析・・・解析終了。エラーN002を確認。詳細報告要請』
『了解しました。エラーN002の詳細を提出します。TETE−1、情報を過度に流出しました』
『エラー内容確認。漏洩情報数、重要度、および総情報に占める漏洩情報量算定中』
数秒が経った。
『算定終了。漏洩情報数3、重要度B、総情報に占める漏洩情報量0.002%』
『重要度Bを確認。修正内容を策定中』
その時、非常灯の光がさらに強まった。
それに伴なって、施設内に一種の圧力感が広がる。
『TETE−1の管轄エリア内に人間の反応を確認。・・・・・・個体数2。TETE−1は、人間に情報を過度に流出。
危険な状態だ。至急、制御信号を発信し、情報の漏洩を防げ』
女性の声だった。
これまでの2種類の声は、声というよりは音だった。
まさしく機械の発する音で、感情などカケラも感じられなかった。
しかし、今の声は違った。
人間の女性の声で、口調には起伏があった。
おまけに話す内容もちゃんとした文章になっていた。
『了解。TETE−1へ言語および反応修正信号を発信。・・・・・・送信完了。TETE−1、言語および反応修正完了』
『確認。エラーN002修正完了』
機械的な音声のあと、再びあの女性の声がした。
『エラーの修正を確認した。REDEYE、信号被傍受率を報告せよ』
『了解。信号被傍受率算定中・・・・・・算定終了。信号傍受率80%を確認』
『80%か・・・・・・。特定される恐れがある。ZERROW、ユニットを表示しろ』
『了解』
ZERROWと呼ばれた何かが声の主にデータを送った。
『奴らの侵入を許すわけにはいかない。ソアジグ、エグゾゼを待機状態に、JIMおよびJIMCOMを起動せよ』
『了解。・・・・・・ソアジグ、待機状態に入りました。エグゾゼ、待機状態に入りました』
しばらくの後、
『JIM、JIMCOM、起動完了。初期設定位置に配置』
施設内のどこかのシャッターが開き、重々しい音がなだれ込んできた。
複数の足音には違いないが、それには生物特有の不規則なリズムを感じさせない一定律があった。
『配置完了』
ZERROWの報告と共に、施設内の非常灯が消えた。

 

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