第53話 ラボ2

(施設を進む浩之たちの前に謎のロボットが現れる。人間側は地下と地上、ふたつの戦場を駆けた)

「どこまで続くんだ?」
浩之はイライラしながら言った。
きっと雅史がいるハズだと睨んでいた浩之だったが、実際に目の前にあるのは白壁だけだ。
後ろをついて来る者は何も話さない。
それほど広くない通路で、好恵の重圧感がそうさせているようだった。
果てしなく続く施設に、足音だけが聞こえる。
しかしそんな沈黙も長くはつづかない。
「何か反応とかないのか?」
浩之が12型に言った。
「申し訳ございません。今のところ、何も・・・・・・」
「そっか・・・」
無表情の12型からは何を考えているのかを推測するのは難しい。
浩之は人間に話しかけることにした。
「これってどこまで続くんだろうな」
「さあ。でも相当歩いたぜ」
「早くこれ、使いたいんだよな」
そう言って、男子が手に収まるほどのスタンガンを弄ぶ。
「そんなこと言って、敵が出てきても知らないわよ」
好恵が冷やかに言った。
この状況で武器も持たずに、しかし彼女が最も冷静で恐れを抱いていない。
おそらく恐怖心はあっただろうが、今の彼女からはそんな気配は微塵も感じられない。
 しばらく歩くと、道が二手に分かれていた。
「どっちだ?」
浩之は選択を迫った。
本来なら立場上、浩之が決めるのが当然だがそれは彼自身が拒んだ。
それは自分が冷静さを失っていることに気付いているからだ。
雅史に先を越されまいと焦り、いらない犠牲を払う。
直情的で行き当たりばったりな浩之も、この欠点についてはよく分かっていた。
「私は右のほうがいいと思うけど」
素っ気無い態度で言ったのは好恵だ。
「なんでだ?」
「直感よ」
「・・・・・・」
悪びれもなく返す好恵に、浩之は苦笑した。
何の根拠もなしに選択できるなんて、好恵らしい。
「じゃあオレも右」
「俺も」
「じゃ僕も」
だが、どういうわけか他の連中はそんな好恵の選択に便乗しはじめた。
「ちょ、ちょっと待てよ。もう少し慎重に考えたほうがいいんじゃねえか?」
浩之が慌てて制止する。
「そんな事言うけど、何の情報もなしに選ぶなんてムリだぜ。今の状況じゃどっちに進んだって同じだよ」
たしかにそうだ。
それなら左右に分かれて、とも考えたがやめた。
ただでさえ乏しい戦力をここで分断させるのは危険だ。
「分かった。じゃあ右だ。右に行こう」
結局、周りに押される形で浩之たちは右の通路を進んだ。
 好恵の直感が正しかったのか、歩いているうちに様子が変わってきた。
通路が先ほどに比べ広くなっていたのだ。
おまけに直線だった道が緩やかなカーブを描く箇所がいくつかある。
それまで大人数が横に並べず、後列の男子などはビクビクしていたがこれで少しは楽になった。
「うおっ!? なんだ!?」
浩之が声を上げた。
前方で大きな音がした。鉄の塊を地面に叩きつけたような音だった。
「来たわね」
好恵がつぶやいた。
「ほら、あんたたちの出番よ?」
さっきまでスタンガンを弄んでいた男子たちの背中を押す。
「お待ちください。私たちが戦います。皆様はお下がりください」
それまで無口だった12型が一斉に前に出た。
前から複数の足音が聞こえる。
12型も男子たちも揃ってスタンガンを構えた。当然、浩之もだ。
敵の姿はまだ見えない。
そのとき、2体の12型がジグザグに蛇行しながら前進を始めた。
そしてまるで狙いをつけないで、ひたすらに連射する。
だが倒れたのは12型のほうだった。
「いるぞ! 気をつけろ!」
待機していた12型が一斉に動き出す。
無数の青い光弾が飛び交った。
その隙間から浩之たちは見た。
前方からライフルを構えた細身のロボットと、その陰に隠れるようにして援護している少女の姿をしたロボットを。
地上で戦ったのとは、異なるタイプだった。
「くそ、数が多すぎる!」
男子たち数名は逃げることを考えたが、まもなくそれが不可能であることを知った。
前を固めていた12型が手薄になってきたからだ。
ここで一瞬でも背を向ければ、忽ち蜂の巣にされるだろう。
「ったく・・・冗談キツイぜ・・・」
覚悟を決めたように手にした武器を握り締める。
通路では攻撃を防ぐ遮蔽物が何もない。
つまり単純に力と力のぶつかり合いなのだ。
男子たちは12型を盾にしながらも果敢に射撃する。
だが戦力の差は歴然だった。
敵は通路の向こう側が見えないほどに押し迫ってきている。
対する浩之派はロボットを含め、30人ほどしかいない。
もはや敗北は時間の問題かと思われたそのとき、敵側に異変が起こった。

「あなた・・・・・・何者・・・・・・?」
序盤から激闘を展開していたものの、まるで成果の見えてこない闘いにベルーナはわずかながら戦闘意欲を失っていた。
「言ったでしょ? ステイア・リュート。いい加減、覚えてよね」
ステイアが見下すように言った。
2人の戦闘能力はほぼ互角だ。パワー、スピードとも甲乙がつけ難い。
だからといって攻撃が命中しないというわけではない。
同じだけのスピードがあるから繰り出した攻撃は当たるし、同じだけのパワーがあるから確かにダメージを与えている。
しかしそのダメージが蓄積しているのはベルーナだけだった。
ステイアは受ける衝撃をすべて吸収していた。
ベルーナが大きく跳躍した。
それを迎え撃つべく、ステイアは地上で構えた。
空中で一回転し、威力のあるキックを放つベルーナ。
ステイアはそれを避けようともしないで悠々と大地に立っていた。
次の瞬間にはベルーナのキックは破壊力を失い、ステイアの腹部に飲み込まれていた。
「上等だわ・・・・・・エージェントがここまで手も足も出ないなんてね」
「言葉の割には余裕がなさそうだけど・・・?」
戦いの主導権はステイアが握っていた。
「さっきから気になってたんだけど、エージェントって何?」
「そんなこと、敵であるあなたに教えると思う?」
「別に、ただ訊いただけよ。でも他のやつらと違うみたいなこと言ってるけど、私には違いが分からないわね」
「なっ・・・・・・!」
ベルーナの目に、ロボットであるにも関わらず怒りの色があった。
それを見て面白そうに笑うステイア。
「なら証明してみせてよ。何なら避けないでやってもいいわよ?」
そう言ってステイアは両腕をだらんと力なく下ろした。
「どう? 少しは希望が持てたでしょ?」
「ふざけるなぁっ!!」
ベルーナが物凄いスピードで間合いを詰めた。
一気に至近距離まで移動したベルーナはステイアの左手首を掴み、目にも留まらぬ速さで拳を繰り出す。
だが拳はダメージなど与えることなく埋没していく。
「ムダなのに」
逆にステイアが首を掴み、力任せに投げ飛ばした。
難なく着地したベルーナは背を向け合図した。
すると交戦中だった十数体のロボットが彼女の背後を固めた。
直後、無数の光の矢がステイアに注いだ。
威力は13型の持つスタンガンに匹敵する強力なものだった。
だがステイアは動じない。
どんな攻撃も液体金属でできた体が無力化するからだ。
敵の攻撃は正確だった。
ステイアの体はいくつもの弾痕が生々しく輝いている。
しかしよろけはするものの、その表情にはまだまだ余裕があった。
「貸して!」
しびれを切らせたベルーナがそばにいたロボットからスタンガンを奪い取り、狙いをつけた。
そしてロボットらしからぬ様子で乱射した。
結果は変わらない。
すぐに無傷となる傷を受けただけで、戦況は依然、ステイアに分があった。
怒りを覚えたベルーナはスタンガンを放り投げ、無意味を承知で跳びかかった。
スピードでは負けてはいない。
「う・・・・・・あっ・・・・・・!?」
一瞬の出来事だった。
ブレード状に形態を変えたステイアの右腕が中空のベルーナの肩を貫いたのだ。
傷口は金属組織をむき出しにしていた。
力なく崩れ落ちるベルーナ。
まだ機能停止には陥っていない。
だがもう一度同じ場所を衝かれれば致命傷は避けられないだろう。
「よく頑張ったほうだけどね、相手が悪かったわね」
弾痕の全く見られないボディを強調しながら、ステイアが言った。
「そうかも・・・・・・ね。でもいつまでそんな調子でいられるかしら?」
「何?」
「エージェントが黙ってはいないわ。あなたを・・・・・・必ず破壊するわ・・・」
肩に触れないようにベルーナが立ち上がった。
「あなたを置いて侵入した仲間も、まさか生きて帰ってくるなんて思ってないわよね?」
「・・・どういうこと?」
「考えなきゃ分からない? 彼らは敵の中に飛び込んだのよ」
ベルーナが笑った。これまでにないほど可笑しそうに。
「誰も助からないのよ」
「おしゃべりはおしまい。その仲間を助けに行かなくちゃね!」
言うが早いか、ステイアの右腕はまっすぐにベルーナに突き刺さっていた。
深い傷口から火花を散らし、ベルーナは動かなくなった。
それを見届けたステイアは、改めて周囲の状況を認識した。
味方はほぼ潰滅状態。わずかに残った13型が一箇所に固まり、防戦に徹していた。
ここに残り援護をするか、それとも雅史たちの後を追うか。
彼女には一瞬だけ考える時間があった。
「迷ってるヒマはないんじゃないの? 早くしないと間に合わなくなるわよ」
「どっちにしても結果は同じだけれどね」
背後からの声に振り返ると、先ほどまではいなかった2体のロボットがステイアを見下すように立っていた。
いつの間に現れたのか。
それを考えたステイアはこの2体がベルーナ同様、エージェントであるとすぐに分かった。
見た感じではベルーナと大差はないように見える。
「まさかベルーナが敗れるとはね」
金色の長髪を靡かせながら迫ってくる。
「仕方ないよ。彼女は旧式だったんだから」
相鎚を打つようにもう1人のエージェントが笑った。
こちらは同じ長髪でも背が高い分、短めに見える。
「あなたたちは?」
「私はデメテル。こっちはテミステーよ。気付いてると思うけど、もちろんエージェントよ」
「ベルーナを倒したあなたの実力は認めるわ。だけど命運は尽きたわね」
テミステーは明らかに戦闘意欲をむき出しにしている。
「私達は彼女のように甘くはないわよ」
ここまで言われてステイアも黙ってはいない。
「それは良かったわ。なら手加減は不要ね?」
「ええ、もちろんよ。全力で戦いましょう」
デメテルと名乗ったエージェントが進み出た。
「私が行くわ。あなたは下がってて」
「分かった。任せたわよ」
テミステーが2歩ほど下がった。
「2人一緒でもいいわよ? その方が手間が省けるし・・・」
1対1の方が自分には有利だというのに、ステイアはその性格から余計な挑発をした。
「私ひとりで充分だってことよ」
「そうかしら?」
「私をベルーナと同じだと思ったら大間違いよ」
ステイアとデメテルが対峙した。
「あっちは私が片付けるわ」
テミステーが抵抗を続ける13型に向かって言った。
「・・・・・・!?」
迂闊だった。
これまでの余裕ぶりからテミステーは後ろで控えるものとばかり思っていたのだ。
こうなるとデメテルに時間をかけていては13型の救援はおろか、最悪、雅史たちの安否も分からない。
ステイアは何も言わずにデメテルめがけて躍りかかった。
が、それを予測していたかのように悠然と躱すデメテル。
間髪を入れず鋭い回し蹴りを放つ。
デメテルには通用しない。
「大したものね。動きにもムダがないわ!」
デメテルが拳を振り上げた。
両腕をクロスするようにして防ぐステイア。
その敏捷さはデメテルに僅かに劣っていた。
ステイアもあらゆる格闘技のデータを総動員して攻撃を繰り出す。
フェイントなど必要ない。
技のバリエーションと手数の多さで勝負を決するつもりだった。
しかし格闘戦においてもデメテルのほうが上だった。
上段、下段に散らした打撃をさらりと躱し、デメテルが反撃の一撃を放つ。
真っ直ぐに放たれた拳があまりにも速く、ステイアは液体化できずに吹き飛ばされた。
この時、彼女は初めてエージェントの強さを知った。
格闘能力の高さ・・・液体化する暇すら与えないほどのスピード。
これがエージェントなのか。
ステイアはよろよろと立ち上がった。
近くで何かを叩きつけるような音がした。
見るまでもない。13型が破壊されているのだ。
もう1人のエージェント・・・・・・テミステーによって。
だがそちらに意識を向ける余裕はステイアには無かった。
2対1などとんでもない。
あのテミステーもデメテルと同等の力を有しているに違いない。
スピードでもパワーでも向こうが有利だった。
相手の出方を窺い、隙を突くのが定石だと思われた。
しかし時間をかければ13型を屠ったテミステーが配下機を伴ってやって来る。
そうなったらもはやステイアに勝機はない。
デメテルが向かってきた。
彼女の戦闘スタイルはステイアの豊富な格闘技データのどれにも該当しなかった。
拳を振り上げる。
背を反らせて躱すステイア。だがこの姿勢からでは反撃に転じることができない。
さらに畳みかけるように飛び蹴りを放つデメテル。
体を回転させ威力を増した蹴りが、ステイアの腹部にまともに刺さる。
デメテルの猛攻はさらに激しさを増した。
大きくよろめいたステイアにさらに数発の拳を叩き込んだのだ。
「・・・・・・・・・!?」
デメテルの動きが止まった。彼女の右腕がステイアに呑み込まれていた。
「この瞬間を待っていたのよ」
自由を奪われたデメテルにステイアの拳が飛んだ。
だが。
「なっ・・・・・・!」
崩れ落ちたのはステイアのほうだった。
デメテルはステイアの体から強引に腕を引っ張り出したのだ。
その接合部分からは鈍色に輝く液体が血しぶきのように飛び散った。
彼女が顔を上げたときにはすでに、デメテルは回し蹴りのモーションに入っていた。
無防備だったステイアの体はふわりと浮き上がり、そのまま施設へと続く建物の壁面に叩きつけられた。
腹部の傷痕が元の形に戻り始める。
ステイアは気付いてしまった。
液体化からの戻りが遅くなっていることに。
同じ場所を何度も攻撃されたからかのか、理由はわからないが。
先ほどのデメテルの行動が効いたのかもしれない。
うつ伏せに倒れたステイアが身を起こしかけた時、デメテルはすでに目の前にいた。
「Liquid Metal・・・・・・、面白い技術ではあるわ。物質の受けたダメージを液体化によって修復し、再構築する・・・・・・。これには金属と液体の中間にあたる
物質が必要だけど・・・・・・、私が知る限り、そんなものは地球には存在しないわね」
見下すようにしてデメテルが言った。
「さて、と・・・・・・」
激しい戦いで乱れた衣服を正すと、デメテルが止めを刺そうと近づいた。
だが、蹲ったステイアの右腕が妙な輝きを見せていたのがデメテルの目にとまった。。
瞬間、ステイアが大きく一歩踏み出しながら、なぎ払った。
同時にデメテルも後方に飛びのく。
「もうちょっとだったのに」
ステイアがブレードと化した右腕を見せつけるように吐き捨てた。
デメテルの服は横一文字に裂けていた。
「へえ、そんなこともできるんだ」
デメテルが笑った。
「驚いた?」
ステイアも笑った。
「別に。形が変わっただけじゃない」
「そうかしら?」
さきほどとは一転して、ステイアの表情には余裕がうかがえる。
ブレードを振りかざし、再びステイアがデメテルに向かっていった。

 

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