第50話 機械への挑戦
(まだ見ぬ謎の信号の発信源へ向け、浩之、雅史、そして葵と琴音の3勢力が行動を開始した)
目を血走らせた雅史が、ALTER内をせわしなく往復していた。
そうしなければならないからではなく、そうでもしなければ精神を平静に保てそうになかったからだ。
自分の行動は悉く自分の周り――高城やALTER、ひいては浩之――によって決められているのだと思うと気が気でなかった。
ともすれば懐のスタンガンでそこら中の人間に乱射しそうなほど、彼の精神は壊れかけていた。
冷静になれ、冷静になれ。
雅史は自分を落ち着けようとしたが、一度昂ぶった心はそう易々と落ち着いてはくれない。
廊下の白壁を睨みつけていると、雅史の脳裏に忌々しい顔が浮かび上がった。
忘れもしない浩之の顔が。
こんなことになったのも、全てアイツの所為だ。
アイツさえいなければ・・・・・・!
雅史は今回で浩之を始末するつもりでいた。
寺女では圧倒的有利な状況に陶酔し、結果として油断したために敗走を余儀なくされた。
本当ならあの戦いで勝っていたハズだ。
しかし今はそんな余裕すらない。
こうなったらALTERにあるロボットを全て使ってやる。
本心は力の差を見せつけた上で浩之を屠り、勝利の余韻に浸るつもりだった。
雅史がようやく荒ぶる気を落ち着け、自室に戻ろうとした時だった。
「佐藤くん」
背後から声をかけてくる者があった。
聞き違うハズもない高城の声だった。
「今回は外での戦いだ。何があるか分からない」
「ええ」
「それで君にこれを渡しておこうと思ってね」
そう言って高城が見せたのは、今となってはよく見る拳銃だった。
拳銃なら雅史も以前渡されたのを持っている。
実弾が飛び出すのではなく、あくまで足止め・制圧用に開発されたスタンガンだ。
「それもスタンガンですよね・・・?」
雅史はおずおず訊いた。
実弾はさすがにコワイらしい。
「ん? ああ、そうだよ。だけど性能はケタ違いのハズだ」
まるで自分のことのように高城は誇らしげに言った。
赤くコーティングされたスタンガンを受け取る。
ずしりと重い。
とてもじゃないが、片手持ちでは銃口を定められそうにない。
よく見ると、銃口が4つもある。
中央に2つと、その両側のやや下がった場所に2つ。
「ヨーグ社製の新作、”カルテット・ライフル”だ」
いぶかしんでいる雅史に高城が言った。
確かに側面には見覚えのある金色の文字で”Yorgg”と彫られていた。
「これは初心者のために作られた代物らしくてね。ほら、銃口が4つあるだろう? これは狙った相手に確実に命中させるためだ」
高城は揚々と語り始めた。
彼はガンマニアなのか、ただヨーグ社の製品が好きなだけなのか?
雅史が考えていると、
「いや、それにしてもヨーグ社製はいい・・・・・・。機能美を追求しているな、うん」
・・・・・・どうやら後者のようだ。
「それがどこまで役に立つかは分からないが・・・・・・私たちにできるのはそれくらいしかないんだ。申し訳ない・・・・・・君たちを危ない目に遭わせてばかりで・・・」
雅史は本当に申し訳なさそうにしている高城に、どう答えていいのか分からなかった。
「いえ、僕たちもずっとお世話になりっぱなしだったし、これくらいのことは・・・・・・」
だから適当に答えることにした。
武器さえ貰えばもうここには用はない。
さっさとロボットたちを率いて浩之を殺しにいかなくては。
雅史は強迫観念に捕らわれた。
支度を整え、雅史はセリオを呼び出した。
「お呼びでしょうか? 佐藤様」
気のせいか、セリオの雅史を見る目がいつもより厳しい。
「僕たちの戦いに終止符を打つ時がきたんだ。とうとうね」
雅史はそんなセリオの双眸を撥ね退けるように宣言した。
「そして僕が勝つ。絶対に・・・・・・」
「そのことでしたら、すでに高城様より伺っております。目的地はご存知ですか?」
「うん、知ってるよ。廃棄された研究所、だろ? 案内してくれるよね」
「おまかせください。私が佐藤様をサポートいたします」
「君ならそう言ってくれると思ったよ」
やはりロボットはいい。
雅史は思った。
こいつらはどんなに無理難題を押し付けても裏切ったりしない。
「ちょっと待って。私も行くわよ」
突然の志願の声に振り返ると、そこにはステイアがいた。
「ステイアさん」
セリオが無表情で言った。
「あなただけじゃ頼りないからね。佐藤様、私もお手伝いいたします」
ステイアがさらりと言った。
この二人が出会ったというのに、以前のような険悪なムードにはならない。
「うん、ありがとう。今は1人でも仲間が多い方がいいからね。ぜひお願いするよ」
ステイアに続いて、数名の男子がやって来た。
「これで本当に終わるんだな?」
終わるというのは、もちろん戦いのことだ。
「終わらせるんだよ。浩之よりも先にたどり着いて待ち伏せるのがベストだけど・・・。たとえ出遅れても結果は同じさ」
それを聞いた男子たちは複雑な表情だった。
「俺たちもそう願いたいよ。あいつとの戦いはもうウンザリだ。前の負けが堪えたからな・・・・・・」
やや消極的に聞こえる男子たちの意見だったが、雅史は頭数が増えたことで安心しているようだ。
「これだけいれば負けるなんてありえないよ。相手がどんなに強くてもね」
唯一の失点は垣本と綾香を失ったことだが、それさえ考えなければ楽観視できる状況だ。
「じゃあ早く行こうぜ!」
誰かが言った。
彼らもまた、この戦いを終わらせたがっている。
もっとも浩之に勝つのではなく、戦いそのものを終わらせたいのだ。
雅史に言われるままについて来た同志はもはや、完全自由のことも支配権のことも忘れていた。
ただこの不毛な争いから脱却したいだけなのだ。
「待ってろよ、ひろゆき・・・・・・」
不吉な笑みを浮かべた雅史がセリオ、ステイア、十数名の男子と。
そして。
500体もの13型の大群を引き連れ、ALTERを後にした。
「いよいよってワケか」
第7研究所からの使者を前に、浩之が憤然と立ち上がった。
待たされた時間にしてわずか2日。だが浩之にとってはこの2日間が途方もなく長く感じられた。
それもそのハズ。宿敵雅史が動き始めたというのだ。彼の性格からすればたとえ1秒だって苦痛に違いない。
「場所は寺女から4キロメートルの距離にある倉庫。その奥に目指す施設への入り口がある」
使者は淡々と説明しながらも、怪訝な表情を隠せない。
これも浩之の闘争心を煽るためだ。
「倉庫? そんなとこにあるのか・・・・・・?」
「独立を成功させた裏切り者の連中もすでに嗅ぎつけたらしく、行動を始めたらしい」
「ってことは雅史もそこにいるんだな?」
「間違いない」
「そうか・・・・・・」
浩之が拳を握り締めた。
彼のすぐそばにはマルチとキディがいる。
マルチは浩之の指示を待っているようだったが、キディはそんなマルチを眺めているようだった。
「マルチ、ここから適当な男子生徒とロボットを募っておいてくれ」
「はい」
喜びいさんで教室を駆け出そうとしたが、立ち止まって、
「でも浩之さん、ここにいるロボットは100体です。男子を募るにしてもそれほど集まるとは思えませんが」
そう言うマルチはまるでこれから起こる戦いを楽しんでいるかのようだった。
「ここの連中には期待してねえよ。こっちの強みは寺女に残してきたロボットたちさ」
「なるほど」
答えを聞いて納得したマルチは浩之と使者に一礼すると、教室を出て行った。
「キディ、お前の透明化が役に立つ時がきたぜ」
浩之はニヤニヤと笑った。
「はい、ご期待にそえる様、任務にあたります」
戦いを望んではいないが、人間の命令に従うことはロボットとしての基礎的前提だ。
浩之が指示したことには背くことができない。
「ところで藤田君、君に渡しておかねばならないものがある」
使者が黒いケースを取り出し、蓋を開けた。
中には1丁の短銃が収められていた。
「12型が使用しているスタンガンに若干の改良を加えたものだ。君には必要だろう」
「これはありがたいな。先輩がいなくなってから、あの棒も使い物にならなくなっちまったからな」
浩之はスタンガンを受け取った。
「藤田様」
キディが口を挟んだ。
「他にここの生徒が参戦されるのでしたら、人数分の武器を用意しておいたほうが良いと思いますが」
「ん、たしかにそうだな・・・」
実は浩之は人数分の武器を集めるということに関しては消極的だった。
というのも芹香がいる間は彼女に頼めばなにかしら用意してくれたが、今や彼女は行方不明となっている。
そして今は主に第7研究所に戦力の全てを依存している。
12型にしても武器にしても、何一つまかなえない。
換言すれば浩之派の存亡は来栖川の手に委ねられているのだ。
「その点は心配ない。武器が必要なら私どもがバックアップしよう。君に渡したそれと同じものがまだある。遠慮なく言ってくれ」
その言葉は浩之にとってまさに救いの言葉だった。
「助かります。それじゃ・・・・・・」
言いかけたとき、廊下で声がした。
「浩之さ〜ん。連れてきましたよ〜」
マルチの後ろにぞろぞろと男子が・・・・・・いなかった。
いたのはわずか9名の男子と好恵だけである。
好恵はともかくこの男子諸氏は、いまだに手柄を立てたがっている、ある意味奇特な集団であった。
多くの生徒が争いに関与したがらなくなった中、彼らは浩之にとって必要な人材だった。
「こ、これだけかよ・・・・・・」
「すみません・・・・・・みんな尻込みしてしまったようで・・・・・・」
浩之はチラッと好恵を見た。
「その子に無理やり連れてこられたのよ」
そっぽを向く好恵の仕草がちょっとだけ可愛く見えた。
「10人か・・・それなら充分足りるな」
使者が先ほどのスタンガンを取り出し、順番に手渡した。
「私はいらないわ。そういうのは使わない主義なの」
どういう主義かは分からないが、好恵は突っぱねた。
初めて銃というものを手にした5人は、戸惑いを隠せなかった。
「これってホンモノか・・・・・・?」
「いや、スタンガンらしい。それで人が死ぬことはねえよ」
ということは誤射しても大丈夫ということか。
「人に当たっても気絶する程度だ。だがロボットにはかなりの威力を発揮する。寺女の戦いがいい例だな」
いまだ不安を抱えているらしい浩之派に使者が口を挟んできた・
「さあ、グズグズしてたら雅史に先を越される。手遅れにならないうちに早く行こうぜ」
戦力も揃い、浩之は有頂天になっていた。
「こちらで車を用意してある。君たちを乗せ寺女に行き、そこで12型を拾ってから倉庫に向かおう」
「倉庫?」
男子の1人が訊いた。
浩之はこれまでのことを説明した。
「なんかややこしい事になってるな」
「ああ、だが今がチャンスなんだ。この前は逃げられたが、今度はそうはさせねえぜ」
浩之に目に闘志が宿っていた。
「しかたないわね」
好恵がしぶしぶ承知した。
彼女はこの戦いでまた葵に会えるような気がしていた。
「6人ってのは心許ない気もするけど・・・まあ、それはロボットたちがカバーしてくれるだろ」
「キディさん、行きましょう」
「ええ」
笑顔のマルチにキディも笑顔を返した。
「さ、行こうぜ」
浩之が急いでいる理由は、雅史のほかにもうひとつあった。
あかりだ。
事あるごとに諫言役を務めるあかりに、浩之は常々心を痛めていた。
どこに行くにも一緒だった幼馴染みの言葉だ。
無視はできない。かといってその諫言を聞くつもりもない。
となれば、方法はひとつしかない。
あかりに余計な事を言わせないように。すぐに行動することだ。
起動音がした。
モーターの類の回転音が鳴り響く。
施設内に非常灯の明かりが広がる。
『プログラム進捗度84%・・・・・・全エリア内、個体数到達度85.779%』
抑揚のない音がどこかからどこかへ発せられた。
『緊急事態だ。人間・・・・・・人間に場所を特定された』
狼狽した口調がこだまする。
『エグゾゼ、ソアジグ起動。地上へ投入』
『それだけでは不十分だ。今後のプログラム実行に支障がでる可能性がある。グレナダおよびノイザムフライを投下せよ』
『了解。グレナダ、ノイザムフライ、起動処理中』
その言葉を最後に声は聞こえなくなった。
どこかで何かの機械が稼動を始めたのか、今までとは別の音が聞こえた。
『グレナダ、ノイザムフライ起動確認』
明らかに女性のものと分かる声が響いた瞬間、施設の照明が一斉に点った。
真っ白の濁りひとつない明かりが、施設内を等しく照らす。
その中で一際眩い光を放つ装置・・・先ほどから人間女性の声を発していた機械が姿を現した。
巨大で無機質な空間に佇むその装置が言った。
『場所を突き止めたということは、ここにやって来るに違いない』
声のトーンが下がった。まるでそこで人間が喋っているようだ。
『SERAPH、ご命令を』
指示を仰ぐこちらは、明らかに機械の音声だ。
SERAPHはしばらく何も答えなかった。
考えているようだ。
10秒ほどの空白のあと、SERAPHが言った。
『予定より475日早いが止むを得ない。これより地上に攻撃を開始する。全戦力を投下し、人間を掃討する』
強い口調の中に、機械ながら決意が表れているようだった。
人間に対する、機械の宣戦布告だった。
『了解しました。全戦力を起動します』
ZERROWが指示に従い、追加の起動プログラムを開始した。
先ほどの命令では全体の40%を起動したにとどまっていた。
そのため。残りの60%相当を新たに投入したのだ。
これによって保有の戦力はほとんど離れることになるが、機械たちには一切の不安はなかった。
そもそも機械には不安などという不安定な感情はない。
あるとすれば、それを数字に表すだけだ。
施設内にすさまじい轟音が鳴り響いた。
どこかの扉が重々しい音を立てて軋み、そこに漆黒の空間を広げる。
音はそのさらに奥から響いた。それは徐々に大きくなっていき、やがて発生源が姿を現した。
何10体ものロボットだった。
人間の、少女の姿をしたロボットが一糸乱れぬ行進で現れたのだ。
別の方からも音がした。
やはり鋼鉄製の扉が開き、彼らの言う戦力、ロボットが歩き出す。
こちらは形こそ人間と同じだが、ひと目しただけで機械だと分かる典型的なロボットだった。
骨組みだけのような手足に、やや凹凸のあるボディ。無骨なイメージがある。
全身を赤でコーティングされたものと青でコーティングされたものがいる。
外見には色以外に違いは見られない。
200体ほどのそれらは、部屋を埋め尽くすように並び、SERAPHの指示を待った。
『ABYSSを防衛せよ。侵入する人間を排除するのだ』
SERAPHの冷ややかな声がロボットたちに新たなプログラムを書き込んだ。
さらに2体、今度はSERAPHの真正面から現れた。
プラチナブロンドの髪を靡かせた2体のロボットが、SERAPHの目の前に立った。
どうやらこの2体は特別らしく、先に集まっていたロボットたちが道を譲る。
『TETE−1が情報を流出したと思われる2人の人間を殺せ』
SERAPHが言った。
”排除”ではなく”殺せ”と、間違いなくそう言ったのだ。
「了解、お任せください」
「人間を殺すなんてわけないよ」
2体のロボットは余裕の笑みを浮かべた。
「ところで裏切り者のTETE−1はどうなりました?」
片方が訊いた。
『私の手でデリートした』
「やっぱりね」
2体が顔を見合わせておかしそうに笑った。
「ふふん、格が違うんだよ。所詮、旧式は旧式。私たちとは比べ物にならないくらい脆弱よね」
「ほんとだよね。戦闘においても情報処理においてもね」
部屋の隅にまで響き渡るほどの大声で2体が話し始めた。
『余計なことは言わなくていい。命令を遂行せよ。2人の人間を・・・・・・殺せ』
SERAPHが言ったとたん、異変が起こった。
異変といってもあまりにも小さく、注意して見なければ見落としそうなほど些細なことである。
2体のロボットの瞳から輝きが消えたのだ。
それまではどこか人間の感情らしきものを表現していた瞳の潤いがまったくなくなり、無機質な機械兵器に変わったようだった。
「了解」
低い声でそれだけ言うと、ロボットたちは部屋から出て行った。
葵と琴音は最後の準備に余念がなかった。
準備といってもほとんど丸腰同然だが、それでも何かしないと落ち着かないのである。
「どうしたんですか?」
スタンガンを訝しげに見つめる琴音に青いが声をかけた。
「ええ、これが役に立つのかどうかと思って・・・・・・」
「あ・・・・・・」
葵はエリスとの闘いを思い出した。
スタンガンは人間にはもちろんのこと、ロボットに対しての効果は絶大だ。
たとえ直撃でなくても、肩をかすめただけで強烈な振動波がロボットを襲う。
直撃なら間違いなく機能停止だろう。
しかし、このスタンガンもエリスには通用しなかった。
それほど距離はなかったにも関わらず、かすりさえしなかったのだ。
残像でしか確認できないほどの動きで、光弾を躱していたのだ。
接近戦でも強く、飛び道具さえも無力化してしまう強敵。
ステイアでも到底敵わないと思っていたのに、さらにその上を行くロボットが現れた。
もはや人間の自分たちにはどうすることもできないのでは、と葵は弱気になったこともある。
そんな時、希望となるのが琴音の能力だった。
理解できない見えない能力を異端視する者が多いが、葵はそうは思わなかった。
それどころか尊敬さえしていたのだ。
葵のそんな気持ちを琴音も汲んでいたのか、葵を守らねばならない局面ではその能力を積極的に使っていた。
「それでも持っていたほうがいいですよ。いつ必要になるか分かりませんから」
「そうですね」
琴音はスタンガンに望みをかけ、懐にしまいこんだ。
「そろそろ行きましょうか」
その声が震えていることは琴音自身にも分かっていた。
怖かったのだ。
予知でしか見たことのない敵地に、たった2人で乗り込むのだから無理もない。
ステイアやエリス以上のロボットが何体も待ち構えているかもしれないのだ。
死ぬかも知れない。
浩之と雅史が争いを始めてから、ふたりは何度となくそう思ったことがあった。
葵にいたっては現に寺女で死の危機に直面している。
2人は施設の外、小さな建造物が無数に乱立する場所までやって来た。
倉庫かなにかだろうか。家屋ほどの大きさの建物がひしめいている。
琴音が言うには、この中のひとつが”管理者”へと続く道になっているらしい。
ただしそれがどれなのかまでは分からなかった。
「とにかく探すしかありませんね」
そう言って葵は歩き始めた。
「ちょっと待ってください」
琴音が制した。
「何かが・・・・・・おかしい・・・・・・?」
「えっ?」
ただならぬ琴音の様子に、葵は予知だと思った。
しかしどうやら違うようだった。
「どうしたんですか・・・・・・?」
葵が訊いたが何も答えない。
琴音はといえば、ずっと空の一点を見つめたまま動かない。
「姫川さ・・・・・・」
言いかけた時だった。
背後で物音がした。と、同時に何者かの気配。
振り返った葵を冷ややかに見つめているのは。
「ターゲット捕捉。さあ、さっさと終わらせて帰りましょうよ」
「そうね」
これまでに何度も見てきた独特の威圧感を放つロボットだった。
しかも2体。
「やっぱり避けられないみたいですね」
いつの間にか我に返った琴音が葵の横に立っていた。
琴音は戦う意志があるようだったが、葵は考えあぐねていた。
2対2では必然的に琴音までもが前線に出ることになる。
超能力をあてにしていた葵は、琴音に準備する時間を与えなくてはならない。
以前、琴音から能力を使うときは精神を集中させてからでないと効果が出ないと聞いていた。
つまりその間は彼女は無防備となる。
それをカバーする意味でこれまで葵が前に出て戦っていた。
しかし今度はそうはいかない。
たとえば葵が2体を同時に相手にするという手段も考えられるが、それでは数秒持つかどうかさえ怪しくなってくる。
いったいどうすれば・・・・・・。
「あなたたちの目的は何なんですか?」
突然、琴音が聞いた。その表情は凛としていて、先ほど前の怯えがウソのように消えてなくなっている。
「ペルガモン、聞いた? 目的ですって」
「ええ、イズミール。これから死ぬ人間が聞いても仕方のないことなのにね」
ペルガモンと呼ばれたロボットが笑った。
「死ぬ・・・・・・そうですか。あなたたちの目的は私たちを殺すことにあるんですね?」
葵はなぜ琴音がこんなことを言うのか分からなかった。
「そういう命令よ。あなたたちを殺せってね」
イズミールが言った。
「”管理者”にですか?」
イズミールの顔が引きつった。
エリスの時もそうだったが、ロボットたちは”管理者”という言葉に過敏に反応する傾向がある。
「まぁったく、TETEー1はおしゃべりね」
ペルガモンが前に出た。それに合わせて琴音が一歩退く。
「あなたたちが何をどこまで知ってようと、運命は変わらないわ。私たちに殺されるっていう運命はね」
ペルガモンが一気に間合いをつめた。
葵もそれに合わせて駆けたが、ペルガモンの狙いは琴音だった。
風のように葵の脇をすり抜けると、一直線に琴音に飛びかかった。
「姫川さんッ!」
叫んだが振り向くことはできなかった。
なぜなら彼女の前にもう1体・・・イズミールがすでに構えていたからだ。
イズミールが素早い回し蹴りをはなつ。
「くっ・・・・・・」
試合とは違い、ロボットの繰り出す攻撃はもはや視覚だけでは捉えきれない。
葵はほとんど勘に頼ってこの攻撃を躱した。
琴音が気になるが、今は目の前の敵を片付けなければならない。
「はぁっ!」
葵が腰の回転を加えた強烈なストレートを放った。
単調で直線的な動きはイズミールがすでに予測していた。
余裕で身を躱す。
「その程度? エリスが油断できない相手だって言ってたから、どんな奴かと思ってたけど・・・・・・正直、期待はずれだわ」
挑発するようにイズミールが嘲笑した。
「まだまだっ!!」
躊躇うことなく、葵の猛攻が始まった。
相手がロボットである以上、スタミナ切れなどはありえない。
となれば長期戦になれば当然、人間のほうが不利になる。
葵は即、勝負を着けようと試みた。一刻も早く、琴音を助けに行くためだ。
「なっ・・・・・・? なに・・・・・・?」
琴音を捉えたと思い込んでいたペルガモンは、不可解な事態に動揺を隠せなかった。
目の前には琴音がいる。手を伸ばせば届く距離だ。
にもかかわらずペルガモンは彼女を目の前にして身動きひとつできなかった。
見開かれた目には、うっすらと笑みを浮かべる琴音が映っている。
と、琴音が右手の平をゆっくりとペルガモンに向けた。
白い発光体が向けられた手に集まる。
「・・・・・・!!」
琴音が一気に能力を吐き出した。その瞬間、硬直していたペルガモンの体が風の前の塵のように、遥か後方に吹き飛ばされた。
葵の攻撃を巧みに躱しながら、イズミールはその様子をハッキリと見ていた。
ペルガモンは倉庫の壁面に叩きつけられた。
「くっ・・・・・」
よろめきはしたが、痛みを感じないペルガモンは体勢を立て直した。
葵の応援に駆けつけようとした琴音は、向こうですでに立ち上がっているペルガモンに恐怖を感じずにはいられなかった。
一方でイズミールは徐々に葵を押していた。
パワー、スピード、どちらをとって彼女の方が上だった。
葵も必死で防戦しているが、その姿は抗っているようにしか見えない。
「あなた、人間の中では強い方なのかもしれないけど、私には勝てないわよ?」
イズミールが表情を変えずに言った。
「だって私たちは”特別”なんだから!」
イズミールが体を一回転させての上段蹴りを放った。
ガードした葵が大きく吹き飛ばされた。
壁にぶつかるかと思った瞬間、葵の体は物理法則を無視したように止まった。
言うまでもなく琴音の能力によるものだった。
琴音に一瞬視線をやり、葵が再び構えをとった時、
「待ってください!」
琴音が制した。
「えっ・・・」
葵が奇異の目で見つめる。
向こうではようやく戻ってきたペルガモンとイズミールが猫が鼠をいたぶるような目で2人を見ていた。
「私にいい考えがあるんです」
額の汗を拭いながら琴音が葵に下がっているように手で合図した。
「あら、今度はあなた? いいわよ、相手してあげる」
イズミールが手招きした。
「待って、アイツ、気をつけたほうがいいよ」
ペルガモンが耳打ちした。
「気にすることないわ・・・・・・こうすればいいのよ!!」
イズミールが踏み込んだ。
ペルガモンよりも速い。
だがその勢いもすぐに止まった。
琴音の目の前で。
「私たちを殺せ。それがあなたたちの受けた命令よね?」
言うと同時にイズミールの体が後方へ飛ばされた。
空中で一回転し、悠々と着地する。
「ふん、今更なにを・・・・・・」
「なら、私たちを殺しなさい」
「何っ?」
ペルガモンが琴音を凝視した。
「あなたたちに勝てないということはよく分かったわ。だから殺しなさい」
「姫川さんっ!?」
琴音の口調が違う。彼女はあんな言い方は決してしないハズだ。
「ふうん、諦めたってワケ? 面白くないわね」
イズミールが吐き捨てるように言った。
「面白くない? じゃあ・・・・・・」
笑みを浮かべた琴音が懐からスタンガンを取り出した。
反射的にイズミールが構える。
「なっ・・・・・・?」
だが、琴音は意外な行動をとった。
銃口を、自分に向けたのである。
「あなたたちが私たちを殺すというなら・・・・・・それより先に私は自殺するわ」
琴音がトリガーに指をかけた。
「あはは、人間って理解できないわね? 何のつもりだっていうのよ?」
イズミールがこれまでにない高笑いをした。
「じゃあ、望みどおりに――」
「待って!」
ペルガモンが叫んだのとイズミールが立ち止まったのはほぼ同時だった。
なぜかイズミールは悔しそうに拳を震わせている。
「イズミール・・・・・・分かってるわよね・・・?」
「ええ・・・・・・」
ペルガモンは琴音を凝視したまま動かない。
「私たちが殺そうとするなら、アイツはそれより先に自殺するって言ったわ」
「たしかに」
「アイツに先に死なれたら、私たちは命令を実行できなくなる・・・・・・!」
琴音が笑った。思惑どおりにいったという満足の笑みだ。
「どうしたの? 私を殺すんでしょう?」
琴音がなおも強く自分に銃口を押し当てた。
「いいじゃない、こっちから死ぬって言ってるんだから手間が省けて・・・・・・ね」
「くそっ・・・・・・!」
2体のロボットは拳を握り締めながらも微動だにしない。
いや、できなかった。
”殺せ”と命令されている2体にとって、自殺されるということは実行の不可能を意味する。
これが例えば、”死に追いやれ”などであれば問題はなかった。
「うあぁぁ・・・・・・っ!!」
形容できない音と声をあげ、ペルガモンが倒れた。
永遠に答えにたどり着けない思考ロジックに陥ったペルガモンは、処理が追いつかなかったのだ。
「・・・・・・」
琴音が無言のまま近づく。
その手にはしっかりとスタンガンが握られている。
「くく・・・・・・」
イズミールが後ずさる。
もはや戦況は明らかだった。
葵は今になってようやく琴音の作戦を理解した。
イズミールが頭を抱えて跪いた。
まるで動こうとはしない。
だがこれはイズミールの作戦だった。
琴音を油断させ手の届く距離まで来たところで一気に勝負をつける作戦だ。
これなら自殺する暇を与えずに命令を遂行できる・・・ハズだった。
だが、予想外のことが起きた。
徐々に距離を詰める琴音の前に葵が立ち塞がったのだ。
「姫川さんより先に動くかもしれませんから」
葵が琴音の意思を汲み取ったように言った。
これでイズミールの勝機は完全に潰えた。
「ふふ・・・・・・」
最後に不気味な笑いを残して。
イズミールは機能停止した。
ドサリとイズミールが崩れ落ちた。
「・・・・・・」
再び動き出すのではないかと思われたが、ペルガモンもイズミールも倒れたきりピクリとも動かない。
「やりましたね、姫川さんっ!」
葵が喜びいさんで振り返った。
「姫川さん・・・・・・?」
琴音はスタンガンを手にしたまま、その場にペタンと座り込んでいた。
「どうしたんですか!?」
葵が琴音の手をつかんだ。
「怖かった・・・・・・」
「え・・・・・・?」
「うまくいくかなんて・・・分からなくて・・・・・・でも、松原さんが・・・松原さんを助けたかった・・・・・・だか・・・ら・・・・・・」
まるで力が抜けたように、琴音が途切れ途切れに言った。
「姫川さん・・・・・・」
さっきのは作戦じゃなかったんだ。
成功するかどうかを予知で見たわけでもない。
自分を助けたい一心で、咄嗟の行動だったんだ。
「また助けられましたね」
葵が笑いながら言った。
「行きましょう。大丈夫です、私が先頭に立って歩きますから」
葵が差し伸べた手を琴音が握り返した。
「いえ、もう大丈夫です。ふたりで行きましょう。松原さんは私にとって大切なパートナーですから」
どことなく強がりのようにも見える琴音の笑顔に、葵はドキッとした。
だがすぐに葵も、
「私もですよ」
笑顔を返した。