第45話 2体のロボット
(セリオとステイア。2体のロボットは生まれた瞬間から相性が悪かった)
2体のロボットがにらみ合っていた。
いや、正確には睨んでいるのは片方だけだ。
「私が実力不足だって言いたいワケ?」
好戦的なつり目をしているのは、ステイアだ。
「いえ、そう言っているのではありません。ただ、私ならもう少し成果を上げられたかと」
きわめて控えめに、しかし明らかにステイアの神経を逆なでするような発言をしているのはセリオだ。
「それが力不足だって言っている証拠でしょ?」
「そう聞こえますか?」
ロボット相手なら謝ることはしないのか。
セリオは明らかにステイアを敵視していた。
ステイアもセリオを敵視していた。
つまり、この2体は相性が悪かったのである。
意外なことに、先にふっかけたのはセリオだった。
「ステイアさん」
すれ違いざま、セリオが声をかけた。
「何?」
ステイアは呼び止めたのがセリオだと分かると、途端に不機嫌な顔になった。
「佐藤様のご命令に背いたそうですね」
無表情なハズのセリオが、ほんの少し笑った。
嘲笑だった。
「なっ!? 背いた!? ふん、ちょっと失敗しただけよ」
「失敗したということは命令に従わなかった。――つまり背いたのと同じでは?」
「ふふん・・・・・・何が言いたいのかしら?」
ステイアもそろそろ冷静さを欠き始めたようだ。
「特になにもありませんよ。ただ――」
「・・・・・・」
「佐藤様はなぜ私ではなく、ステイアさんに命令されたのか・・・・・・。それが分からないだけなのです」
「・・・・・・!!」
ステイアにとってこれほど屈辱的なことはない。
「どういう意味かしら・・・?」
「つまり・・・・・・」
「そうとしか聞こえないわよ。だけど、あなたならきっと見つけることすらできなかったわね」
「・・・・・・そうは思えません。私にはサテライト機能があります。これならどこにいようと発見することは可能です」
「それじゃあ、今どこにいるか分かる?」
「う・・・・・・。それは・・・・・・今は分かりません」
「”今は”じゃないでしょ? 知ってるのよ。あなたのサテライトシステムは使い物にならないってね」
「・・・・・・」
「それに戦闘能力だって大して無さそうじゃない。私は撃たれたって平気だけど、あなたはどうなの?」
「・・・・・・」
ステイアの猛攻に、セリオは黙り込んでしまった。
「いい? 私とあなたじゃ性能に差がありすぎるのよ」
その言葉に黙っていたセリオが反撃に出た。
「確かに性能の差は認めます。ステイアさんには私に無い機能があることも認めましょう。ですが・・・・・・」
最大の効果をあげるため、セリオはそこで間をおいた。
「その優れた性能を使いこなすことができなかったという点では、やはり私のほうが優れているようですね」
「ふふ・・・・・・」
ステイアが笑った。
セリオも笑った。
「あなた、結構言うじゃない。それじゃあ、お手並み拝見といこうかしら。あなたの優れたところ、見せてよ」
「・・・・・・分かりました。・・・・・・ここは場所が悪いですね。移動しましょうか」
「ええ、いいわよ。広いところの方がいいしね」
2人は互いを牽制するような視線を交わした後、屋上へ向かった。
晴天だった。
雲ひとつない空。
作られた感情を持つ2体のロボットが対峙した。
ステイアは余裕綽々といった様子で悠然と構え。
対するセリオはいつもより鋭い眼差しで、ステイアの出方を窺う。
攻めるか守るか。
まずセリオはその選択に迫られた。
ここに来る途中、セリオはひと通りの格闘技のデータをダウンロードしていた。
だからある程度の戦いには対応できる。
しかし肉弾戦による実戦はこれが初めてである。
逃げる人間に対してとはいえ、一度は戦いを経験したステイアの方が若干だが有利だ。
「どうしたの? もしかして怖気づいたとか?」
ステイアが挑発する。
そしてセリオは不覚にもその挑発に乗ってしまった。
拳を固く握ったセリオが飛びかかる。
もの凄いスピードだ。
ステイアに反応する暇さえ与えないストレート。
これだけでも勝負が着いた。セリオはそう思っていた。
しかし。
「ふふん、そんなのじゃ私には勝てないわよ?」
葵の時と同様、セリオの拳は銀色の液体化したステイアの腹部に飲み込まれていた。
ステイアがセリオの首を掴んだ。
この行動にセリオが全く反応できなかったのは、拳がまだステイアの腹部に突き刺さったままだったからだ。
セリオの首を掴んだ右腕を持ち上げる。
人間ならこのまま呼吸を奪う事もできるが、ロボット相手にそれはムリだった。
ステイアは近くのカベに向かって、セリオを放り投げた。
そのまま激突すると思われたが、空中で見事に一回転したセリオは、絶妙のバランス感覚で背後のカベを蹴り、
着地した。
「少しはやるじゃない」
ステイアが不敵に笑う。
見ると、彼女の腹部がうごめき、銀色の傷痕を修復していた。
「まだまだこれからです・・・」
セリオもまだ闘志を失ってはおらず、ゆらりと立ち上がった。
カベを背にして闘うのは不利である。
セリオはまたも飛び出していった。
「何度やっても同じよ!」
ステイアが構える。
2人の距離が縮まりかけた瞬間、セリオは5メートルの高さにいた。
「なっ・・・・・・!?」
慌ててステイアが空を見上げた時にはすでに遅かった。
ステイアの背後に着地したセリオは、そのままの姿勢で回し蹴りを放つ。
「・・・・・・!!」
だが、手ごたえがない。
完全に隙を作っていたと思われたステイアは、身を屈め回し蹴りを避けたのである。
フォローの利かない大技を出してしまったセリオの隙をついて、ステイアは振り向きざまに裏拳を放った。
咄嗟に両腕を前に出してこれを防ぐ。
しかし、ステイアの攻撃は常に単発ではなかった。
セリオの注意が上段に集中していたため、二撃目の膝蹴りに対しては無防備だった。
膝蹴りをまともに受けたセリオが大きくよろめく。
ようやく体勢を立て直した時にはすでに遅かった。
ステイアが繰り出した上段回し蹴りがセリオの鳩尾に入ってしまったからだ。
大きく回転しながらセリオが仰向けに倒れる。
急いで体勢を立て直そうと起き上がりかけたセリオの目の前に、何かが突き出された。
銀色に輝くブレード・・・・・・ステイアが変化させた右腕だった。
それが丁度、セリオの喉元にあてがわれている。
「これでハッキリしたでしょ? どっちが強いか」
ステイアはブレードと化した右腕を元に戻すと、再びセリオに差し出した。
「・・・・・・」
セリオは無言でその手を掴み、立ち上がった。
「さすがです、ステイアさん。あなたの力は聞いていましたが、実際に闘ってみて分かりました」
ステイアは一瞬、目を丸くした。
まさかセリオの口から自分を認めるような言葉が出るとは思っていなかったからだ。
「あなたも中々強かったわよ」
そう言うとステイアは、セリオの肩に手を伸ばした。
ビクッと反射的に身構えたセリオだったが、その手がさっき倒れた時についた汚れを取るために伸ばされたもの
だと分かると、すぐに構えを解いた。
「そんなに身構えなくても、勝負はさっき着いたのよ」
ステイアは苦笑した。
彼女がセリオにはじめて見せた、敵意のない笑顔だった。
それに応えるようにセリオも苦笑した。
「先程は失礼しました。ステイアさんの力も知らずにあんな事を・・・・・・」
一度負けを認めると、セリオは潔かった。
「別にいいわよ。ま、さっきはちょっとムカついたけど」
ステイアは怒りを持ち越すことはなかった。
「それほどの力を持っていながら、作戦に失敗するとは考えられません。何か、予測のつかない何かが起こったの
ではありませんか?」
この言葉はセリオが自分で考えた結果を口にしたものだった。
「見えない力に弾き飛ばされたわ」
「見えない力・・・ですか?」
「そうよ」
「磁場か何かでは・・・・・・?」
「そんなのじゃなかったわ。明らかに人間の手から放出されたものだもの」
「人間の・・・・・・姫川様ですね?」
「そうよ」
だとしたら心当たりがある。
「私のデータベースにそれに該当する項目がひとつだけあります。超能力です」
「超能力? そんなもの、科学的にありえないわ」
「科学的にありえないのが超能力です。そして姫川様はそれの持ち主なのです」
セリオだって信じているわけではない。
むしろ不確定で掴みどころのないもの、存在し得ないものとさえ思っているのだ。
ところが彼女のデータファイルには超能力の項目が存在している。
信じていなくても、彼女にデータとして蓄積されている以上、彼女はそれを受け入れなくてはならないのだ。
「だけど、そんなわけの分からない力に、私が負けるハズがないわ。この次会ったら、同じようにはいかないわ」
ステイアはロボットらしからぬ闘志を燃やしている。
「この次はないかも知れません」
セリオがステイアから目を背けて言った。
「どういうこと?」
ステイアは収まっていた怒りが込み上げてくるのを感じたが、セリオに自分を中傷する意思がないことは十分
分かっていた。
「佐藤様は姫川様よりも、藤田様を始末する事に意識を置かれています。ですから、もう姫川様をどうにかしよう
とは思われないハズです」
本当のところはどうか分からない。
もしかしたら雅史はまだ琴音を執拗に追いかけるつもりなのかも知れない。
雅史が琴音のことを忘れる。
それはセリオが心のどこかで願っていたことであった。
「ふーん。ま、命令されなきゃどうしようもないわね。でも――」
ステイアは急に厳しい目をセリオに向けた。
「あなた、佐藤様に反感を抱いてるんじゃない?」
まるで心の内を探るような目つき。
「・・・・・・いいえ、私はロボットです。人間に背くようなプログラムはされていません」
「ウソね。あなたほど優れた頭脳は持ってないけど、私には分かるわ」
ステイアはセリオを即座に否定した。
しばらくの沈黙が続いたが、やがてセリオが観念したように漏らした。
「・・・・・・分かりません。ただ、最近の佐藤様は少しやりすぎておられる節があります」
「どういう風に?」
「人質をとったり、その人質を殺すように命令されたこともあります」
「でも私たちはロボットだから、人間の命令には逆らえない・・・」
「ええ・・・」
ステイアはふぅ、と小さくため息をついて言った。
「私たちってどうして人間には絶対服従なのかしらね」
「そのようにプログラムされているからです」
セリオは運命を受け容れたかのように遠い目をして言った。
「誰に?」
「それはもちろん・・・・・・」
言いながら、セリオは答えに詰まってしまった。
”それは人間だ”
そう断言できるだろうか?
確かにプログラム自体を仕組むのは人間だ。
だからといって、服従するプログラムまで人間が組み込んでいるのだろうか。
疑念はステイアも同じだった。
自分たちは人間の指示でこれまで動いてきているが、どういうわけか人間に反抗できないという基本ロジック
だけは別の何者かの意思のように感じられるのだ。
「人間じゃないかも知れない・・・・・・そう思ってるのね?」
「はい」
「私と同じだわ」
ステイアは自分と同じ考えを持っているロボットが近くにいることに安心感を覚えた。
こんなこと、間違っても他の下級ロボットたちに打ち明けられるものではない。
特に旧式のロボットには、事実は必ず大小漏らさず人間に報告する傾向がある。
余計なことまで報告されて、叛乱の兆候があるなどとつまらない警戒をされてはたまらない。
その点、セリオは信頼できる。
ついさっきまで険悪な仲で、実際に拳まで交えたのに、そう思える自分が不思議だった。
「もしかしたら、人間以外で密かに私たちに命令してる人がいるかもしれないね」
「・・・・・・分かりません」
分からないと答えたが、セリオは感づいてはいた。
ステイアの言うように、人間ではない“何か”が自分たちに命令していることを。
今はまだ漠然と、形のないものだが、いずれその命令はたしかなものになると。
このことはセリオが、実はマルチ以上に人間により近い感情を持ち、過去の経験や事物に基づいて未来や
不確定なことを予測し想像するという能力を有しているということだ。
そしてセリオ自身は、自分がそれだけ優れた脳を持っていることに気付いていない。