第51話 ABYSS侵入

(ついに施設への侵入を開始した浩之と雅史。だが彼らの前に思わぬ妨害がはいる)

「久しぶりだな」
俺は寺女を前にして言った。
東鳩とは趣が全く異なり、いかにもお嬢様校という雰囲気が出ている。
前に来た時は葵ちゃんが捕まっていることもあり、じっくりと見渡す余裕がなかった。
「私はしょっちゅう見てるけどね」
坂下がボソっと言った。相変わらず無表情なヤツだ。
「お待ちしておりました」
マルチにそっくり、いやマルチそのものか。
12型が迎えに来た。
「お話は伺っております。どうぞこちらへ」
「いや、時間がないんだ。すぐに出発したい」
雅史の野郎が先にたどり着いているかと思うと、ここで話しているのももどかしかった。
「了解しました。12型はすでに起動しております。どうぞお連れ下さい」
遠くから複数の足音が聞こえてきた。ひとつひとつは小さいハズだが、それが無数に集まり地を轟かせる。
程なくして俺の頼みである12型軍隊が姿を現した。
一糸乱れぬ行進が心強い。
「藤田様、ご命令を」
マスターが俺に設定されているのがうれしい。
万が一にもこいつらが敵に回ったりしたら、その時点で俺はお終いだ。
「その前に聞いておきたい。全部で何体くらいいるんだ?」
「こちらから藤田様を援護する部隊は400体でございます。残りは寺女の護衛など、別任がありますので」
「そうか」
ということは東鳩から連れてきた奴を含め500体ってところか。
相手がどれだけの数で攻めてくるかは分からないが、これだけいれば何とかなるだろう。
「やっぱ可愛いよなー」
「ああ」
男子たちが口々に言い始めた。
「あっちのマルチもいいけど、こっちの無表情なマルチもなんかそそるな」
「こんだけいるんだから、1体くらい・・・・・・」
「おめーら、遊びに来てんじゃねえんだ。ぐずぐずしてたら雅史に先を越されちまうぜ」
イマイチ真剣になっていない男子に俺は喝をいれた。
「藤田様、目標地点までは距離があります。ここからは私達が先頭に立ちましょう」
12型が何体か集まってきた。
そういえばこいつらは東鳩から来たやつらだ。
いや、寺女にいた方だったか・・・・・・?
ダメだ。区別がつかねえ。まぁつける必要なんてねえけど。
「よし、じゃあ行くか!」
自分自身に気合を入れる意味で俺は叫んだ。
先頭は数体の12型、続いて俺と男子。少し離れたところに坂下。
残る大群は坂下のうしろからついてくる。
「そういえばさ」
俺は前を歩く12型に声をかけた。
「それって弾切れとかないのか? どういう仕組みなんだ?」
12型はすぐに手に持っていた銃を説明してくれた。
「これは一種のプラズマを放出するもので発射回数に制限はありません」
「制限がない? なんで?」
「空気中に散在する微粒子を高圧縮精製したプラズマを用いるからです。つまり空気がある限りプラズマもまた、無限に作られます」
「ふうん?」
よく分からないが、そういうことらしい。
質問する内容を間違えたようだ。
12型に案内されて歩いていると、拓けた場所に出た。
周りには建物がなく、遠くまでよく見渡せる。
外側を木が取り囲むように植えられていて、大きな公園といえなくもない。
「こんなところがあったんだな」
誰かが言った。
たしかにこういう光景は近くでは見られない。
生まれた時からビルとかに囲まれてたから、ここみたいな長閑な風景はなじみがない。
そうやって俺がしばらく見惚れていると、12型の動きがピタリと止まった。
1体ではない。後ろにいた大勢も一気に動きを止めた。
「ちょ、ちょっと、どうしたっていうのよ?」
ただならぬ様子に、さすがの坂下も動揺を隠せない。
坂下の言葉をよそに、12型は何かを見つけたのか一点を凝視した。
「正体不明機を確認。識別不能。排除します」
突然そんなことを言い始めた。
「ひ、ひろゆきさぁ〜ん」
いつの間に俺のそばに来たのかマルチが涙目を向けた。
キディは12型が見ている方向に体を向けたまま動かない。
・・・ったく、これじゃどっちが妹なのか分からなくなるぜ。
「藤田様。多数の正体不明機が近づいてきます。おそらく我々を排除、あるいは妨害するつもりです」
先頭に立っていたやつが言った。
「雅史・・・いよいよ来たか。今日こそ決着をつけてやる」
「いえ、人間の反応はありません」
12型がそんなことを言い出した。
「何だって? 雅史じゃねえのか?」
「はい。それに識別も不能です。該当データがありません」
「どういうことだ?」
「未知のロボット、ということです」
キディが代わりに答えた。
「未知? それが何で俺たちの邪魔を・・・・・・」
「分かりません。もしかしたらあの施設の護衛なのかも・・・・・・」
「護衛?」
「そうだとしたら、相手がここに来ることも私たちを狙っていることも説明できます」
「そうか・・・・・・」
これから雅史との対決だっていうのに、足止めかよ。
しかも12型はすでにスタンガンを構えて戦闘体勢にはいってる。
「しょうがねえか・・・・・・」
俺は大きく息を吸い込んだ。
そして一気に吐き出す。
「命令だぞっ! 敵はさっさと潰せ! 俺たちの目的は雅史に勝つことだ! こんなとこでグズグズするな!!」
せっかく戦う姿勢なんだから、ここで水をさすのは逆効果だ。
それなら短期決戦を挑み、一刻も早く施設にたどりつかなくてはならない。
妙な重圧感が前方から迫ってきた。
ロボットは感じないが、人間である俺にはわかる。
「来ます!」
キディが叫んだ。
12型が一斉に銃口を前方に向ける。
エンジン音に似た音とともにやつらが現れた。
「なんだ、こいつら・・・・・・」
誰かが言った。
予想はしていたが、敵はやはりロボットだった。
ただその種類の多さ、あまりの混在具合に声を漏らしてしまったようだ。
明らかにロボットと見てとれる、骨組みだけの兵士。
華奢で長身のそれは、もっとも数が多く、敵全体の半分以上はいる。
手にしている武器(ライフル)は、細身には似つかわしくないほど大きい。
にもかかわらずそいつは軽々と構え先陣をきって迫ってくる。
12型に似たロボットも混じっていた。
同じように無表情で服装もさほど変わらない。
明らかに闘争意識があり、さっきの骨組みロボット同様、短銃を手にしている。
こっちの12型ともっとも相性がいい相手かもしれない。
逆に相性が悪そうなのが、あの奇妙な機械だ。
「あいつは・・・・・・あれもロボットって言っていいのか・・・?」
俺はマルチではなくキディに訊いた。
「分かりませんが、ここではロボットとして認識してもいいと思われます」
キディというロボットは言葉だけ聞けば12型に似ているが、実際はあいつらみたいに無表情じゃない。
マルチほどではないにしろ、ちゃんと感情もあればそれが仕草や口調にも表れている。
「そうなのか・・・」
俺は問題のロボットを見た。
奇妙だと思ったのは、それが宙を飛んでいたからだ。
どうやらエンジンみたいな音を発しているのはあいつらしい。
「浮力はどこから得ているのでしょう?」
キディもそれに興味を持ったらしく、話題を振ってきた。
たしかに見てみると、噴射口らしいものが見あたらない。
飛ぶというより浮遊していると言葉がしっくりくる。
赤くコーティングされたそれは、まるでトンボだ。
「何にせよ、ここにいては危険です。藤田様、皆様を連れて下がっていてください」
「え? あ、ああ・・・」
キディが前線へ向かったが、よく見ると何も持っていない。
まさか素手・・・・・・なんてことはないよな。
真っ先にやって来たのは飛行ロボットだった。
速度は決して速い方ではなかったが、それでも地上を歩くほかの機体よりははるかに速い。
12型のスタンガンが一斉に火を吹いた。
青白い光が周囲を埋め尽くす。飛行型ロボットは左右に機体を振って躱そうとしたが光弾の多さに攻めあぐねているように見えた。
俺は第7の使者にもらったスタンガンを敵に向けた。
「ひ、浩之さん?」
マルチが驚いて俺を見る。
「グズグズするなって言ったのは俺だ。なのに俺たちだけ後ろで待ってられるかよ」
そう言いつつ、トリガーを引く。青い光が一直線にロボットを貫く。
けっこう気持ちいいな。
「なら俺たちもやるぜ」
はじめは見ていただけの男子たちも、俺の行動に触発されたのか積極的になってきた。
単純に攻撃の手が激しくなれば有利になると思っていたが、実際はそうではなかった。
飛行型ロボットが回避することで進攻が遅くなると、後ろの兵隊が追いついてきたのだ。
こうなるとどこを撃っても敵に当たりそうだ。
手当たり次第にトリガーを引く。
バシュン! と、風を斬るような音がすぐ横を駆け抜けた。
驚いて振り返ると、12型がかなり後方まで吹き飛ばされていた。
あの細身のロボットか・・・・・・。
あんな奴と戦うのかよ・・・・・・。
細野のやつが撃ってくるライフルは相当な威力があるらしく、被弾した12型は微動だにしなかった。
「ちょっと、マズいんじゃないの?」
坂下が耳打ちした。
たしかに少しずつだが、こっちの戦力が消耗しつつある。
飛行型ロボットは回避行動をとりながらも、もう少しすればこちらに届きそうな距離まで来ている。
ちょっとどころじゃない、かなりヤバイんじゃないか?
パッと見ても敵の方が圧倒的に多い。
人の姿をしたロボットさえこちらに向かってくる。
ここまで来て逃げるか・・・・・・。
俺は藁にもすがる思いでマルチを見た。
もしかしたら何か良い案でも出してくれるかもと期待してだった。
だが、
「あううぅぅ〜、どどどどうしましょう〜〜」
ダメだった。
この役立たずと思った瞬間、
「藤田様!!」
突然、キディが上空を見上げて叫んだ。
俺は見た。
敵の中から信じられない跳躍力でこっちまで跳んできた奴を。
そいつは・・・女の子だった。
いや、正確には女の子の姿をした、こいつもやはりロボットだ。
だがどことなく他のロボットとは雰囲気が違う。
そいつはキディの真正面でとまった。
「藤田様、お任せください」
キディが普段よりも厳しい口調で言った。
相手もキディと闘いたがっているのか、俺たちや12型を襲う気配がない。
「貴方なら闘い甲斐がありそうね」
そのロボットはこの戦場に不釣合いな笑みを浮かべた。
流れるような長い金髪を靡かせながらそいつが近づいてきた。
キディが構える。
「あなたは一体・・・・・・?」
キディが小声で言った。
「私はセルピナ。エージェントよ」
「セルピナ・・・・・・」
まさか向こうが名乗るとは思わなかった。
でも、エージェントってなんだ・・・・・・?
俺の疑問は次の瞬間には抹消されていた。
突然、キディが飛びかかったからだ。
セルピナはつっ立ったまま動かない。
「やあっ!!」
小柄な体格からは想像もつかないほどの大振りの一撃。
だがセルピナはそれを軽々と躱した。
俺と目が合った。
セルピナは何か言いたそうな顔だったが、キディが再び攻撃を始めたためすぐに目をそらせた。
「あなたの相手は私でしょっ!?」
キディの猛攻が続くが、セルピナは余裕でかわしつづける。
「ええ、そうね」
セルピナが後方へ跳んだ。
キディが後を追う。
「藤田様!」
すぐそばにいた12型が叫んだ。
「戦闘は長引きそうです。彼女らを連れ、藤田様は目標へ向かってください!」
こちらには目を向けずに言った。
「そんなことできるかよ!」
俺は俺でキディのことも気になっていた。
「我々の任務はあなたを無事に目的地に到達させることです。そのためには護衛が必要なのです! 私たちに構わず――」
敵の攻撃が激しく、彼女はそこで言葉を切った。
たしかに形勢は不利だ。12型は敵の射撃にある程度耐えられるようにできてはいるが、あのライフルだけは厄介だった。
何しろ一発くらっただけで動けなくなる。
ここで俺たちが抜けるのは戦力的に痛いが、だからといってここでモタモタしてたら雅史に先を越されちまう。
戦況は不利だが止むを得ない。
「お前ら、任せたぞ!」
俺は彼女の進言を受け入れることにした。
男子たちと坂下、そして30体ほどの12型を率いて、目的地へ。
とはいえ前方は正体不明の敵軍隊が占有している。
目立つ行動は奴らに見つかる危険があるが仕方ない。
俺たちは戦場を大きく迂回することにした。周囲には障害物となるものが何も無い。
ヘタをすると集中攻撃を受けるかもしれない。
「藤田、どうするつもりなんだ?」
訊かれても答えることはひとつしかない。
「走るんだよ。大きく右に迂回するんだ。行くぞ!」
言うが早いか俺は駆け出していた。
「ああっ、浩之さん、待ってくださ〜いっ!!」
いつの間にかマルチが俺のすぐ横を走っている。
敵のロボットがこっちに気づいた。
銃口をこちらに向けてくる。
「うらああぁぁぁッ!!」
俺は声を限りに叫びながら、スタンガンを連射した。
男子たちもそれに続く。こうなりゃ自棄だ。
「走れ走れぇーー!」
自分でも信じられないほどのスピードで走っている。
他の連中がついて来ているかが一瞬気になったが、後ろを振り返る余裕はない。
目の前を飛行型ロボットが塞いだ。
スタンガンを左に向けていた俺は慌てて銃口を正面に向けようとした。
だが、遅かった。
飛行型ロボットは俺を正面に捉えていた。
ガンッ!
もうダメかと思った時、そんな快音が鳴り響いた。
「しっかりしなさいよ、あなた先頭でしょ?」
「坂下・・・」
見ると立ちはだかっていたロボットははるか後方に吹き飛ばされていた。
ひょっとして殴ったのか・・・・・・?
「お前、拳は大丈夫なのかよ?」
いくら鍛えているからといって、鉄の塊を殴れば自分にも相当のダメージがあるハズだ。
「タックルよ。あんなの殴られるわけないでしょ?」
「あ、ああ、そうか、そうだよな」
・・・・・・心配して損した。
「藤田様、見えました! あそこです!」
12型が指差した方向に、たしかに倉庫らしき建物がある。
「あれか!」
俺はさっきよりも早く駆け出していた。
敵はもう追ってはこない。
「みんな無事か!?」
いくらか余裕が出てきた俺は振り返った。
男子は・・・全員いる。
マルチも坂下ももちろん無事だ。
「12型がひとりやられた!」
男子が言った。
「ひとりだけなら上等だ!」
敵陣をほとんど損害を被らずに突破できたのは奇跡に近い。
俺たちは倉庫の目の前で止まった。
「この奥なのか・・・?」
誰かがつぶやいた。
倉庫には扉がなかったため、外からでも内部の様子がよく見える。
あちこちに箱やら機材やらが転がっている以外は、これといって変わったものはなかった。
問題の施設への入り口となりそうなものも見当たらない。
「本当にここに・・・・・・」
言いかけた俺を坂下が制した。
俺の横を12型が通りすぎていく。
黙って待てということか。しかし待つってのは俺の性分にあわねえな。
そう思っていると、
「皆様、こちらです」
中から12型が呼んでいる。
俺が先に入り、坂下を初め他の連中が後に続く。
全員が入り終えたところで、倉庫のドアが音を立てて閉まった。
おかげで中は真っ暗だ。
ってその前にドアなんてあったか?
突然、目の前から光がさしこんできた。
12型が何かをいじっているらしい音も聞こえる。
「こちらです」
ようやく目が慣れてくると、その全容が明らかになった。
差し込んできた光の向こうは、ただひたすら通路だった。
真っ白な照明が通路の壁に反射して、それが強い光に感じられただけだった。
「これは・・・・・・倉庫じゃなかったのか?」
男子の問いに12型はすぐに答えた。
「見た目は倉庫のそれと変わりませんが、この建物自体が入り口なのです」
坂下はさっきまで壁だったところにポッカリと開いた通路を凝視していた。
「入ったら最後、死ぬまで出られないなんてことはないんだろうな」
「そこまでは分かりません。この施設の規模も所有者も分かりませんので」
「無責任だなあ・・・・・・」
そんなやりとりを聞きながら、俺は自分こそが無責任ではないかという気がしてきた。
もし本当に、出られなくなったら・・・・・・。
俺はこいつらの命の責任は取れない。
俺がそんな気になったのは、この通路の先が見えないからだ。
視力はそこそこ良い俺でも、通路の向こう側になにがあるのかが見えない。
文字どおり、果てしなく伸びているのだ。
「よし、俺は行くぞ!」
自分に言い聞かせるように宣言すると俺は歩き出した。
右手に握り締めたスタンガンが心強い。
「後戻りなんてできねえな。俺たちも行こうぜ」
どこまで続くか分からない通路に、40名の足音だけが鳴り響いた。

「ここです、間違いありません」
私は建物のひとつを指差して言った。
大小さまざまな建物が周辺に立ち並ぶ。
私が示した建物も他のものと大差はない。
何かの倉庫のような、そうでなければ小さな研究所。
予知ではなかった。ただ、”なんとなく感じる”だけだった。
「ここが・・・・・・」
でも松原さんは私がそんな不確かな理由で示しているとも知らずに、私を信じてくれている。
「行きましょう」
松原さんに手をつかまれ、私は半ば引っ張られるような格好で建物を見上げた。
やっぱり間違いない。
理由は分からないけれど、”管理者”へと続く道だ。
「よ・・・っと!」
松原さんが錆びついた扉に手をかけた。
私も反対側に手をかける。
扉とレールとが軋る不快な音とともに、すこしずつ内部の様子が見えてくる。
半分ほど開いたところで、私たちはおそるおそる中に入った。
もしかしたら、さっきみたいなロボットが待ち構えているかも知れないと思ったからだ。
「何も・・・・・・いませんね・・・・・・」
さっきから緊張しっぱなしだったから、松原さんのそんな言葉を聞くと一気に力が抜けていくのを感じた。
すぐにそう判断できたのは、中に死角となる場所がなかったからだ。
細い柱が数本立っている以外は、何もない。建ってから一度も使われてないみたいに見える。
とりあえず奥まで進んでみる。
何もない。
念のため、壁づたいに一周してみる。
何もない。
「・・・・・・」
何となく気まずい雰囲気になってきた。
さっき、”間違いない”と断言したことを取り消したくなった。
「もう少し探してみましょう。何か見つかるかも知れませんし」
私の気持ちを悟ってか、松原さんが言った。
彼女に申し訳ないと思いつつ、2人で探索する。
それほど広くないので調べ終わるのに時間はかからなかった。
「なにか見つかりましたか?」
私がそう尋ねると予想外の答えが返ってきた。
「ええ、これなんですけど・・・・・・」
きっと何もないと思い込んでいた私は、松原さんのいる場所へ駆けた。
「この柱だけ色が違うように見えませんか?」
松原さんが自信なさそうにつぶやいた。
他の柱と比べると、言われたとおり問題の柱だけ微妙に色が違う。
「何か意味があるんでしょうか」
「さあ・・・・・・」
彼女の問いに私は思わずそんな失礼な相槌を打ってしまった。
「も、もっとよく調べてみましょう!」
と、何気なく柱に手をついた瞬間、どこからか轟音が響いた。
「な、なにっ!?」
松原さんは不安そうな目で私を見上げている。
音は離れたところからしている。もしかしてこの柱はスイッチになっていたのだろうか。
数秒ほどして音はしなくなった。念のため辺りを見渡してみたが変化はない。
「外の様子を見に行きましょう」
不安げに見つめる彼女の手を引いて、私たちは外に出た。
あれほど大きな音なら、何らかの変化があるハズ。
「何も変わってないみたいですけど・・・」
そういえばさっきの音は大きくはあったが。地面が揺れたりはしなかった。
ということはパッと見た目で分かる変化ではないのかもしれない。
「ああっ!」
突然、松原さんが声をあげた。
「姫川さん、あれです! ほら!」
袖をぐいぐい引っ張ってくる。
松原さんが指差した方向には、何の変哲もない建物があるだけ。
何が、と言いかけたとき、
「あの倉庫、ドアが開いてます!」
「それがどうし・・・・・・」
「さっき見た時は閉まってたんですよ!」
松原さんがまくし立てた。
「きっとあそこですよ!」
私は”管理者”への道が開かれたかもしれないという事より、彼女の観察力に驚いていた。
私なんかじゃ絶対に気づかないような所まで見てる。
「行きましょう」
「ええ」
私は何ともいえない胸の高鳴りを抑えながら、彼女の言う開かれた建物へと歩いた。
歩きながら気がついたが、その建物はかなりの奥行きがあった。
横幅はそれほど広くはないから、外から見ればまるで学校の廊下だけを切り取ったみたいに見える。
例によって松原さんが先に中に入り、敵がいないかを確認する。
前を歩く松原さんが私を振り返り小さく頷く。それだけで少なくとも危険がないことは伝わった。
窓がひとつもないので、ドアから差し込む光だけが唯一の光源だった。
外から見たとおり、室内は長いトンネルのようになっている。
2,3歩あるいて私はあることに気づいた。
「松原さん、ここって少し傾いていませんか?」
「えっ?」
驚いたような声をあげて松原さんは何度か足踏みした。
「う〜ん・・・・・・分かりません・・・・・・」
「ちょっと向こうに歩いてみてください」
私は奥を指差して言った。
「え、ええ」
言われたとおり松原さんはゆっくりと歩いていく。
「・・・・・・下りになってるみたいですね・・・」
そう言って彼女は光の届かない奥部を見た。
「ということは、姫川さんがおっしゃったように地下に続いてるんですね。きっと”管理者”もそこに・・・・・・」
「ええ・・・・・・」
ゴクっと、松原さんの咽喉が鳴るのが聞こえた。
「もちろん覚悟はできてますよ」
私は松原さんよりも先に言った。
声が震えてしまう自分が情けない。
「私もです」
それに比べて松原さんの口調は堂々としていて心強い。
「行きましょう」
私たちはどこまでも続くような”管理者”への道を歩みだした。

「セリオ、あとどれくらいで着くんだい?」
ALTERを出てから結構時間が経つ。
ロボットは基本的に用が無ければ喋ることがないから、ここまで黙々と歩いてきたわけだけど。
「もう少しです」
途中からセリオとステイアが先頭を歩いている。
この2人・・・そういえば仲が悪かったように見えたけど・・・・・・。
今は険悪なムードが感じられない。何かあったのだろうか。
まぁ何があったにせよ、味方がまとまってくれれば問題はないんだ。
「そういえばセリオ。廃棄された研究所っていうけど、どうして取り壊さないんだい?」
沈黙に耐えられなくなった僕は訊いてみた。
「私には分かりません。ただ、本来取り壊すべきところを残しているということは、何か重要な理由があると思います」
「ふーん」
特にサテライト機能で調べることでもないし、僕はそれ以上考えないことにした。
僕はただ会話が欲しかっただけだ。
そうだ、もうひとつ訊いておきたいことがあったんだ。
「セリオ、質問いいかい?」
「・・・? どうぞ」
「君の闘うところって見たことないんだけど、あの子たちみたいに武器でも仕込んでるのかい?」
僕は後ろをついて来る13型を振り返って言った。
「いえ、あらかじめ格闘技に関するデータをDLしております。私はこの身をもって闘います」
「えっ、そうなの?」
セリオが何の武器も使わずに闘うなんて想像できない。
「ご心配なく、佐藤様。セリオは佐藤様の期待を裏切りませんよ」
意外なことにそれを言ったのはステイアだった。
いつの間に仲良くなったんだろう?
そう思っていると、とつぜん2人の足が止まった。
「おい、後ろが閊えてるぞ。何やってんだ?」
後ろを歩く男子が言った。
「佐藤様、どうやら簡単にはいかないようですよ」
ステイアが正面を見据えていった。
何があるのか知らないけど、多分セリオも彼女と同じものを見ているのだろう。
「どうしたの? 何が・・・・・・」
「敵です。何者かは分かりませんが、私たちを妨害しようとしています」
言いかけた僕をステイアがさえぎった。
「敵って・・・・・・浩之たちじゃないの?」
「いいえ、違います。識別は不能です」
今度はセリオだ。
2人の淡々とした口調から、事態が切迫していることが分かる。
ふと後ろを見ると、13型も一斉に身構えている。
何だ? 何が起こるんだ?
空気が変わった。重圧感が辺りを覆っている。
「何の音だ?」
どこかから音が聞こえる。
それだけじゃない。無数の足音。
人間じゃない。きっとロボットだ。
「何だ・・・あれは・・・・・・」
前方からまず姿を現したのは、2メートルほどの中空を滑空してくるロボットだった。
ロボットというとセリオやステイアのような人型ばかりを連想するが、目の前のそれはそんなイメージを覆した。
銀色の飛行型のロボットだ。
木製の歯車が軋るような音とともにこちらに近づいてくる。
「飛行型・・・・・・? どうやってあんなものを・・・・・・」
ステイアがつぶやいた。
飛行型だけでなく、かなり古いタイプもその後を追ってくる。
初期のメイドロボのような無骨なロボット。
かろうじて人の形をしてはいるが、鋼鉄の骨組みがむき出しだった。
よく見ると両手に小型の銃を持っている。
あれが僕たちが使ってるのと同じようにタダのスタンガンならいいけど・・・。
もし実弾でも入っていたりしたら、僕たちの出る幕はない。
さらに13型と同じような女の子の姿をしたのもいた。
ロボットであることは間違いないだろうけど、それならどこの誰が作ったのだろう?
こんな見た目も中身も高性能なロボットを作られる会社はほんの数社しかない。
少なくとも来栖川ではないから、他の会社ということになるけど。
さっきステイアが言った言葉を思い出した。
どうやってあんなものを・・・・・・と。つまり彼女が知る限り、あれを作ることができる技術か会社は存在しないということだ。
僕も中空を自在に飛び回るロボットなんて見たことない。
「皆さん、下がっていてください! あいつらは私たちが食い止めます!」
言うが早いか、ステイアとセリオは果敢に敵に向かっていった。
後ろにいたハズの13型も右腕に仕込んだ機銃を敵軍めがけて発射する。
僕たちもうまく13型の陰に隠れながら、それぞれ手にしたスタンガンで応戦する。
高城さんからもらったライフルは面白いように命中した。
初めこそ先手を打って多少有利に立っていたものの、敵の反撃は予想以上に激しかった。
向こうの攻撃が当たるたび、13型が次々と倒れていく。
どうやらあの細身のロボットもこちら同様、スタンガンを武器としているようだ。
ということは1発くらいなら当たっても死なないだろう。
そうは思っても、前に出る気にはならなかった。
敵の中でもっとも厄介なのは、あの飛行型ロボットだった。
地形に関係なく同じスピードで移動するあの機体は、こちらの攻撃を巧みに躱し側面に回り込んでくる。
こっちも必死に応戦してるけど、状況は苦しい。
そんな中でセリオとステイアは他を圧倒する戦いぶりだった。
2人とも何も武器を持っていないのに、縦横から飛んでくる光弾にまったく当たらない。
素手で果敢に立ち向かい、銃を持ったロボットを拳だけで倒すその姿は凛々しかった。
なんて観察している場合じゃない。
こっちは・・・というより僕のほうに問題があった。
カルテット・ライフルは4発を同時に発射する分、威力と命中率は申し分なかったが、連射が効かなかったのだ。
敵もその弱点をすぐに見抜いたらしく、さっきから僕ばかり狙っているようにみえる。
それでも無傷でいられるのは、多くの13型が盾になってくれるからだ。
「佐藤様! 戦況は不利です。ここは撤退しましょう!」
セリオが叫んだ。
「何言ってるんだ! ここまで来て逃げろだって!? 浩之が――」
僕はセリオの判断がいつも的確だと分かってはいたが、この進言に従う気はなかった。
「しかし、このままでは危険です! 敵データを解析し、体勢を立て直しましょう!」
「ダメだっ! 今さら後には引けないよ!」
長身のロボットが向かってきた。僕は13型の後ろから半身を乗り出しトリガーを引いた。
「この様子では向こうも同じ状況に陥っているでしょう! それなら・・・・・・」
「セリオっ! 危ないっ!」
ステイアがセリオを突き飛ばした。
セリオの体が地面に叩きつけられたようだけど、異常はないみたいだ。
代わりに光弾の直撃を受けたステイアの肩が、銀色にうねっている。
そうか・・・。僕が会話を引き伸ばしたために、セリオの注意が逸れてしまったんだ。
「セリオ、大丈夫!?」
ようやく起き上がったセリオにステイアが駆け寄る。
「私は大丈夫ですが、それよりステイアさんが・・・・・・」
「私なら平気よ。ほら・・・・・・」
そう言うと、肩の弾痕がみるみる消えていく。
数秒経たないうちに傷口か完全にふさがり、元に戻った。
これがハイマンさんの言ってた、液体金属ってやつか・・・・・・。
「ごめん、セリオ。僕が言う事を聞かなかったから・・・」
「いいえ、佐藤様の責任ではありません」
冷静に言葉を返しながら、セリオは敵の攻撃をたくみに避けている。
その時、敵陣の中に異彩を放つ者がいることに気がついた。
こっちに近づいてくる。
セリオもそれに気づいたらしく、僕の前に立った。
近くまで来て、ようやくその姿が明らかになった。
容姿はセリオと酷似している。耳に特有のパーツがついてないけど、直感でロボットだと悟った。
激戦の最中にもかかわらず、僕はそのロボットから目が離せなくなった。
「こいつ・・・・・・他のヤツとは違うわ・・・・・・」
ステイアがつぶやいた。
「あら、よく分かったわね。たしかに私はあいつらとは別の存在よ」
ステイアのつぶやきに謎のロボットが言った。
「あなた・・・・・・誰?」
「私はベルーナ。どう? 私と戦ってみる?」
ベルーナと名乗ったロボットは挑戦的な笑みをステイアに向けた。
「面白いわね。やってやろうじゃない。セリオ、佐藤様は任せたわよ」
「ステイアさん!?」
「大丈夫よ。私が負けるハズないわ」
相手の実力も分からないというのに、ステイアは強気だ。
といっても、僕も彼女が負けないという自信があった。
さっきの魔法みたいな回復力があれば、ベルーナに勝ち目はない。
「いい度胸だわ。エージェントの力、教えてあげる」
ベルーナが言った。
エージェント?
僕が疑問を抱いた時にはすでにふたりの闘いが始まっていた。
最初にしかけたのはベルーナ。闘いを挑んだだけあって、その動きは素早い。
ステイアはしばらくは防戦に徹するようだ。
「佐藤様、こちらへ!」
戦いに見惚れていた僕をセリオが呼び戻した。
「どこ行くの、セリオ?」
「敵の攻撃は予想以上の規模です。ここは目的地への到達を優先するほうが得策です」
「優先って・・・ここはどうなるんだ?」
「現在、すべての13型が交戦中です。30体ほどを伴わせ、残りは続戦させます」
さらりとセリオが説明する。つまり僕たち少数で予定のポイントに向かうということか。
「これが最も合理的な手段です。さあ、佐藤様!」
返事を躊躇っていた僕をセリオが後押しした。
たしかに言うとおり、その方がいいかもしれない。
敵の攻撃はなおも激しさを増している。
今見るかぎりじゃ互角だけど、どうなるかは分からない。
そもそも根本の目的は浩之を倒すことだ。
それならわざわざ危険に晒されるより、セリオの言うようにした方がいい。
「分かったよ、セリオ。皆もついて来て!」
僕は30体ほどの13型と残る男子を引き連れ、戦場を迂回することにした。
その途中で、一瞬、ステイアと目が合った。
余裕の笑みを浮かべていた。彼女なら大丈夫だ。
「セリオ、急ごう!」
「はい!」
さいわい、敵は13型の大軍に意識が向いているらしく、僕たちが集中砲火を浴びることはなかった。
時折、こちらに気づいた女性型ロボットが撃ってくるが、13型の一斉射撃に沈んでいく。
何とか敵群から脱した僕たちだったが、後ろも振り返らずに走り続けた。
ここで立ち止まったりしたら、あの飛行型に追いつかれそうな気がしたからだ。
それにしても・・・・・・。
さっきの戦いでかなり時間を費やしてしまった。
その事実が浩之に遅れをとっているようでイライラする。
自然と足も速くなる。
「セリオ! まだなのかい!?」
耐えかねた僕は口調を荒げていた。
「ここです。佐藤様」
言いながらセリオが立ち止まった。
「お待ちください。探査します・・・・・・」
13型がセリオの周りに集まり始めた。
なにが始まるんだ?
「分かりました。あちらです」
セリオがやや下に向けて指さした。
地下・・・・・・、たしか高城さんが言ってたな。
「地下? どこから入るの?」
「スキャンした結果、この近くに緩やかなスロープが確認できました。おそらくそれが地下へ通じる道でしょう」
「それはどこに?」
セリオは周囲を見渡した後、
「あの建物です」
と言った。
「それって・・・・・・」
僕が言い出したのと同時に13型がぞろぞろと、その建物に向かって歩き出す。
「私たちも行きましょう」
何が何だか分からないまま、僕たちは13型について行った。
近くまで来て、それが建物ではないことが分かった。
巨大なトンネルなのだ。
高さが5階分くらいあったから、ビルに見えただけだったようだ。
「皆様、お気をつけ下さい。おそらく、先ほどの大部隊もここから現れたものと思われます」
「ってことはこの奥は敵の巣窟ってわけか」
後ろの男子がやや怯えたような口調で言った。
僕は目線だけを動かして周囲を窺った。
浩之がいない。
ということは先を越されたか。
「皆、急ごう! こんなところでモタモタしてるヒマはないよ!」
言うが早いか、僕はポッカリと開いたようなトンネルに飛び込んだ。
不思議と恐怖はなかった。
今はただ焦燥感だけが僕を支配している。
浩之・・・・・・もうすぐだよ・・・・・・。

 

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