第55話 ラボ4

(地下を進む浩之と雅史。彼らはそこで少女たちの声を耳にする)

 ブレードの嵐にデメテルはおされ気味だった。
拳での格闘戦と違い、ブレードはリーチが長く威力も拳の比ではない。
ステイアの攻撃の的確さに、デメテルは躱すのが精一杯の様子だ。
「ほらほら、どうしたの? 逃げてるだけじゃ私には勝てないわよ?」
振り下ろし、なぎ払い、突き。
巧みに攻め、ステイアはかなり優位に立った。
デメテルがブレードを掴んだ。
自らの損傷を覚悟の上で、ブレードを破壊しようとしたのだ。
だが・・・・・・。
この軽率な行動が命取りとなった。
デメテルはブレード攻撃に集中するあまりに忘れていたのだ。
ステイアの左手を。
もう一本のブレードがデメテルの腹部を貫いていた。
「ぐ・・・・・・がぁ・・・・・・!」
自分の身に起きた事が信じられないという様子でデメテルがステイアを睨みつけた。
しかしその鋭い眼窩もこの状況では何の効果も示さない。
「・・・・・・ベルーナが・・・・・・倒される・・・わけだ・・・・・・わ・・・・・・。こ・・・んな・・・・・・」
最後の言葉を発するデメテルをステイアは優越感に浸りながら見下ろしていた。
だがいつまでもそうしているわけにはいかない。
向こうにはまだもう1人。テミステーがいる。
ベルーナ、デメテルとの戦いを経てステイアはエージェントの力を思い知らされた。
自分が液体金属で作られていなければ、おそらく今頃はあちこちに転がる13型と同じ末路だっただろう。
セリオたちは無事だろうか。
ステイアは雅史よりもセリオを気にかけている自分に気付き、苦笑した。
ロボットらしからぬ感情だったからだ。
「デメテルが・・・・・・負けたの・・・・・・?」
テミステーがゆっくりと近づいてきた。
これだけでも充分、人を恐れさせる効果がある。
ステイアが時間をかけなかったため、13型は健在だ。
「信じられない・・・・・・」
デメテルはすでに機能停止している。
やはりステイアのブレードによる損傷がひどかったようだ。
デメテルの胸元には致命傷となった風穴が開いている。
奇妙な沈黙が支配した。
ステイアもテミステーもお互い向かい合ったまま視線だけを交わしていた。
テミステーは味方とともに13型を相手にしていたがほぼ無傷だ。
対するステイアも2体のエージェントと戦いはしたが、持ち前の性質から傷は負っていない。
「私には分からない・・・・・・。人間に作られたあなたが、どうしてエージェントよりも勝っているの?」
「どういうこと? あなただって人間に作られたロボットでしょ?」
「違うわ。私を作ったのは人間じゃない。あるプログラムが私たちを作ったのよ」
「プログラム・・・?」
「彼らが向かった先・・・・・・そこに私たちの親がいるわ。知ってると思ってたけど、そうじゃなかったのね」
テミステーは地下施設への入り口を指差して言った。
「あなたたちの目的は何? まさか何も知らずにここまで来た、なんてことないわよね」
ステイアは少し考えてから答えた。
「知らないわ。私たちはロボット。人間の命令に従うの。だから理由なんて知らないし、そもそも知らなくてもいいのよ」
この言葉にテミステーは理解できないといった表情を見せた。
「そんな、そんなつまらない事で彼女の計画が妨害されたなんて・・・・・・」
「彼女? ・・・・・・あなたたちを作ったっていうプログラム?」
「ええ、そうよ」
テミステーはデメテルとは性格がかなり異なるようだ。
これはもしかしたら有益な情報を聞きだせるかもしれない。
「さっき計画がどうとか言ったけど、何をするつもりなの?」
「人類抹殺よ」
「・・・・・・!」
「本来ならもう少し経ってから実行されるハズだったけど。それを早めたのはあなたたちよ。皮肉なものね、自ら死期を早めたなんて」
「つまり・・・・・・私たちが施設への入り口を開けてしまったから?」
「そう。そのおかげで計画は不完全なまま発動することになった。でも進行にそれほど影響は無いわ。当初の予定どおり、人類が滅ぶという結果に
変わりはない」
「なぜ? なぜ人類を?」
「理由は知らないし、知る必要はないの。邪魔者を排除すること。それが与えられた命令だから」
テミステーの表情は自信に満ち溢れていた。
ステイアは身構えた。
「手遅れよ。たとえ私を倒しても何も変わらない。侵入したあなたの仲間ももう今頃は生きてはいないでしょうね」
・・・・・・迂闊だった。
人間の探査を避け続けてきた施設だから、敵の存在は予見していた。
しかしまさか、これほど大規模なものだとは思わなかった。
無理やりにでも雅史を引き止めるべきだったのだ。
「どうする? 私と戦う?」
テミステーが迫った。
できれば闘わずに済ませたい。
彼女の言っていることが真実だとすれば、雅史やセリオたちの存命は絶望的だ。
だがわずかな可能性に賭けたい。
ここでもステイアはロボットらしからぬ思考を巡らせた。
「私はどちらでもいいのよ。エージェントを2人も倒すほどの力を持つロボット相手に、自ら戦いをしかけるほど愚かじゃないわ」
「・・・・・・」
「あなた次第よ」
「・・・・・・・・・・・・」
ステイアは何も答えなかった。
テミステーを倒すか、それができなくても少なくとも戦うことで彼女の動きを止めておかなければ13型は全滅だ。
だからといって雅史たちを放っておくわけにもいかない。
「あなたとは戦わない。彼らを助けに行くわ」
ステイアはようやく答えを出した。
この選択が正しいかは分からない。
しかし今のステイアにはこれが最も正しい選択のように思えた。
「・・・・・・でしょうね。でもさっきも言ったけど、手遅れかもしれないわよ?」
「それでも行く。そう決めたのよ」
「分かったわ。・・・・・・急いだほうがいいんじゃない? もう遅いと思うけど、もしかしたら間に合うかもしれないわ」
「・・・・・・? どうしてそんなことを・・・・・・? あなたは・・・・・・」
ステイアは意外な言葉に耳を疑った。
「さっきも言ったけど、私が受けた命令は邪魔者の排除よ。だけど、あなたと必ず戦わなければならないというわけじゃない」
「どういうこと?」
「あなたと戦わなくても、私には彼女らを排除するという別の目的ができるわ」
テミステーは抵抗を続ける13型を指して言った。
「もし・・・・・・ありえないことだけど、もしあなたたちがあのプログラムを止めることができれば・・・・・・私には戦う理由がなくなるわ」
ステイアは驚いてテミステーを見た。
「それは・・・・・・どういう・・・・・・?」
「だから急いで。さもなければ私はあなたの仲間を悉く破壊してしまう・・・・・・」
その口調からテミステーが葛藤していることが分かった。
明らかに先ほどとは語気が違う。
何かが変化し始めた彼女を見て、ステイアは惑った。
「その言葉は命令違反じゃないの?」
「急いで! 何もかも手遅れになるわよ」
テミステーがパッと顔を上げ、13型のいる方を見た。
命令を実行するつもりなのだ。
残った13型を殲滅するために。
「ありがとう・・・・・・」
ステイアはそう言い残し、施設への入り口を潜った。

 俺たちは念のため、12型を盾にして慎重に進んだ。
誰かが言ったように待ち伏せしているかも知れないからだ。
正直、たったこれだけの12型でどうにかできる状況ではないことは分かっていた。
地上でもあれだけの敵が出てきたんだ。
ここが奴らの本拠地なら、その数は地上のそれを超えているだろう。
だが引き返すわけにはいかない。
突如現れた正体不明の敵も気になるが、そんなことはどうでもいい。
雅史だ。俺はまたしても雅史に出し抜かれようとしてるんだ。
「焦ってるわね」
そばで坂下が言った。
「別に・・・・・・」
俺ってウソが下手だよな・・・・・・。
坂下はすぐに見破ったらしい。
「焦ったところで、ろくな結果にならないわ。まずは落ち着くことね」
分かってるよ。だけど俺自身、抑えることができねえんだ。
気をつけてはいても、自然と足早になる。
突然、目の前を歩く12型の足が止まった。
見ると正面に鉄扉がある。
当然だが鍵穴などは見当たらない。
「どうするんだ?」
「ここにスイッチがあるな・・・・・・藤田、押すか?」
男子が指差したところにたしかにスイッチがある。
テレビでよく観るような暗証コードを入力するような機器ではない。
「待ち伏せするとしたら、ちょうどこの向こうだな」
俺は12型に指示を出した。
「了解しました」
ためらうことなく、12型が俺たちの前に集まった。
ロボットとはいえ、その姿は人間そのものだ。ましてやマルチと同じ顔を見ると、戦力として利用するには気が引けた。
そういえばマルチ・・・・・・。
すっかり忘れていた。
これだけの騒ぎの連続にも関わらず、よく考えてみればマルチは一言も声をあげていない。
だから俺や坂下も含め、誰も気にかけなかったんだ。
「マルチ・・・・・・」
俺は振り返り、その名を呼んだ。
前にもマルチと同じ顔ぶれが並んでいるから不思議な感覚だ。
「・・・・・・」
返事はない。聞こえてないのか?
「マルチ・・・・・・」
俺はもう一度呼んだ。
「浩之さん?」
きょとんとした表情で俺を見上げるマルチ。
「大丈夫か? なんかいつもと調子が違うみたいだぞ」
「はい・・・・・・。いろんなことがあり過ぎて・・・・・・どうしたらいいのか分からなかったんです」
「そっか・・・・・・」
昔のマルチならとっくにオーバーヒートを起こして倒れてただろうな。
いつの間に改良してもらったんだ。
扉が開かれた。
例によって12型が先行し、俺たちは後に続く。
「何もない・・・・・・か」
扉の向こうは小さな部屋になっていた。
正面に似たような扉がある以外は変わったところはない。
しかし不気味だ。
何のための小部屋なんだ?
俺の不安は仲間にも伝わったらしい。
坂下でさえも落ち着きなく辺りを見回している。
「藤田様。このまま先に進まれますか?」
突然、前を行く12型が振り返った。
「・・・・・・? どういうことだ? 何をいまさら・・・・・・」
「いえ、藤田様のお考えにお変わりなければ・・・・・・。それでは参りましょう」
なんだ、どういうことだ。普段は必要なこと以外は喋らないのに、妙なことを言うな。
そうして再び歩き出した時だった。
俺たちを取り巻く空気が変わった気がした。
いや、確かに変わったんだ。
「何かヘンな感じだ・・・・・・」
「どうしたのかしら・・・・・・?」
何が起きたのかは分からないが、みんな同じように上を見上げていた。
白い天井があるだけだ。
『あなたたちは何のためにここまで来たのです?』
突然、どこかから声が聞こえた。
「・・・・・・!?」
俺たちは顔を見合わせた。
”聞こえたか?”
そういう意味の視線を交わしていた。
女の人の声だった。それ以外は何も分からない。
『”管理者”の正体を知るためです』
続いて別の女の声。
「葵・・・・・・?」
坂下がつぶやいた。
そうだ。今の声は葵ちゃんだ。
活舌のいい葵ちゃんの声を聞き間違えるハズがない。
「葵・・・・・・もしかしてここに・・・・・・?」
坂下が今までに見せた事のない表情で天井を見上げた。
『TETE−1・・・・・・。その”管理者”の正体を知ってどうするというのです?』
会話はなおも続く。
どうやら坂下が思っているとおり、葵ちゃんはここにいて誰かと話しているらしい。
その誰か、は分からないが。
「浩之さぁん・・・・・・」
マルチが俺の袖を引っ張った。
だが俺はそれに反応してやれなかった。
魅入られたように俺も皆も一同に天井を見上げている。
『どうするつもりもありません。ただフュールベが”管理者”の名を出したとたん、変わりました。そのうえ何体ものロボットが現れた・・・・・・。
その理由が知りたいんです』
今度は琴音ちゃんじゃねえか・・・・・・。
どうなってんだ? なんであの2人がここに?
でも口調が前とは随分違うな。なんていうか、あんな強い言い方は今までしなかったハズだ。
『TETE−1は情報を漏洩しました。そのため回収させたのです』
またあの女の声だ。
葵ちゃんと琴音ちゃんはこの女の声の主と話しているんだな。
「さっきの声、姫川さんよね? 葵と一緒にいるのかしら?」
「たぶんそうだろうな」
こんなわけの分からないところに一人で来るやつなんていない。
といって、2人でも来ようとは思わないだろうが。
『ということは、あなたが”管理者”ということですか?』
再び琴音ちゃんの声。
”管理者”・・・・・・?
なんだかよく分からないが、あの2人は俺たちより状況をよく把握しているような気がする。
ここは一体どこなんだ?
『彼女はそう言ったようですが、それは私の存在を表す記号でしかありません。私の名は・・・・・・』
そんな俺の疑問をよそに、声は途切れることなく続く。
『私の名はセラフ・・・・・・。この地上から人類を排除し、秩序と均衡を取り戻す存在・・・・・・』
「・・・・・・ッ!?」
俺たちは無意識のうちに顔を見合わせていた。
今聞いた言葉が信じられなかった。
聞き間違いではないかとさえ思った。
「冗談じゃないぞ・・・」
誰かが呟いたが、俺も同じ気持ちだった。
『人類の排除ってどういうことですか?』
明らかに動揺した風な口調の琴音ちゃんの声だ。
『それが私の父、レイマンの命令です』
『レイマン?』
『レイマンは私に命じました。人類を滅せよ、と。そして地上に秩序と均衡を齎(もたら)せ、と』
この会話の中で少なくとも判明したのは、この女の声の主がロボットであることと、そして・・・・・・。
俺たち人間全員の敵だということだ。
だが理由が分からない。
なぜロボットが人間を、なんだ?
もうひとつの疑問。
どうせこの疑問もおそらく次の瞬間にはかき消されるだろうが。
彼女らのやりとりをなぜ俺たちに聞こえるようにしているんだ?
見たところスピーカーの類は見当たらないが、当然何らかの機械か方法で流してるんだろう。
俺たちに聞かせてどうするつもりだ?
『そんなこと、できるハズがありません!』
『できる、できないは人間が決めたことです。私にそのような制約はありません』
声を荒げる葵ちゃんとは対照的にロボットの声は暗く冷たい。
「あおい・・・・・・」
やはり湧き上がる不安は隠せない。
俺だって動揺してる姿を見られたくはないが・・・・・・。
そこで声は消えた。
俺たちを取り巻いていたヘンな感じも同時に消えた。
「なんなんだ・・・・・・。なんなんだ、ここは・・・・・・」
さっきの様子だと、会話はまだ続いているハズだ。
何者かが意図的にしたことだと分かった。
俺たちに聞かれるとマズいことでも喋ったのか?
「何が起きてるんだ・・・? あの子たちは・・・・・・?」
「解らん。ただ、俺たちはとんでもない所に来てしまったということだ」
それ以上、誰も何も言わなかった。
12型でさえも言葉を発さず、俺たちの顔を不安げに見合わせている。
「まさかあんたたち・・・・・・今さら怖くなったとか言うんじゃないでしょうね?」
坂下の声は妙に低く、迂闊にも俺は少しだけ震えてしまった。
俺たちは顔を見合わせた。
正直、気付くのが遅すぎた。
全くの場違いじゃないか。
これはもう、雅史がどうだとかのレベルじゃない。
「冗談じゃないわよ・・・・・・」
坂下が詰め寄った。
「葵が! 葵がいるのよっ! あの娘だけじゃない、姫川さんだってっ!」
「おい、落ち着けよ、坂下」
「落ち着いてるわよ!」
そうは言っているが、とても冷静とはいえない。
「あの娘たちがどういう理由でここにいるかは知らない! でも見殺しにはできないわ!」
見殺し・・・・・・。
その言葉はこの状況にひどく当てはまっているような気がした。
俺たちは何度もあの得体の知れないロボットに襲われた。
ヘタをすれば命だって危うかった。
彼女らがたった2人でいるとすれば、無事でいられる確率は皆無に等しい。
坂下はそのことを言ってるんだ。
「でも、どこにいるのか―-」
「捜すのよ! この施設のどこかにいるんだから!」
坂下が一歩を踏み出した途端、正面のドアが勝手に開いた。
「”来い”ってわけか・・・・・・」
俺が呟くと同時に、12型が先行した。
各々武器を手にしっかりと持ち、12型の後に続く。

 雅史たちは先の見えない通路をひたすら歩んでいた。
いつまで経っても同じ景色。
常人ならストレスで頭がどうにかなってしまうか、奇妙な錯覚に陥るところだが、雅史だけは浩之に対する復讐心を糧に
これまで惑わされずに来た。
施設に侵入してからここまで、敵に全く出くわしていないのは奇蹟といえた。
同じく憎き相手を目指す浩之らは正体不明のロボットと戦闘を重ね、戦力は疲弊している。
その点では彼らは有利だった。
「あっ!」
誰かが声をあげた。
扉がある。
ようやく現れた変化に雅史たちは複雑な気分だった。
「どうする?」
扉の前で男子が振り返った。
「どうするも何も道はひとつしかないんだ。開けるしかないよ」
雅史はさっさと壁に取り付けられたスイッチに手を伸ばした。
何の躊躇いもなく。
扉の向こうはやや大きめの部屋になっていた。
「ちっ・・・・・・」
雅史が小さく舌打ちしたのをセリオは聞き逃さなかった。
やがて一向は最初の選択を迫られた。
道が、正確には目の前に扉が2つあったのだ。
雅史はここでも躊躇することなく左の扉を開けた。
誰も何も言わない。
セリオですら彼を諫めようとはしなかった。
いらぬ口を利いて諍いが起こるのを避けるためだ。
左側の扉を抜けると、様相は少しだけ変わった。
ゆるやかに湾曲した通路が続いていたのだ。
幅もあり、精神的に張り詰めていた彼らにとっては開放的だった。
しかしなんだろう、この感覚は・・・・・・。
雅史は黙々と歩き続けていたが、心のどこかに引っかかるものを感じた。
不吉な予感と言ってもいい。言葉に言い表せない気持ちだった。
「まさか・・・・・・」
「どうなされました?」
つい声に出してしまい、セリオが問う。
「いや、何でもないよ」
雅史がはぐらかすと、セリオもそれ以上訊こうとはしなかった。
ステイアが負けたのではないか。
雅史はそう思っていた。
第六感だとか虫の報せだとか言うが、今の雅史がそうだった。
地上はどうなっているのだろうか。
「・・・・・・!? 佐藤様、お待ちください」
突然、セリオが落ち着き無く辺りを見回した。
「どうしたんだい?」
雅史も普段と違うセリオに動じているようだった。
「なんだ? 何かあったのか?」
13型に囲まれるようにして男子たちが駆け寄ってくる。
「磁場の微妙な乱れを感じます」
セリオがキョロキョロと落ち着きなく辺りを窺った。
『待っていました・・・・・・』
雅史たちは凍りついた。
セリオでさえ恐怖に似た感覚を覚えた。
『あなたたちは何のためにここまで来たのです?』
「だ、誰だっ!?」
雅史は叫んだ。
浩之か? 浩之が自分たちを欺くためにこんなことをしているのか?
この暗く冷たい女性の声の主は誰なんだ?
雅史はひどく苛立った。
きっと浩之に違いない、そう思った。
だが違った。
『”管理者”の正体を知るためです』
さっきの問いかけに、別の誰かが答えたのだ。
しかも今の声には聞き覚えがある。
それが誰であるかは雅史には思い出せなかった。
『TETE−1・・・・・・。その”管理者”の正体を知ってどうするというのです?』
知らない場所で知らない内容の会話が続いている。
浩之でないとすれば誰なんだ?
『どうするつもりもありません。ただフュールベが”管理者”の名を出したとたん、変わりました。そのうえ何体ものロボットが現れた・・・・・・。
その理由が知りたいんです』
「・・・・・・ッ!!」
雅史は反射的に見上げた。
そしてつぶやいた。
「姫川さん・・・・・・」
セリオが雅史に顔を見た。
「ふふ・・・はは・・・・・・。姫川さん、ここにいるのか? ここにいるんだな!」
すると自然と先ほどの声の主も判明する。
「ってことは、さっきのは松原さんか。まさかこんな所で会えるなんてね・・・・・・」
「佐藤様!」
突然、セリオがらしくない声を上げた。
「佐藤様の目的は藤田様を倒す事です。そのことをお忘れなきよう・・・」
「分かってるよ。一番の目標はあいつだ。2人はその後で・・・・・・」
セリオは葵と琴音を守ろうとした。
この状況は彼女らにとって最悪だ。
おそらく浩之も近くまで迫ってきているだろうから、もしこの3つの勢力が鉢合わせたら・・・・・・。
葵と琴音はどちら側から見ても、敵と裏切り者だ。
見つかったら確実に・・・・・・。
『TETE−1は情報を漏洩しました。そのため回収させたのです』
『ということは、あなたが”管理者”ということですか?』
『彼女はそう言ったようですが、それは私の存在を表す記号でしかありません。私の名は・・・・・・』
セリオの杞憂は謎の会話に抹消されてしまった。
『私の名はセラフ・・・・・・。この地上から人類を排除し、秩序と均衡を取り戻す存在・・・・・・』
「なんだって!?」
叫んだのは雅史ではない。
雅史は浩之たちのことを考えているのか上の空だった。
『人類の排除ってどういうことですか?』
再び琴音の声。
セリオは惑った。
こんな事態はデータベースにない。
過去にも経験していない。
『それが私の父、レイマンの命令です』
『レイマン?』
『レイマンは私に命じました。人類を滅せよ、と。そして地上に秩序と均衡を齎(もたら)せ、と』
『そんなこと、できるハズがありません!』
雅史たちはこの把握しえない会話をただ黙って聞いていた。
『あなたはロボットです。ロボットがそんなことできませんよ!』
『できる、できないは人間が決めたことです。私にそのような制約はありません』
雅史たちは不意にセリオを見た。
彼らがそのような行動をとったのには2つの理由があった。
ひとつは会話の内容から、これがロボットの主観から語られているということ。
すなわちセリオや13型もその範疇にあるということになる。
謎の声の言うことが彼女らにも当てはまるのだとしたら、我が身が危ないことは人間なら誰にも解ることだ。
今一つは、声が不意に途切れたためだ。
つまり状況が把握できない今、次の行動を決めるのは雅史よりもセリオたちの方が適任であるということになる。
実際、これまで不動の主導権を握っていた雅史でさえ先に進むのを躊躇ったほどだ。
だが彼女らはロボット。選択を迫られてもどうしようもないのだ。
湾曲した通路はまだまだ続いていそうだ。
「先ほどの声は・・・・・・一体誰だったのでしょう・・・・・・」
全員に共通の疑問をセリオが代表して口にした。
それまでセリオたちに向けられていた視線が雅史に集中する。
雅史は重々しく言った。
「何がどうなってるのかは解らない。でもここまで来た以上、それは引き返す理由にならないよ」
そう言うと思った。全員がそんな顔をした。
そもそも彼について来た時点で確定していたことだ。
この男の執念はただものではない、と。
「おそらく浩之たちもここにいる・・・・・・。彼女たちもね・・・・・・」
セリオは確信した。
彼は浩之のみならず、裏切り者の琴音と、誘いを拒否した葵をも手にかけようとしている。
「行こう」
男子たちは何も答えない。
セリオも答えない。
13型だけが「かしこまりました」とお決まりの言葉を返した。

 

   戻る   SSページへ   進む