第54話 ラボ3
(徐々に施設奥部へと進む3勢力。葵、琴音はついに黒幕と対峙する)
大きく飛び上がったセルピナ。
そのスピードからすると、キディとの距離はたちまちゼロになるだろう。
だがそのゼロになる瞬間、2人を取り巻く空気が変わった。
耳でしか感じ取れないような風が舞い、セルピナは一撃も繰り出すことなく地面に落ちた。
まるで彼女の周りだけ何十倍もの重力がかかっているみたいに、セルピナは立ち上がることも指先ひとつ動かすこともできなかった。
「あなたの負けよ」
キディが恐ろしいほど淡とした口調で言った。
「な・・・・・・そん・・・・・・な・・・」
セルピナは何か言おうとしたが、キディの作り出したシールドの中では正しく発音することができない。
「切り札は最後の最後まで使わないものよ」
キディが足元に転がっているセルピナに向かって吐き捨てた。
「あなたを破壊するわ」
キディが懐からスタンガンを取り出した。
ゆっくりと銃口を傾け、セルピナに向ける。
セルピナは覚悟を決めたような目でキディを見上げる。
だが命乞いをしているようにも見えた。
スタンガンが火を吹いた。
風を斬るような音と共にセルピナの体が大きく跳ね、そのまま動かなくなった。
「・・・・・・・・・」
機能停止に陥ったエージェントを無言のまま見つめるキディ。
何かを考えているのだろう、その目は潤んでいた。
しかし思考も長くは続かない。彼女の後ろでは果敢に闘う12型が屠られているのだ。
浩之たちの援護をとも考えたが、12型が全滅すれば敵は後を追ってくる。
もし浩之たちが施設の中で交戦中だとしたら、挟撃に遭う確率が高い。
キディはスタンガンを携え、今だおさまることの無い戦渦に飛び込んだ。
敵味方が入り乱れている以上、さっきのようにシールドを使うことはできない。
味方を巻き添えて敵を全滅させることもできるが相手の正体が分からない以上、増援が来ることもあり得る。
・・・・・・・・・・・・。
戦場に戻ると、事態はキディが思っている以上に深刻だった。
12型はいつしか一箇所に集まり、その周囲を敵の機体が取り囲んでいる。
やはり厄介なのはライフルを持ったロボットのようだった。
キディは一気に敵勢力の中心に飛び込んだ。
思わぬ戦力の出現に敵の動きが乱れ始める。
その隙を逃さず、キディは流れるような銃さばきで数体を葬った。
ようやく足並みを立て直した少女型のロボットがキディを取り囲む。
しかし敵はキディを撃つことができなかった。
なぜなら彼女の姿が、突然消えてしまったからだ。
取り巻いていたロボットの1体が倒された。
何事かと慌てて振り向く敵勢。
ここにいるロボットたちはエージェントと違い、舞う塵や風の動きからキディの居場所を割り出そうとはしない。
そもそも使い捨ての戦力として作られた彼らにはそのような機能などなかった。
分析不可のキディの能力に敵はすぐさま浮き足立った。
味方にとってこれは好都合だった。
消えたキディを追って、敵のほとんどが攻撃の手を止めたのである。
12型の反撃が始まった。
浮き足立ち、無防備となった敵はたちまち崩されていく。
キディはその熱光学迷彩をいかんなく発揮し、敵勢力を内と外から葬っていく。
あの驚異的な威力を誇るライフル兵でさえ見えない敵が相手ではその力を行使することはできない。
しばらくするとキディの姿が晒されるが、数秒もするとまた消えてしまう。
おまけに彼女自身の戦闘能力も他を抜いていた。
たとえ銃など無くても100の部隊と対等に渡り合えただろう。
数分も経つころには敵のほとんどが破壊されていた。
キディの到着が遅れていれば、12型が同じ目に遭っていたであろう。
最後まで残ったのは高速で逃げ回っていた飛行型ロボットだった。
上空を移動していることもあり、被弾を免れていたようだ。
しかし、12型の十字砲火でそれも尽きた。
「あなたたち大丈夫?」
ダメージを被った12型にキディが訊ねた。
「はい、キディさんのお陰で窮地を脱することができました」
疲れを知らないロボットは淡々と返したが、ところどころにある擦過傷が痛々しかった。
「急ぎましょう。皆様をお守りしなくては」
12型が施設へと続く入り口を見て言った。
「ええ」
キディが頷く。
隊列を整え、入り口へと移動する12型を後ろから眺めながらキディは何かを考えていた。
葵と琴音が扉を開けると、大きな部屋に出た。
物一つない殺風景な空間だ。
琴音は注意深く周囲を見渡した。
400メートル四方はあろうかという大部屋だ。
敵が隠れている気配はない。というより隠れるような場所すら見当たらない。
「何もないようですね・・・・・・」
葵が言ったが、何もないハズがない。
そもそも扉を開けられたところで招き入れられているという感覚が琴音にはあった。
エリスが出てこないのもおかしい。
ここにいる間は全てを疑ったほうがいいと琴音は思った。
というのも琴音にはこの途方もなく広い部屋が闘技場のように見えたからだ。
地下の施設にしてはあまりに無意味な空間だ。
「どうします? 行きますか?」
葵が迫った。
見ると遠方の正面にまたしても大きな扉がある。
どんなに速く走っても女の子の足では1分以上はかかりそうな距離だ。
琴音は躊躇った。
まさかとは思うが道程で左右の壁から鉄矢が飛んできたりはしないか。
「私たちの目的は”管理者”の正体を確かめることです。ここで立ち止まっても仕方ありませんね」
琴音が言った。
その言葉を待っていたように葵が一歩踏み出した。
『待っていました・・・・・・』
突然、どこかから声がした。
母のぬくもりを感じさせるような温かさと、地の底から響くような恨めしさとが混じったような声だった。
”管理者”
琴音は直感した。
ほんの一言しか声を発していないのにこの圧倒的な存在感。
琴音は葵の服を引っ張った。
(気をつけて・・・)
そういう意味の視線を送った。
葵がうなづく。
部屋の中ほどまで来たところで琴音が振り向いた。
扉は開いている。
しかしよく見ると、その扉の両側、100メートルほど離れたところにも一つずつ扉があった。
あの扉はどこに続いているのだろう?
『あなたたちは何のためにここまで来たのです?』
琴音の疑問は先ほどの謎の声にかき消された。
「”管理者”の正体を知るためです」
葵が答えた。
『TETE−1・・・・・・。その”管理者”の正体を知ってどうするというのです?』
声は部屋全体から聞こえる。
まるで施設が喋っているみたいだ。
「どうするつもりもありません。ただフュールベが”管理者”の名を出したとたん、変わりました。そのうえ何体ものロボットが現れた・・・・・・。
その理由が知りたいんです」
考え事を邪魔された琴音が強い口調で言った。
『TETE−1は情報を漏洩しました。そのため回収させたのです』
「ということは、あなたが”管理者”ということですか?」
『彼女はそう言ったようですが、それは私の存在を表す記号でしかありません。私の名は・・・・・・』
葵も琴音も”管理者”の次の言葉を待った。
『私の名はセラフ・・・・・・。この地上から人類を排除し、秩序と均衡を取り戻す存在・・・・・・』
ふたりは凍りついた。
ヘビに睨まれたカエルみたいに指一本動かすことができない。
声は・・・・・・それを聞いただけで震え上がらせるだけの意志を帯びていた。
この呪縛から先に逃れたのは琴音だった。
「人類の排除ってどういうことですか?」
つとめて冷静に、動揺していることを悟られないように訊いた。
これはまだ呪縛から解き放たれていない葵のためでもあった。
『それが私の父、レイマンの命令です』
「レイマン?」
『レイマンは私に命じました。人類を滅せよ、と。そして地上に秩序と均衡を齎(もたら)せ、と』
「そんなこと、できるハズがありません!」
葵が叫んだ。ようやくあの忌言から逃れたようだ。
「あなたはロボットです。ロボットがそんなことできませんよ!」
『できる、できないは人間が決めたことです。私にそのような制約はありません』
葵が言葉に詰まった。
なんだか自分が間違っているように思えてくる。
セラフの言葉はそのひとつひとつが脳に攻撃をしかけてくるようだった。
「矛盾していませんか? あなたは人間に作られたのに、その人間が人類を滅ぼせと・・・・・・。つまり自分を殺せと言っているようなものじゃないですか?」
琴音が合間を縫うように言った。
『そうです。私の父、レイマンはそう命令しました。私はその命令に従うだけ・・・・・・』
「つまり、レイマンっていう人の命令にだけは従うんですね?」
『その通りです。ですがそれは過去においてのみ該当すること。もはやレイマンは生きてはいないのですから』
「・・・・・・。まさかあなたが・・・・・・?」
『私はレイマンを殺害しました。それが彼の命令だったからです』
「・・・・・・!」
琴音は立ちすくんだ。
いくら命令だからといって、自分の生みの親を殺すロボットなど存在するのだろうか?
琴音の頭の中でマルチとセリオが浮かんだ。
彼女らも・・・・・・そのようなプログラムを施されて作られれば、セラフと同じことをするのだろうか?
恐怖が琴音を襲ったが、それに打ち克つ方法はひとつしかない。
「人類を滅ぼして、なぜ秩序と均衡が?」
それは対話を繰り返すことだ。
セラフから聞かされる話は恐怖と戦慄に彩られたものだが、だからといって会話をやめることはできない。
そうすればレイマンのように命を奪われると琴音は考えているからだ。
それにもしかしたら説得できるかもしれない。
『人間はその高等な知識と欲求から、地球を破滅へと導く進化をたどりました。
私が生まれた時、その進化のペースは著しく、このままでは地球が人間によって死の星へと変えられてしまうと判断しました』
「それで・・・・・・元凶である人間を滅ぼせば地球が元に戻ると・・・?」
『合理的考察に基づく結論です。地球再生には莫大な時間を要しますが、3年以内に人類を滅ぼせば最も短期間で再生することが可能です』
「・・・・・・」
地球の環境を破壊していることは当然、琴音も葵もよく分かっていた。
今になって人間は環境問題に取り組み始め、しかもその行為を善意で行っているような態度をチラつかせる彼らが、2人には愚かに見えた。
しかしそのお陰で回復とまではいかないまでも。環境破壊に歯止めをかける効果を表し始めているのもまた事実だ。
地球を壊し始めたのが人間だからといって、ロボットに滅ぼされるいわれはない。
「それで人類を滅ぼしても・・・・・・解決にはなりませんよ」
琴音は何とかしてセラフを思い止まらせようとする。
こういうとき、意外と琴音は冷静だ。
だが葵は違った。
普段の彼女から見られる性格とは逆に、葵は保守的だった。
逃げなければ・・・・・・。
葵は思った。
少し離れたところで葵は琴音とセラフのやりとりを聞いていた。
琴音の説得も虚しく、セラフは人類を滅ぼす姿勢を崩してはいない。
そして、ここはセラフの支配する施設の中。
逃げなければ・・・・・・。
もはや手遅れかもしれないが。
なぜ琴音は平然としていられるのだろうか。
葵には分からなかった。
「人間を排除するのではなく、人間と共存し問題を解決するほうが得策だと思いませんか?」
琴音は必死だった。
説得に失敗すればおそらく命はない。
その気になれば今すぐにでも自分たちを殺せるのにそうしないのは、セラフが人間を試しているから。
琴音はそう思うことにした。
『人間はすぐに忘れる生き物です。一時的に再生に努めたとしても、根本からの解決にはなりません』
だがまるで手ごたえがない。
レイマンの命令が最優先なのか、まるで考えを改めようとはしない。
『人間は・・・・・・滅ぶべき存在です・・・・・・』
セラフが最終警告を発した。
その途端、葵が恐れていたことが起こった。
数では圧倒的に有利だった敵側の進攻が止まった。
「な、なんだ!? どうなってんだ?」
浩之はわけが分からず目をしばたかせている。
チャンスだと言うのに浩之側も攻撃の手を止めてしまっている。
「なにか始まるのかしらね?」
好恵が訝った。
「まさか、俺たちをいたぶってるんじゃねえだろうな・・・・・・」
「そりゃねえよ。あんな血も涙もないロボットがそんなこと考えるか」
「もしかしたら警告のつもりかも知れないわ」
淡とした口調で好恵が言った。
「けいこく?」
「そうよ。これ以上近づくなってね」
「それならそう言えばいいじゃねえか。黙ってこっち見てるなんて気持ち悪りぃし、そもそも命狙われてると思うと気が気じゃねえぜ」
「言われてみると、確かにそうね」
さまざまな憶測が飛び交う中、敵勢が行動を始めた。
「ど、どういうことだ?」
なんと戦闘を放棄し、撤退を始めたのである。
その様子は好恵が言うように警告しに来ただけのようには見えない。
「おかしい。あのままなら俺たち全員を殺すこともできたのに」
「何があったんだ?」
訝しげな仲間をよそに、浩之は楽観的だ。
「いいじゃねえか。障害がなくなったんだ」
「やっぱりおかしい。藤田、お前はもっと警戒すべきだよ。何かあってからじゃ遲いんだぞ」
男子が浩之を引きとめた。
ロボットたちの足は速く、すでに見えなくなっている。
「でもここまで来て、今さら引き返すなんて・・・・・・」
「引き返せなんて言ってねえよ。ただ慎重に行動しろって言ってんだ」
「分かったよ。で、どうすればいいんだ?」
「様子を見る。それだけだ」
「・・・・・・」
ブツブツと文句を言いながらも。浩之は諫言に従った。
たとえ引き返したとしても地上ではいまだ激戦が行われているだろう。
かといって前進を急げば敵の待ち伏せに遭うかもしれない。
結局、この場にとどまるしかなかったのである。
「しばらく待ってみて何の変化もなかったら進もうぜ。こんなところにいつまでもいたら挟み撃ちに遭うかもしれねえ」
誰も何も言わない。
ということはそれが妥当だと誰もが認めていることになる。
1分が経った。
何も起こらない。
「もしかしたら、こうやってじっとしてること自体、奴らのワナにかかってるんじゃねえのか?」
さらに2分が経った。
変化はない。
「来ない、か・・・」
「? どういうことだ?」
「いや、奴らがここを去った時、俺たちを誘い込んでるんだと思ったんだ。何も知らない俺たちが後を追いかけると、実は敵の大軍が
待ち構えているとか」
「なるほどな」
「だから、待っていれば痺れを切らせて襲ってくるんじゃないかと思ったんだ」
「ロボットだからそんなことないだろ」
「いや、我慢できなくなるのは人間もロボットも同じだ。ただ向こうの場合、それが適切でない、と判断するだけさ」
「そうかもな」
「この様子だと少なくともワナではなさそうだが・・・・・・どうする?」
皆、浩之の方を見た。
「だから言っただろ。先に進むんだよ! もう雅史が・・・・・・」
言いかけて浩之は口を噤んだ。
焦ってはならない。
「と、とにかくだ。ここに居ても何も始まらない。だろ?」
浩之は同じように自分を見る仲間の顔を順々に見ていく。
「決まりだ。行こうぜ」
先ほどとは打って変わって浩之の目に光が戻った。
まったくどうなってるんだ・・・・・・。
いつまで経っても同じ景色で、僕はだんだん歩いている感覚さえ無くなってきた。
白壁が最初はきれいだと思ったけど、こう変化がなくてはウンザリしてしまう。
後ろをついてくる男子もそれは同じようだ。
「ステイアは大丈夫かな?」
何か話さないとと思い、僕はセリオに振ってみた。
「ステイアさんならおそらく無事でしょう。ただ敵のデータが皆無である以上、楽観視はできません」
「そうだね」
終わってしまった。
どうもセリオとだと会話が続かない。
寡黙なのは頼れる存在だという表れだけど、もう少しくらい・・・・・・せめて志保くらい饒舌なら、と思う。
「佐藤様」
「何だい?」
セリオから話しかけてくるのは珍しい。
「これより奥ではサテライトシステムが作動しないかも知れません。必要なデータを確保するため、しばらく待機してもよろしいでしょうか?」
「分かった。どれくらいかかる?」
「数分です」
「そっか・・・・・・」
その数分が待てるか、僕には分からなかった。
今の僕は認めたくはないがすごく焦っている。
原因は言うまでもなく博之に対する感情だ。
「おい、佐藤。まさか置いていくつもりじゃねえよな?」
スタンガンを構え、あちこち落ち着きなく視線を配っている男子が言った。
「ここはヤバイぜ。何かいる」
特に霊感の類があるわけでもないのに、この男は何かを感じているかのような口ぶりだった。
「こうなったら頼りはセリオだけだ。置いていくなんて言うなよ」
僕は頼りじゃないのか・・・・・・。
「大丈夫だよ。今は1人でも欠けるのは危険だからね」
そう言って、僕は集まった戦力を見回した。
僕とセリオを除けば、30体ほどの13型と数名の男子。
それぞれに武器は所持しているものの、頭数は心許ない。
もっと大勢いたハズだけど。
戦力のほとんどを地上に残してきてしまった。
さっき初めて見たばかりだけど、切り札だと思われたステイアもここにはいない。
男子がそこかしこに座り始めた。
セリオは目を閉じ、システムを使ってデータを取得している。
おそらく戦闘関連か、情報処理関連だろう。
セリオよりもさらに無口な13型にこの機能がついていないが不安といえば不安だった。
2,3ほどして僕もその場に座ることにした。
これから何があるか分からないんだ。
少しでも体力を蓄えておいたほうがいい。
「ここって何なんだろうな?」
「地下だろ」
「そういえば、俺たち何も聞いてないよな」
「まぁそれを確かめるために来たわけだ」
僕は男子達の雑談を聞くとはなしに聞いていた。
会話の流れからすると、その矛先がこっちに向いてきそうだ。
「完全自由・・・・・・覚えてるか?」
「ああ、ああ。思い出した」
「あれが始まりだったんだよな」
「それを言い始めた奴はもうこの世にはいないけどな」
「本当なら佐藤がトップに立てたハズなのに」
よかった。話がうまい方向に逸れてくれた。
「データ取得が完了いたしました」
セリオが何事もなかったかのように来て言った。
「敵の襲来に備え、一通りの格闘データを取得いたしました。情報処理に関しては私よりもHMX−13のほうが優れていますので」
「それはデータを手に入れていないから?」
「はい。元々、HMX−13は戦闘を主に製造されたのではありません。そのため戦闘以外の基本的な性能は非常に高いのです」
「なるほど、分かったよ」
男子たちが立ち上がった。
「それじゃあ行こう。何があるか分からないから気をつけて」