第6話 波乱の予感

(志保もまた浩之と同じように雅史の勝利を喜ばなかった。彼女は強力な味方をつけようと試みる)

「おい志保。こんなところで何するつもりだよ?」
相変わらず状況を楽しんでいるような志保に、俺はいい加減腹が立ってきた。
「まぁまぁ待ちなさいよ。今に強力な味方がやってくるからさ」
「誰なんだ?」
「いいから黙って待つ!」
先行き不安だが、こいつにはこいつの考えがあるらしい。
なら俺も志保に期待するか。
それにしても・・・。
こんな昼間から校門前にぼーっと立っているのも何だか妙な気分だ。
・・・・・・。
10分ほど経った時、
「あらぁ? 浩之じゃない?」
そんな声が聞こえてきた。
声に振り返ると、そこには綾香とセリオがいた。
「よっ」
俺はつとめて無愛想に答えてやった。
「ん、おい志保。強力な味方ってこの2人のことなのか?」
「違うわよ」
志保は綾香の顔をジロジロ見ながら答えた。
綾香はといえば、そんな志保の視線など気にもせず学校を睨みつけている。
「ところで姉さん知らない?」
「ああ、先輩なら・・・あれ? さっきまで一緒だったのになあ・・・」
「一緒って? それにしては無傷ねぇ・・・」
「あん? 何の事だ?」
「戦争よ戦争。あなたも参加してたんじゃないの?」
「ちょっと、アンタ。急に何言い出すのよ?」
いきなり志保が割り込んできた。
「あら、初対面の人に“アンタ”とは失礼な人ね」
だがさすがは綾香。さらっと言い返しやがる。
「お前は出てくるな。話がややこしくなる」
「ムキーー! どういうことよ!」
「で、戦争って何だ?」
「それは私が説明させていただきます」
横で不動だったセリオが始めて声をだした。
「先日、芹香お嬢様が戦争に参加すると仰いました。そこで妹である綾香お嬢様が芹香様をお守りする
ためにここに来たというわけです」
「そうか・・・。先輩の言う戦争ならもう終わったぜ」
「ええ、じゃあやっぱり姉さんの言ったことは本当だったの?」
綾香が目を丸くしてる。
「ああ。そんな大層なもんじゃなかったけどな。学校の中のイザコザさ」
「そうなの・・・よかった・・・」
綾香がほっと胸を撫で下ろす。
「ところで藤田様。その戦争のきっかけをお教えいただけませんか?
「ああ、いいぜ。実はな・・・」

 学校裏の神社。
生徒の中には存在すら気付かないだろう、奥まった地だった。
呼び出された葵は、ひとりお堂に座って待った。
「おまたせ」
やってきた女性は葵よりもずっと背が高く、体格もがっしりしている。
目はややつり上がっている。それらの要素が男子生徒にすら恐れられ、女子生徒の人気を集めている。
「どうしたんですか、好恵さん?」
「2年の女子から聞いたんだけど葵、ずいぶん無茶をしたみたいね」
「あ、石動さんのことですか?」
学校中から恨まれている石動にさえ、葵は敬意を込めて名を言った。
「ええ。あなたは学校を大きく変えたのよ」
「そ、そんな・・・私はただ・・・」
「謙遜しなくてもいいわ。それは凄いことだと思う。でも・・・」
好恵は遠くを見て言った。
「これで終わったわけじゃない」
「ええ・・・?」
「・・・って言う奴がいるんだけどね」
ですか・・・?」
「さあね・・・」
この女は葵を挑発しているのだろうか。
不安を煽って楽しんでいるのか。
「あり得ませんよ。だって佐藤先輩がこの学校を良くしていくんですよ」
葵はそう信じたかった。
だがあの時・・・。浩之が言っていたあの言葉・・・。
“なんとか雅史を引きずり降ろすことはできねえかな”
あの言葉を葵ははっきりと聞いていた。
そして志保もそれに賛成するような発言をしている。
「今回のようなことは多分これからも起こるわよ」
「そんな・・・」
「その時は・・・私も協力させて」
「えっ・・・!」
「かわいい後輩が危険な目に遭うっていうのに、私が傍観なんてできないわよ」
「好恵さん・・・」
「藤田のことは嫌いだけど・・・でもあなたのことだから、きっとあいつの味方につくと思うの」
「はい」
「その時は私も誘ってちょうだいね」
「あ、ありがとうございます!」
好恵はそう言い残すと、さっさと森を後にした。
彼女はおそらく最後まで自分の味方になってくれる。
葵はそう確信していた。

「そんなことがあったの」
浩之から事情を聞いた綾香は、まだ信じられないといった様子だ。
「でも佐藤くん・・・だったっけ? 彼がここを仕切るんでしょ? なら安心ね」
綾香の言葉に、浩之はわずかに眉をひそめた。
「それだけどな・・・。俺は納得いかねえんだ」
「どうして?」
「辛い思いしたのは俺たちで、最後に得をするのが雅史ってのが許せねえんだ」
「・・・そりゃあ、浩之の言う事も分かるけど・・・」
「だろ? そうだ、綾香も協力してくれりゃ心強いぜ」
「ちょっと待ってよ。浩之の言ってることは矛盾してるわ。学校を元に戻すために戦ったのに、今度は
浩之が佐藤くんを相手にするなんて・・・」
「俺たちは雅史をリーダーにさせるために戦ってたんじゃないんだ!」
綾香の諌めも聞かず、浩之がどなり声をあげた。
「そう・・・分かったわ。なら勝手にすれば? でもね、姉さんだけは巻き込まないでよ!」
そう言い捨てると、綾香はセリオを連れて消えていった。
「けっ、何にも分かってねえよ。綾香のやつ・・・!」
浩之がひとり悶々としている時、彼らはやってきた。
「あ、ちょっとヒロ、来たわよ」
校舎から出てきた2人組を見て、志保が浩之の袖をつかんだ。
「あん・・・あ・・・あんたら・・・?」
浩之が驚きの声を上げる。
「ん? 俺たちがどうかしたか?」
怒らせたらタダでは済みそうにない男子生徒が低い声で訊いた。
山吹と古賀だった。
「志保・・・この2人って・・・」
「そうよ、石動を捕まえてた」
志保は2人に進み寄った。
「ねえ、あなたたちって凄いわね。あの石動を捕まえたんでしょ?」
「うん? よく知ってるな」
山吹がいぶかしげに言った。
「お前、そういえば校長室にいなかったか?」
古賀も怪しいと思い始めたようだ。
「あら、憶えててくれたの? うれしいな〜」
「で、そのお前が俺たちに何の用なんだ?」
「ちょっと訊きたいことがあるのよ」
すでに志保の作戦は始まっている。
「あなたたちは雅史・・・石動にとって代わった男子をどう思う?」
真意を探るような志保の視線。
これはかなり効果的だった。
「別になんとも・・・あいつの仲間だった奴らも佐藤を推してたからな。期待はできそうだと思うが」
「ああ、やっぱりねえ・・・普通はそう思うわよねえ」
思わせぶりな志保の態度。
ここでようやく浩之にも志保の言わんとしていることが理解できた。
「“普通は”ってのはどういうことなんだ?」
さっそく古賀が乗ってきた。
「あなたたちは雅史のことを知らないのよ。だからそういう風に思うんだわ」
「気になることを言うな。そこまで言ってるんだから教えろよ」
「雅史はねぇ、いいこと言ってるけど本当は凄く残酷な奴なのよ」
「あいつが? 俺にはそうは見えねえな」
「だったら石動をみんなの前で処刑するなんて言うと思う?」
「いや、石動は罪を重ねすぎだ。あれぐらいの処分はいいと思うぜ」
「だめだめ。それが許されちゃったら、雅史はつけ上がるわよ」
「そうは思えねえな」
ケンカの強い奴は頭が弱いと思っていたが、どうやら一筋縄ではいきそうにない。
「だったら教えてあげるわ。雅史がどんなにヒドイ奴か」
「ああ、聞かせてくれ」
「雅史はねえ、とんでもない嘘つきなのよ」
「だから何がだよ?」
「最初に石動を倒そうと言ったのはヒロ・・・そこにいる奴なのよ」
「うん? こいつがか?」
突然指をさされ浩之はうろたえたが、すぐに志保の作戦を見抜き話を合わせた。
「ああ、そうだ。その後、あいつも手伝わせてくれって言ったんだよ。それで別々に行動する作戦に
至った。その時、あいつはこう言ったんだよ」
浩之はちらっと志保の目を見た。
さて、志保はどう切り返すのか。
浩之は志保にまかせることにした。
「“浩之が切り出さなかったら僕も何もできなかった。この戦いに勝ったら、校長先生に浩之がこの学校の指導者になれるよう言ってみる”ってね。本当よ。証人は私」
「本当なのか・・・?」
「だから本当だって言ってるでしょ。でもいざその時になってみたら、雅史がリーダーになっちゃって
るんだもんね。密かに校長に言ったみたいね」
「先に勝った方がリーダーになるってあれか?」
「そ。そういうことなのよ」
「なるほどな・・・」
古賀はそう言って、山吹の顔を見た。
信じるべきか。それとも疑るべきか。
決めかねているようだ。
「それであんな風に謙虚に振る舞ってたわけか・・・」
古賀は志保の言葉を信じたようだ。
「なるほど、そういうことなら分かる・・・」
それに押されて山吹も納得する。
「どう? 分かってくれた?」
志保が最終意思確認をとる。
が、訊くまでもなく勝負はついていた。
「お前らの方が信用できそうだな。古賀、いいか?」
「ああ、いいぜ。こういうのはもうウンザリだからな。早い目に終わらせたほうがいい」

上手くいった。
志保はそう思った。
これこそが彼女の想い描く理想のシナリオだった。
そして事が自分の思い通りに進んだ事に、彼女は心から満足した。

そして浩之。
彼は何度目かの確信をした。
勝利の確信を。

 

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